2月, 2017年

「野性の証明」が甦る時

2017-02-28

長野県の動物園で、15歳の雌ライオン・ナナが22歳の女性飼育員を襲った。来園していて目撃した女性が、すぐ別の飼育員に通報し、比較的早く引き離すことが出来たので、重症ではあるが命に別状はないらしい。このライオンは動物園で生まれ育っていて、広大なジャングルで育ったわけではない。したがって、普段は比較的おとなしかったに違いない。普段から女性一人で“エサやり”等を行っていたらしい。そういうライオンでも、やはり猛獣としての“野性の血”が残っているのだ。何に反応したのかは知らないが、“野性の血”を蘇らせる何かがあったに違いない。昔、森村誠一氏の小説に『野性の証明』という作品があったが、そのタイトルを思い出させた。人間でも、過去に“犯罪歴”や“格闘技歴”や“非行歴”がある場合、普段は眠っていても、何かのはずみで“そのスイッチ”が入ってしまうということがあるものだ。野性動物も同じで、何かで“スイッチ”が入ったに違いないのだ。時折、飼育されていたゾウが飼育員を襲うとか、サファリパークのライオンやトラが車外に出た観光客を襲う事件が起こっている。普段はおとなしいゾウでも、いったん怒り出すと手が付けられない。人間など束になっても敵わない。踏みつぶされてしまうのだ。ライオンやトラの場合は洋服などがひらひら風で動くと、それに野性の本能が反応しやすい。今回の場合は何なのか、今のところ不明だが、何かがあったことは間違いない。過去のある人物でも、普段、社会復帰している場合、よほど何かで“スイッチ”が入らなければ人を急襲することはない。けれども、いったん何かで“スイッチ”が入ってしまうと「野性の証明」は覆しようもなく、理性が歯止めにはならない。そういう意味で“殺人”の過去を持つ人物を、野放しにするのは危険なのだ。

「皇室」の運命が変わり始めている

2017-02-27

皇太子さま57歳の公開映像で、あらためて、その傍に映っていた愛子さまの“激やせ”ぶりが注目された。誰がどう見ても、その変わりようは明らかである。もちろん、思春期の少女には起こりがちなことで、心身に問題がないなら心配はいらない。愛子さまの場合はどうだろう。実は、私が一番心配しているのは「日本の皇室」そのものの変化である。愛子さまの“変貌”が、今後の“皇室の運命”を変えることに繋がっていく序曲のような気がするのだ。実際、天皇の退位をどうするか、明快な解決法が見つからない。「皇室典範」についても、その改正はなかなか難しい。或る意味で「やまと」としての「日本」を、今後どうすべきかという問題でもある。つまり、国全体が「天皇」「皇室」「世継ぎ」という問題で“微妙に揺らぎ始めている”のだ。当然、その当事者である“愛子さま”が、それに無関心でいられるはずがない。つまり、愛子さまの“激やせ”は、彼女個人の問題なのではなく、実は「日本国」の“行く末”の問題なのだ。日本は永久に神々集う“やまとの国”でいられるのか、それとも神々無き“日本国”に変わろうとすべきなのか、大変難しい“岐路”に立たされている。それを具現化しているのが“愛子さまの変貌”かもしれないのだ。もし、愛子さまが男児として産まれていたなら、何ら悩むことなく青春期を過ごすことが出来たであろう。観相学的に言うと、雅子さまの“田宅”部位は、美智子さまとあまりに違いがある。“田宅”というのは、眉と目の間の部分で、俗にいう“上瞼の領域”だ。ここが“世継ぎ”という点からは重要なのだ。美智子さまの“田宅”は大変に広い。俗にいう「殿様顔」で、広大な邸宅に暮らす相である。欧米人は一般に“田宅”が狭いが、先祖代々の貴族などは“田宅”部位が広い。その点、雅子さまは“田宅”が狭いのだ。愛子さまもそうである。愛子さまの“激やせ”が、数十年経った時、広大な邸宅には暮らせぬ女性とならないことを祈るばかりだ。

