素顔のひとり言

本当の「正義」とは何か

2001年9月11日に起きた「同時多発テロ事件」の首謀者とされるウサマ・ビンラディンが米特殊部隊によって殺害された。

一説には人気が下降気味のオバマ大統領が“人気回復の手段”として強行した大博打だとも言われるが、果たせるかなアメリカ国民はこのニュースに熱狂的な支持を送った。アメリカ人の国民性から言って、当然ともいえる反応ではあるが、日本人の一人である私としては何ともやりきれない感慨が先に立つ。

かつてアメリカは似たような意識の元にイラクのフセイン元大統領を処刑台に送った。どちらも世界中が納得し、喝采するのが当然と言わんばかりの公表の仕方であった。確かに、アメリカの映画やドラマ等でよく見るシーンだ。この手のアクション映画がアメリカには多い。「正義の使者」と、それに対抗する「悪魔の手先」との攻防で、ついには正義が勝って、悪は滅んでいく…というストーリーだ。

もちろん、フセインもビンラディンも“手段を択ばぬ攻撃”をしかけ、その結果あまりにも多数の罪もない人々が犠牲となったことは事実で、その意味で「大罪」を犯していることは間違いがない。その点では全世界の人達に異論はないだろう。ただ、だからと言って問答無用に急襲し、殺害し、それを歓喜し、全世界の人達もその美酒に酔え―というのはいささか乱暴で怖い論理のような気がするのだ。

確かに身勝手な論理の元、罪もない多くの人を急襲し、死に追いやった行為は許されることではない。そういう指導者を抹殺したい気持ちは分かる。しかし、それで本当に「悪魔」はこの世から消えるのか。かつてアメリカはそう主張し、フセインを葬った。けれども、あれから何年も経過したが、未だにイラクの情勢は不安定だ。フセインが消えたのに、むしろ消えた後の方が多数の一般市民やアメリカ兵が犠牲となっている。完璧に「平和な国」になど変わってはいないのだ。同じことがビンラディンにも言えないだろうか。確かに「9.11」の首謀者は消えたかもしれないが、それで“イスラム過激派”が壊滅するわけではない。第一、格闘技の世界ではないのだから、やられたらやり返す―という論理は堂々巡りとなる可能性を秘めている。心から安心できる解決法であるとはとても思えない。

或る意味で、アメリカ人の思考は単純で解かりやすい。とにかく危険なものは徹底的に力で抑え込むのだ。アメリカの“考え方”が全世界にとって正しく、アメリカの「正義」は世界にとっても正義なのだ。それ以外に「正義」はない。

私はここで一つの思想を思い出す。

古代エジプトの世界では「正義」と「真実」はイコールで繋がっていた。彼らは「正義」と「真実」と同じ文字綴りで当てはめていたのだ。文字通り「正義」=「真実」だったのだ。現代アメリカの思考方式は正にこれなのだ。だから何の迷いもなく、敵が丸腰であっても問答無用で殺害できるのだ。それはアクション映画で正義のヒーローが、最終的に悪魔の手先を死に追いやっていく手法そのままなのである。日本でも昔の時代劇はそうであった。その方が映画や小説なら解かり易くて良い。悩まなくて済む。

現実の世界でも、例えば“悪魔の手先”が1人なら、或いは少数なら、すべて皆殺しにしてしまえば、それでことは済み、世界の秩序は一応保たれるのかもしれない。例えば今回の場合、いわゆる「アルカイーダ」と呼ばれる彼の組織を根こそぎ襲ってしまえば、終わりが来るのだろうか。これが、そうではないのだ。何故なら、ビンラディンの組織の根底に流れているのは“イスラム過激派の思想”だからだ。決して、単なる軍事思想とか、改革過激思想なのではない。過激すぎるとはいうものの“宗教思想”の一派なのだ。「聖戦(ジハード)」という言葉が一時流行ったが、その言葉に代表されるように、宗教的な神に捧げる聖なる闘い―それこそが正に「聖戦」なのだ。それがどうして厄介なのかというと、悪いことをしているという自覚など全くなくて、いやむしろ正しい行いと信じての「殺掠行為」とか「ゲリラ闘争」を繰り広げている点にある。「神」の名の元に本気で正しいと信じ切って“過激殺掠行動”に出ている。「アルカイーダ」と似たような集団は他にもいるが共通しているのは「聖戦」の意識で、若干異なっても“イスラム教”が背景としてあることは間違いがない。

