素顔のひとり言

“予感のある生活”の良し悪し

当たり前の話だが、スポーツ観戦は応援しているチームや選手が活躍してくれないと見ていてもつまらない。ましてや周囲を相手側応援の人々に囲まれているなら尚更だ。

札幌ドームで野球のセ・パ交流戦が行われ、幼い頃から何故か“中日ファン”である私は、北海道が地元・日ハムとの交流戦を昨年に続き観戦に行った。今年は中日も日ハムもあまり良い成績ではない。昨年の場合は確か観戦した前日が破れ、その日も最初はリードされていたが途中で逆転し、そのまま逃げ切る…という展開だった。今年も同じように前日は9-0と大敗していた。ただ今年の方が内野席前方の座席であったのに、どうも前の人の頭に邪魔され、打席部分が良く見えない。そして、すぐ後ろに大歓声を送る“日ハム家族”が陣取っている。我々の近くには“岩瀬ファン”も“荒木ファン”もいる(何故なら名前入りユニフォームを着用している)のだが、その人達はおとなしい。何となく嫌なムードだな…と思っていたら、案の定、初回から3点を献上してしまった。これはまずい。今年の中日はこういう展開ではいつも破れている。早い回に3~4点取られてしまうと、その後反撃できなくなってしまうのだ。2回にも1点を取られて4-0となった。実は、この時点で私はもう負けた…と思った。ただ、まだ2回終了時点で4-0というのは、通常の野球観戦で“負けた”考えることではない。私は 6-0になったら、どんなに早い回でも帰ろうと思った。今の中日には勝ち目がないからだ。ところが4点で踏みとどまった。それで仕方がなく観戦し続けた。勝負事であるから、勝ち負けはどちらでも良い。ただ試合が一方的で守りの時間が長く、攻撃時間があっと言う間なのは困る。応援のし甲斐が無い、というものだ。とにかくヒットさえも出ない。ランナーが出ない。反撃する雰囲気が感じられないのだ。結局6回の途中でいたたまれずに席をたった。このまま破れることが分かり切っている試合を見続けることは出来なかった。家に戻って知ったことだが、結局、試合はその後ホームランが出て1点を追加され5-0で敗れた。我々が帰った後、中日は1本しかヒットを打てなかったらしい。これでは見ていてもストレスがたまるばかりで面白くなかっただろう。選手達には失礼だが、途中で帰って正解だったと思う。私は帰る時、中日ファンの人達に…何故あなた達は帰ろうとはしないのだろう…と不思議だったが、よくよく考えると反撃を期待するから帰れないのだった。私のように完全に負けると解っていたなら、残ってはいないかもしれないのだ。つまり、残っている人達から見れば、まだ4回も残している時点で、帰ってしまう方がおかしい、ということになる。これが10-0とか、8-0とかいうならともかく、4-0というのは大差とは言えない。いくらでも跳ね返せる点数なはずなのだ。ましてやファンなら、負けると解っても最後まで応援しろ…という声が聞こえてきそうである。

ただ本当にそうだろうか。私のように完全に“解かってしまう”場合、応援は虚しいものなのだ。これはたまたま野球の試合観戦だが、あらゆることで“予感が生まれる”ことがある。そういう場合、まず9割方そういう予感は外れない。それが経験上分かっているから、理屈でなく、それに沿った行動で対処してしまうのだ。台風が来ると解っていて、その地に旅立てないのと同様である。

私の場合、母親の時にも、父親の時にも“死の予感”はあった。だから母親を説得しようとしたが、聞き入れては貰えなかった。父親の時にも同居中の兄を説得しようとしたが、聞き入れては貰えなかった。よく、予感があれば“未来に備えられるから良いですね”と言われることがあるが、実際にはそうもいかない場合が多く、必ずしもプラスに働くとばかりは言えないのだ。

実は告白になるけれども、私は20代の一時期、短期間だが半同棲し、結婚を約束した女性がいた。その後、結婚をし、離婚をし、再婚をして現在に至っているけれども、私には“結婚を約束”しながら別れなければならなかった女性の面影が、今でも鮮明に蘇ることがある。その女性との出逢いも変わっていた。私はある会合に出席していたが、その女性を別な女性と勘違いし、声を掛けたのだ。数日後その女性から電話がきて、たまたま話している内に札幌へと同一の日に行くことになっていた。当時、二人とも室蘭に住んでいたので、札幌などめったに行くところではなかった。それで、じゃあ札幌で逢おう…ということになった。ところがドジな私は、約束の場所を間違え待っていたが、20分くらい経ってから気付き、あわてて本来の場所へと行った。「来ないかと思った…」泣きそうな顔で彼女は笑った。それから食事をし、お酒を飲んだのだが、何故か彼女は酔いつぶれ、深夜のストリップショーを見に行くと言ってきかない。仕方なくタクシーを拾った。ところが乗ってすぐ気分が悪いと言いだし、吐きそう…と繰り返した。飲み過ぎているのは見ている。仕方がないので、とりあえず車を降りた。どうしようか困ったが、すぐ眼の前にラブホテルがあった。苦しい、苦しいと呻くので、すがるような思いでホテルに入った。まるでそれを待っていたかのように、彼女は吐いた。それも大量に吐いたのだ。私は新聞紙を使って処理したが大変だった。それを処理しながら、私は何故か“この女性と暮らすかもしれない”と予感があった。

そのような予感から始まった恋だったが、別れも又、予感から始まった。二人の“新居”を意識して一緒に選んだ住居を訪れた時、彼女ははしゃいで「同じマンションに住む人達に挨拶しなくっちゃ…」と張り切っていた。ところが一番奥の住人の表札を見て様子が変わり「この名前の人…知っている」と眉をひそめたのだ。彼女は部屋に入ってから、すぐに知人に電話し“知っている人”に間違いないことを確認した。その時の表情を見た時“彼女の暮らせない住居”となるような予感を持った。案の定、最初は愛情いっぱいに通っていた彼女も、しだいにその住居から遠ざかり、やがて一方的に別れを告げられた。親・兄弟にも挨拶をすませていただけに、私のショックは大きかった。自分に関連することは、予感があっても信じたくないときには忘れてしまう。意識して忘れるのではなく、本当に自然なまま数週間経つと忘れてしまうのだ。だからこそ真摯に愛することが出来る。多分、神様はそういう風にさせてくれているのだ。何もかもに予感が働くわけではない。むしろ、普段の生活では鈍感な方だろう。占いだって、もっと霊感が働いたなら…と、いつも思う。役に立っているのか立っていないのか、よく分からない予感は、人生上の大きな出来事の前には必ず顔を出して来て…私を悩ませる。


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