9月, 2009年

モロッコ・鉛占いの神秘

2009-09-21

BSで放送されていた「モロッコの鉛占い」を観た。正確に云うと「鉛占い」と云うのは私が勝手に名付けた名称で、実際にはどう呼ぶのか分からない。映像で知る限り占いの正式名称は定かでないが、モロッコでは古くから伝えられている占いらしい。占い師は50代後半の迫力ある女性だ。自分の占いに対して絶対的自信を持っている。記録からだと出張することもあれば、自宅で見ることもあるらしい。霊的な相談が多いのか、映像では原因不明の病気などを占っていた。

「鉛占い」の占い方はこうだ。まず依頼者から悩み・相談事を訊く。次に鉛の板を適当な大きさに切り、その板に依頼人とその母親の名前を刻む。そして、それを依頼者の身体に当てていく。依頼者の魂が鉛にしみ込ませるためだ。次に、その鉛の板を湯を沸かした鍋の中に入れて溶かしていく。或る程度溶けたようになったら、鉛の入った湯を水が入っているバケツのようなものの中に注ぎ込む。この時、水の入ったバケツは占い依頼者に大きく肢を開かせ両脚の間に置かれている。したがって、鉛の入った湯を注ぎこむとき、一歩間違うと火傷する可能性もある。こうして一気に冷やして溶けた鉛の形や色や状態を確認しながら占うのだ。まるで依頼者の魂が、完全にその溶けた鉛に封じ込められてでもいるかのように、占い師ザハラは鉛を掌で扱いながら占っていた。いや、もしかしたら、高次元の霊気が悩み・相談事を、オブラートで包むように吸い取ってしまっているのかもしれない。占いに使った水はペットボトルに注ぎ込み、庭に撒くよう指示していたからだ。そして形が変形した鉛の方は、枕の下に入れて寝るよう指示したりもしていた。占いの判断も、その解決法も、やや呪術的ではあったが、大変に興味深く神秘的である。

正直なところ、私は世界のさまざまな占いを知っているが、このような占いがあることを知らなかった。その占い方から見て、明らかに地元で古代から行われて来た占い方法のように思われた。世界にはまだまだ私の知らないさまざまな占い方法があることは知っている。占いハンターとしては、ぜひとも直接占ってもらいたいが、なかなか世界各地に出掛けて行って占ってもらうのは難しい。日本の中でさえも、私の知らない占い方が多数存在しているだろうと思っている。ただ、日本の場合、本当に古くから存在している珍しい占いは少ない。名前だけ新しくても、その中身は別な占いで、新しくも何ともない占いは山ほどある。古来から秘かに伝承されてこそ価値があるのだ。いや、完全に新しくてもかまわないが、それはそれで本当に中身から新しくないといけない。たとえば「画相術」と云う占いは、実は中国でも「形象判断」として一部で唱えられていた。ただ、きちんとした見方が確立されておらず、疑問視されたような形で何百年も経っていたのだ。それを江戸末期の林文嶺は「画相術」として体系化させ、何百もの例証を掲げて著述し後進も指導した。こうすることによって、新たな占いとして我が国で蘇ったのだ。私には、そういう意味で、もう一度蘇生させてやりたい占いがいくつもある。たとえば「墨色判断」とか「測字占法」とか「梅花心易」とか「太占」とか「天津金木占法」とか「究の字占法」とか「肝臓占い」とか「星平会海」とか「ドット占法」とか「ヌビア式コーヒー占い」とか「ガル骨相術」など数え上げればきりがない。もちろん、この中の一部は私自身が過去に実占したりもしているが、きちんとした形で後世に伝えてあげたいものだ。

日本人はとかく媒体物を用いた占いを信じようとしない傾向があるが、生年月日時を用いたから科学的…と思う方がいるとすれば、それこそ非科学的な頭脳の持ち主と言わなければならない。第一、占いで大事なのは科学的であることではない。科学で推し量れないから「運命」なのだ。昔の中国の医者は「望診術」と云って、患者の顔を見ただけで病気の原因から状態から処方箋まで何も訊くことなく与えることが可能だったのだ。もちろん、そこには人相奥義としての「望診術」が存在したからだが、科学と占術が一体だった時代、そこに立ち戻ることこそ私の究極の願いなのだ。

ストーカー殺人と復活愛の謎

2009-09-09

私は現在それぞれ毛色の違った三つの携帯コンテンツの監修をしている。その中には個人鑑定を無料サービスで行っているコンテンツもあり個人的な悩み・相談事が多数メールで送られてくる。もちろん有料でも行っているが、どういうものか有料の方には滅多に来ないが無料に多い依頼・相談事の一つが「復活愛」に関してのモノだ。何故、無料に多いのかは私にもわからない。もしかすると「人生を安易に捉えている人」或いは「棚ぼた式の幸運を夢みている人」に復活愛を望む人が多い…からなのかもしれない。