とかく日本人は、この部分が理解出来ないのだが、実は過激な宗教思想というのは昔からあって、世界各地にあって、つい20年ほど前には「オウム真理教」という過激集団が日本にもあったではないか。あれは特殊だとか、あんなものは宗教ではないと思うかもしれないが、あれだって宗教団体には違いなかったし、実質的にはヒンズー教に近いが仏教的な思想も取り込んだ新興宗教であった。実は彼らは近年の宗教思想団体だが、江戸時代にも、鎌倉時代にも、妖しい宗教思想はあった。例えば「真言立川流」という密教系の宗教思想がある。妖しい部分だけが取り上げられがちだが、仏教思想が背景としてあることだけは否定しようがない。欧米ではイスラム教の分派である「アサシンズ」というカルト殺人教団が昔から存在した。キリスト教系でも昔から「KKK教団」という“白人至上主義思想”と“悪魔崇拝”が存在している。一時期「人民寺院」という宗教組織が集団自決して注目を浴びたりもした。要するに、妖しい思想とか、危険な思想を含む宗教思想団体というのは、いつの世にも、どこの地域にも存在しているものなのだ。

彼らに共通しているのは“正しいと信じて行っている”ことで、それが或る種の“集団催眠”であったとしても、いったん「正しい」と潜在脳にまで植えつけられた意識は余程でなければ覆せない。「どうして、そんな宗教に…」と誰でも思うのだが、子供の頃から教え込まれた思想を根底から覆すのは、実は大変に難しいのだ。

ビンラディンの「アルカイーダ」の場合でも、徹底した軍事訓練だけでなく、思想教育も行っていて、その思想が“イスラム過激派”としての宗教思想なだけに、敵の頭領の首を捕ったら終わり―という集団ではない。過激派でなくても、イスラム教の根本的な思想として、神は“自分たち一族・血族・民族に力を与える存在”として信仰し続ける。決して“個人の為の神”ではない。ここがキリスト教などと根本的に異なるところだ。したがって、自分たちの世代で達成出来なくても、子孫の世代で達成してくれるなら“祈りは通じた”という考え方が背景にある。だから「自爆行為」も辞さないのだ。そういう集団を敵に回してのビンラディン殺害は何を意味するか、アメリカの「正義」は「真実」と繋がるのか、今後の歴史が証明するだろう。


最近の記事はこちら

波木星龍の公的な「予言の的中率」

占い師の評価というのは、必ずしも“的中率”にあるわけではないが、そうは言っても“どの程度的中しているのか”は、その評価の重要なポイントであるには違いない。よく“口コミ”と言われる“やらせっぽいサイト”…続きを読む

自らが創り出す「未来」

占星学や推命学の研究者の中には“先天的な運命”を動かしがたいものとして、本人の“意志”とか“選択”とか“努力”などを認めないような判断の仕方をされている方が多い。私自身も占星学や推命学の研究者であるか…続きを読む

あまりにもお粗末な「ツタンカーメン」番組

こういう番組をどう捉えれば良いのだろう。制作サイドは日本の視聴者をあまりにも軽んじすぎているのではないだろうか。7月18日のTBS古代エジプト世紀の大発見プロジェクト「ツタンカーメンと伝説の王妃330…続きを読む

日進月歩で「後退していく」占いの世界

世の中、日進月歩で進んでいくものが多い中で、まるで“後退りしている”ような世界が「占いの世界」だといってもよい。どうして後退りなのか、ここ20年ほど「新たな研究」「新たな学説」「新たな占い」「新進気鋭…続きを読む

人は“さまよいながら”生きていく

人間社会は「勘違い」で成り立っている。例えば、私は“書きもの”などでは何でも明確に“ズバズバ書く”ので、現実にもさぞかし「即断即決の人」「迷いのない人」「怖い人」であるかのよう誤解されがちだ。とんでも…続きを読む

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.