今日の迷言・余言・禁言

“法令線の謎”に興味を持った

三笠宮崇仁親王が100歳で「薨去(こうきょ)」された。不勉強な私は「薨去」という文字も言葉も知らなかった。まあ、100歳というめでたい数字(?)で死を迎えたのだから、皇族として理想的な人生と言えるだろう。私が三笠宮氏に“興味”を持ったのはまだ十代の頃であった。それも書店で古代エジプト関係の書籍をさがしていた時、偶然、三笠宮崇仁氏の“顔写真”が大きく掲載された帯の本を見つけた。私はなぜか、その人物の“顔”に興味を持った。正確にいうと、顔そのものではなくて、顔の鼻脇から深く刻まれた“法令線”に興味を持ったのだ。それほど深く刻まれた法令線を見たことがなかった。近年の写真では何故か薄れてしまったが、若い頃には実に見事な法令線が刻まれていたのだ。しかも、それが“皇族の顔”であったことで、どうして皇族なのに“ゴリラのような皺”が出ているのか…という謎が、私の好奇心を捉えて離さなかったのだ。それまでにも「手相」の本は読み漁っていたが「人相」にはそれほど興味が持てず、深入りしていなかった。ところが、三笠宮氏の“深くて長い法令線”を見たことで「人相=法令線」への好奇心が強まり、本格的に人相学も研究するようになったのだ。その後に知ったことだが、三笠宮崇仁親王は日本における“オリエント史研究の権威”として教壇にも立ち、何冊も書籍を出していた。つまり彼は皇族として、同じような立場だったに違いない“古代の王族達”たちの歴史に興味を持ち、謂わば“王家の紋章”を求めて、古代日本とも似ているオリエント史の探索を続けていたのだった。したがって、彼の研究は本格的であり、自らの“使命”と感じての著述であり、教鞭であったに違いない。それが、そのまま“長く深く刻まれた法令線”として反映されたのだ。ところが、通常は年齢がいくほどクッキリする法令線が、近年ぼやけてしまわれ、それと並行するように体調を崩していったようだ。「法令線」は別名「寿帯」とも呼ばれ、それがクッキリ長いのは、その道の権威として長寿を全うする証と言われる。100歳の長寿はそれにふさわしいが「オリエント学会会長」としての要職での活躍は、あまり放映されないのが寂しい。


最近の記事はこちら

続々と発見される「未開封の墓と棺」

このところエジプトでは「墓」や「棺」の“発見”が続いている。それも古代エジプトの古王朝時代に埋葬地として有名だったサッカラの地から相次いで発見されている。9月なって発見された13基の棺は、なぜか積み重…続きを読む

早期の「画像公開」が“発見”に繋がった

千葉県習志野市で9月10日から“行方不明”になっていた中学3年生の少女が19日に無事発見・保護された。最近は“行方不明”となっても、早期に情報公開や画像公開した場合には、その多くが発見・保護されている…続きを読む

5億4000万円「金券ショップ」も加担している⁉

2014年~2016年のわずか2年間の間に5億4000万円分もの切手が「金券ショップ」で換金されていたことが明らかとなった。それも換金したのは、東京の芝郵便局と神田郵便局の当時“課長”と“課長代理”と…続きを読む

作る「銅像」間違えている“お粗末”芸術家

有名人が、その生れ故郷に彫像や銅像を建てられることは珍しくない。そのほとんどは、その街の“誇り”として、記憶に遺したいから建てられる。ところが、たまにはまったく別の目的から、彫像や銅像を建てられること…続きを読む

「500年の寺院」と一体化したホテルが誕生

どのホテルに泊まるかによって、旅の想い出は大きく変わってくる。せっかく京都に泊まるなら、“京都らしいホテル”が良いに決まっている。そこで、おススメなのが9月28日から開業する三井ガーデンホテルだ。一見…続きを読む

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.