素顔のひとり言

雲の上の「遊び場」と「未来都市」の幻想

私は完全に誤解していた。「マレーシア」という国についても「マレーシア人」という人種についても「クアラルンプール」という都市についても、おおよそ実物とは掛け離れた勝手な想像や概念を抱いていたようだ。

6日間、クアラルンプールに滞在した。そして日本人の一般旅行者はあまり訪れないような場所へも出かけてみた。それが雲の上の「遊び場・ゲンティン・ハイランド」と、まだ完成しきっていない「未来都市・プトラ・ジャヤ」だ。その前に、あなたは「マレーシア」と聞いて、どういう国を想像するだろうか? 私は以前シンガポールに行ったときに、実はちょっとだけ国境越えをして、マレーシアという国の中にも入っていた。但し、実際には数時間立ち寄っただけで、きちんと観光したわけではない。その時「シンガポールに比べるとマレーシアは遅れていますよ。シンガポールの方が経済的にも豊かで文化的にもレベルが高いんです。街並みが全然違います」とガイドに説明された。そして、それを鵜呑みにしてしまった。そのせいか「経済的に貧しくて文化的にも遅れている国」という先入観が定着してしまっていた。けれども今回、実際に行ってみて「貧しい」という印象も、「遅れている」という印象も私にはまったく感じられなかった。それどころか、印象を一言でいえば「アジアにおける小ドバイ」といった趣さえあった。特にゲンティン・ハイランドとプトラ・ジャヤで、その印象を強くした。

「プトラ・ジャヤ」という名称を聴いて、すぐにピンとくる日本人は稀であると思う。それくらい馴染みが少ないのが「未来都市プトラ・ジャヤ」だ。実は、この未来型行政都市はまだ完成していないため、あまり観光スポットとしても日本などではPRされていない。そのため日本で観光案内書籍などで調べても詳しく載っているモノがない。だから実際に行くまで、どんなところなのか皆目見当がつかなかった。「未来都市」というふれこみに惹かれて「行ってみようか」と云う気になっただけなのだ。だから、それが完全な行政都市で、未来都市とは云うものの住宅や商業施設は極めて乏しく、何となく「空想アニメ都市」のようで「人の気配が乏しい街」と云うのが実感だった。しかも、行政機能としても、まだ完全移設しきっていないので、工事中の部分も少なくはない。但し意図的に作られた都市であるため、街全体がすこぶる綺麗なのだ。無駄なモノが全くない。すべての建物が大きく、真新しいため、一気に作られているため、そして都市計画的に作られているため、人の気配には極端に乏しいが、その代り人工美で統一されている。本当にアニメとしての「未来都市」なのだ。

だが、どこか納得がいかない。ここで実際に中まで立ち入ることが出来るのは、巨大なイスラムのモスクのみである。それ以外の施設へは誰も立ち入り出来ないのだ。その広大なモスクだって、内部神殿までは立ち入りできない。あらゆる所に天然大理石を用いているモスクは、確かに美しく荘厳な雰囲気ではある。ただ神像とか仏像とか壁画とか彫像などの装飾がなく、あまりにスッキリとし過ぎているため、例えばエジプトにあったモスクのような生々しさがない。イタリアにあった教会のような痛々しさがない。香港にあった道教寺院のようなギトギトした輝きがない。何かよそよそしいのだ。

実はこの未来都市には観光クルーズがあって、美しい船で人造湖だと云う湖をぐるりと遊覧することが出来る。それによって、外からではあるが各施設を望見出来るようになっているのだ。それに乗り込んでいたのは多分マレーシア人富裕層と思しき人たちが7割方のように見えた。しかも、そのほとんどの人達がイスラム教徒であった。何故それが判るかと云うと女性たちは全員イスラムのスカーフで頭を巻き、イスラムの衣装で着飾っているからだ。そう明らかに彼女らは着飾っていた。他の国で見たイスラム系の女性たちよりも、はるかにオシャレで高価そうな衣装を身にまとっていた。スカーフだって美しいのだ。それに顔貌だって整っている。同じイスラム系でも、ここでは何かが違っていた。

そういう図式が嫌なのか、ガイドさんは何故か無口だった。そして私にこんなことを訴えた。「無駄なことにばかり金を掛けているんですよ。私は一度だけ行政施設内に入ったことがある。ほとんどの建物はがらんどうです。建物は巨大でも実際そこで仕事をするのは僅かな人達だけです。それなのに全室に冷房が通っている」

小ドバイとも思える未来都市プトラ・ジャヤだが、さまざまな矛盾が見え隠れしているようだ。中国系のツアーでは、最初から必ず組み込まれていると云うプトラ・ジャヤだが、どう見てもまだ未完成であり、内部公開をしないとういう「つまらなさ」を消すほどのインパクトは見当たらない。それでも人造湖クルーズにこれだけ自国民が参加するのは、アラーの神の成せる技かもしれない。

雲の上の「遊び場」とも云うべきゲンティン・ハイランドも、あまり日本人には人気のないオプション観光地だ。ここは政府が唯一公認している「カジノ場」を備えていることで世界的に知られている。それも、ただ単にカジノ場を備えているだけでなく、多数の趣向を凝らしたホテル・カジノ場がそれぞれ迷路のようにつながっている。戸外に出ることなく6つも7つものホテル・カジノ場を行き来できるのだ。したがって、その総面積はすこぶる広い。しかも、カジノ場だけがあるわけではない。種々のテーマパークも併設されている。早い話がディズニーランドとラスベガスが一体化しているような山の頂上に忽然と姿を現す一大観光地なのだ。そう、それは或る意味で現代の「マヤ帝国」や「マチピチュ」と云えるかもしれない。密林の奥に忽然とそびえたつ一大帝国であることは間違いがない。山の中腹まで来てホテルが見え出し日本的感覚でもうすぐ着くだろうと思っていると、これが中々辿りつかない。とにかく本当の頂上なのだ。しかも、われわれの感覚からすれば理解しがたいことだが、こんな辺鄙なところに連日信じられないほどの観光客が実際に訪れているのだ。私たちが行ったのは月曜日の午前中であったが、既にほぼ定員かと思うほど人があふれていた。ホテルが山の頂上に7つも8つも建っているのだから、午前中から人があふれていたとしても驚くには値しない。しかも家族連れが多い。加えて、皆、普段着だ。日本のガイドブックにはドレスコードが必要などと記してあったが、全くのウソだ。何の規制もありはしない。

だからなのか何なのか知らないが、カジノは早々に満員御礼となる。そして掛け金も驚くほど安い。もちろん高いものもあるが、安いものは本当に安い。私は最初、スロットマシンで2090とかの数字になったので、これはひょっとすると高額に換金できるかも…などと皮算用したが、手にしたのは日本円で2600円程度であった。そう、だからこそ庶民の「遊び場」なのだ。子供達用のゲーム機も沢山置いてある。アトラクションやボート、バンジーや種々な乗り物など、子供連れでも飽きさせることはない。もちろん、レストランの数も多い。ショッピング街もある。

カジノに夢中となっている人たちの外見は、さながら日本でいえばパチンコ屋だが、子供連れで堂々と来られる所が少し違う。とにかく高地なので寒いかもしれないと思っていた私は、その暑さにも参った。やっぱりここはマレーシヤ。北海道じゃなかった。マカオでも、エジプトでも、ヨーロッパでもカジノはやったが、それらの地域に見るような格式張ったものなど何も存在していない。パチンコ屋のような気軽なカジノ屋は、きっと雲の上で本日も大儲けしているのに違いない。


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