運命の主役者たち

人は誰でも「運命の主役者」として、自分自身の人生を歩んで行きます。 あなたの人生上の出来事を、もっとも完璧に演じきれる主役は、あなた以外には考えられないのです。 ただ、その人生が世間的注目を浴びるかどうかは別問題です。 ここでは、運命としか呼びようのない人生を背負わせた人々のホロスコープや命式を解説しながら、人は運命にどう立ち向かうべきなのかを一緒に考えて行こうとするものです。

新たな可能性に賭ける新庄剛志氏の人生

新庄剛志さんのデータ

1972年1月28日午前9時
長崎県対馬市で出生。生後10ケ月で歩き出す。
1989年
西日本短期大学附属高等学校・野球部。福岡大会で活躍、サイクル安打。 ドラフト会議で阪神から5位指名。阪神タイガース入団。
1991年9月
プロ初打席初安打。
1992年
公式戦7番3塁。初打席初球プロ初本塁打。
1994年
1番センターとして開幕。5月13日サヨナラ満塁本塁打。オールスター出場。
1995年11月
契約交渉後の会見で突然の引退宣言。父親の病気悪化で現役続行。
1999年
オープン戦で投手としてリリーフ。左膝を痛めて断念。
2000年
ヤクルト・横浜からの誘いを蹴って、ニューヨーク・メッツへ移籍。 12月 8年間同棲していた大河内志保と入籍。
2002年
初の1億円越え達成。マーリンズ戦で日本人初の満塁本塁打。
2004年
北海道日ハムファイターズ入団。オールスター戦で単独ホームスチール成功。
2006年
年俸3億円。4月18日オリックス戦で突然の引退表明。10月4勝1敗で日本一。
2007年12月
志保夫人との離婚を発表。
2008年1月
株式会社レハサフ設立。
2010年
バリ島に住居を構え、エアブラシアート制作に没頭。
2011年
父親死去で8月に一時帰国。

