素顔のひとり言

仏壇の内外に集う人々

久しぶりに実兄の家を訪れた。今回は母親の33回忌を兼ねているので九州から実姉もやって来ていた。前回、兄貴の所に来たのがいつだったか忘れてしまったが、この建物になる前であったから10年以上前だったのは確実だ。実兄は登別で、その長女、及び次女夫妻と同居している。孫も3人いるので大家族だ。一時期、心臓に持病を抱えていて薬を手放せないと云っていたが、ダイエットをしたせいか昔と同じくパワフルに動き回っている。普段は札幌で働いている息子や、兄嫁方の親戚も来ていたので、かなりの人数が集まったことになる。私は行った最初の日は気付かなかったのだが、法事当日になって、仏壇が前より小さくなっていることに気付いた。大きい方の仏壇は次女夫妻の二階に置いているのだと云う。前の仏壇が巨大すぎたから、これくらいで丁度良いのだが、運命学的な観点から云うと仏壇を小さくするのは良いことではない。これは墓所でもそうなのだが、これまでのものより明らかに小さな墓所に変えるのは家運が傾いていく形で感心しない。仏壇でも墓所でも、徐々に大きく変えていくのが良いのだ。けれども現今の住宅事情を考えると、仏壇が小さくなっていくのは当然なのかもしれない。例えば大きな一戸建てで暮らしていた家族が、それぞれ独立して夫婦二人だけに変わるような場合、便利なマンションに移り住んで大きな仏壇の置き場に困る場合だってあるだろう。実際デパートなどで売られている仏壇はどれも小ぶりだ。近年は「モダン仏壇」とか言って、洋風住宅やデザイナーズマンションであっても違和感のない仏壇も売られている。但し、感覚的には仏壇としての趣はない。洋ダンスのような外観で、装飾もなく色合いも仏壇らしくないので、何故か親近感はもてない。その内部に古典的な位牌を入れたりすると明らかに不調和となる。つまり先祖達にとっても安住しにくい空間となるのだ。墓所でも仏壇でもそうだが、極端に不調和・奇形な座所に「先祖・心霊」は寄りつかない。亡くなられた方が「生息する座所」として墓所や仏壇はある―と云うことを忘れてはならない。洋室に仏壇を入れる場合、クローゼット内部を押し入れ風に分断し、その中段に平置き型の仏壇を入れるようにすると良い。こうすると違和感なく洋室の中に仏壇が入る。特別な来客以外の時にはクローゼットの扉を開いておけば、その中段に当てはまる形で古典的仏壇が調和して収まるものだ。ちなみに私の所では神棚も、仏壇の上の段に、平置き型のものを置いている。つまりクローゼットを開くと、その中段にぴったりの高さで仏壇が開かれ、さらにその上段に神棚が横に広がっている―という構図だ。リビングにある調度品の多くはイタリア製だが、神仏とも引っ込んだ形のクローゼット内に納まっているため違和感は生じない。

日本人住居の場合、どんなに洋風建築にしても、神棚や仏壇を収めようとすると、違和感のある洋室が出来上がってしまう。昔は「和室」や「仏間」をリビング横に組み込む方式が取られたが、住居空間に余裕があるならその方が良い。ただ狭いと不調和な印象がぬぐえない。ともかく、先祖・神仏が住まう場所としての空間を意識することが大切なのだ。普段から先祖・神仏が見守って力を貸してくれれば、これほど生き易いことはない。そのための仏壇であり、神棚なのだ。よく先祖や神仏に対して、何かを要求してはならない…と云う人がいる。高名な占い師とか霊能者とかでも、そういうことを言う人がいる。私に言わせればとんでもない話で、血が繋がっているからこそ、母親が我が児を見守るように、先祖たちが私たちを見守ってくれるのだ。或いは神仏が見守ってくれるのだ。それに対して「力を貸してね」「常に見守って助けてね」と云うのは当然だし、決して不遜な要求などではない。むしろ自然な祈りであり気持ちではないか。不自然な信仰を行ってはならない。

それにしても、我が故郷・室蘭は相変わらず霧が濃かった。地球岬の灯台にも上ったが、あまり感動はなかった。朝方、久しぶりで神社にも行ったが、こんなにも広い敷地だったか…と改めて懐かしい想いにとらわれた。登別温泉にも行ってみたが、地獄谷の様相は何かが変わっていた。白い湯気の中で、過去と現在とが交錯して見えた。何が変わったのか正直分からない。もしかしたら、私自身が大きく変貌してしまっていたのかもしれない。


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