素顔のひとり言

世界の「北野」と「宮崎」と「押井」の戦い

ベネチア映画祭のノミネート21作品の中に、日本の北野武監督作品と宮崎駿監督作品と押井守監督作品の3作品がノミネートされたと云う。もちろん一度に3作品もノミネートされるのは初めての快挙だ。しかも、今回の場合、そのどれもが高い評価を受けてのノミネートで、ぎりぎり滑り込んだと云う風なものではない。作品が…と云うよりも、個々の日頃の映画製作・監督作品としての優秀さを評価されて…といった意味合いが強い。

今やどの監督もナベアツではないが「世界の…」と呼んで良いくらい国際的に評価の高い映画監督となっている。日本の映画レベルの高さが認められる時代となったのだ。特にアニメ部門は映画としてだけでなく、近年、日本のアニメ業界そのものが世界的に評価されつつある。アメリカやフランスや韓国などで、TVドラマとしての…或いはマンガ雑誌としての…ヒーローやヒロインに仮装するオタクまでもが、そのままそっくり海外に輸出されつつある。そういえば今から10年ほど前にドイツを旅行した時、住宅街を歩いていたら、ピカチュウのぬいぐるみを抱えて母親に手をひかれ歩いて来た坊やがいて驚いたものだ。もちろん現地の坊やで、在住の日本人ではない。あの何とも誇らしそうな坊やの顔を忘れることが出来ない。昨年、時間の関係で店の中へは入れなかったが、台湾では偶然にもメイド喫茶を発見して驚いたものだ。

もはや日本のアニメは、良い部分も悪い部分も含めた形で世界へと行き渡っているのだ。実際、同じアニメでも宮崎作品と押井作品とでは明らかに質が異なる。宮崎駿作品は優しさと自然への回帰が永遠のテーマだ。私は「天空の城ラピタ」に流れる音楽が大変に好きだ。子供達にとってはトトロにしろポニョにしろアニメでしか表現できない身近なお友達となっている。こういう映画ばかりを見て育てば、親子殺人や無差別殺人は起こさないだろう。

押井守作品には未来に対しての警告や風刺があるように思われる。正直、私はあまり作品を見ていないので、その点でのコメントは控えるが、彼自身の名は私に或る種の郷愁を誘うものがある。ちょうど今から20年前、私は「押井守」という名を、元妻によって知ったのだ。当時の彼女は、押井守の熱狂的なファンであり、追っかけであった。彼に逢う目的で、東京の彼の自宅まで一人で北海道から押し掛けて行ったりしている。正確な住所も分からず迷子となり、優しい警官に助けられ、執念で彼のマンションを発見したと云う。彼は大いに驚き、それでも自宅に招いてくれて、優しく諭して、見送ってくれたらしい。

一番最初に元妻が私の元を訪れたのは、彼の所に逢いに行っても良いか、逢うことで良い成果をあげられるか、と云う意味のことを占ってもらうためであった。もちろん、相手がそのような人物とは全く知らされていなかったが、私は「傷つく結果になるから止めた方が良い」と忠告した。けれども彼女はあきらめずに決行したのだ。ところが、その彼女と私はやがて自宅マンション・エレベーターの中で偶然出会うことになる。私が「近々引っ越すことになる」と予言していたそれが的中して、彼女は会社契約の形で、私が住んでいたマンションへの移動を余儀なくされたのだ。

考えようによっては、世界の押井守は、私と元妻とを偶然にも引き合わせた人物なのである。

世界の北野武は、アニメ界の巨匠たちとは明らかに違って、家内工業的に作品を作り続けている。家内工業的であることの証明として主演は常に北野武本人だ。「ビートたけし」と呼ばれていたころのたけしは、お笑い界を席巻していたが「北野武」と名乗るようになって、映画監督としての「芸術的だが面白くないたけし」へと変貌していってしまった。確かに彼は映画監督としても役者としても、優れた才能の持ち主ではあるが、何故、自分の映画に自分が主演するのだろう。もっとも私が首を傾げたのは彼の座頭市であった。勝新太郎という名優を知っている者なら、誰もが無意識に比較してしまうことを彼は考えなかったのであろうか。それに比べれば今回の役どころは「売れない画家」でマチスと云うパロディーも彼らしい。

世界の…誰がトロフィーを射止めるのか分からないが、サムライ以外の作品が並んだと云うことが、新しい日本の芸術の時代がやって来たことを予感させてくれそうだ。


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