素顔のひとり言

“病気になる”ということ

海外から日本に戻ったのが6月の20日だった。それから3~4日は普通に仕事が出来たのだが、その後体調がおかしくなった。発熱し、咳が出て、寝込むことになった。7月 1日現在も、特別な仕事以外は休ませていただいている状態だ。実は28日にも雑誌上での鑑定撮影の仕事があった。これは海外に行く以前からの話で、どうしても外せなかった。何しろ編集者もカメラマンも人気キャバクラ嬢も、その日時でスケジュールを調節してある。その前日になって38度5分まで熱が上がったからと言ってドタキャンは出来ない。私は身体の状態を一切告げずに仕事をこなした。ただ写真撮影をするので、熱っぽい顔がばれないか…と内心は冷や冷やだった。もっともメインは女性の容貌なので、私の顔などどうでも良い。私自身も本来は顔を載せるのは好きではない。昔から私は営業スマイルとか、営業トークとかが苦手だし、メールや電話で対応する分には良いが、顔を向き合わせる直接鑑定自体も本当はあまり好きではない。大体が私は“人前に出る仕事”自体を好んではいないのだ。よく仕事と関係のない場所でも、自分が占い師であることを名乗りたがる人がいるが、私は絶対に名乗らない。色々な書面で職業欄に「自営業」と記すことはあっても「占い師」と記すことは絶対にしない。何でプライベートにも職業を持ち込まなければならないのか。

とにかく最悪の体調に気付かれることなく無事に仕事が終わってホッとした。風邪の薬を飲み、抗生物質を飲み、解熱剤を飲んでも、とにかく熱が下がらない。通常の体温であれば 37度4分程度なら特に高熱とは言えないが、私の場合は平熱が低い…というか低すぎる。大体35度4分前後なのだ。これはこれで問題なのかもしれないが、日常に支障はないので特に問題視はしていない。確かに太腿部分が異様に冷えやすい体質ではある。だから38度代になると寝込むしかないのだ。実は気になっていることがある。

日本に戻って3~4日の間、私は普通の健康状態で仕事をしていた。その3~4日の間に直接鑑定した女性に奇妙にも“深刻な健康問題を抱えている女性”が何人か…重なっていたことだ。その時には、別に気にも留めていなかったが、正直いずれも占いでどうにかなる相談内容ではなかったので、やや戸惑いながら鑑定した記憶がある。自分が体調を崩して寝込む番になってみると、偶然の符合が妙に気になるのだ。

海外から戻った後に病気となって、まず思い浮かべるのは“変なモノは食べていなかったか?”で、特別、問題のあるものを食べた記憶はない。日常から見ると、少し食べ過ぎの傾向はあったが…生で食したモノもないし…刺身はあったがあれは何という名の魚だったのだろう? ただそういうものが原因なら下痢をするはずだが、むしろ便秘で、それも困っている原因の一つなのだ。笑うと咳が出る。トイレで下腹を力むと咳が出る。どうも下腹と咳とが関係しているようだ。実は熱が出る前から、おかしな咳は出ていた。これにこの病気の正体があるような気もする。

とにかく普段健康な私は、そして病院にもいかない私は、体調を崩して、病気となって、寝込むことになって、気付かなかった種々のことに気付かされた。まずは“人間というのは健康が何より大切”という当たり前の事実を忘れがちなことだ。よく“運の良し悪し”に関して“社会的な成功”とか“愛情の獲得”とか“金運の良好”とか種々なことが言われるが、まず第一に来るべきは“体調の万全・健康の獲得”にある。したがって、何も無くても取りあえず体調が良ければ、それは“幸運の証”なのだ。どんなに才能や手腕があっても体調が良くなければ“優れた仕事”を果たしていくことは出来ない。そしてもう一つ“或る真実”に気付いた。それは世の中というのは、実は健康な人達を対象とした“表社会” の住人達に向けて扉が開かれていて、世の中にごまんといる病人達の暮らす“裏社会”には扉が閉ざされた状態のままだという事実だ。これは誤解を招きやすい表現なので言っておくが、決して“裏の仕事をしている方達”を意図した表現ではない。それに“闇社会”とも何の関係もない。“病人”と言っても“麻薬関連の病人”を指しているわけでもない。そうではなくて、考え方、生き方も含めて“心身とも健全な人達”という意味での“表社会”には「扉」がある…ということだ。実は病気にならないと、この「扉」の存在に気付かない。誰もが“表社会の住人”のように錯覚してしまっているからだ。ところが、病気になると通常の “健康生活”の前には扉があって“自分の存在を遮断している”かのように見えてくる。長期入院をしたりすると、窓の向こうが“はるか遠くの世界”“生命力あふれる別世界”に見えてくる。そして、そういう健全な人々だけに“立ち入りが許されている”かのような錯覚が抜けないのだ。この錯覚が消えると、急速に病気は治る。

このコラムも、7月1日に書きだして、今日は4日で、ほぼ体調も元に戻った。その間も必要な仕事のみに制限したが、元気になると同時に“美味しく感じられるもの”が増えてきて困った。それに何よりも“生命力の強いもの”に対して“違和感を覚えない”。病気をすると何故か違和感を覚えるのだ。例えばTV番組でも“静かな番組”は良いが“激しいスポーツ番組”とか“賑やかなバラエティー番組”には拒絶反応が出る。面白くないどころか“うるさく”しか感じないのだ。

昨日夕方から映画『アデル』を見てきた。まだ万全ではないので決断が要ったが、気分転換も兼ね、観に行った。古代エジプトの世界への冒険…という触れ込みで観に行ったのだが、正直、完全に肩透かしをくらった。あまりにも子供だましだったからだ。それに古代エジプト関連のシーンが短すぎる。かつての『ハムナプトラ』的な映画を期待した私の読み違いだ。ただ面白くなかったわけではない。むしろハチャメチャなストーリー展開としては良く出来ていて、それはそれで面白い。そういえば、今月行ったマニラでも既に『SEX&city』が公開されていて、今は世界中、どの都市でも同じ時期に同じ映画をやっているのだ…と感慨深かったものだ。ファッションにしろ、書物にしろ、映画にしろ、世界に差が無くなる…そこには良さもあるが、或る種危険もある。つまらなさもある。日本人が日本人でいられること…私はそういうところで暮らし続けたい。


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