素顔のひとり言

美容外科医と妖しい占い師たち

久しぶりに女性週刊誌を読んだ。その内容などは相変わらずで、一般週刊誌や雑誌などとの違いを感じさせるが、もう一つ、私の目を引いたものがある。その雑誌に掲載されている広告だ。群を抜いて多いもの、それが美容外科医と妖しい占い師たちの広告だった。

そして、そこだけが大昔いつも読んでいた頃と違っていた。この二種類の広告だけが群を抜いて多くなったのは何故だろう。多分、女性たちは人知れず悩んでいる部分があって、或いは獲得したいものがあって、それを人知れず自らは努力せず手に入れたいのだ。その結果とはいえ、こんなに多くの美容外科医や妖しい占い師たちが、ひしめいている世の中と変わったことに一人の男性としては唖然とするしかない。けれども、同時に私は自分自身も「妖しいと評価されがちな占い師」の一人でもある。そういう立場から云えば、これらの広告は二つの意味合いで考えさせられる。まず一つは「妖しい占い師たち」だ。どうしてこんなに沢山いるのだろう。しかも、共通して名前が変だ。キャバクラでもないのに、姓はなく名だけがある。妖しい。女性はまだしも、男性で姓なく名だけはちょっといただけない。そこに書かれてあることも何となく変である。そういえばキャバクラやホストクラブのような風俗店も、やっぱり暗くて妖しい。会話も変だった。

美容外科医も随分増えた。こちらの方は妖しいのか科学的なのか、安全なのか危ないのか、本当のところ良く分からない。ただ、昔と比べて対象としている身体の分野が広がったことに驚く。運命学的な観点から云えば、身体を変化させることは、必ずしも悪いことではない。もしもそれが観相学的に良い変化となるなら、大いに行ってみるべきであると私は思う。韓国など、大統領自らが行なっているのだから、時代も変わったものだ。女性たちの多くは美容的な観点のみから行うが、私は大金を出すのなら、観相学的な視点からも好ましい変身をして、幸運も同時に手に入れて欲しいと願っている。

観相学的な視点からの変身と云う点では、別に美容外科手術だけが、その役割を担っているわけではない。たとえば化粧法にしても、運を呼び寄せるメイクと云うものはある。たとえば眼の周辺には、決してブルー系や紫系のシャドウを使用してはならない。これらは観相学的に「恨みを買う色」なので控えて頂きたい。姑と不仲の女性は無意識に目蓋に紫を塗りたがる。濃い茶系や赤系もトラブル発生の色で不吉だ。離婚を決意した女性の多くが目尻に濃い赤茶のシャドウを塗る。眼の周辺のシャドウで良いのは、淡いピンク系とシルバー系のシャドウだ。ちなみに「出会いがない」と悩んでいた女性は、淡いピンクのシャドウを使い始めて間もなく、素晴らしい男性と出会って恋に堕ちている。メイクによる吉凶は馬鹿に出来ないのだ。

ちなみに我々が普段好んで着る服装の色と云うのは、自らが発しているオーラの色に影響されている場合が多い。もちろん、これは無意識に選ぶファッションの色で、その時の気分に支配されている場合である。日本女性の場合、妙に地味でくすんだ色のファッションをしたがる傾向がみられる。それは自ら発しているオーラが、地味で凡庸なものであることを反映している。けれども、そういう人であっても華やかなスポットライトを浴びて、自身が輝きだすようになると選ぶ洋服も無意識に華やかに変わるものだ。決して地味でくすんだファッションはしなくなる。

したがって、華やかな人生を生きたいなら、周囲に溶け込んでしまうような地味でくすんだファッションはせず、周囲の眼など気に掛けることなく、華やかなファッションをすべきなのだ。


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