カルロス・ゴーン氏―ブラジル大統領への布石

2017-02-26

カルロス・ゴーン氏と言えば日産のCEOとして誰もが知っている。もう18年間も社長を務めて来たのだ。そのゴーン氏が23日、急きょ自らの社長の地位を副社長に引き継ぐと発表した。唐突な人事であった。確かに昨年末あたりからゴーン氏に変化が表れていた。日経新聞には「私の履歴書」が連載され、その中で“日本にはとどまらない可能性”を示唆していた。さらにリオ五輪では“聖火ランナー”を務めていたことも明かしていた。故国ブラジルへの思い入れが強いことを感じさせた。唐突な“社長交代劇”に関しては、トランプ大統領の就任が関わっていると指摘する人達は多い。日本車の中でも日産の車が、群を抜いてメキシコ生産率が高いのだ。したがって、トランプ氏の政策は日産への影響が一番強い。今や日産は、ルノー&三菱の二社とも深く繋がっていて、その両方が日産の足を引っ張る可能性もある。けれども、元々ゴーン氏は“瀕死の日産”を蘇らせた人物で、そういうことで身を引くとは思えない。そこで一部で囁かれているのが次期ブラジル大統領への転身説なのだ。一見、ありえないかのように思う方がいるかもしれないが、私は日経新聞での連載手記における彼の“故国ブラジル”への想いは本物だと思った。リオ五輪の“聖火ランナー”は、やがて“故国の経済を立て直す”という誓いだったのかもしれないのだ。その心に“火をつけた”のは、もちろんトランプ大統領の誕生である。不動産王が、アメリカの大統領となってアメリカ経済を立て直そうとしている。自動車王が、ブラジル大統領となってブラジル経済を立て直そうとするのは当然のようにも思える。そして、日産をピンチに陥らせようとしたアメリカ大統領に、新たに登場するブラジル大統領は“トランプ不動産”に牙を剥く存在となりうるのであろうか。

3億2千万人も…一気に急増した「病」

2017-02-25

この十年で一気に急増した「病」がある。18%も増加したのだ。その数、なんと3億2千万人。それだけの人達に発症し、早急な対策や治療法を必要としているのに、これといった良い手立てが見つからない。それが「うつ病」だ。日本の患者は推計で約500万人。北海道の全人口に少し足りない程度。実際はこれに“予備軍”が加わる。今や「うつ病」は“珍しい病”ではなくなった。WHOの調査によると、アジア地域での発症率が全体の48%を占めていて、約半数の患者がアジアに居る。中国やインドやインドネシアなど人口密集地域が多いので偏りがあるわけではない。それよりも、ここ十年で一気に増加した、ということの方を問題視すべきだ。ここ十年で一気に普及したもの、それは携帯電話やスマホなどのIT機器、そしてそれに基づくSNSなどの交流ツール、これらが「うつ病」という病を一気に増やしたのだ。つまり、四六時中、誰かとつながっていること、誰かの眼を意識すること、誰かの情報が入って来ること、誰かとのやり取りが必要なこと…それが、ここ十年で一気に増えた社会現象なのだ。確かに、それらは地球上の生活を便利なものに変えた。地球上の“つながり”を増やした。表面上の“仲間たち”を増やした。いろいろな“情報”をもたらしてくれた。けれども、それと同時に、或いはそれ以上に“ストレス”を増やした。余計な情報も増えた。将来への不安心理を掻き立てた。何らかの形で“仲間であること”を強要する部分があった。逆に“疎外されていく”孤独感を教えた。他者との距離感を“わからなく”させた。傍に居ても“離れている”寂しさを紡ぎ出した。そうなのだ。元凶はIT機器にある。誰もが“使える機器”なのではなく、“使わなければいけない機器”にしてしまったことが、元凶の始まりなのだ。だから、簡単、“普通の電話機”に戻してしまえば良いのだ。ネットはパソコンでしか繋がらない。そういう風に変えてしまえば、確かに“不便”にはなるが、間違いなく「うつ病」は減る。

自らの寿命を縮める“金正恩の眉”

