10月, 2017年

「イスラム国」は滅んでも…

2017-10-18

シリア民主軍が昨日、過激派組織IS(イスラム国)が「首都」と位置付けるシリア北部ラッカ全域の制圧に成功した。このところISには以前の勢いがなく、主要モスクも奪われ、首都も失ったことで、事実上の崩壊となった。但し、最高指導者バグダディ容疑者の存在が突き止められていないので、完全崩壊とまでは言いかねる。ISがイラクのモスクを占拠して「イスラム国家」を一方的に宣言したのは2014年6月のことだった。あれから3年余り、シリアとイラクの両国をまたぐ形でアメーバー的に拡大した「イスラム国」だったが、世界を敵に回してアメリカやロシアまで加勢したから、とても勝ち目はなく、陥落は時間の問題と見られていた。ただ一時的ではあるにせよ、ISがインターネット動画を使って世界に見せつけた「処刑場面」は余りに過激で“恐怖を植え付ける”に十分だった。日本人も何人か犠牲になった。日本人は「宗教」というと、どうしても“敬虔な祈り”のようなものを思い浮かべやすい。けれども、イスラム原理主義に基づく宗教は、感覚的には「宗教(団体)」ではなく「思想(団体)」なのだ。だから過激なのである。彼らの神様は「敵」を許さない。寛容さなどこれっぽっちもない。彼らの神様は「敵の神様」を許さない。同時に、それを信じる「人間」も許さない。何しろ、一日に5回も礼拝させる神なのだ。まるで人間を“奴隷”のようにこき使う。それでも信者たちは、神に従う。う~ん、困ったもんだ。「敵を殺す」と“天国に行って可愛がってもらえる”と本気で信じているのだ。どこの「組長」なんだ。ところで「イスラム国」が崩壊すれば、ラッカに平和が戻るのだろうか。残念ならが、ことはそれほど簡単ではない。それに、ISのメンバーが世界各地に飛んでいる。「国」は滅んでも、その思想はリビア、エジプト、アフガニスタン、フィリピンと広がっている。訓練されている純粋な子供たち(?)が沢山いたではないか。いつ、再び、アメーバーのように新たな「国家」が樹立されるか誰にもわからない。

セレブは“告発“より“パーティー”がお似合い

2017-10-17

モデルで社長の鈴木亜子氏公式ブログに、笑顔でドレス姿の松居一代氏の姿が掲載された。NPO主催のパーティに出席した控室で鈴木氏とのツーショット写真だ。ちゃんと化粧して、ちゃんとドレスを着たタレントで投資家としての「笑顔の松居一代」が写っている。そうそう本当のセレブはこうでなくっちゃあ…素顔で“怨念の権化”のように告発するのは“セレブ”のやることではありません。西洋のことわざに「金持ち喧嘩せず」というのがある。そう、本当の“お金持ち”というのは、ケンカをしてはいけないのです。叶姉妹のように、いつも笑顔で優雅に美しくしていなくっちゃ。そうしていれば、誰もがあなたを“セレブ”として認めてくれます。他人の家で“おぞましい告発”に明け暮れてはいけません。そんな“下々のこと”にうつつを抜かしてはいけないのです。年下のメンズを侍らせ、微笑んでいれば良いのです。旦那様のことを訊かれても「そう言えば、もう何十年も逢っていませんから、顔も忘れてしまいましたわ」くらいのことを言って煙に巻いていれば良いのです。それを、いつまでも「船越!」「船越!」と連呼するものだから、みんな覚えちゃって、小学生までが“怖いオバサン”扱いじゃないですか。可愛そうに。そう、やっと“本来の姿”を思い出したのですね。それから、本当のセレブは、あんまり“お金”のことは言わないものです。「いくらだったのですか?」と問われても「そういえば金額はおいくらだったのかしら…聞いてなかったわ」くらいのことを言っておけば良いのです。そうすれば、いかにもセレブって、黙っていても、向こうから言ってくれます。そういう点で「セレブ松居」は、ちょっと細かな金額まで憶え過ぎであり、口に出し過ぎなのです。大体、コンビニで朝食を買う姿を写真誌に撮られるなんて“セレブ”失格じゃないですか。そういう時には機転を利かせて撮影していたマスコミの方達に「あなたたちのために買って来たのよ。食べてください」と差し出すのです。そうして昼までは我慢しましょう。それが“セレブの生きる道”なのです。

