素顔のひとり言

「古書」からの伝言

最近、“大昔に流行した占い”や、現在は“消滅してしまった占い”や、世界の“珍しい占い”を研究する目的で古書を購入するケースが多い。そういう中で気付かされたことがいくつもある。まず世の中には、翻訳書も含めて、出版はされたが一般には知られることなく、埋もれていった占術書が山のように存在する、ということである。既存の占いだけでなく、“珍しい占い”や“オリジナルの占い”や“一子相伝的な占い”など、占いには精通しているはずの私にとっても、思わず唸ってしまうような“貴重な占い”の書物を発見することが少なくない。大体が“変わった占い”とか“複雑すぎる占い”とか“独創的な占い”は、形になりにくい。つまり出版されにくい。一般向けでないものは当然のことながら商業ベースに乗りにくく、出版社も手掛けにくいのだ。けれども、そういう占いの中にも、後世にまで伝えていくべき“価値を持つ占い”は存在する。おそらく著者たちも、そういう意識を持って著述され、自費出版的な形にしてでも出版された“占い本”が、実は意外なほど多いのだった。その中には、本業が“占い師ではない”人たちの本も多い。また独自の占いを継承していく人物がいないので、仕方なく著書として遺された本も多い。ただ当然のことながら発行部数が少ないので、現在では古書として貴重で高額になってしまっている書籍も多い。よく芸術や芸能などでは「保存会」というものがあるが、占いの世界にはそういうものがない。いや正確に言えば、有るのかも知れないが私は知らない。秘伝継承者とか家系的何代目といった“それらしき人”はいても、今一つ、本当の秘伝なのか、本当の家系なのか、継承者なのか、茫洋としている。

日本だけで考えても、古来、有名な占い師の書籍はそれなりに活字化され、現在でも復刻されたりして入手可能となっている。ただ「占い書籍」として重要なのは、或いは貴重なのは、そういう“有名な方々”だけに限らない。例えば、江戸時代で有名な占術家として、現代にまで名を知られているのは5~6名にすぎない。なぜなら、それ以外の占術家は著書を残していないのだ。いや、正確に言うと遺したのかもしれないのだが、現代にまで伝わっていないのだ。つまり、実際にはもっとすぐれた占術家がいたかもしれないのだが、もっとすぐれた著述があったかもしれないのだが、記録が残されていないため調べようがない。実際、明治に入って以降の場合で言えば、手書き本や写本という形で、ほとんど無名と言っていいような人物の占い書籍が何冊も存在する。中には著者名が記されていない手書きの本さえある。そういう中に、実は“きらりと光る”新鮮な驚きをもたらす占い書籍が存在する。稀には江戸時代の本も存在するが、漢文か草書体で記されているので判読が難しい。手書きの本の場合は、著者の息遣いが感じられるもので、その時代に特有の出来事が記されているような場合もある。例えば、自分の子息を「勘当しなければならない人の相」とか「女中が金品を持ち出す相」とか「戦地に赴く時の相」とかの記述がある。

秘伝書と呼ばれているものの中には、何が何だかわからない「禅問答のような教え」が記述されていることもある。例えば新井白蛾著『天眼通』には「初前前後後後如四法」という“謎の言葉”が掲げられ、それこそが天眼通の秘訣だと記されている。これは易の理論に精通していないと説明しても理解しがたいので解説しないが、要するに“判断技法の一解釈”をもったいぶって“謎解き”にしているだけにすぎない。このような類の著名占術家の秘伝書が、江戸時代を席巻していた。

それらとは別に、ほとんど知られていない研究者による実用本位の占術書も、明治~大正~昭和前半にかけての時代には遺されている。そして、そういう中に本来であれば“もっと注目されてよい”貴重な研究とか、実占記録とか、独創的な技法や観方などを記した書籍が何冊も発行されているのだ。特に、現代では“使い手が見当たらない”占いの記録には、著者からの“熱い想い”や“甦りたがっている生命力”が感じられ、どうにかして現代に蘇らせられないものか、後世にまで伝えられないものか、考えてしまうことが多い。実際、古代から現代へ引き継がれている占いはほんの僅かにすぎない。多くの占いは消滅したか、首の皮一枚で継承されているのが現状なのだ。同じような占いだけが悪戯に拡大されていく今日、人間の“歩み”を伝える意味でも、無名占師ともいうべき人々が遺した貴重な遺産が、私に何かを強く訴えかけている。


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