「single-blog2.php」* 有料カテゴリ:「過去の占いコラム」は一括2,000円で全て読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

過去の占いコラム

素顔のひとり言(エッセイ集)


男と女の境界線について


人間の「運命」と云うものを考える時、俗に「時代」と呼ばれる社会の潮流ほど、個々の人達の運命を左右するものはない。「時代」が人の運命を寵児として迎え入れることもあれば、逆に苦悶の十字架を背負わせることもある。

ここ数年、俗に「オネエ・タレント」とも呼ばれる“ニューハーフ”“女装者”“ゲイ”の男性達が花盛りで、TVで見かけないことはない。一応、説明しておくと、男性に生まれながら完璧なる性転換を目指しているのがニューハーフで、同性愛が高じ女装しているのが女装者、そして見掛け上は普通の男性と変わらないのに同性愛なのがゲイと分類させていただく。もっとも、実際にはこれらの中関形がいるし、女装趣味だけの人もいるし、先天的な病気=性同一障害からの性転換者もいる。さらには“両刀使い=バイセクシュアル”と呼ばれる人達もいる。これら全てを「大枠としてのゲイ」とくくるなら、TVタレントだけでなく実社会においても、かなりの割合でそれらの人達が増えつつあるような気がする。しかも、それは世界的な傾向でさえある。

どちらかと云うと、女性の同性愛者よりも、男性の同性愛者の方が多いが、一つには男性の方が見た目に判り易いからで、女性でも潜在的なゲイの人物は決して少ないわけではない。また、女性の場合はバイセクシュアルの中関形が多く、既婚者となっているケースも多い。男性と違って女性の場合、男装をしても、余程極端ではない限り、周囲から奇異な目で見られることはない。現代のように、男女とも似たような服装をする時代においては、女性の男装者はその点では気楽だとも言える。それに異性装飾と同性愛とは必ずしもイコールではない。

とにかく女性で同性愛者であっても、それだけで人気は出ないが、男性でニューハーフや女装者の中には、その容貌や個性から人気者となっていく人達が多い。昔はニューハーフ・タレントと云えばカルーセル麻紀が挙げられたが、現代では国民的な認知度として、はるな愛がその筆頭だろう。佐藤かよや椿姫彩菜がそれに続く。IKKOはニューハーフと女装者の中関形に近く、女装者ではマツコ・デラックスとミッツマン・グローブと云う双璧がいる。IKKOは3~4年前は細身の体系であったが、ここにきて体形が崩れて場末のゲイバー・ママのように変わってしまった。太ったという点ではマツコ・デラックスも同様で、元々がお相撲さん体型であったが最近は忙し過ぎてストレスが溜まっているのか巨像化し、ゆったりとしたワンピース型衣裳の方が自然ではある。ミッツマン・グローブは長身で肩幅を広いから日本では女装姿が目立つが欧米なら女性に紛れて通りそうな容姿ではある。IKKOにしろ、マツコにしろ、ミッツにしろ、本職とも言える別稼業を持っていて、その部分で社会的評価を受けているという強みがある。或る種、文化人としての「女装者」たちなのだ。女装しないゲイとしては楽しんごやクリス松村が人気を集めているが、昔からダンサー・ミュージシャン・デザイナー・舞台役者等の分野にはゲイ・同性愛者が多い。ただ女装していない場合は、同性愛であるということを隠しているケースが多かった。それが知られると世間から白眼視されたり、イジメや制裁を受けることが分かっていたからだ。世の中が女装者や同性愛者を受け入れる時代に変化しつつあるのは良いことだ。ただ日本における女装者の人気はあくまでもタレントとしての人気で、果たして本当に女装や同性愛を容認する社会への変貌かどうかという点では大いに疑問がある。何となくTVは今のところ誰かオネエ・タレントを出しておけば、そこそこ視聴率が取れるから出しておこう…という安易な理由のみで制作しているようにしか思えないのだ。

確かに、世界的な気運としてゲイ・同性愛者を受け入れる社会を認める方向に動きつつあるのは確かだ。その流れの中で、日本でもオネエ・タレントが活躍するのは悪いことではない。ただ例えば女装をしていないオネエ・タレントが「オンナ言葉」を使って話すのは本来の“同性愛を容認する社会”としてはいささか違和感を覚える。もし、本当に同性愛を認めるのであれば、普通に「オトコ言葉」で話すほうが自然ではないだろうか。女装している者がオネエ言葉を使うのは自然と言えるが、女装していない者がオネエ言葉や身体をくねらせるのは奇異であって、同性愛とも異性愛とも言えない奇妙な印象しか覚えないのは私だけなのであろうか。

