素顔のひとり言

現代のエジプトと古代のエジプト

エジプト情勢が緊迫化している。

どのような政権でも、あまりに長期化した独裁政権に“歪み”が生じて来ることは過去の歴史が証明している。今回の「ムバラク政権」等まさにその典型であって、29年間にわたって大統領として強権を行使し続けたツケが今一気に噴出したのだと言える。

現代エジプト人の九割はイスラム教の熱心な信者だ。カイロ市内にはいたるところにモスクがある。タハリール広場に集まった人々の礼拝姿に象徴されるように、彼らイスラム教徒はとにかく信仰心が強い。私がエジプトを旅した時にも、どの地域のホテルに泊まろうとも、アラーの神を讃える音声は聞こえて来ていた。拡声器を使って朗々とコーランを唱え続ける声、集会への呼び掛けを誘い続ける声は1日5回、その第一回目は朝の5時から始まるのだ。モスクの位置がホテルに近くても、遠慮など一切ない。だから当然、寝ていられなくなる。よく旅行者から文句が出ないものだ。いや、あれだけ当然のごとく行われると、旅行者もうかつに抗議出来ない厳粛さが漂うから不思議だ。銀行等でも“祈りの時間”は両替をしてくれない。仕事よりもアラー(神)の方が重要なのだ。

そういう人達が反政府運動を起こし「ムバラク打倒」を叫んでいる。一般的な日本人の感覚からすると、信仰心の強い人達が激しい言葉や行動で大統領を引き摺り下ろそうとするのは異様に映るが、彼ら自身に矛盾はない。実は古代エジプトの人達も、歴史を紐解けば同じようなことを行っていた。だからこそ、古代エジプト王朝は一時期、無政府状態の時代があったのだ。第六王朝末期や第十八王朝末期がそれだ。“ピラミッド”や“王家の谷”が破壊され、そこに眠っていたミイラを引き摺り出すとか、黄金の副葬品を持ち逃げするとかした。もっとも、その時の信仰対象はイスラムの「アラー」ではなく太陽神「ラー」であったり「アメン」であったりした。

つまり、エジプト人というのは信仰心それ自体は厚いのだが、黄金には眼が眩みやすい人種なのだ。

実際にエジプトへ行くと解るが、現代のエジプト人は多様な民族の集合で、必ずしも古代エジプト王朝人種と同様な人種ばかりではない。ただ、数多くの彫像とかレリーフとかに残されている王朝人種の末裔と思われる人達が多数残っていることも事実だ。それはあまりにも古代の彫像に顔立ちが似ているので一見して分かる。それ以外にも、明らかにギリシャ系顔立ちの人達、アラブ系顔立ちの人達、ヌビア系顔立ちの人達もいる。王朝末裔の人達は、例えば“お土産ショップ”の店員であっても何処となく気品があり、日本人びいきのような気がする。プロポーションもセクシーである。私が話をした女店員は、弟が日本の名古屋で働いている…と言っていた。旅行社から出迎えに来てくれた男性はディーヴ・スペクターに似た王朝顔で、ダジャレの方も似ていて、古代エジプトでもこのような神王がいたに違いない…と思った。

現代のエジプトは若者の失業率が高く、収入格差も広がっている。或る意味、今、世界中が抱え始めている問題がデフォルメされているだけの話なのかもしれない。そういう意味では日本にとっても他人事ではないのだ。観光産業主体の国であるから、治安の悪化は即国益に影響をきたす。そればかりではなく、人類全体の“歴史遺産”を多数抱えるエジプトにとって国内での争いごとはタブーなはずだ。ファラオたちも嘆いているに違いない。

嘆いているといえば、現代のエジプトはイスラム教徒が大多数だが、少数ながらコプト教徒もいる。このコプト教というのは、原初キリスト教を普及させるに当たって、古代エジプトの神々を多少アレンジした形で取り込んだ宗教とも見られている。本当にそうなのだろうか。私は前々から疑問を持っていて、もしかしたら、原初キリスト教の聖書原典は“古代エジプト神話”の方にあるのではないか、という仮説を持っている。場違いなのでここでは深く追求しないが、随所に似た物語が存在していることは事実だ。

古代エジプト王朝期には、古代の日本と同じく“八百万の神々”が存在し、信仰されていた。中でも「ラー」「ホルス」「アトウム」「アテン」「ケペル」等“太陽神”を表す名称の神々が多い。古代日本でも同じように「天照大御神」「天照大神」「大日簋貴神」「天照坐皇大御神」と多数の“太陽神”を表す名称表記がある。似ているのだ。古代エジプト王朝の“ファラオ”も、日本の“戦前までの天皇”と似ていて“生き神様”として扱われていた。基本的には“独裁君主”だったのだが、王のブレーンで“信仰を背景とする神官軍団”と対立することも多く、ほとんどの王朝衰退には神官軍団の関与があった。現代のエジプトにおいても、イスラム・スンナ派が強く関わっていることは否定できない。

それにしても、古代エジプトの神々はもはや自分たちを信仰してくれない現代エジプト人達に“巨大な観光収入”を与え続けている。現地ガイドに、私がさりげなくそれを問いただしても、古代エジプトの神々は収入源ではあっても“信仰対象”としては全く興味なさそうであった。そして、器の大きい古代エジプトの神々はそのことを現代エジプト人達に知らしめたくて、今日のような“危険な状況”をもたらしているのかもしれない。


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