7月, 2011年

「玉の輿」「セレブ婚」の実態

2011-07-24

何気なくネットの情報を見ていたら、数年前「セレブ婚」と騒がれた或る女優の夫である実業家が、何十億という借金返済のため自らの会社もブランドも売り払って、2年間の契約デザイナーに変わって再出発する―という情報が流れていた。TVや雑誌で知られた女優やタレントが実業家と結婚するケースは多い。年商何十億の企業家と聴くと、誰もが“玉の輿”のように感じるのは当然かもしれない。けれどもその何年後かに事業が破たんするとか、多大な負債を抱え込むとか、不和から別居に至ったとか、離婚していた…とかいうニュースに接して驚くケースも多い。「玉の輿」とか「セレブ婚」と報道されたのは一体何だったのだろう…と誰もが首をひねる。一般的な感覚として、年商何十億もの企業はそう簡単に潰れるわけがなく、3年や4年で何十億もの借金を抱え込む等想像もつかない。ましてや若くしてのし上がった企業家はカリスマ的な“力”と“運”とに恵まれていて、壮大なる夢と未来を語っていたはずで「セレブ婚」の女優やタレントも、それが数年後“借金生活”に変わる等、考えもしなかったことだろう。

昔と違って、今はあっという間に世の中が変わる。その変化に応じて“巨万の富”を手にすることも可能だが、それは同時に時代の変化で一気に失われてしまうことをも暗示している。ギャンブルのようなもので“あぶく銭は残らない”という法則がある。もちろん若手企業家、青年実業家というのはギャンブラーとは限らず、純粋に事業として着実に成功・拡大していく人もいる。元々家系的に事業で成功している人物を輩出している場合は、仮に全然別箇の分野でもいったん掴んだ成功は持続しやすい。けれども完全なる創業者で、血縁的にも異色である場合、その事業には紆余曲折を伴うのが通例で、順調に成功の階段を上っていくことは滅多にない。それに「七光」を全く持たない創業者は総じて早熟で20前後から起業している。若くして“それなりの財”を得ているケースが多いのだ。又、事業意欲が強く、決して小さな成功に満足することがないという共通性もある。

私は以前、或る女性に「あなたは俗にいう玉の輿のような結婚をされる運命を持っている」と判断したが、その時には全く本人に心当たりがなかったようでポカンとしていた。ところが、それから2カ月ほど経って、先生の占い当たりそうです、と言って私を喜ばせた。地方では有名な或る政治家の御曹司との見合い話が、職場の上司を通じて浮上したのだ。そこで彼女はその男性の生年月日を記して「相性はどうですか?」と訊きに来た。正直なところ、相性自体はあまり良いとはいえなかった。ただ、その結婚自体は成立する―と出ていたので、相性のことは深く述べずに見合いを勧めた。そうして3ヶ月くらい経ってから、再び彼女が来た。「プロポーズは受けたのですが…」と浮かない様子だった。新居を建てるまでは、その女性が現在暮らしているマンションに同居する形で新婚生活をスタートしたい、と言われたらしい。さらに挙式の費用等も折半で行うという方針らしい。彼女の考えていた「セレブな生活」とは程遠いものとなった。気分的に浮かないのも当然であった。だが、今更、止めた方が良いとも言えない。地元名士の御子息であることには違いないのだ。それに長男なので今は父親の秘書だが、将来的には地盤を継ぎ政治家となることも決定的だった。しかも、本人が既にプロポーズを受け入れ挙式日も決まっていた。返事をする前なら、相性のことを話すこともできるが、今は無理だ。私は最初の2年くらいは多少ぎくしゃくするが大丈夫―と背中を押した。こうして彼女は盛大な結婚式を挙げた。ところが、その結婚式から3週間ほど経って、再び彼女はやってきたのだ。新婚旅行にヨーロッパに行ったのだが、その旅行中の彼の言動について、及び帰国後の態度について、彼女は「先生、聞いてください!」と半ベソをかきながら訴えた。さまざまな点で彼女の嘆きはもっともで、最高級の店で最高級のディナーを頼み、べらぼうな請求額に彼女が抗議しようとしたら「日本の政治家の恥になる」と拒否したという話は、この縁談を勧めてしまった私自身を後悔させた。ただ、だからと言って「彼に対して愛情はあります」という彼女を離婚させるわけにもいかない。私は相手両親から可愛がられていることが確実なので、彼とのことを、お義母さんに相談してみることを勧めた。その後は一応、収まりが付いたようで大丈夫かもしれない。

これが本当の「玉の輿」と言えるのかどうか若干疑問だが、実態はともかく、そういう眼で見られたり語られたりすることは間違いがない。ただ私としては何かしらの責任があるようで、どうもこの時の判断・対応を喜べない。これからはなるべく「玉の輿」等という表現は避け「将来成功する男性との結婚」という風に言い改めていこう。