ともかく驚くほど、その数は多い。だったら別れなければ良いのに…と単純に思ったりもするが、もちろん種々の事情があって別れているのだろうから一概に批難は出来ない。ただ昔に比べて、今はすぐに別れ過ぎるような気がする。そして、すぐ復活し過ぎるような気もする。そういう人たちが多いので「復活愛」と云う言葉も自然に生まれてきたのかもしれない。この言葉、私の記憶では昔は存在しなかった。「復縁」と云う言葉は使われていたが、そのほとんどはいったん離婚した男女が再び入籍するようなケースに使ったもので、恋愛の場合に使うケースは稀であった。いつの頃からか特に女性週刊誌で「復活愛」の文字が大きく踊るようになった。もしかすると芸能人の恋愛で最初に使われて広まったのかもしれない。やがて当たり前のように「復活愛」の言葉や表現が使われ、それは何故か電話占い広告の主流となった。或る時、女性週刊誌を見て「復活愛」の広告があまりに多いのに驚いたことがある。すべては「電話専門占い会社」のうたい文句としての表現であった。しかも、それらの広告に対抗するような形で「美容外科」の広告も多数組み込まれていた。妙な言い方だが、美容外科へ行って美しく変身すれば、あの頃のような愛を取り戻すことが出来る…と占ってくれます、と雑誌全体で予告しているような印象を受けた。

もちろん美容外科など行かなくても復活愛が実現するケースはいくらでもある。昨日もTVで、別れて26年間も完全に離れ離れとなりながら、奇跡の復活愛を実現し結ばれた話が放映されていた。その別れが嫌いになってのものではなかった場合、どんなに歳月が経っても気持ちが変わらないでいるケースは稀ではない。ただ喧嘩別れ、泥沼のような離別劇を演じて、その後に復活するケースは少ない。この場合、一方の思いが強すぎるとストーカーに転じていくケースが多い。特に双方とも別れを了承している場合は良いが、一方的に別れを告げられた場合、一方だけに新たな相手が出現して別れている場合、極端に相手のプライドを傷つけるような言葉・行為を投げつけて別れた場合――これらの場合に相手がストーカーに転じていくケースが多いものだ。どういう事情にしろ一度は付き合って別れている場合、ストーカーになった側だけを悪いと決めつけられないケースもある。総じてストーカーになるタイプは男女とも思いこみが強い。良い意味でも悪い意味でも愛憎の深い人が多い。変な言い方だが元々が愛情の乏しい人はストーカーにならないのだ。

したがって、もしも相手がストーカーに転じたのなら、第三者を立てるかと、親や友人に入ってもらうとかして、きちんと納得・説得して別れさせた方が良い。仮に凶暴性を秘めている相手なら法律的手段に訴えるのが良い。ともかく黙って逃げ回る形が一番良くない。ストーカーの場合、二人だけで話し合うと云うのも良くない。実はストーカーと云うのは「憑依霊」と似た性質を持っているからだ。憑依霊と云うと怖いものと思いがちだが、元々何らかの縁を持たないと憑依はしない。したがって強引に取り払おうとするのはかえって危険なのだ。憑依してくると云うのは相手側からすれば縋って来る…と云うことで「縋りつく」ものを強引に振り払おうとするより、優しく諭して「戻してやる」のが一番なのは誰でも判る道理だ。女性の場合、相手男性がストーカーに転じると怖さが先に立ってしまうのは無理もないが、どういう形であれ一度は縁のあった相手なのだから、最初から強引に振り払おうとし過ぎたり、黙って逃げ回ったりし過ぎないことだ。余程、暴力的な相手でない限り、まずは優しく諭すところから始めなければならない。

それで駄目なら目上や第三者を入れて話し合うことだ。聞く耳を持たない危害を加えそうなストーカーの場合は警察に相談し、なるべく一時的に身を隠すことだ。数年前からストーカー殺人が多くなった。事前に警察に相談しながらも、結果的に殺傷されてしまうなど相談が役立っていないケースが多い。警察の方にも落ち度はあるが、被害者も警察の忠告に従わず、電話番号を変えるとか、一時的に身を隠すなどしていなかった例が多い。

俗に云う「虫の知らせ」は、自分に危険が及ぶさまざまな場面で働くものだ。私など、これまで何度となく「虫の知らせ」を経験している。ただ実際には防ぎきれなかった例が多い。どうすれば防げるのか―そこまでは予知できないからだ。占っての予知であれば、それに対しての対策もおのずと出て来る。本能的な予感には、その部分が欠けている。その部分は欠けているが、予知自体は占いよりも正確である。

ストーカー殺人の場合、或る種の愛憎・怨念が絡んでいるケースが多く、その意味でも愛憎・怨念がらみの憑依霊に酷似している。怨念がらみの憑依霊にも「諭して、気付かせ、離れさせること」が何より効果的であるように、ストーカーの多くにも、きちんと諭して納得させ、本人の苦しみを解いてやれば、素直に詫びて離れていくものなのだ。本人の苦しみを解いてやらなければ、頭で分かっても離れていくことは出来ない。本人の苦しみを解いてあげる方法の一つに、読経や写経がある。その場合ストーカーされる側でなく、ストーカーする側の家系・先祖に向けて読経・写経してあげることだ。こうすると愛憎・怨念が解けてストーカー本人も憑きモノが落ちたように執着が消える。執着が消えるから、ごく自然に離れていくようになる。理不尽かもしれないが、それでストーカー殺人から救われ、それだけでなく運勢そのものにもプラス効果が大きいのだ。ぜひ、ストーカーに悩んでいる方は実行されたい。

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