今日の迷言・余言・禁言

そもそも「ノーベル賞」に“文学賞”は合わない

今年の「ノーベル賞」はいろいろなことを教えてくれる良い機会になった。まずはノーベル賞の“選考基準”が実際にはよく分からないという問題。前から一部で指摘されていたが、今回の“文学賞”はそれをよく表していた。別に“応募”によって選考しているわけではない、という部分だけがよく分かった。基本「ノーベル賞」に対する一般的な認識は“科学者たちへの功績を称える賞”で、“文学者とか芸術家の功績を称える賞”としての認識は乏しい。確かに「文学賞」が認識されていないわけではない。けれども、例えば毎年名前が挙がる「村上春樹」が何故“候補者”なのか、多くの人たちにとっては不思議でしかない。要するに“世界的に売れている作家”という、ただそれだけではないか。例えば、日本国内において“世界に読み継いでほしい文学作品”というテーマで作家名を挙げてもらったとしたなら「村上春樹」という名前は出て来るであろうか。多分、ベスト20にも出てこないだろう。その程度の作家でしかない。それなのに毎年、何故か名前が挙がるのは“世界で売れているから”以外の何物でもない。そして、どうして世界で売れているのかと言えば、そのほとんどの作品が英訳されて出版され、最初から“英訳を意識して書かれている”からである。彼は元々が“翻訳家”でもあったからだ。ここが問題なのだ。文学というのは、どうしても「言語」という問題を切り離せない。自然科学のように、数式も使わないし、実験で証明もしない。世界的にみると“元々が公平に出来ない”作品群なのだ。それに対して、公平に選出しようとしても出来るはずがないのだ。さらに解からないのは“今年の賞”という与え方で、文学や芸術作品の“今年”は、それを公に“発表した年”を指すはずだ。したがって、ボブ・ディランなど“はるか彼方に居る人物”で、とても“今年の賞”を与える人物ではない。あらゆる意味で「ノーベル賞」に“文学賞”は不似合いなのだ。


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