素顔のひとり言

長寿国・日本が抱える闇の向こう

陽気が良くなったせいか、繁華街を歩くと人であふれている季節となった。売上高は落ちているらしいが、デパートの飲食店街など平日の昼間でもスムーズに歩けない。ただ最近目につくのは若い人達ではなく、ご高齢のお年寄り集団が多いと云うことだ。時としてはそういう集団の中に囲まれてしまうようなことさえある。自分自身も一歩一歩そちらの方へと近づいているので他人ごとではないのだが、エレベーターの中などで「お年寄り軍団」に取り囲まれると、この国の未来の姿を垣間見せられたようで複雑な気持ちとなる。街中で見る「お年寄り軍団」の多くは女性の比率が多く、女性のみの軍団も多い。実際にはお年寄りまでいかない「予備軍」の女性グループも多い。何故、男性の比率が少ないのかは分からないが、或る程度の年齢以降になると、男性よりも女性の方が外出好みになるような気もする。それとも、私がそのように感じるのは、出掛けるのが平日の昼間が多いせいなのであろうか。

久しぶりで九州に居る姉から便りがあった。義兄の運転で大分から姫路まで高速1300㌔を走行する旅を楽しんだらしい。義兄は60代半ばだが、6年ほど前リンパがん等の病を患い生死をさまよった。けれども今は回復したらしく、あちこち動き回っている。昔は「癌」と聞けば、もう駄目…と観念したものだが今はそうでもないらしい。医学の進歩は目覚ましい。日本は間違いなく長寿国として世界に誇れる国となった。高齢福祉に関しても、まだまだ完全とは云えないが少しずつ福祉大国への道を歩み続けている。したがって今後ますます長寿者は増えていく。お年寄り軍団、及びその一歩手前の中高年女性グループは確実に増加していくに違いない。それにしても、なぜ女性ばかりが目立つのか。そしてなぜ中高年女性グループは元気で、若き日の繊細さを失ってしまうのか。バーゲンセールの会場で、力を発揮しているのは間違いなく中高年女性だ。これらの女性たちが「お年寄り軍団」と化した時、今よりももっとそれらの軍団が街中を席巻するのに違いない。統計的に見れば経済力に恵まれているのはそれらの世代なのだ。

こういうところで引き合いに出して申し訳ないが、欧米の富裕層の人達を見ていて感じるのは中高年以降太り出すケースが多いことである。特に海外の有名観光地でヨーロッパ人ツアーのグループとかち合うと、太っている人たちの多いことに驚く。明らかに栄養の取り過ぎ…と云った太り方が多いのだ。日本でも今、徐々にそうなりつつある。ただ欧米人ほど極端ではない。だから日本人は多分、肥満からの病気は比較的少なく、長寿を保ち続けるだろう。当然、高齢者の比率が高くなる。それでなくても少子化で若い人が減ってゆくはずだが、それに拍車をかけるのが医学の進歩と高齢福祉の充実、経済力に恵まれていることだ。年代的に云うと今現在60代~70代前半くらいの世代がもっとも蓄えを持ち、良い時期に年金の支給が始まっている。もっとも、これはあくまで平均的に照らし合わせればと云うことで、実際には種々なケースがあるのは知っている。或る意味で、特にその経済面において、同じ年代であってもその格差が目立つようになって来ていることも事実だ。ここでも欧米を引き合いに出すと、ヨーロッパなどでは昔から上流社会と平民との間に無意識の垣根のようなものがあった。実は日本でも江戸から明治・大正の頃までは明らかに階級社会が息づいていた。それが取り払われたのは実質的には戦後だと思う。

もちろん、そうなったことで私のような底辺に生まれた者にでも、社会的成功のチャンスが巡って来るように変わったとも云える。けれども、その結果として「いつ、どうなってしまうか分からない」身分保障的な不安感が若い人達を中心として社会全体にはびこることになってしまった。一時期、日本に存在した企業が将来を保証してくれるような幻想は今や誰にもない。

そして同時に、これからもっと怖いのは数十年前までは考えられなかったことだが、世界経済全体が一体化し始めてしまったために日本経済だけを世界から切り離しては考えられなくなってしまったことだ。いつの間にか日本経済の右肩上がり的な幻想が消え、年金・雇用などの社会保障的な安心が消え、世界の情勢いかんで一気に職を失い、住居を失い、収入源を失い、突然ホームレスとなって生きていかなければならない人達が増えていく可能性のあることだ。年齢が若ければともかく、中高年以降になっていれば、特に男性の再出発・再就職は難しい。それらを見越しての対策が急務だが、年金の支給年齢も徐々に遅れている現実の中では実際にはなかなかに難しい。女性よりも、男性の方が未来は暗然としているのだ。それを見越しているかのように、中高年以降の女性お年寄り軍団はどこまでも元気で、街中を一人で歩いている中高年以降の男性はどこか物憂げに見える。


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