私は異性愛もあれば、同性愛もあって不思議だとは思わないが、そうであればもっと自然な形で、性同一障害や女装とは根本的に別な形で捉えなければいけないのであって、ゲイ・同性愛の方達自体にも、その辺に妙な誤解と云うか、偏見のようなものが潜んでいるような気がしてならないのだ。またTV局自体もオネエ言葉を使えば出してあげるかのような誤った起用の仕方は改めてなければならないだろう。極端な話、女装者以外はオネエ言葉を禁止するくらいの措置があってしかるべきで、自然な形で社会が同性愛を容認していくよう誘導するものマスコミの責任なのではないだろうか。

そして、日本の社会では実質的に性同一障害の方達が働く場所が限られている事実こそ改善していかなければならない問題で、女装者→夜の仕事と云う決めつけにも大いなる問題がある。私のお客さんで役所勤めをされながら性転換し、その同じ役所に現在も勤め続けている方がいる。男性だった時の写真を見せて貰ったが全く別人で、よく役所もその方の性転換を容認したものだと感心してしまう。ただ考えようによっては役所だったから受け入れてくれたので、民間の企業では受け入れるかどうか疑問もある。もちろん仕事内容にもよるが、日本でも当たり前の現象として徐々に男性から女性へ、或いは女性から男性へ変貌していく姿を違和感なく受け入れられる社会に変貌していくことが出来るだろうか。

「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧素顔のひとり言

  • 「大谷選手の故障」と「株価予測」が見事的中‼

    早いもので今年も“雪景色”の季節となった。そこで、今年一年の「波木星龍の占い予言」を振り返ることにする。私は別に、有名人の予言とか、社会的な予言とか、本当はそんなことはどうでも良い 続きを読む

  • 波木星龍の公的な「予言の的中率」

    占い師の評価というのは、必ずしも“的中率”にあるわけではないが、そうは言っても“どの程度的中しているのか”は、その評価の重要なポイントであるには違いない。よく“口コミ”と言われる“ 続きを読む

  • 自らが創り出す「未来」

    占星学や推命学の研究者の中には“先天的な運命”を動かしがたいものとして、本人の“意志”とか“選択”とか“努力”などを認めないような判断の仕方をされている方が多い。私自身も占星学や推 続きを読む

  • あまりにもお粗末な「ツタンカーメン」番組

    こういう番組をどう捉えれば良いのだろう。制作サイドは日本の視聴者をあまりにも軽んじすぎているのではないだろうか。7月18日のTBS古代エジプト世紀の大発見プロジェクト「ツタンカーメ 続きを読む

  • 日進月歩で「後退していく」占いの世界

    世の中、日進月歩で進んでいくものが多い中で、まるで“後退りしている”ような世界が「占いの世界」だといってもよい。どうして後退りなのか、ここ20年ほど「新たな研究」「新たな学説」「新 続きを読む

  • 人は“さまよいながら”生きていく

    人間社会は「勘違い」で成り立っている。例えば、私は“書きもの”などでは何でも明確に“ズバズバ書く”ので、現実にもさぞかし「即断即決の人」「迷いのない人」「怖い人」であるかのよう誤解 続きを読む

  • 「パスワード」という魔物

    私は元々が“IT型の人間”ではないので、日頃から“IT関連のもの”は苦手である。その中でも一番厄介なのが「パスワード」で、あらゆる場合にこの部分で躓いてしまう。何故、もう少し簡単に 続きを読む

  • 占い依頼者との「距離」について

    当然のことながら、占い師は常に何らかの悩みや問題を抱えた相談者や依頼者と相対して仕事を行っている。初めての依頼者もいるが、その多くは過去に“占っている方”で、いわば“常連さん”に属 続きを読む

  • 「使命感」の持っている美しさ

    どのような世界であっても「使命感」の中で生きている人達は、それぞれに“美しい”ものです。もちろん、これは外見的なことではなくて、“生き方としての美しさ”です。その人なりが滲み出てく 続きを読む

  • 日本人であるということ

    今年は正月から週刊誌が飛びつきそうな話題やネタが矢継ぎ早に飛び出している。「ベッキー不倫騒動」があり「スマップ独立失敗」があり「甘利金銭疑惑」があり「宮崎育児不倫」があり「清原覚せ 続きを読む