今日の迷言・余言・禁言

「裸になる」ということ

誰でも「裸」は恥ずかしいものです。人前での「裸」はなおさらです。けれども、時として人は、裸にならなければならないことがあります。ここでいう「裸」とは、肉体的なことだけでなく、金銭的なことであるとか、心情的なことであるとかを含めてのことです。どの「裸」にも勇気が必要ですが、ある種、開放感が生まれることも事実です。愛する人に、肉体的な裸を見せる人は多いのですが、心情的な裸を見せることができなければ、本当に愛し合っているとは言えません。


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人間の身体は「機械」なのかもしれない

これを読まれる99%の人が「何をバカな…」と思うことだろう。けれども、私は“人間の身体は機械かもしれない”と本気で思っている。だからこそ時々信じられないようなミスが生じる。機械として埋め込まれている部…続きを読む

女性の地位は二極化されている

世界的に見ると、日本というのは女性の社会進出がまだまだ“進まない国”の代表的な国の一つだ。だから総体的に言うと、“男性優位社会”ということになる。そうは言っても、私が日ごろ接する女性達を見ていると、自…続きを読む

安室よりも丘の方が“紅白”には合っている

今年で68回目を迎えたNHK紅白歌合戦。その“初出場組”のお披露目があった。その中で、一人だけ和装で現れたのが演歌で初出場となる「丘みどり」であった。と言っても、正直、私はこの人の歌をきちんと聴いたこ…続きを読む

「日本」は“来年行きたい国”№1になった

まるで“雪だるま”のように、世界各地に「慰安婦像」を作り続けている韓国だが、その韓国人の海外旅行者たちを対象として、2018年に“行きたい国”のアンケートを取ったら、何とダントツで我が“日本”が選ばれ…続きを読む

「警察学校」で教えていたのは…

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