素顔のひとり言

1年の区切りの不思議

マスコミが煽り立てるせいなのだろうか。12月に入ると街の様相が一変し、クリスマスや正月が近いことを感じさせる雰囲気や飾り付けを繁華街・デパート・商店などがいっせいに演出し始める。それに煽られるかのように買い物客も街中へと吸い出されてくる。土・日の繁華街は人であふれかえっている。

今年は不景気で余り買い物客は出ないのかと思っていたが、どうも人並みだけは去年より多いような気がする。あるいは人は出るが、買い物は控えている…と云うことなのであろうか。確かに買い物袋を抱えている人は少ない。アメリカのクリスマス商戦をTVでやっていたが、今年は値引き合戦らしい。サブプライムだ、金融危機だ、と云ってもアメリカと云う国にサンタはやって来るようだ。我が日本はどうなのだろう。

雑誌によれば現在の日本は「経済大国」と云われながらも個人所得は決して豊かな国とは云えず、先進30カ国中の18位らしい。昨年の統計では年収400万以下が55%で、年収1000万を超える人はわずか5%らしい。その結果、老後に不安を持つ人は86%もいるらしい。つまりはみんな大変なのだ。不思議なものでこういう数字を知ると、たいていの人は何故かほっと一安心する。よく暮れが近付くとプロスポーツの世界や芸能人などで、ものすごい年収がTVやスポーツ新聞などで公表されるが、そんな人など本当に稀なのだ。たいていの人はそこそこで生きている。だからこそ「年末ジャンボの宝くじ」は飛ぶように売れるのだ。年末年始と云うのは、何かとお金が出ていきやすい時期だからなのか、普段、あまりお金のことをどうこう言わないような人であっても妙に金額にこだわるようになる。一つにはサラリーマンの場合、ボーナスと云う名の「お年玉」が得られるせいかもしれない。私など貰えなくなって久しいが、今になってみるとボーナス(賞与)と云うのは勤め人の特権であり、素晴らしい制度・贈り物なのだ。会社勤めの人は感謝しなければいけない。もちろん企業によってはボーナスなど出ないところもある。元々給与でないのだから、出なかったとしても企業側を責める理由はない。けれども現実的には、それを当てにしたローンなどが組み込まれている場合が多く、出しませんでは済まないのが実情だ。

子供のいる家庭では、その年の景気が良いかどうかはクリスマスプレゼントの良し悪しに掛かってくる家庭もある。私は幼いころサンタクロースは実在するものと思い込んでいたから、サンタクロースにいろいろな願い事を書いても聞き入れて貰えなくて、しょげかえっていた時期がある。今考えれば、それを読んでしょげかえっていたのは母親や父親の方であったかも知れない。私は実にのほほんとした現実を知らない子供であった。

それにしても、12月が来ると1年と云うものを振り返るのはなぜだろう。こればかりは必ずしもクリスマス商戦や年末商戦の影響ばかりとも云えない。何となく人は、暮れが近付くと1年を振り返りたくなり「来年はどんな年になるのか…」知りたくなるものだ。もちろん世界とか日本とかの大きな来年も知りたいが、それ以上に個人的な「自分自身の来年」が知りたくなるものだ。そして普段あまり占いなど興味を持たないような人であっても、何となく来年を占ってみたくなるから不思議だ。どうして、それが12月なのだろう。占いの上でも、大昔から1年の区切りはこの時期にあった。今から3500年前の中国では「冬至」がその区切りであった。秦の始皇帝の時代(約2300年前)だけは、今で云う11月が年初であり、漢王朝以降は今でいう2月が年初に変わったが、いずれも冬場で1月前後に設定されている。つまりはこの時期に切り替わるのが四季の変化の中では年初として都合が良いだけでなく、実感を得られやすいからでもあろう。自然科学的なことを云えば「冬至」と云うのは1年中で最も日が短く、それ以降徐々に日が長く変わっていく。それが同時に、春を引き連れて来るような印象を我々に与えるのだ。運勢学的にも、確かにこの時期から「新たな年」らしき出来事へと切り替わっていくのは奇妙な事実だ。去年の運勢が良かったとか、来年の運勢が良くないとか云うのは、誰に教えられたわけではないが、我々の自然な実感でもある。

最近は若い人たちの間で、手帳を付けるのがブームだと云う。一時期、見捨てられていたような気がする手帳だが、若い人たちの間では手書きの手帳が流行っているらしい。実際、手帳売り場に行くと若い人たちがいっぱいだ。手帳で自分自身を管理しているのかもしれないが、何か縛られた生活をしているようにも思えて私など可哀想にさえなる。ちなみに私は、去年も手帳を買ったが全く使わなかった。だから、私は自由なんだと自分を慰め、3日坊主の言い訳としている。


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