2017-02-24

金正男氏の“暗殺”が世界に衝撃を走らせてから10日経った。未だ“謎”の多い事件だが、北朝鮮からの“暗殺指令”の元に行われた出来事であろうことは間違いがない。自らの“義兄弟”の命まで犠牲にしなければ、安泰を保てない“権威”とは何んと虚しいことだろう。私は、かつて金正恩氏がトップに立つことを知った時に、その“口唇が極端に小さい”ことを指摘した。誰かが側で支える形をとらなければ、この“小さな口”で国を統治することは出来ない。極端に小さな口は、その時々の感情や気分に流されて発作的に決断を下しやすい。状況を静観し、清濁を併せのむ度量に乏しいのだ。国ではなくても、大きな組織を率いる人は“大きな口”をしている方が、組織が安定する。最初、彼の側には叔父の張成沢氏が居た。けれども、金正恩氏はその叔父を処刑した。こうして自ら“支え”を外してしまったのだ。彼の“眉”が短くなり始めたのは、この後からである。本来、血統の後継者として成功するためには“長く形良い眉”を持っていることが絶対条件である。三千年間続いた“エジプト王家”を見れば良い。ツタンカーメンの仮面に描かれた眉は、ひときわ長く形が良い。あれこそ正に“正統継承者の眉”なのだ。よく“セレブお嬢様”などが雑誌に掲載されるが、眉が長く形良ければ、その家系は安泰である。そういう意味で、金正恩氏の眉は、あまりに短い。口も極端に小さくて“組織リーダー不向き”の相だが、眉も短すぎ“正統継承者”として不似合いな相なのだ。しかも、眉には第一に“兄弟運”が示される。元々が“血の余り”である眉は、兄弟・親戚の運が表れる部位なのだ。さらに“寿命”とも関係している。元首相の村山氏の眉が“櫛で梳かす”ほどふさふさ長いのは、情愛豊かな“長寿者の相”だからだ。そういう意味でも“極端に短い眉”は不吉なのだ。女性の場合、眉は“描き眉”でも良いので、長く形良く描くべきだ。

新仮説では「月」が“惑星”に昇格?

2017-02-23

古代から中世まで、我が地球の衛星である「月」は、天空を周回する“七惑星”の一つとして、科学者たちに扱われていた。それが近代になって、いつの間にか“地球の子供星=衛星”に格下げされ、その屈辱に甘んじてきた。とことが、古代人たちの言っていた“惑星の仲間”と見る仮説の方が、どうやら正しいらしい。少なくともNASAのAlan stern氏らの研究チームは、そう主張している。現在までの定説は国際天文学連合が定めたもので、2006年に冥王星を“惑星”から“準惑星”に降格させたのも、この連合だ。そこで西洋占星学では「天文学は変わっても、占星学だけは変わらないでください」という、どっかで聞いたことのあるセリフに近い言葉で“昔のまま”を維持してきた。“科学”という言葉が好きな人たちにとっては、ずいぶんと屈辱だったに違いない。ところが、この冥王星も、月も、新たなる定義では「惑星」へと昇格するらしい。何ともメデタイ。問題は、この新仮説を国際天文学連合がすんなり認めるかどうかだ。それにしても、古代人たちの“発想”と“直観”は、時として現代人たちが束になって掛かっても敵わないようなところがある。以前、温泉の露天風呂に午前3時頃入ったとき、満月を見ながらしみじみ思ったことがある。確かに、月の持つ“変幻自在な移り変わり”は、われわれの心の中の“移り変わり”に似ていると…。そして、古代人たちは、この“月明かり”を頼りに夜道を歩いたに違いない。われわれの何十倍も、実生活に寄り添っていたのが“古代の月”なのだ。太陽と同じように、月を崇めたのは当然だった。そして古代から、女性の“生理や出産”も、月との関りが指摘されてきた。どの地域でも、月は“女神”で、“男神”であったためしがない。「月」が惑星に昇格したなら、また地球上で女性たちの力が強まりそうで、それだけが怖い。

静かに浸透していく“人種差別”の波

2017-02-22

スペイン人がブラジル人を“人種差別”する。それは、日本人の感覚からすると“なぜ”なのか、よくわからない。けれども、実際に長時間それを受け続けると、涙を流して抗議するのも当然のような気がする。そういうサッカーの試合が数日前にスペインで起こった。ブラジル人MFのエベルトン・ルイスによると、相手チームのファンが90分間にわたって人種差別的な挑発行為を繰り返したという。場内アナウンスで警告が何度か流されたが治まらなかった。たまらず彼は、試合後にファンの客席に駆け寄り、逆に中指を立てて挑発した。そして、涙を流しながら会場を後にした。近年、政治の世界をはじめとして“異民族”に対しての拒絶反応が世界的に強まっている。スポーツの世界にだけは持ち込まれないかと思っていたが、どうもそうではないらしい。サッカーでも野球でも、チームプレーの世界では、時折それが前面に出るらしい。確かにオリンピックなどでは、国別の対抗戦ということもあって、どうしても“異端の人種”に違和感を持つ。それは仕方がない。けれども、国別の対抗戦ではない競技においても、人種や民族の違いを持ち出されてはたまらない。例えばアメリカの野球・大リーグなど、現在は中南米からの異人種が大多数である。近年では日本人などアジア系の選手も多くなった。日本の国技・相撲だって、今ではモンゴルの力士が大多数となっている。サッカーのファンは、元々“お行儀”が悪い。かつて日本人の中村俊輔氏や川島永嗣氏も、同じような人種差別を受けている。中村氏は「お前は黄色だからな」と監督にからかわれ、川島氏は東日本大震災の直後「フクシマ」「フクシマ」と連呼され、試合中に涙を流した。或る選手は「実力があっても、日本人にはなかなかチャンスが回ってこない」と嘆いていた。何十億というお金が動く世界だが、それだからこそ十分な働きが出来なければ、“人種差別”の本能が罵倒を浴びせる形で“こだま”するのだ。