アメリカを襲う「ドクロ」の数々

2017-10-16

米カリフォルニア州の山火事が強風にあおられ拡大している。既に40人以上が死亡し、200名以上が行方不明となっている。1万人以上の消防隊員が招集され、16か所から消火や鎮火の活動を行っているが、今のところ鎮火のメドはない。これまでに森林など864平方キロを焼失、建物5700棟が失われた。10万人以上が避難生活となり、地元保安官は「この世の地獄だ」と記者に語っている。不謹慎かもしれないが、もしかすると山火事の映像の中に“炎でドクロが模られている”のではないか…という気がしてならない。かつての“9.11の事件映像”でもそうだったが、しばしば悲惨な状況を映し出す時、そこに「ドクロ」や「悪魔」の“画像”が、心霊写真のように映し出されるのだ。実は、その典型と言えるようなものが、今年9月アメリカのハリケーン時に起こった。ハリケーン「マリア」の“赤外線画像”を見ると、あまりにもクッキリと「ドクロ」が表出しているのだ。実は、その前にもアメリカには「ハービー」と「イルマ」と、二つのハリケーンが続けて襲来してきていた。このように強烈なハリケーンが続けて三度も襲って来ることは稀なのだ。その三度目の「マリア」に映像は出現した。大体ハリケーンに対しての名称が「マリア」とは、どういうことなのか。“偽りのマリア”として、ドクロ画像が出現してきたのだろうか。今回の山火事に対しては、どのような名称がつけられているのか、いないのか知らないが、きっと何らかの形で「ドクロ」や「悪魔」の画像が出現してくるものと思われる。北朝鮮のミサイルが襲ってくる前に、“大自然としてのミサイル”がアメリカを襲っている。私はトランプ大統領が就任する時に、彼には“サンタクロースとしての木星”と“悪魔としての土星”の両方が作用している、という風なことを記した。正に彼が大統領になって以降、アメリカの経済や株価は上昇中だが、大きな災害や事件も目白押しである。多くの人は知らないが、元々「トランプ」という言語は、15世紀における「タロット」を指した表現なのである。そういう意味では「トランプ」が大統領になったのは“運命の大統領”であることを暗示しているのだ。

2年10カ月前「完全破たん」を予告‼

2017-10-15

今週の『週刊新潮』等で、嵐・松本潤氏と女優・井上真央さんとの交際が既に“破たん”していたと報道されている。かつては“結婚秒読み”とまで言われていた二人だが、昨年末に松本潤氏に“二股愛”が発覚した。4年越しで密会を続けていたAV女優・葵つかささんとの関係が暴露されてしまったのだ。この報道に対し、松本氏も井上さんも沈黙を守った。それまで仕事をセーブするなどして結婚へ向けて準備を整えていた井上さんには信じ難い報道だったに違いない。その後、どういう話し合いがもたれたか知らないが、井上さんは愛想をつかし離別の道を選んだとされる。今回の報道は、改めて“完全な破たん状態”となったことをダメ押しした形だ。ところで、この二人の関係に関して、私は《ココロニ》の「恋占ニュース」2015年1月4日配信のコラムで公式に占っているのだ。その時のタイトルは「松本潤&井上真央の2015年電撃婚説に急ブレーキ?」というもので、当時、芸能記者などが盛んに唱えていた“2015年結婚説”を真っ向から否定したコラムである。今読み返してみると、これがなかなか興味深いのだ。まず私は松本氏に対して「性格的に慎重で思慮深い松本さんは愛情面に対しても中々本心は見せません。付き合っていても、相手の女性に心の奥は覗かせないのが特徴です」と記している。次に井上さんに対しては「恋愛に対しては情熱的であり、意外なほど行動的ですが、元々“邪魔者が出現しやすい”星の配置を持っています」と述べていたのだ。もちろん、この時点では、松本氏に“4年越しの密会女性”がいることなど知りようもない。けれども、両者に対する鑑定は、そのまま“その後の状態”をまぎれもなく映し出していた。ただ、最後のところで、これらをクリアできる時が来れば二人は結ばれていくだろう…的なことで結んでいる。それは、元々《ココロニ》の担当者の方から「今話題の松本潤&井上真央ふたりの結婚について書いてほしい」という依頼だったからだ。だから内容的には完全に“破たんする”予告をしながら、最終的に上手くいくコラムになっている。それにしても2年10カ月前に書いたものが、週刊誌のはるか“先”を予告しているとは…。

リスクがあるから“賭ける”意味がある!

