11月, 2016年

“不屈の精神”という教育が消えた

2016-11-17

最近は学校や教育委員会が本腰で“イジメ問題”に取り組んでいる。そのこと自体は大変良いことだが、それに関連して気がかりな事例も起こり始めている。新潟県の糸魚川中学校でイジメによる女生徒の不登校が発覚し、昨年度から合わせて“三度目の案件”に当たるという。今回の場合は被害女生徒が同級の女生徒から「給食の準備が遅い」とか「清掃が遅い」とかの注意を再三受けていたらしい。これらが“イジメ”だという認識なのだ。そうなのだろうか。もちろん、その言い方とか、状況もあるだろう。だから一概に否定はできないが、その程度で30日以上も不登校となり、しかも7月には「謝罪会」というものも設けられたのに、加害生徒の言動に“改善が見られない”として、被害生徒は“謝罪を受け入れなかった”というのだ。ここがおかしい。その場には、いったい誰がいたのだろう。本人同士だけだったのだろうか。少なくとも教師とか、父兄とかが立ち会ってはいなかったのだろうか。もし、教師や父兄が立ち会っていたのなら、謝罪を受け入れない、という状況をなぜ放っておいたのだろう。大人の立場から、双方に対して“きちんと謝らせ”、また“それを受け入れさせる”ことが責務ではないのか。通常の中学生であれば、それは双方とも出来るはずであり、そういう風に持っていけない“大人たち”なら「謝罪会」など開くべきではない。近年、大人たちは子供たちに対し、あまりにも“尊重しすぎる”風潮を見掛ける。子供の意志を尊重することが悪いわけではないが、尊重しすぎるのは良くない。時には大人の眼で“示唆してあげる”ことも必要なのだ。さらに教育の中の重要な要素として“不屈の精神”というものを教えていくことも必要である。少しくらいのイジメに遭っても“たじろがない精神”を培ってあげることが出来れば、どんな教えよりも後々役立つことだろう。

個性が「½」を許さなくなる

2016-11-16

時々“そんな噂があるんだ”と思うような「噂」に驚くことがある。先日知ったのは“仲が悪い”と噂されている“芸人コンビ”たちである。例えば、“オリラジ”の藤森&中田、“ピース”の綾部&又吉、“オードリー”の若林&春日、“ナインティナイン”の岡村&矢部、“ウッチャンナンチャン”の南原&内村などである。実は、同じような“噂”を扱った別の記事では“フット”の後藤&岩尾、“とんねるず”の石橋&木梨、“アンタッチャブル”の山崎&柴田のコンビも名が出ていた。けれども、最初の記事の方が“実際の不仲”に基づいている噂のようだ。中には相方を“表舞台から消してしまおう”的な発言をする過激な人物もいるらしい。苦労を共にして脚光を浴びたコンビの発言とも思えない。そこまで言わなくても、楽屋で“一言も口を利かない”などピリピリムードのケースが多いという。共通しているのは、最近はほとんどコンビで仕事をしていない、という点である。“ピース”の綾部など、単身でのアメリカ行きまで宣言している。これでは一緒に仕事が出来るはずがない。南原氏と内村氏は別々に仕事をするようになって長い。コンビであったことを忘れさせるほどに長い。そういう点からいうと、後者の記事で取り上げていた“不仲説”の芸人たちは、今でも一緒の仕事を続行していたりもする。それにしても、どうして“芸人コンビ”は仲が悪くなっていくのだろう。一つには、それぞれの個性を“自由に発揮できる場”を与えられたからである。元々“芸人”を目指すくらいだから、個性の強い者同士なのだ。その“個性”を上手く相手に合わせながら舞台を努めてきた。それが人気が出て、TV・雑誌などに出る機会が増え、自分の個性を生のまま出してもOKの味を覚えた。もう舞台脚本に従ったセリフでなくてもOKなのだ。そちらの方がずっと楽である。笑いも取れる。“コンビで舞台”の歯車が嚙み合わなくなるのは当然なのだ。“ピース”の綾部など“大先生”を相手に突っ込めなくなったから、ニューヨークに“出稼ぎに行きたく”なるのも仕方がないのだ。“オードリー”の春日など元々“笑いのセンス”などないのだから、身体を鍛えるしかないではないか。こうして“笑えないコンビ”が増えていく。