予期せぬ形で「名前が出る」という現象

2017-02-21

「ある朝、突然、ボクは有名になっていた」とは、イギリスの詩人バイロンの有名なセリフだ。確かに、19世紀に一躍、名が知られるほどの脚光は滅多にないことだったに違いない。けれども、現代は違う。一日で“名が知られる”現象は、そこかしこで起こっている。時としては“世界中に名が知られる”ことだって起こる。良い・悪いは別にして、そういう時代になってしまったのだ。そして、今日の主役はというと、この人。「飯田祐馬」くん。“出家・告白本”で暗示的に示されていた不倫の相手。ロックバンドのベース奏者。なんか、この手の話、多いんだよねぇ。ロック系ミュージシャンって“不倫集団”かって、高齢者たちに誤解されるよ。そんで、この人は自ら名乗り出て、今後活動を自粛すべきかどうか協議中らしい。最近はねぇ。この手の話にみんな厳しいんだ。ストレスのはけ口にされるみたい。だから、ミュージシャン達ほどほどにね。あんまり“マジメな子”とか誘っちゃダメだよ。でもね。これで「飯田祐馬」くん、もう有名人だからね。ベッキーと不倫した「川谷絵音」くんと同じくらい有名になっちゃうからね。それとね。ミュージシャン、「結婚」隠し過ぎ。隠すんだったら同棲しても、入籍しなきゃいいのにって、思うんだけどなぁ。それで入籍したなら、一応“既婚”と最初から報告しといたほうが良いよ。今の時代、それでモテなくなるなんてないから…、まあ浮気の機会は減ると思うけどね。でも、週刊誌に追っかけられるのって大変だよ。今は、一斉捜索の時代だから、いったん名前が挙がると隠せないの。ミュージシャンの“指使い”は定評があるけど、独身の振りでグイグイ行くのは良くないよ。ホント、相手の人生を狂わしちゃうんだから…。まあ、そういうの“承知の子たち”もいるじゃない。その辺でトドメテおかないとね。ん?…お前に、人のこと言えるのか?って、そこ突っ込まれてもね。

ピカソを生んだ「古代エジプト」のレリーフ

2017-02-20

今日では誰もがピカソの芸術を“それなりに理解”している。彼の作品を誰も「文化の盗用」だとは言わない。ところが、アメリカの雑誌『VOGUE』3月号に掲載された写真特集「神隠し」に載った“白人モデルの写真”は内外から非難を浴びた。「文化の盗用」と「ホワイトウオッシング」に当たるというのだ。そして、それを受けてモデルのカーリー・クロスは謝罪コメントを掲載した。実は、この“問題の写真”というのが「日本」をテーマにしたもので、日本国内で撮影されたものであり、日本髪風のウィッグと着物風ドレスを身に付けた“芸者っぽい白人女性”が神社・仏閣や相撲力士と一緒に掲載された“アートっぽい写真”なのだ。単なるモデル写真というよりも、芸術的な感性で“アートに仕上げた作品”と言って良い。確かに、文化的な部分でいえば“ちょっと変”な部分を持っている。けれども、そんなことは欧米人の映画とか写真で、これまでにも頻繁に行われてきたことで、特別なことではない。多様な人種が暮らすアメリカでは近年、“文化”や“人種”に関連する問題はうるさく、すぐ“差別”として扱われる。日本人的な感覚からすれば“異常に過敏”すぎるほどである。この写真に関しては、肝心の日本人は誰も“差別”だなどと感じていない。「ホワイトウオッシング」とは、簡単に言えば“芸者姿を撮りたいなら日本人を使え”とでもいうような意味だ。説明し出すと長くなる。だが元々芸術には、他の文化からヒントを得て“新たに生み出される美”としての表現方法がある。その代表がピカソの抽象画だ。あれは元々“古代エジプトのレリーフ”にヒントを得て、生れたものなのだ。古代エジプトの芸術表現では、正面から見て描くべき部分と、真横から見て描くべき部分とが定まっていた。その両方を合わせて“一人の人物像”を描く。だから比率的に言うと“おかしな人物像”が完成する。けれども、両方の角度から“特徴を描く”ので、或る意味では“正しい描写”なのだ。横向きなのに肩幅が広い人物像。この手法をピカソは取り入れたのだ。だから彼が描く“顔”では、横向きの鼻と、正面の眼とが合わさっている。白人女性の“着物ドレス”が「神隠し」として掲載されたのは、だから正しいのだ。

