素顔のひとり言

10代のシングルマザーが増えていく

確か6年ほど前だったと思うが「アメリカの今」を伝える経済番組で、アメリカでは最近急速に10代、20代のシングルマザーが増えつつあり、それが社会問題化しつつある…と云うような内容を伝えていた。私はそれを見ながら、アメリカらしい話だな、と他人事のように捉えていた。

ところが、そうでもないかもしれない時代が押し寄せつつある。何気なくスイッチを入れたTV番組で「17歳のシングルマザー」の生活を追ったドキュメンタリーが放映されていた。15歳で妊娠し、16歳で出産し、ちょうど我が子が1歳になる前後からの生活(途中から見たので…)がヤラセなしの形で放映されていた。8年前に自分達を置いて家を出ていった母親の元に逢いに行く場面、そこで一緒に暮らすことを拒否され、今度は姉の元へと会いに行く場面、そこでも一緒に暮らすことを拒否され、仕方なく地元に戻り、あらためてシングルマザーとして自立しなければならないと悟り就職活動を始める場面…厳しい現実と、母親としての自覚…。

まだ17歳であるから、少女としての幼さやあどけなさも残るが、母親としての強さも随所に垣間見せる。TV番組は、現実としての10代のシングルマザーの生活を評論のようなものを一切加えず映し出していて、その点でも好感がもてた。

確かに、何年か前まで「アメリカの出来事」として受け止めていた現象は、確実に日本にも忍び寄っていたのだ。芸能人などの間で「出来ちゃった婚」が流行(?)し、結果として10代で母親となるケースも増えてきた。或る程度収入に恵まれていればシングルマザーも生き方として悪くないが、収入源の全くない10代半ばでシングルマザーとなって生きていくのは、並大抵のことではない。ましてやドキュメンタリーの少女のように、親も身近に居なくて、たった一人で(正しくは息子と二人だが…)生きていくのは容易ではない。近年、日本も社会福祉が充実しつつあるので或る程度の金銭は得られるが、最近のように生活用品が値上がりし出すと、第一にこういう人たちの生活が圧迫される。

もちろん本人が「産む」と決めた時から、親としての責任が発生するのだから、現実の社会が就職などに対して厳しいのは当たり前であって、いたずらに同情することが正しいとも思わない。それに経済的に苦しいから不幸とばかりも言いきれない。私はかつてフィリピンに行ったとき、10代や20代のシングルマザーの多いことに驚いたことがある。後から気付いたのだが、フィリピンと云うのはキリスト教国で堕胎を法律で禁止している。妊娠したら産むしかないのだ。だから自然とシングルマザーが増えていく。ところが、彼女たちは実に陽気だ。暗さがない。南国の明るさ、暑さがそうさせるのかもしれないが、生活と云うことに対してくよくよなどしていない。経済的な助け合いの精神はキリスト教国だけあって徹底している。産んだ子供を親や親戚に預けて働くなどは当たり前のことと思われている。そういう風土だから、シングルマザーの恋愛も当たり前で、日本のように「子供優先」等と云う風潮は全くない。結果として、男親の異なる兄弟がたくさん産まれることになる。神様が何とかしてくれる。本心からそう思っているのだ。

近年、日本でもシングルマザーは決して異端視されるような存在ではなくなった。ただ、何のわだかまりもなくシングルマザーを謳歌している女性は少ない。日本の風土には、或る初の義務感があって、子供を自分の所有物としてみなしがちだ。所有物と思うから「ちゃんと育てていく」義務・責任のような拘束意識がついて回る。「神様からの授かりもの」として所有物意識を捨てれば、もっと楽に生きられるのに…と思うようなケースは多い。確かに小学生になるくらいまでは子育ての義務・責任はある。ただ18歳位まであるかのような日本の一般的概念に、私は必ずしも賛成できない。自我が芽生えだす年齢となったら、もう親としての最低限の役割は終えている。その後の運命・人生は「放って置いても子は育つ」くらいの感覚の方が本人にとっても好ましいのではないだろうか。

かなり以前の話だが、私の所に「娘の受験について見て欲しい」と云う客があった。私は受験には何ら問題なく成功するし、その後の勉強にも問題はないが、もしかしたら娘さんには学校に入って間もなく付き合う男性が出てくるかもしれません、と判断した。客は安心したような顔をしたが「先生、娘は色気の方は全くないんですよ」と、その御心配は外れていますよ、と言いたげな顔をした。私も正直、余計なことを云ってしまったかと思ったので反論しなかった。ところが、それから数カ月もたたないうちに、私の予告は現実のものとなった。娘さんが妊娠したと云うのだ。「いくら先生の言葉でも、こんなことになるとは信じられません」母親の血相が変わっていた。結局、この娘さんはシングルマザーにはならず、すぐに堕胎させられた。十数年前には、それが当たり前でさえあった。だが、時代は10代半ばでも「産む」決断を下す方向へと何故か傾きつつある。そして今後それは加速していくような傾向を私は予感するのだ。


最近の記事はこちら

自らが創り出す「未来」

占星学や推命学の研究者の中には“先天的な運命”を動かしがたいものとして、本人の“意志”とか“選択”とか“努力”などを認めないような判断の仕方をされている方が多い。私自身も占星学や推命学の研究者であるか…続きを読む

あまりにもお粗末な「ツタンカーメン」番組

こういう番組をどう捉えれば良いのだろう。制作サイドは日本の視聴者をあまりにも軽んじすぎているのではないだろうか。7月18日のTBS古代エジプト世紀の大発見プロジェクト「ツタンカーメンと伝説の王妃330…続きを読む

日進月歩で「後退していく」占いの世界

世の中、日進月歩で進んでいくものが多い中で、まるで“後退りしている”ような世界が「占いの世界」だといってもよい。どうして後退りなのか、ここ20年ほど「新たな研究」「新たな学説」「新たな占い」「新進気鋭…続きを読む

人は“さまよいながら”生きていく

人間社会は「勘違い」で成り立っている。例えば、私は“書きもの”などでは何でも明確に“ズバズバ書く”ので、現実にもさぞかし「即断即決の人」「迷いのない人」「怖い人」であるかのよう誤解されがちだ。とんでも…続きを読む

「パスワード」という魔物

私は元々が“IT型の人間”ではないので、日頃から“IT関連のもの”は苦手である。その中でも一番厄介なのが「パスワード」で、あらゆる場合にこの部分で躓いてしまう。何故、もう少し簡単に設定できないのか。憶…続きを読む

Copyright© 2015 NAMIKISEIRYU All Rights Reserved.