世界の通貨が悲鳴を上げている

2016-11-15

インドで“脱税対策”として突然、これまでの紙幣が無効となった。8日の夜に首相がTVで緊急演説し、9日午前0時から現在の1000ルピーと500ルピーが使用できなくなるというのだから、国民こぞって仰天するのも無理がない。但し、今年12月末までは銀行で預かって、新たな2000ルピー、500ルピーとして引き出せるようにする…ということらしい。“税金対策”だけでなく、“偽造紙幣”の摘発や、日本でいう“タンス預金”を引き出す目的もあるらしい。それにしても、1000ルピーというのは日本円にすれば1580円である。物価の安いインドといえども、生活に支障が出て来るのは確実であろう。ところが、これと同じような政策(?)をすべきだと“借金大国・日本”に提案しているエコノミストがいる。大前研一氏だ。彼によると、アベノミクスが成就するためには今の1万円札の価値が5000円となる“新貨幣”を発行すれば、1700兆円と言われる借金は200兆円まで減って、国家の財政は安泰となるというのだ。もっとも、そんなことは今の日本で行えることではないが、もっと現実的な方法として“極端な円安”に導くことが出来れば、実質的に借金は減っていく。だからこそ日銀は大規模な金融緩和を行ったのだが、困ったことに世界各国が“自国の通貨安”を望み始めたために頓挫してしまった。ところがここにきて、予想外のトランプ大統領誕生で一気に円安が進み始めた。実は“円”だけでなく、世界の通貨が大きく動き始めている。どこに向かうのか予測がつかない。けれども、確実に“世界の通貨の動き”が一変し始めたことだけは間違いがない。

「昭和顔」に人気が集まる不思議

2016-11-13

ここ数年、太めの“ナチュラル眉”や“重めのボブヘア”や“清楚なブラウス姿”など「昭和」を代表するメイクやファッションが密かに流行し始めているのだという。人気女優でも黒木華や有村架純など「昭和顔」と呼ばれる雰囲気の顔立ちが支持され始めているらしい。一口に「昭和」と言っても長いので、昭和の中のいつの時代かによっても違うのではないかと思うのだが、若い人たちに支持されているのは“昭和40年代頃の顔やファッション”らしい。どういう“顔”や“ファッション”だったか、思い出そうとしても思い浮かばない記憶力の著しい減退の方が、私にとっては問題だ。ただ当時のアイドルなら、南沙織とか、小柳ルミ子とか、天地真理とか、浅田美代子とか、あべ静江とかの名は思い出す。う~ん、中には変わりすぎてしまった人もいるけど、とりあえず、その当時の“顔”や“ファッション”ならなんとなく思い出せる。ざっくり言って40年以上前の日本にタイムスリップすれば良いということだ。日本に勢いがあった時代で“スターも輝いていた”時代だ。そういえば“占いの世界”では、浅野八郎氏とか、門馬寛明氏とか、マリー・オリギン氏とかが活躍した時代だ。ふ~む、ということは、今は「浅野八郎」のような“顔”になって「浅野八郎」のような“占い本”を出せばベストセラーとなるのだろうか。確かに昔、占い師仲間から「波木先生は何でもできるから、浅野八郎みたいになれば良いのよ」と言われたことがある。でも、正直、あの顔はそんなに好きじゃないし、あの人の占いは当たらないし、あの人の話し方も心理学者にしか見えないのだけれど…。困った。