時代は「シビルウエディング」なのか

2017-02-19

苫小牧市が全国に先駆けて始めた“サービス”って、知ってます? “シビル”ですよ。“シビル”。ん? わからない。あっ、そう。遅れてるんだ。 って、これ三年後の会話ですがね。実のところ、私も知らなかったのですよ。「シビルウエディング」。日本語にすると“市民結婚式”かな。つまり、一般的な用語でいえば「人前結婚式」。それも知らない? あのね。結婚式には「教会結婚式」と「仏前結婚式」と「神前結婚式」と、それから「人前結婚式」とがあるわけ。それで日本では“無宗教”なのに、教会でとか、神前でとかいうのが多いんですけど、それって、本来は邪道なわけ。だって、普段神様に“お祈り”してないのに、その時だけ“神様に誓う”って、嘘っぽいでしょ。それで、お堅いヨーロッパの人達は、“オレ無宗教だから、神様の前じゃ、神様に叱られちゃうだろ”ってなわけで、婚姻を届け出た役所の中で“結婚式”をするわけ。それが“シビルウエディング”。それで、この制度を、今の日本にも取り入れようというわけ。まあ、日本人としては別に教会でも、神社でも、ホテルでも、どこでも良いんだけれど、ここは欧米人風に分けた方がスッキリかな…と。それで苫小牧市なんですけど、ここでの名称は「届け出挙式」で、ちょっと硬いよなあ。実は日本の場合、この挙式の場合、費用が一切かからない。入籍した、その日に執り行える。記念写真やブーケやベールもちゃんと付くらしい。それでいて、他の結婚式ではもらえない「婚姻届け受理証明書」っていう賞状のような豪華な証明書まで、式場で役所の行政官の方に朗読されて、そのあと授与される。なんか、善い行いをしたみたいでしょ。でもね。当然だけど、苫小牧で入籍しなきゃダメなんだよ。これから、他の市町村でも増えていくみたいだけどね。そういえば、この私自身も、最初の時は無宗教なのに教会で行い、二回目の時には何もしていない。もっと早く普及させてくれなきゃ。

 

「丁」は、“燃える松明”を表わす十干

2017-02-18

今年は「丁酉」という干支年。単なる“酉(とり)”年ではなく“丁(ひのと)”を伴う酉年なのだ。この「丁」だが、元々は“燃え盛る松明(たいまつ)”を表わすもので、その「炎」が支配している年だ、ということになる。したがって火災が多い。実は昨年暮れに出した『この占いがすごい!』(波木星龍著)の中で、私は「2017年・日本の運勢」の“干支・九星”に基づく解説の中で「同一の干支九星年は1657年にも存在し、その年、江戸で大火災が起こり、江戸城の本丸、二の丸などが焼失し、街中での藁葺き家が禁止となりました。2017年も同じような出来事が生じてくる可能性は否定できません」と記している。ここ2~3日、その兆候でもあるかのような“嫌な火災”が続いている。埼玉県のアスクルの物流センター倉庫で火災が発生し、消火に手間取っている。千葉県の金属加工会社の工場では爆発火災が起き、三名の方が重傷を負った。ここは工場密集地域だ。さらに、それらに誘発されたのか東京・足立区で不審火が30分以内に5件も立て続けに起こった。とにかく、昨年末から、各地で火災が頻発している。現代は江戸時代と違って、消火設備や消防機能が発達しているので、大火災となることは少ないが、それでも工場とか飲食店の密集地帯はいったん火が付いたら連鎖的に燃え広がってしまう。アスクルの物流倉庫も段ボールが大量に保管されていたので燃え広がるのが早かった。工場地帯も爆発物などが使用されているケースが多く、建物が密集していると火災時に危険なのだ。古代には“燃える松明”は、“夜の灯り”として欠かせないものだった。文字を読むうえでも重要なので「書籍」の意味合いがあり、その燃える“明るさ”や“華やかさ”が「文明・文化・芸術」の象徴ともされた。したがって、悪い意味だけではないのだが、“嫌な火災”が続くことだけは“何となく不吉”なので避けたい。

