近年に書かれた陰陽・五行関連の書物で、また中国系占術書において、「陰陽・五行」を「古代の七惑星」に直接結びつけて論じた研究書はありません。けれども、私は陰陽・五行理論が導き出された根底に、七惑星に対する星神信仰があったことを見逃すことはできません。

西洋における占星術思想が、その背景として、肉眼観察できる古代の七惑星に対する星神信仰をもっていたように、東洋(中国)における陰陽・五行思想が誕生していく過程においても、古代の七惑星が影響していたことは間違いないのです。今、それらを列記すると次のようになります。

古代の七惑星 陰陽・五行 支配黄経度 支配十干支配(影響)十二支 
太陽180度間
(冬至以降の陽遁期間)
甲・丙・戊・庚・壬子・寅・辰・午・申・戌
太陰(月)180度間
(夏至以降の陰遁期間)
乙・丁・己・辛・癸丑・卯・巳・未・酉・亥
木星立春以降の72度間甲・乙卯・寅・未・亥・辰
火星立夏以降の72度間丙・丁午・巳・戌・寅・未
金星立秋以降の72度間庚・辛 酉・申・丑・巳・戌
水星立冬以降の72度間壬・癸子・亥・辰・申・丑
土星四立前の各18度間
(18度間×4=72度)
戊・己丑・辰・未・戌

季節配当図解

これらの関係を、より理解しやすいよう具体的な図解としてあらわすなら、【1図】と【2図】と【3図】のような区分・配当となるでしょう。(注意……十干・十二支に対する五行の支配(影響)については後から詳述するつもりなので季節配当のみ図解してあります)

古代中国において、肉眼観察可能な惑星たちは、最初から現在のような名称で呼ばれていたわけではありません。天空を動いていく五惑星は、それぞれの特徴から、次のような名称を持っていました。

木星=歳星(さいせい)=東方天空に蒼色の輝き=五行上は木(もく)=聖獣は蒼龍(そうりゅう)、

火星=螢惑(けいわく)=南方天空に赤銅色の輝き=五行上は火(か)=聖獣は朱雀(しゅじゃく)、

金星=太白(たいはく)=西方天空に銀白の輝き=五行上は金(きん)=聖獣は白虎(びゃっこ)、

水星=辰星(しんせい)=北方天空に暗色の輝き=五行上は水(すい)=聖獣は玄武(げんぶ)、

土星→填星(てんせい)=南西天空に黄土色の輝き=五行上は土(ど)=聖獣は麒麟(きりん)、

という捉え方です。

ここで注目すべきは、古代中国人の各惑星に対する捉え方です。元々動きのある惑星を、その出現しやすい代表的方位を固定し、惑星色を限定し、天空上を動き回る聖なる獣として「色のある神聖生物」に見立てていたことです。聖獣の認定は早く、紀元前3000年紀には既に「蒼龍」と「白虎」がその方位と共に特定されていました。つまり、陰陽・五行理論よりも先に、星神信仰としての「蒼龍」「白虎」が崇められていたのです。