素顔のひとり言

あまりにもお粗末な『手相大事典』の中身

この本の正式なタイトルは『幸せになる手相大事典』であり、サブタイトルには「東洋手相の秘法をふまえ、より深い見方がわかる」と記されている。著者は何冊も手相書を書いて来ている田口二州氏だ。

これまで彼が書いた手相書は三冊か、四冊あると思うが、いずれも似たような内容で特別際立ったものはない。この人は手相以外にも、九星気学であるとか、家相であるとか、人相であるとか、姓名判断であるとか、四柱推命であるとかの本を書いていて、かなり手広くオーソドックスな占術入門書を世に出している。それらに共通するのは比較的安価でページ数の多い本あること、書き方が分かりやすく、誰もが馴染みやすい実用書となっていること、順序を追って一つ一つ説明していくので理解しやすいこと…などの特徴がある。そういう点から女性の支持者も多いように思われる。

ただ、この人自身が実際に研究・鑑定・体験した結果からの実証報告や、新説・秘伝・特異な見方と云ったものには乏しい。あえて指摘するとすれば、気学の「南方位における一白水星」現象の現れ方、姓名判断の字画数の実際筆画数の採用、手相の掌線変化の実例手型掲載…くらいではないだろうか。

もちろん、この人の著述の意図はあくまでも安価で分かりやすく実際に活用できる内容の占術入門書を書くこと…にあるような気がする。だから、そういう意味では決して悪いわけではなく、占術入門者のすそ野を広げた功績は大きい。

けれども今回の著書のように『手相大事典』と云うタイトルを付け「より深い見方がわかる」とし、実際ページ数もB6判374頁とボリュームがある以上、ただ単に「珍しいものも取り入れておいた入門書です」ですと云う雰囲気のものでは占術研究者に物足らなさを感じさせる。このような内容であればページ数なら220頁もあれば足りるし「大事典」と云うより「手相入門事典」とか「手相小事典」とすべきところであろう。少なくとも、これまでに自らが書いた手相書と何ら変わりはない。違っているところと云えば東洋式の見方も加えている点だが、その東洋式も実際には使いものにならない見方ばかりで、元々実用書に徹してきたこの人らしくない、と感じざるを得ない。

誤解を避けるために記しておくが、私は東洋式の見方を彼が加えたことに対してどうこう言うつもりはない。ただ、それならそれで自分できちんと検証し、これは実際に使える、と思った見方、判断の仕方を掲載すべきである。明らかに実際にはあり得ない形状を「新たな見方」「東洋式の見方」として、何の注意書きもなく掲載すると云うのは、同じ鑑定家として理解に苦しむものとしか言いようがない。大体が彼の著書内容のほとんどは、以前に著書の中でも師として名を掲げていた大和田斉眼氏の研究著述の焼き直しに過ぎない。たとえば彼は親指の付け根上部付近から中指下まで、弧を描く線を「性愛線」と呼び「性感染症の恐れがある」としているが、これは大和田斉眼氏が主張されていた説だ。けれども私はこれまで何人かに性愛線(私は火星環と呼ぶ)の持ち主を見ているが著名人が多く、むしろ健康な人が多かった。しかも比較的ハッキリと刻まれる線で、感情線上部に弧を描く金星環などとは明らかに異なる。私はこの線に関し海外で出た書籍に「動物からの災難を被る人の相」と云う記述も見たことがあるし、「離婚相の一種」と云う記述も見たことがあるし、「戦争などを転機として成功する人の相」と云う記述も見たことがあるし、「兄弟からの援助によって成功する相」と云う記述も見たことがある。このようなさまざまな解釈・記述があるものを、ただ単に尊敬する手相家だからと理由だけで転載する真意が分からない。もし、実際に彼がそういう例証を見て記したものであるなら、それなりの実占記述を述べなければならない。何故なら今までの本には載せず、さまざまな解釈があることを知って(それとも知らないのか?)掲載しているとするなら、それなりの実占経験をふまえて書く義務があるからだ。そうでなければ実用書にならない。いや仮に、その説を実証的に採用するにしても『手相大事典』なのだから、さまざまな解釈・主張があることを記述したうえで、自分は大和田氏の解釈が実証的にも正しいと思う、と云うような書き方が必要なのではないだろうか。

「大事典」と云うのは、もしかしたら出版社が勝手に採用したタイトルなのかもしれないが、それにしても古今東西の手相書に目を通した上で書いた本のようには思えず、手相術としての守備範囲もあまりに小さくまとまり過ぎている。つまり事典としての役割を果たしていないのだ。図解にしても不正確で、精密さに欠ける。実例手型を8枚ほど附けたことを本人は自画自賛しているが、なぜ自慢になるのか私には一向に判らない。これで30枚も40枚も附けたのなら、多少自慢しても良いかもしれない。8枚など何の役に立つのか。彼の占い教室は大変に盛況らしいが、いったい何故なのか、私には理解に苦しむことばかりである。


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