素顔のひとり言

ミケランジェロの偉大さ

絵画や小説や音楽は時として人を昔に帰らせる。テレビ東京の「美の巨人たち」でミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井壁画を見た。それを最初に見たのは十代半ばで、書店で偶然手に取った本がミケランジェロ作品の解説書だった。あのとき私は理由もなく、この人物の作品群にぐいぐいと引き寄せられた。彫刻にも絵画にも引き寄せられたが、絵画では今回放映されたシスティーナ礼拝堂壁画が一番だった。別に私はキリスト教徒ではないが『旧約聖書』の<創世記>をテーマとした500㎡の天井壁画は誰が考えても大仕事だった。しかも、彼はほとんど一人だけで天井を向きっぱなしでこの作品を仕上げたのだ。後年、首が曲がってしまったのも、腰が曲がってしまったのも、視力が極端に衰えていったのも、この仕事が影響していた。日本では同時代のレオナルド・ダビンチの方が天才として持てはやされがちだが、私は個人的に苦悩し続けたミケランジェロの作品に引き寄せられる。

当時の流行として「聖書」をテーマにした絵画や彫刻は多いが、ミケランジェロほど筋骨逞しい人物をイエスや神や預言者として仕立てあげている芸術家はいない。まるでボディビル選手達のように筋骨逞しいのだ。彼は死体置き場から死体を盗み出して人体内部の構造を研究したというし、神やイエスの肉体モデルには農夫を使ったらしい。それゆえに生々しく逞しいのだ。元々が彫刻家であるから、人体の動き、筋力の移動を静止画像でどう表現すべきか知っているのだ。だから彼の絵画は遠くから見ると彫像のようにも見える。天井壁画ではアーチ形という特異なキャンパスを利用し、見る位置や角度の違いを計算しながら描いている。だから実寸で見ると不自然に太かったり、長かったりする部分があるのだ。これはダビンチもそうだったが、当時の天才たちは絵画の中に自然科学を応用し、一種の「だまし絵」のようなテクニックで迫力・流動性・立体感を描き出す。さらに作者の無言のメッセージが込められる。ミケランジェロの場合、神やイエスを農夫の肉体とすることで「現実的で力強い神」を希求していたに違いない。

ダビンチと異なり、ミケランジェロの場合、常に未来に不安を持ち、自分自身に対しての呵責の意識が強く、神に救いを求め続けていた。そう彼は決して悟り切って<創世記>を描いているわけではなく、むしろ懺悔と救済を乞う意識の中で、礼拝堂の天井にへばりつきながら「聖書」と格闘していたのだ。自らも救われたくて必死だったのだ。だから首が曲がっても描き切ったのだ。目が塗料で潰れそうになっても向かい続けたのだ。恵まれて優雅に描いていたダビンチと異なり、神の奴隷として「描かされた男」それがミケランジェロなのだ。

その証拠に「ロンダニー二のピエタ」がある。私がもっとも衝撃を受けたのがこのピエタだ。「ピエタ」というのは聖母マリアが十字架に張り付けられ、死亡したイエスの遺体を膝の上に抱いている姿の彫像で、一般にはサンピエトロ大聖堂のピエタが有名だが、実はミケランジェロは「ピエタ」を四つ作成していて、その中でも最晩年のピエタが「ロンダニー二のピエタ」なのだ。それはほとんど視力を失ってしまった後に作られた作品で未完成だが、最後の弟子にさえ見られることを嫌がったという「へたくそこの上ない作品」なのだ。あのミケランジェロがここまで落ちてしまうかと目を疑うような作品―それが「ロンダニー二のピエタ」なのだ。けれども、確かにへたくそなのだが、どうしようもなくへたくそなのだが、それが逆に最後の最後まで生命力を振り絞ってイエスとマリアを作り続けたミケランジェロ本人の魂そのもののようで私は無条件に感動してしまうのだ。そして、このピエタの中に「神」を見てしまうのだ。上手く表現できないが、サンピエトロ大聖堂の立派なピエタではなく、首が曲がり、腰が曲がり、目がつぶれて、よぼよぼになって、マリアでもなくイエスでもない「重なり合う老いた彫像」に「神」を見るのだ。もはや霊体のような彫像を作るのがやっとだったミケランジェロに「神」を見るのだ。そうシスティーナ礼拝堂の<創世記>は、そういうミケランジェロを知って、改めて見学するのがふさわしい作品なのだ。


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