今日の迷言・余言・禁言

「年賀状」にあふれるデザインセンス

この時期になると、そろそろ年賀状を書かなければ…といつも思う。思うのだが、実行はしない。そのうち…と思いながらギリギリになっていく。正確にいうと「年賀状」そのものは既に印刷されていて出来上がっている。書かなければならないのは“宛名”とか、余白の一言とかだ。だから、実際にはそれほど難しいこともなく、TVを見ながら少しづつ書けば良さそうなものだが、これが難しい。私の場合、元々“年賀状デザイン”には“自分らしさ”が出るよう一般の方が使用しないようなデザインを採用する。今年の場合は、黒塗りのバックを背景に和風の印象が強いデザインを選んだ。小さく「迎春」としか記されていない。挨拶の言葉も、既存のものでなく毎年「自分の言葉に差し替えたもの」を使用している。したがって、完全なオリジナルの“年賀状”となる。そうでなければ、出す意味などない。私は「年賀状」に個々のデザインセンスが無意識の上で反映されると思っている。本来であれば、だから最初の原画から自分で描くのが本当は良いのだ。日本で「年賀状」のやり取りが始まったのは、なんと平安時代にまでさかのぼる。貴族や公家たちが遠方には「年始回り」が出来ないので“書をしたためて行った”のが始まりらしい。その後、武家社会になって近隣でも“文書による年賀状”が流行し、明治維新まではその形式が続いた。「郵便はがき」が誕生したことで、年賀状はいつの間にか“はがきによる年賀状”へと変わったのだ。ちなみに「喪中」で年賀を欠礼するのは、本当は“天皇崩御の年”に限られていたらしい。考えてみれば、その方が合理的である。そういうわけで厳密にいえば“喪中の年”だが、私は気にすることなく「おめでとう」という文言のない年賀状を書く。


最近の記事はこちら

神の館で「心の衣裳」は剥ぎ取られていく

近代に入って世界的にじわじわと勢力を拡大しつつあるのが「イスラム教」という宗教である。一日5回の厳格な礼拝義務を課すこの宗教が、ITが普及した現代でも受け入れられているのは奇妙な気もするが、一つだけ“…続きを読む

「くじ」で決まった“落選”が覆される⁉

人には“運不運”というものが有る。その象徴ともいえるものが「くじ運」だ。もし「くじ」で“その職業”を失ったとしたら、あなたは黙っているだろうか。松浦千鶴子氏は黙っていなかった。昨日、選挙管理委員会に対…続きを読む

「悪い予感」が的中した話

書こうか書くまいか、私には珍しく迷った。けれども、もう20年も前のことなので“懺悔”的な意味も含めて書くことにした。先日、パリのノートルダム寺院が焼けたが、あの映像を見ていて、私には何故か20年前の“…続きを読む

“最悪三人組”が経営する「怖~い病院」

「類は友を呼ぶ」という言葉があるが、確かにそういう傾向はある。昨日、福岡県警に摘発された医師達などは正にその典型と言える。どういう仲間だったのかというと、まず一人目は院長で井上勉(61歳)。この人物は…続きを読む

ジェドカラー「貴族の墓」は“大発見”の予兆か⁉

4月13日エジプトのサッカラで、今から4400年前のものとみられる「貴族の墓」が報道陣に公開された。古代エジプト王朝で言えば第5王朝の時代のもので、ギザの大ピラミッドで有名な「クフ王のピラミッド」から…続きを読む

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.