素顔のひとり言

カイロの異様な生命力

11月30日より12月9日までエジプトを旅行した。ギザにある大ピラミッドの内部にも入ったし、ダハシュールの赤ピラミッド内部にも入った。最近公開になったツタンカーメンのミイラも見たし、ラムセス二世やハトシェプスト女王のミイラも見た。アブシンベル神殿やカルナック神殿の音と光のショーも体験し、ハンハーリ市場の迷路のようなスークで買い物もした。ラクダにも乗り、馬車にも乗り、地元の人たちが行くスーパーマーケットで食糧を買い、通常ツアーでは組み込まれていないヌビア種族によるコーヒー占いも個人的に体験させてもらった。

けれども、今回もっとも強く私の魂を揺さぶったのは大都市カイロの異様なまでの生命力だった。カイロでも、そしてルクソールでも1日の始まりはアラーへの祈りで始まる。拡声器を使って大音量で流れるモスクからの礼拝への呼びかけは1日五回、朝五時から夜7時半まで何度も繰り返される。皆いっせいに始まるのかというとそうではない。それぞれのモスクが勝手に時間をずらせて始めるものだから、結果的に何度もあちこちから木霊のように聞こえだす方式となっている。ホテルの窓を閉めていても聴こえるのだが、開けてみると本当に大音量でアラーへの呼びかけを繰り返しているのが分かる。一応朝5時からのはずだが、4時40分くらいから聴こえ出すこともあり、時間などまともに守っている風ではない。

それに何よりも驚いたのはモスクの数だ。とにかく多いのだ。地元ガイドさんに尋ねたが正確な数は分からない、ということだった。とにかくどこに行ってもある。そのせいか1日五回の礼拝もそうだが、女性たちの服装も「人前で肌を露出してはならない」という教えそのままに、スカーフの着用とガラベイヤという長い衣装が今も伝統的に継承されている。私は注意深く観察したが、若い女性たちはスカーフにオシャレな色や柄を用いて、或いはガラベイヤの色や模様にファッション性を見出しているようだった。昔はすべて黒一色だったようだから、多少は自己主張が出てきたともいえる。それにしても、現在の気温は長い衣装でも過ごせるが、真夏のエジプトは40度を超える。そういう中であの長い衣装やスカーフはどう見ても暑苦しい。子供の頃からなので異和感は抱かないのかもしれないが、毎日黒い喪服のような衣装ばかり着ていてコーランに対して疑問を抱くことはないのだろうか。疑問と言えば、結婚に対してもイスラムの男性は四人まで妻を持つことができる。地元ガイドの話によると、最初の妻が自分にふさわしくないと感じたら、次の妻を探せば良い、その次の妻もふさわしくないと感じたら、また次の妻を探せば良い…そういう風な感覚で四人までは許されるので、別に女性蔑視なのではない、と云う。まあ、かなり言い訳めいて聞こえるが、それでも女性から反発が起きないところがイスラム教の凄さ(?)と言えるかもしれない。

ガイドブックに書いてあるほどバクシーシと呼ばれる布施の要求はなかった。ただ明らかに国民の経済格差は歴然としている。巨大ホテルやビジネスビルの立ち並ぶ一方で、廃墟のような住居が至る所に点在している。その一方で車は増え続けている。カイロの中心部は簡単に旅行者が歩いて道路を横断できない。一つには横断歩道というものが滅多にない。見当たらないのだ。その道路を車やバイクや馬車が混然一体となってルール無視でジグザグに走りまわっている。その中を地元の人たちは悠然と横断していく。もちろん横断歩道ではなく、多数の車が行き交う中で、ほんの5センチくらいの隙間でも歩き出す神経は並みのものではない。今にも車に跳ね飛ばされるのではないかと本当にハラハラするが、かえって一定のリズムで歩いているため、車の方も歩行者が立ち止まらない限り跳ね飛ばすことはないと、大丈夫かどうか感覚的に身に付いているような運転の仕方ではあった。

立体交差の車道の窓から中心街を見渡すと、ちょうど金曜日でイスラムの休日にあたるせいか、まさに人の波であふれかえっていた。ほとんどの人がイスラム教であるエジプトでは、当然女性たちは同じような服装をし、色とりどりのスカーフを巻いて髪を隠している。まるでインドのターバンのようだ。肢の見える女性がいないか探したが、旅行者以外では見掛けることができなかった。とにかく人であふれていた。歩くのでさえも容易ではない。加えて車が激しく行き交う。びっしり立て込んでいるという感じだ。クラクションは鳴りっぱなしだ。街全体が妙に埃っぽい。喧噪という言葉がぴったりだ。こういう中で育つと子供は逞しくなるだろうな、と感じた。

逞しくなければ生きてはいけない、そういう雰囲気がこの街にはある。東京も人は多いがこういう無秩序さは感じられない。この街には整然としたルールは存在しない。信仰心は強いが道徳心は強いとはいえない。ただし人間としての暗黙のい思いやりのようなものは至る所で感じた。バクシーシを要求しようとした少年をホテルの従業員が蝿でも追い払うような態度で蹴散らした。確か同じような光景を中国でもフィリピンでも見た。外国人に対して不快な思いをさせてはならない、という気持ちからなのかもしれないが、私はそのたびに暗然とさせられた。別に私自身が行った行為でもないのに、ひどく傷つき、うろたえてしまう。母親に叱られてしまった子供のように私の方がしゅんとなってしまう。甘いな。私は自分に言い、自分のか弱さを感じた。こういう街で生きていくためには、バクシーシを求める方も蹴散らす方も、逞しく、強く、平然と生きていかなければならないのだ。


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