素顔のひとり言

母の日に捧げる記

今年もまた、母の日がやって来ました。

この日がやって来ると私には、思い出す「歌」と「小説」と「忘れられない記憶」とがあります。私は、既に29年前に母を亡くしています。

幼い頃の私が知っている母は、病弱で、寝たり、起きたりでした。何度か入院もし、誰もいない部屋で、幼い私は、窓の向こうばかり見つめていたのを憶えています。

私が思い出す「歌」とは、さだまさしさんが歌った『無縁坂』です。

――母がまだ若い頃、僕の手を引いて、この坂を登るたび、いつもため息をついた。ため息つけば、それで済む、後ろだけは見ちゃダメと、笑ってた、母の手は、いつも暖かかった。運が良いとか、悪いとか、人は時々口にするけど、そういうことって確かにあると、あなたを見てて、そう思う。偲ぶ偲ばず無縁坂。噛み締めるように、ささやかな僕の母の人生――

ちょっと長い引用になりましたが、これが『無縁坂』の歌詞です。そして、その通りの人生を、幼い頃の母は歩んでいました。

私が十代後半に達した頃、母は元気になっていましたが、反抗期となった私は、いつも母親を心配させてばかりいました。

思い出す小説は、谷崎潤一郎の『母を恋うる記』(だったと思うのですが、題名が違っているかも知れません)という、あまり谷崎の作品としては知られていない中篇です。一時期、谷崎作品に惹かれていた私は、彼の作品をいろいろと読んだのですが、この小説ほど彼の「天才性」を感じさせた作品は他にありません。

私は、二十代になって、谷崎ではなく、黒岩重吾作品の影響を受けて小説を書くようになっていたのですが、たまたま『牙なき野獣』という作品を同人誌向けに書いていたとき、下の部屋から、すさまじい悲鳴が聞こえてきたのです。

それはさっきまで私が居た茶の間からの悲鳴のようにも、外からの悲鳴のようにも聞こえました。そのとき私は、たまたま自分の小説の中で、荒野における青年イエスと、天空から響く神の声との問答、という設定で執筆していたのですが、いったん立ち上がりかけて、再び静寂が戻ったため、また執筆に戻ってしまったのです。ところが、その結果、私は大きな後悔を招くことになってしまったのです。

そのとき、母は、風呂を沸かしすぎて、熱湯となっていた浴槽内に誤って滑り落ちていたのです。私は何度目かの悲鳴で、もしや…と気が付き、あわてて階段を降り、母親を浴槽内から助け出したのですが、もうそのときには、母は全身火傷で手の施しようのない状態に陥っていたのです。

その半年前、私たちがその住居に引っ越さなければならなくなった時、私には妙な予感のようなものがあって、その住居への引越しを強く反対しました。引っ越した後も、私は何度か、この家は不吉だから、と主張したのですが、具体性のない私の予感など、通るはずもありませんでした。

ただ、母もその家に来てから、別の理由から悩んでいたことを、後から私は知りました。その年、私は初めて母にコートを買ってあげ、親孝行らしきことの一端をしたのですが、後にも先にも、私が母に買ってあげたのはそれだけでした。

私が、プロとして占いを始めたのは、母が亡くなって一ヶ月後のことです。なぜかしら、占いの看板を掲げずには居られなくなったのです。

今、私が「占い」を生業としているのは、母の死があったことと無関係ではありません。そういう原点から出発している私は、今も、母親からいつも見守られている気がしてなりません。


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