さまざまな言葉を発する「入れ墨」の不思議

2016-11-12

かつて大阪市長が橋下氏だった時に行われた職員の“入れ墨有無の調査”で、それを拒否し懲戒処分を受けた二人が起こした「処分取り消し」訴訟は、最高裁までもつれ込んだが、結局“入れ墨調査”は適正として上告を退ける結果となった。この二人が、入れ墨を入れていたのかどうかは分からない。私の勘でいえば、おそらく入れてはいないだろう。そうでなければ「最高裁」まで持ち込んだりしない。入れ墨を入れていないのに、結局、懲戒処分を受け、訴訟には負け、ボロボロの人生を歩むことになる。この二人の失敗は「市役所」を就職先として選んだことにある。元々、役所とは“市民からの声”を大切にする場であるから、役所の中に“入れ墨を入れた職員が何人もいる”とか“入れ墨を入れた怖い職員がいる”とかの声があれば、それに対応するのは当然である。別に橋下氏だったから行った調査というわけでもない。むしろ、それまでの役所幹部が、どうして“そういう人たちを雇い入れたのか”の方が問題な一件ではある。これは“思想”的にどうのこうのとか、“プライバシー”的にどうのこうのとかいう問題ではない。もし、彼らが、憲法や法律を持ち出して訴訟したのだとしたなら、大きな“勘違い”があると思う。元々、役所勤務は一般企業とは違って、個人の思想を持ち出して職務出来るところではない。そういう人は“一般企業に勤める”形をとれば良いだけなのだ。まあ様々な個性豊かな人を雇い入れる“器の大きい社長”率いる企業で働けばよいのだ。その原点が間違っている。近年、温泉ホテルなどでも“入れ墨のある方お断り”の注意書きで、トラブルになるケースが多い。あれも、一般の方たちが入る大浴場でなく、個室に温泉風呂がついた部屋とか、貸切風呂を使えばよいだけの話で、そうすれば何の問題もない。近年、欧米諸国ではタトゥーをファッションとして入れている若者たちも多い。ハッキリ言って“美しい”ものと、そうでないものとがある。“アートの一つ”か、“やくざの紋章”か、どんなに美しい入れ墨でも身体の半分以上を埋め尽くすと、美しく見えなくなってしまうので、全身を埋め尽くすのだけは今一つ“美的センス”が問われる…。

ちょっぴり間抜けな厚生労働省

2016-11-11

世の中には“善意を悪用しようとする”人達がいる。日本の役所は、総じて融通の利かない場合が多いのだが、この“善意関係”にだけはもろく、何のセキュリティも働かないようだ。先日、厚生労働省内で一つの「記者会見」が開かれた。身内の児童が先天性の心臓病で移植手術が必要となり、渡米して手術を受けるため親族間で5千万の費用を集めたが、あと1億5千万必要なので寄付を募りたいというものだった。当然、マスコミが集まり、全国紙でも報道された。ところが翌日になって、それらすべてが“真っ赤なウソ”であることが明らかとなったのだ。その方の身内児童は確かにいるが、病気ではないことが判明したのだ。言ってみれば「渡米手術詐欺」である。全国紙がそれに加担した形となってしまった。どうしてそういうことになったのかというと、会見を開いた本人が、この春病気となり、働けなくなってしまった。生活に困窮し“うその募金”を思いつき、ホームページを立ち上げたら支援者たちから記者会見するよう強く勧められ、引くに引けなくなってやってしまったというのだ。私が問題にしたいのは、その記者会見というのが厚生労働省内で行われたという不思議である。だからこそマスコミも信用し、全国紙で報道された。一体、厚生労働省というのは、どういう基準に基づいて“記者会見の場”をセッティングしたのだろうか。もしかして、何一つ確認せずOKを出したのであろうか。せめて、その子の病院に確認するくらいのことはして良さそうなものである。何しろ、両親はその場にいなかったのだ。おそらく厚労省の担当者は“善意のみ”で対応していたに違いない。そうは言っても、やはり“全国民を巻き込む詐欺”となった事実は否定できない。今回は翌日に発覚したから、実質的な被害者は少なかった。これが或る期間継続され、それなりの金額が集まったところでホームページが突如削除され、本人が消えてしまえば“大掛かりな詐欺事件”に発展した可能性もある。普段、厳しく融通の利かない役所が“そういう時だけ”めっぽう甘いのは、あまりにも片手落ちである。

ドナルド・トランプ――“もう一つの顔”

