1月, 2016年

「イヤァオ」が世界に羽ばたく

2016-01-31

新日本プロレスの中邑真輔が退団し、世界最大のプロレス団体WWEへ本格参戦するらしい。一時期、経営危機にあった新日本プロレスだが近年は見事に復活し、女性ファンも増えて大盛況である。国内だけでなく海外からも注目を集めているのが特徴だ。これはひとえにユーチューブで世界に配信されるようになってからのことである。言葉の不要な格闘技は、それを実際に見ることが出来れば、世界にその魅力を訴えることが出来る。占いには「言葉の壁」があるので、それが出来ない。私の占い書籍は表面上は日本人向けに書いているが、実は欧米の研究者、中華系の研究者に向けて書かれている。海外で出版されれば日本の十倍は高い評価を得られるだろう。さて中邑だが彼は新日本プロレスの中では最も海外ファンの多いレスラーで「イヤァオ」という新語を生み出した。全身から絞り出した「野生の情熱」或る種の「雄叫び」を表したかのような単語で、多分、特別な意味などないはずだ。こういう欧米人に劣らない自然なパフォーマンスを生み出せる日本人が出てきたことは本当に素晴らしい。

人間が「神」の決断をするとき

2016-01-30

日銀の黒田総裁が「マイナス金利」を導入した。一般庶民には直接的な関係がないので、それほど大きなニュースとして取り上げられていないが、実は「日本国」にとってはとても重要な決断だった。いや日本にとどまらず、世界にとって大変重要なメッセージを送ったことになる。それは人間・黒田が「神」の領域に踏み込んだ、ということだ。現代の世界経済が密接につながっていることは誰もが知っている。これまで人間・黒田は二度「神」の決断をし、もう打つ手がないかのように言われていた。彼は三度目の「神」になった。彼は50年後、100年後の歴史家が世界を語るとき、21世紀前半の経済を語るとき、外すことのできない人物となった。日本人でただ一人、世界の「これから」を意識し、70億の民を意識して、「神」の決断をしたのだ。私のこの文章を本当に理解できる人は日本に数人しかいないかもしれない。人間・黒田は「神」の苦悩を持ちながら、70億をリードしていく。  

「前兆」の不思議

2016-01-29

その人の人生を大きく変えるような“予期せぬ形”で訪れる出来事には、必ず「前兆」があります。それは通常、半年から一週間前くらいまでに起きますが、日常の中の何気ない出来事の中で出くわすもので、時には数回にわたって知らされることもあります。ただ「前兆」と誰もが明確に解るような表現をとりません。けれども、本人には「これってなんなのだろう?」と、一瞬、必ず思うような形の出来事として起こります。良い出来事にも「前兆」は起きますが、悪い出来事の方が、或る種の“胸騒ぎ”を伴って、確実に訪れるものです。丁度ホラー映画で「大きな事件」が起こるときに、その「前兆」を思わせる場面が必ず出てきますが、それと同様だと思えば理解しやすいことでしょう。もっとも運命的な「前兆」の方は一瞬だけで、そのあとは通常の生活に戻るので、よほど鋭敏な人でないと、それが前兆であったということに気付かぬまま「予期せぬ運命的な出来事」を迎えるのです。

天皇家に産まれなくて良かった!

2016-01-28

80代になっても「公務」という仕事を続けている天皇・皇后のお二人には頭が下がりますが、なぜ死ぬまで働かせるのか、ちょっと残酷な気もします。フィリピンは暑い国です。常にスーツを着用し、種々の儀礼に参列し、起立して対応し、民衆には笑顔を振りむかねばならない仕事は、ご高齢には大変な激務と思われます。私は幼い頃、とても貧しい家に産まれたので、天皇家に産まれた皇太子をうらやましいと思ったりしたものですが、今では逆に、貧しい家だったから、こうして自由な“生き方”や“生活”が出来たこと、周囲に気を遣うこともなく、好きなことを言い、好きなことを行い、好きなことろへ出かけ、好きなものを食べ、疲れたら休み…こんな自由でわがままな生活が出来るのも、貧しい家庭に生まれたからと感謝するようになりました。両親が早くに亡くなったこと、初婚で居た娘が母親の方で育ったこと、今の妻との間に子供がいないこと…結局すべて「自由」を獲得するため与えられた世界かもしれないのです。世の中は考えよう一つ、客観的には哀しい出来事も“幸せ気分”に変えることが出来るのです。

