素顔のひとり言

モロッコ・鉛占いの神秘

BSで放送されていた「モロッコの鉛占い」を観た。正確に云うと「鉛占い」と云うのは私が勝手に名付けた名称で、実際にはどう呼ぶのか分からない。映像で知る限り占いの正式名称は定かでないが、モロッコでは古くから伝えられている占いらしい。占い師は50代後半の迫力ある女性だ。自分の占いに対して絶対的自信を持っている。記録からだと出張することもあれば、自宅で見ることもあるらしい。霊的な相談が多いのか、映像では原因不明の病気などを占っていた。

「鉛占い」の占い方はこうだ。まず依頼者から悩み・相談事を訊く。次に鉛の板を適当な大きさに切り、その板に依頼人とその母親の名前を刻む。そして、それを依頼者の身体に当てていく。依頼者の魂が鉛にしみ込ませるためだ。次に、その鉛の板を湯を沸かした鍋の中に入れて溶かしていく。或る程度溶けたようになったら、鉛の入った湯を水が入っているバケツのようなものの中に注ぎ込む。この時、水の入ったバケツは占い依頼者に大きく肢を開かせ両脚の間に置かれている。したがって、鉛の入った湯を注ぎこむとき、一歩間違うと火傷する可能性もある。こうして一気に冷やして溶けた鉛の形や色や状態を確認しながら占うのだ。まるで依頼者の魂が、完全にその溶けた鉛に封じ込められてでもいるかのように、占い師ザハラは鉛を掌で扱いながら占っていた。いや、もしかしたら、高次元の霊気が悩み・相談事を、オブラートで包むように吸い取ってしまっているのかもしれない。占いに使った水はペットボトルに注ぎ込み、庭に撒くよう指示していたからだ。そして形が変形した鉛の方は、枕の下に入れて寝るよう指示したりもしていた。占いの判断も、その解決法も、やや呪術的ではあったが、大変に興味深く神秘的である。

正直なところ、私は世界のさまざまな占いを知っているが、このような占いがあることを知らなかった。その占い方から見て、明らかに地元で古代から行われて来た占い方法のように思われた。世界にはまだまだ私の知らないさまざまな占い方法があることは知っている。占いハンターとしては、ぜひとも直接占ってもらいたいが、なかなか世界各地に出掛けて行って占ってもらうのは難しい。日本の中でさえも、私の知らない占い方が多数存在しているだろうと思っている。ただ、日本の場合、本当に古くから存在している珍しい占いは少ない。名前だけ新しくても、その中身は別な占いで、新しくも何ともない占いは山ほどある。古来から秘かに伝承されてこそ価値があるのだ。いや、完全に新しくてもかまわないが、それはそれで本当に中身から新しくないといけない。たとえば「画相術」と云う占いは、実は中国でも「形象判断」として一部で唱えられていた。ただ、きちんとした見方が確立されておらず、疑問視されたような形で何百年も経っていたのだ。それを江戸末期の林文嶺は「画相術」として体系化させ、何百もの例証を掲げて著述し後進も指導した。こうすることによって、新たな占いとして我が国で蘇ったのだ。私には、そういう意味で、もう一度蘇生させてやりたい占いがいくつもある。たとえば「墨色判断」とか「測字占法」とか「梅花心易」とか「太占」とか「天津金木占法」とか「究の字占法」とか「肝臓占い」とか「星平会海」とか「ドット占法」とか「ヌビア式コーヒー占い」とか「ガル骨相術」など数え上げればきりがない。もちろん、この中の一部は私自身が過去に実占したりもしているが、きちんとした形で後世に伝えてあげたいものだ。

日本人はとかく媒体物を用いた占いを信じようとしない傾向があるが、生年月日時を用いたから科学的…と思う方がいるとすれば、それこそ非科学的な頭脳の持ち主と言わなければならない。第一、占いで大事なのは科学的であることではない。科学で推し量れないから「運命」なのだ。昔の中国の医者は「望診術」と云って、患者の顔を見ただけで病気の原因から状態から処方箋まで何も訊くことなく与えることが可能だったのだ。もちろん、そこには人相奥義としての「望診術」が存在したからだが、科学と占術が一体だった時代、そこに立ち戻ることこそ私の究極の願いなのだ。


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