素顔のひとり言

印(しるし)と呪術

最近、K1やプロレスを見ていて、刺青(タトゥ)を入れている選手が多いのが目に付く。鋼鉄のような肉体をもつ欧米ファイターが「家族愛」と漢字で二の腕に彫り込んであったりすると、何となく微笑ましい気持ちになったりする。せっかくタトゥを入れるなら、もう少し美的センスの良いものを彫れば良いのに…と感じることも多い。

元々我が国はタトゥの国だった。このように記すと信じられない人が多いと思うが、外国人の目から見た日本について書かれた『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』には、卑弥呼の時代の日本人は誰もが「文身(いれずみ)をしている」と明記されている。刺青(いれずみ)の文字が「文身」となっているように、日本人の入れ墨は「文字のように見えた呪術的文様」から入った。定まった刺青を入れることで、その血統や役職や能力(先祖から授かる霊能力)を明確としていたのだ。実際、それは日本に限ったことではなく、種々な古代文明地域で同じような風習があった。護符や霊符と似たような意味合いから彫り物を入れてきたのだ。その風習は奇妙な形で近代まで続き、神仏の姿を背中に彫ることが任侠の世界などでも行われていた。

そのような意味から云えば、霊障に悩む人とか、トラウマに怯える人とか、前世的因縁を断ち切りたい人とか、厭世感の抜けない人とか、天涯孤独の人とか…が、背中や肩口に大きく自分の信ずる神仏を彫り込むことは、決して意味のないことではない。強い思いや念を込めて彫り込まれた神仏が、常に自分と一体化して守ってくれている、と信じることは弱い人間にとって大きな救いとなるかもしれないからだ。医薬や科学は、そういう分野には今もって無力だ。呪術だけが、そういう人たちの強い味方となっているのは否定できない。

また、古代人は慢性的な持病を抱えているときに、自分の身代わりとなってくれる土偶を作り、その土偶の一部(自分の患部と同一の場所)を壊して、身体が一部欠け落ちた土偶を神前、又は墓地の中に呪文を唱えながら埋めた。こうすることで、土偶が自らの身代わりとなって、疾患個所は蘇える、と信じられたのである。このような呪術は、一見、馬鹿げているかに思えるが、ズーブー教の呪術師などは、その呪術を警察から禁止されるほど力があった。

日本における「丑の刻ー藁人形の呪術」なども、それらの部類と云えるだろう。ただ、せっかくの呪力を悪い方に用いているような気がする。巷で話題の「復活愛」なども呪術を用いることで可能となるかもしれないのだ。

街を歩くと、秋の装いは女性のハンドバッグを目立たせる。ここでも呪術信仰がある。ブランドバッグがそれだ。大きなロゴ、目立つロゴの入ったブランドバッグを持つ女性たちは、自分が「シャネル」や「グッチ」や「ヴィトン」の信仰者であることを、誇らしげに明示している。まるで腕にそれらのロゴを刺青して歩いているようなものなのだ。それらの刺青が愛と幸運をもたらしてくれるはず、と信じているかのように…。


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