素顔のひとり言

激安ブランドが世界を変えていく

東京の原宿に「フォーエバー21」日本1号店がオープンした。アメリカ発の激安ブランドファッションとして知られる。ブランドと云っても、エルメスとかシャネルとかヴィトンとかの高級ブランドではない。250円のキャミソールから売られている超激安のブランドなのだ。このようなことを書くと宣伝マンと間違われそうだが、私が注目するのはスウェーデン発の「H&M(エイチアンドエム)」、スペイン発の「ZARA(ザラ)」、イギリス発の「トップショップ」など激安ブランドが相次いで世界に、そして日本に出店し始めていることだ。これらの超激安ブランドの特徴の一つはターゲットを若年層においていることで、10代から20代の女性ファッションを主体としている。特に「フォーエバー21」の場合、デザイナーはすべて外部委託で自社内に抱えていない。その結果、さまざまな趣味・嗜好が反映された作品群が売られることになる。そして新たな作品の企画・製作期間も短く、次々と新しいデザイン・色合い・素材等が提供されていくことになる。少なくともユニクロや良品計画のように、或る意味で統一され過ぎた無味乾燥ファッションとならないことだけは確実である。

このような超激安ブランドが脚光を浴びる背景には、世界的不況や景気の落ち込みが強く作用している。特に若い世代にとって、割高な高級ブランドより、激安ブランドが流行してくれる方が、その流行に乗りやすいことは言うまでもない。しかも、今の若い女性たちの流行のサイクルは速い。昨年まで流行っていたファッションが今年になったら全く見かけない、と云うことも稀ではない。携帯電話の世界的普及が、流行のサイクルを速めているのだ。決して日本ばかりの現象ではなく、世界的に少なくとも携帯世代には共通している。高級ブランド業界は、このサイクルの速さにも追いついていけない。元々高級ブランドには、長年愛用していける耐久性や品質の良さと云う外せない条件もある。したがって価格を落とせない。ところが携帯世代にならって、次々と新しい企画・デザインを世に出そうとすると、よほどの金持ちでもない限り、経済的に買い続けることが出来ない。若い世代から離れていくのは当然なのだ。

素材が違うとか、品質が違うとか言っても、見た目が似たようなものなら流行についていける激安ブランドに走るのは当然とも云える。しかも何度も言うように、それは日本だけの現象ではない。元々貧困な国は、高級ブランドなどほんの一部の金持ちのためにある。ほとんどの国民には縁のないものなのだ。セレブでもない、ごく庶民的女性たちがコーチを持ったり、グッチを持ったりしているのは日本だけなのだ。したがって高級ブランドメーカーにとって、こういった激安ブランドの台頭は、決して心穏やかではいられない現象のはずなのだ。

日本の場合、本当の金持ちは少ない。プチ金持ちは沢山いるが、どの分野でも新製品が続々と誕生しているので趣味の広い人ほどお金が掛かる。つまり元々大金持ちの少ない日本は、金額を気にせず高級ブランド品を次々購入できる金持ちなど滅多にいないのだ。ましてや近隣のアジア諸国において、本物の金持ちが多いのはシンガポールくらいであろう。ただ、そういうアジア諸国でも携帯電話は驚くほど急速な勢いで普及し始めている。特に若い女性たちの間で必需品になりつつあるのが現状なのだ。つまり世界は、こと携帯電話の普及と云う点においては、人種・民族・国境を超えて、若い世代は持っている時代へと変わりつつある。当然、その世代にターゲットを絞っているのが最初にあげた超激安の各ファッションブランドなのだ。これらなら、どの国民であろうと購入できる。しかもデザインは正に「いまどき」を先取りし、世界ブランドとしてのオシャレを体験できる。これが受けない筈がない。

こうして各激安ブランドは、それぞれの国・地域から、世界に向けて発信されていく。携帯世代の若い女性たちは、世界でほぼ同時にそれらの流行を取り入れることになる。いつからかファッションの世界に国境はない。但し、一つだけ問題は残っている。イスラム世界の住人たちだ。信仰上の理由から彼女らはスカーフを取らない。人前で肌を露出しない。したがって、その地域には進出しにくいのだ。彼女たちがオシャレに興味がないのかと云うとそうではない。むしろ大ありだ。私はエジプトへ行ったとき、イスラムの若い女性たちが、そのスカーフの色やデザインで、オシャレを競い合っていることを見抜いた。信仰はゆるぎないが、しかし、政治と宗教が、かなり女性たちを抑え込んでいる実態がある。これらの地域でも、世界共通の激安ファッションが流行り出すとき、本当の意味での世界平和が実現に近づくのに違いない。音楽とともに、ファッションは数少ない世界共通言語だ。これらが普及し、セレブ以外の世界の女性たちが思い思いの激安ファッションに身を包むとき、それぞれの国の対立や利害はおのずと後ずさりしていくのに違いない。


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