2016-11-10

私は性格的に最初から“予想がつくもの”を占うことはほとんどしない。まあマスコミから頼まれれば別だが、基本的にはデータ的に“結果が見えているもの”には興味がないからである。アメリカ大統領選挙も、当初から“データ予測”が公表されていて、ここ数日前まで“ヒラリーで決まり”のような状態だったので、あらためて占う気にはなれなかった。けれども結果は“トランプ大勝利”で、選挙の“データ予測は当たらない”ことを見せつけてくれた。そこで以前、親切な方からもらっていたドナルド・トランプ氏のホロスコープを初めて分析してみた。そしてナルホドと思った。それは単に勝利のことを言っているのではない。確かに、トランジットの惑星配置は、彼にとって今年が“激変の年”であることを物語っている。そして、もっとも注目すべきことは、元々彼は占星学的に観ると“文学的な要素”も秘めていたのだが、その素質が今年は極めて強められている…ことである。つまり、彼は今年「脚本家」や「映画監督」のような発想で仕事を進めていくのにふさわしい時期で、そういう意味での演説が展開されやすい年なのだ。実は、私が彼のホロスコープでもっとも注目したのは、太陽と月との180度アスペクトで、完全に太陽と月が向き合っている。こういう人は矛盾が多い。言葉とは真逆な行動をとる人が多い。数多くの実例がそれを証明している。また、仕事と家庭の両立が下手で、必ず、どちらかに“シワ寄せ”が来る。そういう意味では、今回の当選を受けての「勝利宣言」が見事にそれを表していた。彼は、今までののしっていたヒラリー氏を褒め称えたのだ。国内を分断させるような発言を繰り返していたのに、“みんな一緒に”と手のひらを返したのだ。その発言はことごとく慎重で、融和的で、毒牙を欠いていた。彼が就任する1月20日はトランジットの木星が出生時の太陽に対して120度ピッタリとなる。よく女性週刊誌などで“幸運な時期”とされる典型的な配置である。その一方、トランジットの土星の方は出生時の月に0度で貼り付き、太陽には180度となる。女性週刊誌などで“不運な時期”とされる典型的な配置である。さて、元々が「矛盾の王」トランプ氏の“最大の見せ場”となる舞台が見事整っていくのだ。

変わってゆく「家族の形態」

2016-11-09

歌手・女優の土屋アンナさんが三度目となる“妊娠・新恋人”を発表した。過去の二度は“妊娠・結婚”の発表だったので、少しだけ異なる。つまり、今回は“結婚”の部分は“?”なのだ。おそらく出来ない相手か、最初からするつもりがないか、どちらかだろう。いずれにせよ、毎回、離婚して間もなく“妊娠”を繰り返している。多分、彼女の中で“避妊”や“堕胎”の選択肢はないのだ。こうして彼女には“新しい家族”が増えていく。或る意味で“新たなる世代の生き方”ともいえる。つまり、好きになったらすぐに付き合う、自然な形で愛を交わし、そういう中で妊娠し、妊娠したなら当然出産する。結婚はしても良いし、しなくても良い。結婚しても縛られるのは嫌だ。だから相手と食い違ってきたなら、すぐに離婚する。もちろん、子供は自分が育てる。子供は“神様からの贈り物”だからだ。男と別れたなら、新たな男を求めれば良い。別に難しいことじゃない。いろいろな男との子供たちが“家族”となって、自分を“母親として”慕ってくる。それぞれに可愛い。アタイが親分だよ。家族というより“仲間”かな。私についてくる“ダチ”のようなものだよ。よく、ワタシのこと何にも知らない奴らが、どうこう批判するけど関係ないね。ワタシには、ワタシの生き方がある。神様は信じているよ。友達なんだ。だから一人になった時、何でも話すのさ。誰にも恥ずかしい“生き方”なんかしていない。ワタシのこと、応援してくれるファンもたくさんいる。シングルマザーも多いよ。まあ、そういう人たちの“教祖様”のような立ち位置かな。多くの人は知らないんだよ。50年後はね、ワタシたちみたいに、いろんな男の遺伝子を持った子供たちに囲まれ“ゴットマザー”として過ごすのがステータスだってことを…。

日本人にとっての“剥き出しのアメリカ”

2016-11-08

アメリカのダウやナスダックの株価が急伸している。クリントン氏の“メール問題”が一応の決着を見たからだ。それによってトランプ氏が大統領となる「リスク」が後退したと投資家たちは判断しているらしい。大統領選を控えて、アメリカはいろいろな意味で大騒ぎだが、多くの日本人にとっては今一つ“興味の外”に置かれている。なぜ興味を持てないのか。多分、クリントン氏もトランプ氏も、両方とも平均的“日本人の体質”に合わない人たちだからだ。もっとも、当のアメリカ人たちにも“ふたりを嫌う人達”は多い。それでも、この二人のうちのどちらかは“次期アメリカ大統領”となる。70歳直前の“年老いたアメリカ大統領”となる。なぜ平均的な日本人は、この二人を応援できないのだろう。それは二人とも共通して“剥き出しのアメリカ人”だからだ。特にトランプ氏は“開拓者時代のアメリカ人”そのもので、政治家というより商売人であり、気品を欠いていることおびただしい。彼にとって政治は“新たな商売”であり、どっちが“損か得か”だけが判断の基準となる。彼を熱狂的に応援している人たちは、同じような発想を持っているアメリカ人だ。したがって、もし彼が大統領になったら、その商売の相手国として中国は相手にするが、日本は相手にしない。儲けが少ないからだ。一方のクリントン氏も“典型的なアメリカ女性”であり、どうも私には日本で活躍する芸能人カイヤさんの顔が思い浮かんで仕方がない。男を踏み台にし、のし上がっていく“攻撃的なアメリカ女性”の典型に思えて仕方がないのだ。まあ政治家なのだから、アメリカという大国を背負っていくのだから、それくらいでなければ務まらないのだが。多分、日本の安倍首相は女性に優しいので、気に入られそうではあるが…。