再発見―という旅

2011-07-09

久しぶりに我が地元である札幌の「中島公園」内を歩いた。実は先日も歩いたばかりなのだが、その時にはお祭り屋台が500軒以上出ていて、公園そのものはほとんど見て回れなかった。とても手入れが行き届いた広い公園で、今の季節は植物の緑と小川のせせらぎが見事に調和し、気候に恵まれれば景観的にも大変に美しい。復元された歴史的建造物等もあり、その内部も観覧出来てレトロな雰囲気の建物内で食事までしてきた。地元に居ながら、実際にはきちんと見学することなく過ごしてしまう建物・遺跡・名所・公園などは多い。歩いていける場所にありながら、いつでも行けるという安心感からか、きちんと見学や散策することなく過ごしてしまうのは、考えてみればもったいないことで、すぐ近くの「大通公園」等も街中の公園としては整備されていて人工美だが近代的で美しい。最近は地下歩道空間が出来たせいで、地上を歩く機会も少ないが、我が札幌という街は総体的に“美しい街”であることは間違いがない。

こういう風に地元を歩いて感じるのは、最近「函館」の街を観光してきたせいなのかもしれない。湯の川温泉に二泊して久しぶりに函館の街を三日間歩いたが、三日目になると主要な観光名所が無くなってしまっていることに気付いた。大体二日間あれば主要な場所は回れるもので、三日目になると街そのものを何となく歩くしかなくなった。その時、地元札幌もちゃんと歩いていないな―とぼんやり思った。函館はもう四回目だが忘れっぽい私は何処でも初めてのような印象を受ける。印象だけでなく、三つの教会内部まで入って祈りをささげたのは今回が初めてだった。その一方、湯の川温泉街のホテル13階“展望風呂”から函館の景色を眺めながら、昔20年前、見た景色とそれほど大きくは変化していないのかもしれない―とも思った。そういえば私が育った室蘭も二年前に行ったが、大きくは変化していなかった。そして、その時、札幌はどうだろう…と何となく思ったのだ。私が札幌へ移り住んでから19年程経つが種々な点で明かに大きく変貌しているような気がする。普段、あまり感じないが、毎年のように新たな公共施設とか、注目される商業ビルとか、緑化公園とか、何かが出来ている。確実に変化し、確実に進化している。新しく何かが出来ると最初だけ、試みに行ってみたりもするが、中々その後は訪れない場所も多い。中島公園のような風光明媚なところは、どの街にもあるわけではないのだから、年に数回は訪れてあげるのが市民として責務なのかもしれない。

近年は海外に出掛けることが多くなって、地元や日本の“美しさ” “情緒ある風景”に対して、やや鈍感になってしまっていたような気もする。考えてみれば、日本という国は世界的に見ても大いに誇れる名所や観光地が多数存在している。昔、フィリピンに初めて行った時、マニラの女性が“とても景色が良い場所”と言って連れて行ってくれた場所があった。そこは海岸に面していて大きなビルや建物が林立しているところだった。夕闇せまる頃で、確かにマニラとしては情緒的な場所ではあった。だが、海岸べりには多数の空き缶、ペットボトル、木片、機械類のガラクタ等が散乱し海上に浮き上がっていた。車が激しく行きかう主要道路の傍でもあるので、排気ガスもそちらから押し寄せて来る。北海道で育った私には、日本人の繊細な感性には“とても景色の良い所”として長時間いられる場所ではなかった。もうひとつ、中国での話だが、観光名所として知られている“庭園”へとガイドに連れられて行った。確かに、そこは美しい花々や池などあって、見ごたえはあった。ただ中国人ガイドは「こっちから見なければきれいじゃない」とか「写真ならここから撮らなきゃ駄目です」とか一々うるさい。しかも、その庭園を一歩離れた路地裏は“正に貧民街”で崩れかかった土塀が連なり国旗のようにあちこちぶら下がっている無数の洗濯物が風になびいていた。比較的きれいなレストランでもトイレの鍵は完全に壊れていて、針金一本でかろうじてドアが閉まる仕組みであった。もちろん、それから8年ほどたって訪れた中国はかなり整備されていて、昔のような場所はお眼にかかれなかった。フィリピンにしても、昨年行った時には新しい街が形成されていてテーマパークのように整った繁華街が見られた。急速に発展するアジア各地は今まさに “新しい都市”として生まれ変わりつつある。

今年、大きな震災があったことで、東北の風光明媚だった海岸地域の多くは瓦礫の山と化してしまった。多分景観の良さを取り戻すには十数年が掛るだろう。けれども日本には“失いたくない美しい景色”“情緒あふれる景観”が山ほど残っている。それらを故郷としてのそれらを、大切にし、保存し、より“新たな美”を追加して後世に伝えていくことが、今を生きる日本人に課せられた命題であるような気もする。今年の正月まで街に溢れていた中国人観光客の足はまだまだ戻らない。けれども、日本の美しい風景、情緒豊かな景観を、我々日本人が改めて見直す良い機会にはなった。そして、外国人よりも本来の自国の良さを再発見して国内旅行の活性化が促されるなら、こんな素晴らしいことはない。但し、国内旅行をするといつも感じるのは、海外旅行に比べて総じて高い―という印象がぬぐえないことだ。例えば、海外なら最高級のホテルに泊まっても一泊2万円前後の地域がまだまだある。けれども国内旅行の場合、一泊2万円では高級ホテルは中々泊まれない。お土産類にしても、円高のせいもあるが国内旅行は金が掛る。これらがもう少し安くなるなら、もっともっと日本の温泉や観光地は“海外の人々”にも“日本人”にもアピールできるに違いない。

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