人間は「未経験」に弱く、そして脆い

2016-01-27

西日本一帯に何十年ぶりという大雪や寒波が来た。台湾でさえも一部で雪が降った。その地域の人々にとっては「未経験」の雪や寒さだったに違いない。私のように北海道で生れ、暮していれば、雪や氷点下など慣れているので、それだけで生活に支障をきたすようなことはない。断水や停電、飛行機や電車の運休報道が相次ぐ。アメリカなど寒波で何十人も亡くなったという。人間は「未経験」のことに弱い。そして脆い。人生上の出来事、運勢上の窮地も同じで、たくさん経験していると、ちょっとやさっとの出来事では驚かないが、これまで比較的順調に人生を歩んできた人ほど、ちょっとした出来事にたじろぐ。目の前が見えなくなってしまう。対処法が解らない。「先人の知恵」としての占いは、だから生まれたし、だから有効なのだ。

誰もが「美しい時間」を持っている

2016-01-26

人は誰でも、過去を振り返ると、たとえそれが“ひととき”であっても「美しい時間」を持っているものです。過去の中で、まるでそこだけ“時が止まっている”かのように、美しい輝きを放っている時間が潜んでいるのです。“若さ”がそこにあって、“純粋さ”がそこにあって、“笑顔”がそこにあって、“愛おしさ”がそこにあって、手繰り寄せても届かなくなったかのような「美しい時間」が、まるで眠りから目覚めたように“そこ”に居て、はっとするほどの新鮮さで後ろから追いかけてくるのです。あの頃を取り戻すことはできません。けれど、あの「美しい時間」が“自分の中に居る”と思うだけで、抱きしめてやりたいような気持を抱くのは私だけなのでしょうか。

飲み込まれていく「香港」

2016-01-25

中国本土に“批判的な書籍”を発売していた香港の書店関係者5人が失踪し、そのうちの2人が“自主的?”に本土に渡って「過去の罪」を反省しているという趣旨の映像や手紙を公開しました。これらは「拉致されたのちの強制された自白である」可能性が強いと人権委員会がアピールし、香港市民も“怒りのデモ”を行っています。“自由な国”であったはずの「香港」は、ここ数年で大きく変貌し、徐々に大国「中国」の中に飲み込まれようとしています。自由を求めるならば今のうちに香港を離れるしかありません。「香港」の次は「台湾」です。今年に入って新しいリーダーが誕生し、“一方的に飲み込まれる形”だけは防ごうとしていますが、数年のうちに“飲み込まれてしまう”可能性は消えていません。「台湾」が完成すれば、次は「シンガポール」へと手が伸びていくことでしょう。こうしてアメーバーのような“中華圏”は広がっていくのです。

「後天的才能」を伸ばす法

2016-01-24

人には「先天的な才能」と「後天的な才能」がありますが、通常、先天的な才能は10代半ば頃から顕著に表れるもので、早い場合は2~3歳のころから発揮されていくこともあります。一方、後天的な才能は20代半ば以降になって出てくるもので、遅い場合は50代とか60代とかになって、ようやく発揮され始めることもあります。先天的な才能は黙っていても発達していくので良いのですが、後天的才能を発揮する為には、実は「隠し扉」があって、どの分野でも「その道における天才」で“すでに故人の方”を敬愛し、その故人に対し“常に祈りを捧げる”という行為を繰り返していること、その故人に対し“自分の神”としての意識を抱いていること、その故人に対して“少しでも才能を分け与えてほしい”と願うこと、そういう日々を繰り返すことによって、いつの間にか「後天的才能」が徐々に目覚め始めていくことになります。もちろん、心からの“祈り”や“願い”出なければならないし、根気よく長期に及ぶものでなければなりません。 

十字架形の太陽がある!