【ホロスコープの解説】

全体的特徴
太陽が「みずがめ座」にあって、第11ハウスに位置して出生しているホロスコープです。どちらも<友情と仲間意識に篤い太陽>を意味しますが、その根底にあるのは<同志的結合>で、「組織」のために働く太陽ではありません。むしろ、組織として縛ろうとすると反発し、そこから離脱したがります。したがって、捉えようによっては「自分本位」とか、「我が侭」というふうに受け止められかねません。惑星全体の配置はバランスが良く、片寄ってはいませんが、やや纏まりに欠ける点も否めません。
職業と関係が深いMC(南中点)とアスペクトを作っているのは天王星と火星です。特に火星は120度アスペクトでプロスポーツ選手には大変向いていますが、天王星の作用も加わって<突然の変化>が仕事・職場上で表れやすい暗示が見受けられます。
月が第4ハウス内にあって、住居の移動が多くなる生まれの特徴が見られます。ただ同時に「母親」と「故郷」に対する愛着は強い生まれです。アセンダント(上昇点・ASC)の近くに金星があって、本質的には容貌に恵まれ、愛情が豊かで、サービス精神も旺盛なタイプです。又、<美意識>が強く、男性ながら外見やファッションを人一倍重要視します。ただ、金星は主要な惑星とのアスペクトがなく、孤立しているのが気になるところです。人気運には恵まれていても、個人的な愛情関係は繋がりが乏しい星の配置です。
第10ハウス内に木星が位置していて、社会的な地位とか名誉とかには恵まれる生まれです。良い指導者にも恵まれることでしょう。そして、地位・名誉に伴う形での金運・財産も手に入れることが可能です。ところが、太陽は「みずがめ座」の「第11ハウス」にあって、そういう<世俗的な成功>には、あまり価値を見いだせない生まれなのです。自分と感性が似ている<同士>を得て、それらの人々と一緒に、共通の目的意識を持って活動している時にこそ、最高の幸せを感じられる生まれのようです。
今後、どのような形で仕事を展開されているか、定かではありませんが、おそらく<共通の目的意識を持った仲間>が出現して、その中で輝いている姿こそ、彼がもっとも理想とする人生なのに違いありません。
アスペクト
ホロスコープ全体から言えることとして、メジャーアスペクトが比較的少なくて、一般にマイナーアスペクトとして軽視されがちなアスペクトが目立つことです。多分、日本の多くの占星家が分析すれば、アスペクトの乏しいホロスコープとされてしまうことでしょう。けれども、私は昔からマイナーアスペクトを重視してきた研究者であり、このホロスコープの分析でも、それが重要なのだと力説いたします。
特に、このホロスコープで目立つのは150度アスペクトです。
太陽―月、月―海王星、月―ドラゴンヘッド、木星―土星が、それぞれタイトな150度を形成しています。他にも、マイナーアスペクトとしては、金星と天王星の144度、火星と海王星の135度、さらに一般の占星学では採用されない75度アスペクト(ドイツ系の占星学では採用される)が月―火星、ドラゴンヘッド―火星、金星―土星間で出現しています。これらは、このホロスコープの人物が大まかな分析だけでは捉えきれない<複雑な要素>を秘めていることを暗示しています。
ホロスコープ全体で目立つのは、月を頂点とした<二等辺三角形「ヨッド」>で、月―海王星―ドラゴンヘッドで形成されています。感受性が人一倍強く、周りからの影響を受けやすいこと。雰囲気とかムードとかに弱く、理想を追求しやすいこと。ジプシー的な生活感を持ち、常に母親的な女性を必要としていること。最終的には故郷に帰って晩年を過ごす形が一番良いこと―等を物語っているようです。
火星と天王星の180度アスペクトは<暴走し出したら止まらない形>で、事故や怪我に要注意のアスペクトです。また、この両惑星が、第2ハウスと第8ハウスとを繋ぐ形でアスペクトを形作っているので、経済的な面においても、或る種の衝動性は発揮されるものと見受けられます。くれぐれも、競技関連の詐欺的投資話等に乗らぬよう注意すべきです。
注目すべきトランジット度数
これまでの一般的な占星学理論では、ハードアスペクトは「凶兆」として捉えられることが多く、トランジットでそれら惑星を刺激した時には、アンハッピーな出来事が生じる、と云う解説が一般的です。ところが実際にトランジット経過を調べてみると、ハードアスペクトが作られる時に幸運が訪れ、ソフトアスペクトが形成される時に悪い出来事が拡大されるようなケースが少なくありません。そう云った占星学上の常識を覆す典型がこのホロスコープでは散見されているのです。
まず、彼が阪神タイガースに入団してプロ野球人生のスタートが切られた年、すなわち1990~1991年にかけてですが、トランジットの冥王星は「さそり座」17~18度を移動していて、仕事運と関係が深いMCと30度、出生時の天王星とも30度アスペクトです。つまり、ちょうど出生時のMCと天王星に挟まれるような格好で、トランジット冥王星が<職業・立場上の変化>を促していたとこになるのです。彼が実際に1軍で活躍し始めるのは、1992~1993年にかけてですが、それらの年にトランジットの天王星、及び海王星の2星は、ほぼ同じような位置「やぎ座」17~19度を移動していて、出生時のMCや天王星をアスペクトしているのです。しかも、ここでは出生時の火星にもアスペクトしていて、火星―天王星の両方にトランジットの天王星と海王星とが90度アスペクトを投げ掛ける―という奇妙な配置なのです。1994年の5月には劇的なサヨナラ満塁本塁打を放っていますが、トランジットの海王星は出生時の水星と0度で重なり、トランジットの木星は出生時の太陽に対して90度アスペクトです。1997年の7月にはオールスター戦に択ばれながら「帰れコール」を浴びると云う不可思議を体験していますが、この時、トランジットの土星は出生時の火星に0度で重なっています。奇妙なことに1995年5月にプロ野球では珍しい「三重殺」で仕留められた時にはトランジットの木星が出生時の火星に0度で重なっています。
アメリカのメジャーリーグに移籍した年には、トランジットの天王星が「みずがめ座」18度にあって、出生時の天王星に120度アスペクトです。このような時期は一般の方でも「環境が激変しやすい時」ですので、アメリカに住居を移したのは占星学的には無理もないのです。アメリカでリーグ優勝した年はトランジットの冥王星が出生時のMCに0度で重なっています。日ハム入りした2004年は、トランジットの天王星が出生時のアセンダント(上昇点・ASC)に0度で重なり、トランジットの冥王星は出生時の火星と120度アスペクトです。バリ島に本拠地を移した2010~2011年にかけてはトランジットの土星が出生時の土星に対して120度アスペクト、トランジットの冥王星が出生時の月に対して180度アスペクトで<生れ変わり>が示唆されています。

