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過去の占いコラム

素顔のひとり言(エッセイ集)


われ神に一歩近づけば、神われに一歩近づく


最初にお断りしておくが、私は特定の宗教を信仰しているわけでもなければ、宗教団体に所属しているわけでもない。

タイトルに掲げた「われ神に一歩近づけば、神われに一歩近づく」と云う言葉は、確かイスラム教の聖典に出てくる言葉で、実際には私自身は読んだことすらもない。ただ、この言葉が私は妙に気に入っている。そして最近は実感するような出来事が多いので使わせてもらった。もちろん私はイスラム教徒ではない。

先日、女優の藤原紀香が結婚し、その披露宴が放映された。私が感動したのは誰が歌を歌ったとか、ピアノを弾いたとか、手紙を披露したとか…そういうことではない。私は披露宴の中で彼女がかつて訪れたアフガンの子供たちが祝福のメッセージを与えていた場面であった。実際には「おめでとう」と云う言葉よりも「紀香にまた来てほしい」と云うメッセージが圧倒的に多かった。その眼はどれもつぶらで、紀香を心から慕っているように見えた。

イラク戦争が始まって以降、そのイメージの強烈さからアフガンと云う地名は、忘れ去られたかのように昨今の報道では出なくなってしまった。けれども、そこは今もって不毛の地であることに変わりはない。国土のほとんどが高地であるアフガンは、昼間は灼熱で夜は急速に冷え込む。植物でさえもあまり見掛けることのできない不毛の地なのだ。そういう地域で、けれども子供たちの表情は明るい。

みな信仰心が強く前向きで勉強好きな子が多い。それはかつてアフガン戦争が終わった直後、取材に応じた子供たちが発した言葉が証明している。「いつも神様がそばにいるから、ぼくたちは元気だよ」それは決して、親たちに教えられて発した言葉ではなかった。ごく自然に、彼らは明るくそう答えたのだ。

植物さえも育たない不毛の高地…我々はどうしてもそういう所で神の存在を素直に信じると云う子供たちの気持ちが理解しにくい。けれども、考えてみれば、原始キリスト教が生まれ育ったユダの荒野だって不毛の大地だ。

大体、偉大な神や信仰と云うのは不毛の大地から発祥する場合が多い。これには理由があるのだ。

人間は希望を持って生きようとする。希望がなければ生きていけない部分があるのだ。希望を持つには、何かの強力な支えが必要である。不毛の大地で生き抜いていくためには、彼らを支える神の存在がなくてはならないのだ。

では、日本のような緑豊かな大地には神は不要なのであろうか。私はこれからの日本にこそ強力な神の存在がぜひとも必要だと思う。緑こそまだまだ豊かだが、今の日本には未来への確かな希望がないからだ。特に豊かな生活の中で育っている若い人たちには、明確な希望や夢を持てなくなっている人たちが多い。だから、アフガンの子供たちのように目が輝いてはいないのだ。不毛の大地で大人たちのように水汲みをする子供たちは、けれども自分たちの祖国を心から愛し、両親を愛し、神の存在を信じ切っている。だから元気に逞しく生きていけるのだ。

私は最近、自分自身に付随することでも、神仏の存在を感じ取ることが多い。私の場合、特定の信仰と云うより雑多な信仰なので、神なのか仏なのか正確には判らないがとにかく神仏を感じさせる出来事と遭遇する機会が多くなった。多分、それはタイトルにも書いた「われ神に一歩近づくと、神われに一歩近づく」と云う生活・心境にあるからだろう。

私の経験でも、神は向こうから近づいて来るものではない。いや近づいてくることもあるが、拒絶してしまうと去って行く。根本的には、自分から近づくべき存在のものなのだ。

それは日常的なごく些細な形から始まるように私は思う。アフガンの子供たちは、親と一緒に一日5回の礼拝をするのだろうか。私は知らない。それぞれ祈りの形は違っていて構わないものだと私などは思う。現に私は雑多な信仰形式をとっている。神々にルールはない。ルールになど縛られずに、単純に神に近付くことができれば、神も知らず知らず近寄ってくるのに違いない。

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