2016-01-23

ミシガン州ブキャナンで“日の出写真”を撮影すると、季節や気温や雲の状況によって、稀に「光の十字架」となる“日の出写真”が撮影されるのだと云う。「光の十字架」は稀だが、光が天に向かって“直立する”「太陽柱(サンピラー)」は“日の出時”や“日没時”に時々見られるらしい。かつて、アメリカで“9.11事件”が起こったとき、撮影された写真の中に「悪魔の映像」としか思えない顔立ちが“雲の象形”となって写りこんでいたことがある。大地震の前には、普段とは全く異なる「地震雲」が撮影されることもある。自然界が作り出す映像には、時に“神の手”が加わっているかに思えるようなものも多い。「ダイヤモンド富士」に合掌するのは、人間としての本能なのかもしれない。

「恋愛」を知らない子供たち

2016-01-22

最近の調査で、若者たちが「恋愛」をしていない傾向が顕著になってきています。この「恋愛」には「片想い」も含めての恋愛で、つまり「妄想恋愛」や「不倫愛」や「同性愛」も含めた“広義の恋愛”を望まない傾向が顕著になってきているのです。それよりは「もっとしたいことがある」という回答が多く、他の“愉しみ”の方が優先されているという感じです。10歳の時から「片想い」をしてドキドキを繰り返した私などには、とても理解に苦しむのですが、それだけ「情感」とか「感受性」とか「異性」とかが“希薄になりつつある”のかもしれません。考えてみれば、今は他の人の「気持ち」や「感情」がすぐ伝わり、“秘める”ということがありません。どこか「謎」と「はずかしさ」と「解らなさ」があったから、「恋愛」に惹かれた部分が大きかったのかもしれないのです。

「⅓」の疑惑

2016-01-21

人には「100%」信じ切れる人もいます。「心」を許して、すべて話しても、すべて知られても大丈夫な人もいます。どんな状況でも、決して裏切らない人です。決して「敵」になど廻らない人です。その一方、ほんとうは「100%」信じたいのに信じきれない人もいます。信じたふりをして笑顔を向けても、決して「心」を許せない人がいます。許せなくても相手をしなくてはならない人もいます。常に「⅓」の疑惑を抱えながら、何にもない風に接しなければならない人がいます。頭を下げ、握手し、“談笑し合う”人もいます。「⅓」の疑惑を抱えながら、いつのまにか“愛し合っている”場合もあります。「⅓」の疑惑を抱え「心」を許せないのに、“離れられない関係”もあるのです。

「もう一人の自分」が観ている

2016-01-20

IT化が進んだ現代は、比較的簡単にスマホやパソコンから「もう一人の自分」を探し出すことが出来ます。つまり、HPとかブログとかフェイスブック等から「分身」のような“自分に似ている人”を見つけ出すことが出来ます。或いは、その“集団”ともいうべき人々を探し出すこともできます。同じ過去を持つ人、同じ悩みを持つ人、同じ病気を持つ人、同じ家族を抱えている人、同じ願望を持つ人、同じ趣味を持つ人、同じトラウマを持つ人……一人だと思っていた「自分」が、意外なほど多いことに驚き、そして励まされ、親しみを感じ、癒し合うこともできます。「もう一人の自分」が観ていると感じるだけで、「ひとり」だとくじけそうな状態で頑張れたりするのです。

「人形」としての人生

2016-01-19

大きな組織による多数の人員投下や巨額な経費・宣伝費をかけることで、世の中を席巻するような「人気もの」が誕生する。作られた「人気」が、やがて“生命を持って”本格的に活躍し始めると、多数の人員や巨額の経費はようやく採算がとれるようになる。こうして完全な「人形」としての人生が始まる。組織に“借り”があり、組織の“言いなり”にしか動けない人形だ。けれども時に「人形」が、自分が「人形」であることに気が付く。「人間」に戻りたい、と望むようになる。けれども「人間」として生きていなかったので、どうすればよいかが解らない。「ひとり」になるのは怖いのだ。自分の足だけで歩くのは怖いのだ。だから、居心地の良い「人形」に返る。

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