素顔のひとり言

画相の研究書『顔占い』を読んで

私が尊敬する占い師の一人に、画相術のやす子さんがいる。そのやす子さんから、私の元へメールが届いた。私が4年ほど前に占ったことが現実となって「顔占い」の単行本が出版されることになった、と云うのだ。私は自分自身が占ったことはすぐ忘れてしまうたちなので、やす子さんからのメールも、一瞬占ったりしたかな…とすぐは思い出せなかった。よくよく考えたら、確かに「早ければ2007年、遅くても2010年には単行本になります」と予言していたような気がする。

私は占いが当たったことより、彼女の占いが世の中に出ることになったことが、自分のことのように嬉しかった。

私は今の日本で人相術と云うものが、近年あまり普及せず、不当な地位に甘んじていることを嘆いていた。手相の方は比較的普及しているが、人相の方はどういうものかあまり普及しないし、高い評価も得られていない。近年は人相の入門書さえもあまり出版されなくなってしまった。確かに最近の人相の入門書は、実用性に乏しいものが多く、現実にも符合しない図解解説が並べられていたりする。したがって、人相術の評価が今一つ上がらないのも無理からぬ点はある。

けれども元々人相は、普段から誰もが無意識に見慣れているものであって、占うと云う意識は持っていなかったとしても、事実上占い師と同じようなことを感じたり話したりしているものなのだ。たとえば顔色が良くないとか、疲れているようだとか、きれいになったとか、寂しそうに見えるとか、怖そうな顔だとか…直接云わなかったとしても、本能的に身近な人達や初対面の人を無意識に占っていることは確かなのだ。

したがって、ある意味では誰もが無意識に人相術と云うものを基本的には肯定していることになる。そして、いま述べて来たような何となくの印象と云うか、雰囲気と云うか、感じこそ、人相の奥義とされてきた「画相術」の観方に通じるものなのだ。

やす子さんの『顔占い』は、この画相術の研究書である。大変平易に書かれてあって、研究書であると同時に入門書ともなっている。したがって、これまで人相と云うものを全く知らなかった人にとっても違和感なく読み進むことができる。ただ逆に人相と云うものを単に顔の形や目鼻立ちの特徴で占うものであるかのように誤解している人たちにとっては、奇妙な印象の本となるかもしれない。

顔面の中に、その人に関連ある人物の顔が心霊写真のように出現する、と云っても信じられない人の方が多いのは致し方ない。だから、彼女が本を出版した目的が画相術の普及・実用化であったとしても、現実にはこの本で学ぼうとする人がたくさん出てくるとは思わない。ただ、これまで奥義として表に出ることがなかった画相術を、このようなやさしい記述の仕方で、しかも廉価で公表した功績は計り知れない。占術に身を置く者の一人として、心から尊敬に値する。特に写真を使っての記述は、大変珍しく、しかも解かりやすく貴重でもある。実際にはグラビア写真が数枚しかないのが何とも残念だが、このような形で秘伝とされてきた画相術が、一般書として世に出たことを画相術の創始者である林文嶺も天国でさぞかし喜んでいることだろう。


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