今日の迷言・余言・禁言

「小さな幸せ」が「大きな幸せ」に勝つ

どのような人生を歩んだ人でも、第三者的に見た「人生の絶頂期」は、必ずしも本人の“一番の幸せ”と重なり合っているわけではありません。むしろ第三者的に見れば、特別何もない「平凡な時期」の方が、本人にとって“一番の幸せ”を謳歌している時期であるケースが多いのです。それは“絵に描かれた”ような「大きな幸せ」、或いは「完全な幸せ」よりも、第三者的に見れば“あまりに凡庸”で、ささやかに過ぎる「小さな幸せ」の方が、本人にとっては“何にも代えがたい大切なひととき”であり、華やかさを伴う「大きな幸せ」など望んでいないからなのです。


最近の記事はこちら

親は「一番の理解者」となれるか

自分の子供が途中から“思いがけない方向”に向かい出してしまうことがある。そんな時、親は、どう捉え、どう受け止め、どう見守ることが正しいのか。その一つの回答を二人の“親”が証明している。その一人は片岡鶴…続きを読む

地下に豪華な「五つ星ホテル」が誕生

最近はちょっとやそっとの“変わり種ホテル”では人々は驚かなくなった。それでも地上から地下15階まで“降りていくホテル”というのは、かなり珍しい。“地下のホテル”というと、窓が無く景観が失われた暗いイメ…続きを読む

柔軟な交渉能力こそ「平和」を作る力

人は誰も“争い”の中で暮らしたいとは思わない。それなのに世界のどこかで常に戦闘がある。争いごとの多くは互いの“主張”と“利害”に基づく。双方の主張がぶつかり、利害が交錯するから争いごとに発展する。どこ…続きを読む

町が地図上から消える炎

既に25万人が“避難生活”を強いられている。竜巻でもなく、豪雨でもなく、地震でもなく、津波でもなく、火山噴火でもない。とにかく、もう44人が亡くなったことだけはハッキリとしている。そして6500棟の住…続きを読む

UFOと北朝鮮の漂流船

「判読不明の数字が書かれていた」「なぜ北海道沿岸で多数が目撃されるか解からない」「誰も乗っていないことが多い」「漂着した遺体からは国籍も性別も解からない」このようにニュースの一部だけ書くと、何となく“…続きを読む

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.