2017-10-14

TBSの年末特番で人気漫画『カイジ』を原作とするバライティ特番を行うらしい。視聴者参加型「人生逆転バトル・カイジ」というタイトルで……人生の一発逆転を夢見るあなたにビッグチャンス!……という“うたい文句”だ。元々『カイジ』は、ギャンブル漫画で厳しいリスクを抱えながらも、大金を得るため“危険なゲーム”や“壮絶なバトル”に挑戦していくという筋立ての作品だ。1996年に開始された漫画だが、人気継続で未だに連載され続けているらしい。これまでアニメ化もされ、実写の映画化も二度された。担当ディレクターは、この作品企画を2008年から提出していたと言い、やっと日の目を見るに至った企画のようだ。ただ私にはいくつか疑問に思うことがある。まず第一に賞金の低さ。まだ決定ではなく、一応の最低金額らしいが賞金は“200万円”だという。えっ! と驚く金額の少なさである。誰が考えても“200万円”では人生の逆転など出来ない。せめて“人生逆転”というからには、その十倍2000万は用意しなきゃ…とてもとても「夢」など見れない。多分、これから上積みしたとしても300万が限界であろう。この程度の金額だと、逆に“人生をなめてるのか!”と言いたくなってしまう。最低でも1000万は用意しないと「夢」は見れない。というか最早『カイジ』ではない。もうひとつ漫画の『カイジ』が人気を集めたのは、多大な“リスクを背負っている”という点にあった。だから手に汗握るゲームとなるのだ。実際の人生にしても、人は多くの場合、何かを犠牲にして“輝かしい成功とか報酬”を手に入れる。何もリスクなしに“賞金”が手に入るのであれば、それまた本来の『カイジ』とは言えない。ところが、この点について担当ディレクターは「参加者にリスクはありません」と強調している。そんなギャンブルはない。ギャンブルというのは元々リスクを持っている。例えば、私はこのコラムで“日本株反転の兆”を先月半ばに書き、“日経平均の継続的な上昇”を先月末に予言したが、それらは、ものの見事に的中した。これだって“予言が外れてしまう”リスクを抱えていた。外れてしまえば“波木星龍の予言はあてにならない”ということになり、誰も私の占いを信用しなくなるだろう。けれども、正に、予言した以降、日経平均は上昇し続け、2万1千円となり、21年ぶりの高さにまで来た。もし、私を信用して株を購入した方がいれば、その間に“大儲け”ができたのだ。少し還元してほしいくらいである。株はギャンブルではないが、大金が投じられるという点では似たようなものだ。そして、人生そのものも、或る意味でギャンブルと共通しているからこそ『カイジ』は人気を博したのだ。

度量の乏しい神様たち

2017-10-13

アメリカが2018年12月31日付で国際的な教育機関「ユネスコ」から脱退することを表明した。2011年にパレスチナが「ユネスコ」に正式加盟して後、アメリカはそれを不服として分担金の拠出を停止してきた。今回は、それだけでなく完全に「ユネスコ」とは“おさらば”という姿勢を打ち出したわけだ。実は「ユネスコ」の分担金の内、アメリカの比率は大きく年間予算の22%を占めていた。だからアメリカがいなくなると、その存在価値だけでなく、経営自体にも大きな問題が生じる。それなのに…というか、それだから…というべきか、アメリカは「オレの言うことを聞けないなら…」と言わんばかりに脱退したわけだ。つまり、それくらい、トランプ氏(アメリカ)はパレスチナが嫌いなわけで、どうしてかというとイスラム教主体の国だからなのである。パレスチナのあるエルサレムは大昔から「聖地」とされてきた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教…それぞれの宗教にとっての「聖地」だ。日本人的に解りやすく言うと、“神聖な共同墓地”のような役割を果たしてきた。だから、いつも、それに関連する地域で“争い事”が起こる。というか、いつまでも続いている。良くも悪くもトランプ大統領の発想は単純で判りやすいのだが、要するに今回も「パレスチナ出て行け!」であり「イスラム出て行け!」なのだ。もちろん、このような考え方をするのはISやアルカイダ等の“イスラム過激派”テロがアメリカにも及ぶことを恐れているからである。だからイスラム教徒の出入国にも神経質になっている。イスラム過激派や北朝鮮に手を貸す者は「ユネスコ(加盟のパレスチナ)」であれ、何であれ、締め出していこうという姿勢なのだ。そのトランプ氏も「聖書」に手を置いて大統領になることを誓った。つまりキリスト教徒であり、歴代の大統領もそうだった。ん? キリスト教って、そんなに排他的だっただろうか。少なくともユダヤ教やイスラム教に比べれば「汝の敵を愛せよ」と教えられてきた宗教ではなかったのか。確かに、ユダヤ教やイスラム教は他の宗教や信仰を一切認めない、“ココロの狭い宗教”である。キリスト教だけは少し違っていたような…。それにしても、どうして人々は“度量の乏しい神たち”を信仰したがるのであろうか。

