素顔のひとり言

さまざまな始まり

春四月は、さまざまな人達がさまざまな形で新しいスタートを切る季節だ。入学、進学、転入、入社、転勤、部所移動、住居移動、独立、自立、開業…等、数え上げたらきりがない。

そうは云うものの私の記憶の中では、四月から新しくスタートしたことで印象に残っている出来事というのはあまりない。

正月にしてもそうだが、一般的尺度では始まりの時期であっても、本人にとってそうはならないケースがしばしばある。学校や役所など公的機関やマスメディアなどでは、4月から切り替えていくケースが多いが、占星術的には春分からが1年のスタートだし、干支暦的には立春からが1年のスタートとなる。いずれも「春」を1年の開始時期として捉えている、ということだろう。確かに春は、植物の多くがいっせいに芽を吹き、成長・開花を予感させる。

正月を新年とは云っても、まだ暗く、寒く、植物は枯れ果てている。本当のスタートは春になってから…ということらしい。そういう意味では、植物は季節に対して敏感である。干支暦的な捉え方をすれば、我々の出生年月日時は、植物と同じように、どの季節にどの太陽日(品種)として生れたかによって、人生においてどのような花を、いつの時期に咲かせるか…が違ってくることを教えようとしている。

植物がそうであるように、必ずしも全ての花が春に咲いているわけでもない。夏に咲く花、秋に咲く花、冬に咲く花も少しはあって、それぞれの美しさを競い合っている。我々の人生も、花が咲く時期は人によってまちまちだ。しかも、その咲き方や花の在り方も、それぞれに違っている。子供時代から世間の脚光を浴びる人生もあれば、人生の晩年を迎えて幸運を手にする人もいる。早くに散ってしまう人生もあれば、地味でも長く咲き続けている人生もある。

こんなことを書くと演歌のようだが、マスメディアが発達しすぎている中で育ったせいか、若い人たちは自分も周囲も同一品種として捉えすぎているような気がする。人生においても、それぞれの咲き方があることを、ぜひ知っておいて欲しい。

植物達は、それぞれの美しさを知っているかのように、それぞれの季節にふさわしい咲き方をする。自分を見ることの出来ない植物たちが、自分を美しく見せるすべを知っている。占いが教えてくれるのは、個々の品種としての花の在り方、その開花方法や開花時期である。

私がここに移ってから買い求めたパキラは、その成長が大変に早い。観葉植物なので花は咲かないが、もっとも日当たりの良い場所に置いたせいか買った時と比べると倍近くに葉数が多くなっている。風水的に云えば、リビングのドアから最も遠い位置で、気が活性化されやすいところだ。その逆に鑑定室に置いたフランスゴムの木は、どうも成長が芳しくなく、葉数も少なく萎れてしまったような気がする。仕事運を良好とする意味でも、元気に育って欲しいと願わずにはいられない。


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