【四柱命式の解説】

全体的特徴
日干「戊」が<我>として構成されている命式で、月支蔵干は「己」で「劫財」主体の格局となります。したがって、自由を尊び、組織から逸脱しやすく、お金に縛られるのを極端に嫌う人生観の持ち主と言えます。又、生き方の根底に<冒険>や<ギャンブル>を望んでいるようなところがあって、凡庸な人生を極端に嫌っているようです。愛情もサービス精神も旺盛ですが、後先を考えから行動しない危なっかしさを秘めています。年干、月干は共に「辛」で「傷官」を表出します。組織的な経営者とか、管理型の上司とかに対して反発し、批判的になり易く、組織内における立場は自ら危うくしがちです。ただ研究心は人一倍強く、技術的な面で種々なものを創作する、或いは生み出していく可能性を秘めています。
つまり、どのような世界に向かっても、組織内で力を発揮するタイプではなく、独立自営的な形で、自らの理論や発想に基づいて生きていこうとする傾向が顕著です。時刻干の「丙」は「偏印」となりますが、日支に<根>を持っている十干です。したがって、やがて再婚していく可能性は大いにあります。入籍はしなかったとしても、一緒に暮らす女性は確実に出て来る形で、芸術方面で生きていくなら、その方が才能的にもプラスとして作用します。日支に「印綬」が表出されているので、性格的に母性愛の強い<母親的な女性>との方が上手くいくでしょう。
経済的には時刻干支が「偏印・比肩」なので、晩年期に入ると不安定で消費しやすい傾向が顕著です。「傷官」があるので本当は「解説・批評」に向いた素質、「劫財」からは「サービス・接客」にも素質がありそうですが、誰かがサポートに回らないと金銭面で失敗しそうな星の配置が見受けられます。芸術面では、アイディアや独創力には恵まれているので、創作能力は心配ありませんが、収支のバランスを取るのは容易ではありません。「戊」が日干なので、陶器類に絵を描いて作品化した方が財運を生み出しそうな命式と言えます。
運気的に注目すべき干支
彼にとっての人生のスタートは基本的に「庚」の年であるらしく、阪神タイガースに入団した年は「庚午年」であり、メジャーリーグに移籍した年は「庚辰年」であり、バリ島に移住して本格的に画家を目指した年は「庚寅年」となっています。又、本人の個性や技術が輝き、大いに活躍するのは「辛未月」が多く、高校野球の福岡大会決勝でサイクル安打を記録したのは「辛未」月であり、オールスターゲームに最多得票で選出されたのは「辛未」月であり、日ハム時代のオールスターゲームで単独ホームスチールに成功したのも「辛未」月でした。又、年干支が「辛未」だった年には阪神のルーキーとして大活躍していました。出生時の命式上では「辛」は年干・月干にあり「傷官」を表出しています。傷官は「技術の星」で、個性が光る人物に表出されやすい星です。
「庚」の方は命式上には出ていないのですが、「食神」として衣食住を安定させるうえで重要な星です。人生のスタートが「食神」となっているのは、幸運な人生のスタートを切ることが出来る証明と言えます。運命的に「丁」が表出される時には不運な出来事が生じやすく、最初に「引退宣言」をしたのは「丁亥」月であり、打率が2割1分と低迷しながらオールスターに出場したことで「帰れコール」を浴びたのが「丁丑」年の「丁未」月でした。志保夫人と離婚したのも「丁亥」の年でした。
彼の場合、日干が「戊(我)」なので、「戊」の年には独立独歩で孤独な第一歩を歩み出すような出来事が生じやすいのですが、1998年には打撃不振から<外野手>と<投手>の二刀流を開始させられています。次の2008年には株式会社レハサフを設立して、事業家としても第一歩を余儀なくされています。2012年は「壬辰」の年ですが、これまでの経緯を調べると、プロ野球で初本塁打を放って活躍し始めるとか、メジャーリーグで満塁本塁打を放ってリーグ優勝した年にも当たっているので、実力発揮して輝かしい成果を期待できる年―と言えるでしょう。

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