17日に「出家本」って、超早すぎですけど…

2017-02-17

う~ん、世の中、わからないことだらけだけど、女優・清水富美加さんの“引退・出家騒動”は中々インパクトがありまする。今年の週刊誌の“ヒット独走中”ってとこかな、やっぱり。それにしても「幸福の科学」っていう宗教、中々大胆ですな。イマドキというのか、恥知らずというのか、やることがオモシロ過ぎ。でも、アメリカのトランプ大統領だって、北朝鮮の金正恩書記長だって、似たようなもので、今の世の中「あっという間」にが受けるんですよ。そうそう、知ってます? 本が出るんですよ。いや、私のじゃなくてね。千眼美子ですよ。出家本ですよ。実質、まだ出家していないのに、出家本ですよ。素晴らしい企業、いや出版社、じゃなくて宗教屋さんじゃないですか。そこへいくと私なんか、中々出ない。大体が便秘気味ですから。何しろ、自分で“絵”を書かなきゃならんのですよ。もちろん、文章に乗っける“絵”ですよ。これが沢山あるんだ。しかも、普通のイラストレーターじゃ描けないの。例えば、耳の違いとか十八種類とか書けますか。そういうので大変なの。何? お前の話はもういい。そうでしたね。まだ出家していないのに出家本を書く“すごい人?”の話でしたね。しかも早いの。本一冊二日間って、私なんか逆立ちしても出来ない。元々“逆立ち”出来ないんですけど…。しかも、全然中身は“仏教っぽく”なくて何て言うか“告白本”ってやつみたい。それじゃあ“出家本サギ”じゃないかとも思うんですけど…。でも、まあ、あの宗教屋さん、大体がそうだから…。妙に、みんな納得しちゃうの。それでも、きっと売れるんだろうなあ。だけど、父親の借金もあるらしいし、自分で作った借金もあるから、こうして少しでも返していかないとね。子供は親を選べないから、大変なのよ。ねえ、誰が同情してよ。って、俺はだれ?

19万人の大企業が「解体」される

2017-02-16

総勢19万人が働く大企業。日本を代表するIT企業「東芝」が“解体”される。もうボロボロなのだ。今から十年前、東芝は企業としての絶頂期にあった。2007年7月の株価1185円(現在は209円)が、それを証明している。その当時、日本のバブル期に活躍した“家電企業”のほとんどが低迷状態にあった。あの時、なぜ東芝だけが“独り勝ち”のように輝いていられるのか、私には不思議で仕方がなかった。企業にも、人間と同じように“成長期”と“繁栄期”と“衰退期”がある。他の類似企業が、ことごとく衰退が目立って来ていた時だけに、累積赤字に苦しんでいた時だけに、東芝だけが“成長期”のように輝いているのが、奇妙だと私は思ったのだ。あの時、正直、私は「東芝」の株を購入したい衝動に駆られていた。まだまだ成長しそうに思えたのだ。ただ少し高すぎたことで結局見送ったが、それが私を救ったといえる。やはり、企業にも人間と同じような“運勢”の盛衰がある。これは否定できないのだ。それを無視して大ばくちを打つと、今回のような付が回ってくる。零細企業なら、新規の出直しも良いが、東芝のような大企業は、そうそう“生まれ変われる”ものではない。丁度、東芝が絶頂期にあった頃、巨額の負債を抱えて“瀕死状態”にあったパナソニックは、現在ようやく“過去からの脱皮”に成功しつつある。巨大企業の“生まれ変わり”には時間がかかるのだ。東芝の屋台骨を支えているのは半導体事業だが、それを売却することは多数の従業員たちが職を失うことにつながる。けれども、それ以外“生き残る”すべがない。苦渋の選択は、刻々と迫っている。人間も同じだが、輝いていた人たちが苦しみ、苦しんでいた人たちに輝きが戻ってくる。「運勢」が握っている巨大な歯車は、或る意味で“平等”に回っている。だから、今苦しんでいる人たちには、やがて“輝ける未来”が朝焼けのようにやって来るのだ。

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