素顔のひとり言

日本人として世界に誇れるものを…

久しぶりにTVで「昭和40年代ベストヒット歌謡」なるものがあったので懐かしさもあり見入ってしまった。こういうものに懐かしさを覚えるということ自体、今を生きていない証拠かもしれないが、この時代、明らかに日本には日本でしか生まれない歌があった。世界に誇れる日本人としての歌があった。実際、海外へ行って見ると判るが、フィリピンやタイで日本の歌として知られているのは現代のポップ歌謡ではなく、昭和40年代から50年代にかけて流行していた歌謡曲である。その理由の一つは完全な日本語としての歌詞であり、メロディーだからである。昭和60年代以降の歌は、全歌詞日本語の歌は演歌を除くと極端に少ない。

昭和50年代までの日本の歌謡曲は、歌詞が明らかに詩としても優秀な曲が多かった。もう一つ重要なことは、詞が先にあって、曲がそれに合わせて附けられていたことだ。だから、日本語としての言葉と、その音階に違和感がない。

近年、曲先行が当たり前となり、詞は後から嵌めるものとなってしまった。リズム主体のポップスはそれで良いが、演歌にまでそれを持ち込むのは感心しない。それゆえか近年の演歌は音階に違和感のある歌が多い。当然、心に染み渡るものとはならず、大ヒットがない。

同じようなことは占いの世界にも云える。近年発行される占いの書籍は、どれも新鮮さに欠けている。何よりも「運命」とか「人生」を、真正面から見つめて書かれたような印象の本がない。どこかゲーム攻略本のようであり、運命や人生と真正面から向き合っている真摯なものが感じられない。その理由の一つは、簡略化されすぎている内容のものが多いからであり、もう一つは興味深い実例が載せられていないからだ。大体、著名な占い師の書いた本ほど、薄っぺらな内容でしかないのはどういうわけだろう。とても運命や人生を任せられるような真摯な思いが伝わって来ない。かつて瀬戸内寂聴は、物書きはインクではなく、血をペンに染み込ませて書いていくものだと知るようになった―と何かに記していたが、占いの書物で、そういう本に近年出逢ったことがない。

かつての日本には、水野南北や林文嶺や中村文聡のような血をペンに染み込ませて書いているような占い師たちがいた。残念ながら現代に、それを感じさせる運命家はいない。今、図らずも「運命家」という表現を使ったが、これを好んだのは中村文聡氏だった。占い師よりも運命家という言葉が似合う人物が、現代には見当たらない。占いそのものの実力もさることながら、何よりも人間として尊敬できるような人物が、占い師の中に見当たらない。演歌の世界と同じで、苦労して今日を得ているような人物が、近年脚光を浴びている占い師には見当たらないからだ。どちらかと云えば、アッという間にお茶の間のアイドルやタレントになってしまう現代では、人間としても尊敬に値する占い師など、時代が要求していないのかもしれない。

ただ、日本人として、世界に、或いは後世に誇れるような占い師=運命家を出現させるのは、ある意味でマスメディアの肩に掛かっている部分も大きいような気もする。結局、現代では、マスメディア向けでなければ、世間が認めない風潮もあるからだ。元々、運命学は地味な世界であるから、派手な世界で注目を浴びさせようと考えること自体無意味かもしれない。ただ、世界に誇れるような占い師は、私も何人か知っている。その第一条件は、日本人にしか出来ない占いをやってのけることの出来る人物だ。ここでは記さないが、そういう占いは幾つもある。もちろん、世界的に浸透している占いを日本人特有の視点から、リニューアルする形でも良いし、新発見を加えていく形でも良い。とにかく、欧米や中国の人真似をして権威者ぶるような人物を崇めるような習慣は早くなくした方が良い。

さまざまな分野で日本人が世界の脚光を浴びるようになった今、我々日本人として、本当の意味で世界に誇れるような運命家が輩出されることを心から願ってやまない。


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