「国旗」を背負っての旅

2016-11-07

物事は何でも“一方からの話”だけでは正邪を下しにくいことがある。最近、外国人観光客が急増したことで、観光地におけるトラブルが相次いでいるが、訪日客側からの“不満や苦情”も多く聞かれるようになった。その典型を都内の寿司店の「口コミ」サイトに投稿された記述に見ることができる。中国人からの書き込みなのだが、簡単にいうと英語で予約を入れたら国籍を問われて“中国”と答えた途端、予約はできないので店に来て並んで…と言われたらしい。その理由は“中国人はドタキャンするから”ということだったが、中国人枠で一括りされるのは納得がいかなかった、というものである。彼の言わんとすることも解からないではない。一時期、日本人は欧米で“エコノミックアニマル”と呼ばれ、誰もが利益追求主義の人々であるかのような誤解を受けた。一部の日本人が海外で不動産物件を買いあさっていた時期である。今の中国人たちのように…。確かに個々それぞれに性格もマナーも異なる。だから“中国人たち”と一括りにするのは良くないのだが、実際に“平気でドタキャンする”中国人たちが多いのも事実なのである。寿司店の場合、生ものを扱っているので“ドタキャン”は致命傷なのだ。バス会社や温泉ホテルでもこの手の話は多く、中国人団体客が“ドタキャン”の常習犯であることはつとに有名である。ただフリーの外国人として捉えた場合、予約を入れて“国名によって差別を受ける”のは不平等という心理は当然ともいえる。近年、道内の温泉ホテル行バスなどで外国人たちと乗り合わせるケースが多い。中国人、韓国人、タイ人などさまざまである。彼らは総じて旅慣れていて、態度もマナーも悪くはない。たまに予約しておきながら“バス停に居ない”中国人がいる程度だ。旅行会社も慣れているのか、或る程度待って来なければ、そのまま出発する。フリーの客でも時々そういう客がいるのだから、寿司店の対応を非難はできないのだ。海外を旅するということは「国旗」を背負っていることを改めて気付かせられる。

懐かしい思い出と“大いなる過ち”

2016-11-06

時折、私のHPなどへの感想とか要望とか質問とかをいただく。どのような内容であれ、読んでくださっていることの証であり、大いに参考にさせていただいているが、今回は完全に「アウト」だった。その方は私の「この一言で救われる」を読んで疑問を感じられた。つまり、そこで述べられていた歌手・華原朋美のホロスコープ解説では、出来るはずのないアスペクトのことが記されていたからだ。そこで、その方は親切にもそれを指摘したうえで、実は私のことを“清水星龍の時代から知っている”と明かしたのだ。それは実に懐かしい名だった。そう私は今から30年以上前の一時期「清水星龍」と名乗っていたのだ。まだ室蘭にいた時代で、それまで築き上げたすべてを失い、暗中模索していた時期であった。華原朋美のホロスコープの方は、何のことはない勘違いして“出生一年後の年・月・日ホロスコープ”を使って、鑑定・解説をしてしまっていたのだ。だから彼女の誕生日なら出来るはずのないアスペクトを使って解説してしまっていた。まずい! まあ、でも書いてしまった以上は仕方がない。それよりも、私はなぜ彼が“昔の私”を知っていたのか、そのことの方が驚きだった。なんと彼は、私が人生のどん底にあった頃、所属していた“占い同人誌”のメンバーだったのだ。その雑誌(同人誌)で発表をした私の文章を読んでいたのである。そういう方が30年以上経って、今度は私のHPやブログを読み“大いなる過ち”まで丁重に指摘してくれたことに感激した。そして同時に懐かしい思い出が色々とよみがえった。それは今なら考えられない“手書きの同人誌”であり、その主催者であった原田智行君がいたからこそ後々、私は“魔女の家ブックス”から出た『占星学独習キッド』の共著者となり、その後、単独で『占星学秘密教本』を書くきっかけが与えられたのだった。今回、八幡書店から出る『この占いがすごい!』の中で久しぶりに「西洋占星学」について書いた。あの頃の読者たちは「清水星龍」ではない「波木星龍」の占星学を受け入れてくれるだろうか。

