素顔のひとり言

身体が要求する生活形態

今週から新年度入りと云うことで、さまざまなものが新たな方式へと切り替わっていく。各種行政や料金等も切り替わるらしいが、各企業においても新年度入りと云うことで新たな顔ぶれが出そろうことになる。この時期になると、私は自分自身が会社勤めをしていた頃を思い出す。思えば、私はサラリーマンらしくないサラリーマンだった。出社は常に始業開始ぎりぎりだったし、退社は常に終業ベルとともにであった。ほぼ全員が残業をしているような時であっても、私だけは自分の仕事を終えて一人だけ先に帰ると云うことが珍しくなかった。会社組織の中で出世しようとか、成功しようと云う気はみじんもなかった。だから同僚たちが陰口を言っても、全く気にならなかった。もちろん仕事をしないのではない。仕事時間中は誰よりも仕事だけに集中し休憩と云うものを取らなかった。残業をするくらいなら1分1秒を惜しんで仕事し、早く片付けてしまう方を選んだ。ただ自分の仕事が暇になった時、誰かの仕事を手伝うような奉仕精神もなかった。ハッキリ言って組織に向いている人間ではなかった。

私の場合、会社勤めをしながらサイドビジネスとして「占い」も行っていた。会社の方でも黙認されていて、そういう点でも恵まれた環境にあった。考えてみれば、私はこと社会生活においては、かなり自由奔放にわがままを通して生活してきている。その点では昔も今も変わらない。例えば一昨年から今年にかけても、台湾に行き、エジプトに行き、香港に行き、中国に行き、沖縄に行き、韓国に行ったが、すべてがプライベートであり、4~11日間は仕事を100%オフにしての旅行でもあった。もちろん前もってその間に必要な執筆などの仕事は片付け、旅先で仕事をすることはない。もっとも会社勤めであればそんな自由は許されるはずがない。さすがに私も会社員時代は頻繁に旅行していないが、サイドビジネスや飲み疲れなどで休みを取ることは多く、有給休暇を全部使い切って、それでも足りなくて欠勤で休んだ年が何年かある。今考えると、よく会社の方が雇い続けてくれていたものだ。しかも、それでいて上司に対して「こんな納期で納められる筈がないだろう」等と撤回させたりしていたのだから、まあなんと我が侭な社員であったことか…。あの当時の上司がこれを読んでいたなら、本当に「ご迷惑かけました」と謝っておこう。

ただ人間の生活形態と云うのは、基本的に環境が変わったからと云って特別大きく変化するわけではない。たとえば働くことが本当に好きな人は、どんなに休んで良いと云われても働いてしまうものだ。仕事人間として第一線で働き詰めだった人が定年となって何もすることがなくなって、本当に何もしていないのかと云うと、その多くは働き続けている。定年などなかったかのように働き続けている。それはもちろん収入面からそうなる場合もあるが、そうでない場合の方が多い。そうして本人の身体が働くことを要求する場合、無理に隠者(退職者)として仕事を奪うと、とたんに健康面などで支障が生じてくるケースが多い。つまり、それまでの生活のリズムのようなものが狂ってしまうからだ。長期間にわたってしみついた身体のリズム(体内時計)は、そう簡単に変えられるものではない。急に変えると心身のどこかで歯車が狂ってくるのだ。逆に身体そのものの方が、仕事に対してストップをかけてくるケースもある。男性でそれが定年時に符合するなら、最も理想的な年金生活に入ると云えるだろう。ただ、長寿社会となっている今日、両者が見事に符合するケースは少ない。そういう意味では早期退職してリタイヤし50代後半から何もしないと云うのは、能力的な点からも或る意味でもったいないと云える。むしろ、体力的に恵まれているなら、その時期から第二の人生として、本当にやりたかった仕事や趣味に打ち込むような生活を考えるべきだろう。退職金を用いて新たな事業や商売を起こすのも、営業意欲のある人なら良い機会かもしれない。経済的に満たされているなら、ボランティアや趣味、スポーツ、旅行、学習・研究など、その人に応じた燃える生き方を、身体が要求する生活を続けるのが最も幸福な人生となるのに違いない。

往々にして自営業の場合は定年がないので、死ぬまで仕事に奔走しがちとなるが、後継者がいる場合は頃合いを見て託すべきだし、職種によっては徐々に仕事を減らして身体に負担が掛からないようにすべきだ。そうすることによって、いつまでも楽しく充実した形で仕事を消化していくことが出来るからだ。ブルドーザーのように仕事を消化し、収入を増やすことに夢中になる人がいるが、お金は自分が使いきれるだけあれば良いので、使いきれないほどのお金はどこかに寄付した方が子孫のためにも良いものだ。


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