素顔のひとり言

植物が発している「気」と風水効果について

先日、観葉植物の鉢植えを三つほど捨てた。どうも水をやり過ぎたせいか、虫が生じて来てしまったからだ。せっかく美しく、形良いものだっただけに残念だが仕方がない。風水的観点から云うと、枯れてしまったり、腐ってしまった植物を長く室内に置いておくのは良くない。生き生きとした植物であってこその風水効果だからだ。

植物と云うのは、人間以上に環境と云うものに対して敏感である。そして「気」の発し方も判りやすい。私が尊敬した観相家は「人相の気色を習得する一番の近道は植物を観察することだ」と云っている。確かに「気の強い植物」と「気の弱い植物」とでは、明らかな違いがある。最近、良く使われる表現を使えば明らかに「オーラが異なる」のだ。実はこの「オーラ」と云う存在の研究も、撮影化と云う点では植物の方が早かった。

植物の葉の一部を切り取って、特殊なカメラで撮影すると、その切り取られる前の葉先のところからオーラを発し続けていることが示され、オーラの存在が科学的に証明されたのだ。人間の場合でも、例えば手術などで足など切断した場合、そのすぐ後で撮影すれば確認されるかもしれないが、今のところそういった事例報告は聞かない。

植物の発する気(オーラ)は、同じ植物でも朝方が一番強く、夕方以降が弱い。また、晴天の方が強く、強風や雨天の時などは弱い。南国等だと、スコールのような雨が降って、そのあと強い日差しが戻ってしばらくしたような時もっとも気が強く発せられるようである。観葉植物なら葉の色が濃い緑で厚い方が気も強く、葉色が淡く柔らかで薄っぺらいと気は弱くなる。もちろん、その植物の大小や生命力そのものとも大いに関係がある。

植物にクラッシック音楽を聴かせて育てると美しい花を咲かせるとか、激しいロックを1日中聴かせていると萎れたり、乱れた葉先になったりすると云う実験まである。総じて太陽の光と適度な水と過ごす環境とは、植物の「気」と無関係ではない。

風水的な観点から云えば、植物が育たない土地や環境は、人間の生命力や生活環境としても良いとは云えない。鉢植えであれ、切り花であれ、室内で植物と共存すると云うことは、植物からの気を受けながら生活すると云うことになる。家族と一緒に暮らすよりも、独り暮らしの狭い室内で鉢植えや花瓶を置き、植物と一緒に暮らす方が、よりその影響を受けやすい。したがって、お年寄りで独り暮らしの人などは、ぜひとも力強く気を発している大型の鉢植えたちと一緒に暮らされることをお勧めしたい。どちらかと云うと、葉先の丸い濃い緑の観葉植物が理想的だ。庭やベランダで種々な植物と暮らしている場合は、冬場の時に気が衰えるので、そういう時に小さな子供たちと会う機会を増やすようにすると、若々しい気を貰い受けることができる。奇妙なもので、気と云うのは一緒にいるだけで補い合う作用を持っているらしい。そういう意味では、クリスマスとか正月とかに、普段一緒に暮らしていないお爺ちゃんやお婆ちゃんの所へお孫さんを連れていくと云うのは、大変理にかなった行為なのだ。

本当はだから、年を取って身体に故障が出て来て老人病棟に入院するようなときには、なるべく若い看護師さんが多い病院に入れてあげるのが親孝行なのだ。

もう一つ風水的な観点から云うと、玄関に来客を意識して飾る花は寿命の短い切り花でも一向に差し支えないが、リビングに飾る花は日持ちする花であることが風水的には好ましい。その色合いも優しい色合いの方がリビングの場合はふさわしいものだ。逆に玄関は、華やかである方が来客を迎えるのにふさわしい。恋愛縁の乏しい人、交際関係に悩んでいる人は、玄関に花を飾り続けることで良い出会いに巡り合うことができるだろう。玄関の場合、方位的なものはあまり気にし過ぎ無くても大丈夫だ。ただ、枯れた花をいつまでも飾っておくのは逆効果なのでつつしまれたい。


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