「車で徘徊」が流行りだしそうな…

2016-11-05

最近、お年寄りが運転しての事故が多い。記憶に新しいところでは、横浜で小学生たちが登校中の列に軽トラックが猛スピードで突入し、小学1年生の男児が死亡した事故がある。その事故を起こした容疑者が87歳の男性なのだが、前日の朝に自宅を出発し、その後自宅に戻らず、やみくもにあちこち走行し続け、最終的に登校児童たちの列に突っ込んだらしいことが判明した。その間、二回給油しているのだが、本人には確かな記憶がなく「車で徘徊中だった」らしいことが裏付けられつつある。近年、80代、90代でも車を運転し続けている人たちは多い。若い時から運転し続けているので、多分、習慣として車で出かけ、出掛けるときには運転する、というスタイルが定着しているからだろう。そのこと自体を責めることは難しいが、年齢が進んで記憶力も反射神経も判断力も年々衰えていく。近年、高齢者が引き起こす車の事故、それも人身事故が多発している。これまでは一般的に、反射神経が鈍くなってきたことが原因の事故だと捉えてきた。この事故が教えようとしているのは“もう一つの可能性”で、本人や周囲が自覚しているかどうかは疑問だが、“車で徘徊する認知症”の高齢者が出て来始めたという危険性だ。おそらく、これは特異なケースなのではない。今後、増えていく可能性が高い“象徴的なケース”なのに違いない。独り暮らしの高齢者が多くなってきている現在、周囲との付き合いがそれほどなければ、誰も“認知症の到来”を発見できない。本人は「少しボケて来たのかなぁ」程度の自覚しかない。実際、本当の“認知症”と“高齢がもたらす諸症状”とは紙一重である。私だって記憶力はとみに衰え、60代に入って体力や気力も急速に失われつつある。今後、ますます高齢者が増えていく以上「車での徘徊」が流行りだす兆しだけは、何としても防がなければならない。

「戦力外」からの“新たな人生”

2016-11-04

何かと派手な話題ばかりが注目される“プロスポーツの世界”だが、実際にはプロとして十分に活躍できないまま「戦力外」の通告を受ける人たちも多い。プロ野球では今年“113人が戦力外”の通告を受けた。つまり、来年からは契約を結びません、という球団からの連絡である。早い話が“リストラ”である。しかもプロ野球選手の場合、入団2~3年目でもその可能性がある。二十代前半でリストラされてしまう可能性があるのだ。そのあとの人生が長い。しかも、それまで“野球一筋”で生きて来たような選手が多い。プロになることができて喜んだのも束の間、戦力外となったその日から“出遅れた就活”が始まるのだ。そういう意味では、一流企業から“プロ指名”を受けたその日から、実際には“苦難の人生”が始まっていく人たちもいる。プロ指名を受けるくらいだから、そこそこの力量や技術は当然持っている。地元では活躍していた選手なのだ。そういうケースは何も“プロスポーツ選手”にかぎらない。通常の企業でも、入社できたその時点では“特別な差”は存在していないのだ。それなのに、何年か経過すると、明らかに差が生まれる。中には早期に“自主退職”する人もいれば“早期リストラ”の対象となる人もいる。但し、そういう人たちが、すべて能力がないのかと言えば決してそうではない。むしろ、素晴らしい素質や能力を秘めていることも多いのだ。プロ野球・横浜やオリックス球団で何年かプレーした選手に水尾嘉孝氏がいる。彼の場合、肘痛や腰痛が出てきたせいもあって、比較的早期に引退した。その後、一からの“出直し”を誓って、十年計画でイタリア料理の世界に入門、技術を身に着けていった。そして現在、東京・自由が丘でオーナーシェフとして店を構えている。どのような世界でも、そこだけに「人生」があるわけではない。大きな挫折は“人間的魅力”を生む原水なのだ。その世界だけにこだわりすぎると、せっかくの“新たなる世界”を目隠ししてしまう危険もあると知っておきたい。

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