「眉」と「法令線」は、どう反応するか

2017-10-12

謝罪会見で“その眉の形の変化”が注目を集めた豊田真由子氏…元々名前に「まゆ」という文字が入っている。多くの方は、本来の彼女の眉について“極端に尻上がりの眉”で攻撃的な印象を与えるので、謝罪会見の時にはその印象を薄めるために“眉間を広く”し、どちらかと言えば女性らしく見える(?)“三日月形に近い眉”を心掛けたかのように捉えていた。確かに、本能的だったとしても、そういう意識が潜んでいたことは間違いがない。ただ私には本来の眉の後半部分を“削いでしまった”ようにも見え、その点が気になった。眉の後半部分を意図的に毛を抜くとか削いでしまうと、金運に影響が出る。金運が乏しくなってしまうのだ。実際、今回の選挙では“無所属の立候補”となっているので資金的にも苦しいはずである。同じように今回の選挙で“無所属の出馬”となった山尾志桜里氏にもそれは言える。二人とも43歳だが“予期せぬスキャンダル”によって“エリートコース”を外れてしまった。共に東大を出ている秀才である。彼女たちにとって、このような出来事が起きるとは夢にも思わなかったことだろう。しかも、二人ともに自分の“政治家としての失敗”ではなかった。人生というのは、面白いもので、どんなに才能があっても、だから“人生の挫折”に出逢わないかというと、そうではないのだ。まったく予想外の処から“人生のひび割れ”は始まる。そういう意味では「運命」というのは平等なのである。それでは、今後の二人の人生は“坂道を転がり落ちる”ばかりなのだろうか。ところが、そうとも言えない。ここが「運命」の不思議なところでもある。彼女たちは一時的に“挫折”を味わうだろうが、やがて必ず、立ち上がってくる。特に豊田真由子氏は「法令線」が目につくほどクッキリしている。こういう人は“仕事命”なのだ。彼女は今回も立候補を見送らなかった。とても勝てそうな選挙ではない。それなのに、何んと9月22日から毎日、街頭に立って頭を下げ、涙で演説していたのだ。たとえそれが“演技”だとしても、なかなか出来ることではない。これは“政治”を自分の“天職”として意識している証拠である。だから今回は落ちたとしても、やがて必ず復職するだろう。或いは“政治評論家”のような立場で政治に関わるだろう。ちなみに、法令線とは元々が“命令発布の線”であり、役職についている者が目下に対し指示を促す線なのだ。そういう意味だけからいえば、彼女の“命令発布”はヒステリックな暴言でしかないが、与えられた職務の遂行という点からいえば「管理者の相」を見事演じていたことに間違いはない。

「喧騒は時に孤独にさせる」

2017-10-11

誰だったか忘れたが「人は一人でいる時に孤独になるのではない、大勢の中に居る時に孤独を感じるのだ」と言っていた。タイトルに掲げた「喧騒は時に孤独にさせる」というコメントは、音楽プロデューサー小室哲哉氏の昨日のコメントの一部である。それは彼の妻で歌手だったKEIKOさんが“くも膜下出血”で倒れて6年になることの感慨を述べたインスタからの抜粋である。元々“作詞”も手掛けるだけに、歌詞のような表現だが、彼の心の内を十二分に伝えてくれる。私も、妻が病気療養中なので、その気持ちはよく解かるのだ。どう治療していけば良いのかわからない病気がある。一進一退を繰り返す病気がある。家族は見守る以外に何もできない。一時期の葛藤は通り過ぎたが、黙って見守るというのは“無力さ”を教えられることで、逃げ出すことの出来ない“虚しさ”を伴うものだ。もちろん、病気本人の葛藤に比べれば取るに足らない。どんなに科学が進んでも、病魔は襲って来る。神仏に縋りたいと願うのはそういう時だ。私自身も、以前、眼底出血をし、このまま盲目になってしまうのではないか、と恐怖を感じた時期がある。幸い手術で治ったが、視力そのものは疲れやすくなった。その時は病院も何度か変えた。占いでもそうなのだが、或る種、相性のようなものがある。よく“一つの占い”にしがみ付いている人がいるが、この占いが自分には合わないと思ったなら、別な占いにすれば良い。この占い師の判断とか対処法では“解決しない”と思ったのなら、別な占い師にすれば良い。また、占いそのものが“救い”にならないと思ったなら、“別な救済法”を探せば良い。固執してしまうのが一番いけない。ところが、固執してしまう人が多い。世間の多くに当てはまっても、自分に当てはまらなければ意味がない。多くの人達は“救われた”としても、自分には“違うような気がする”なら、なぜ、そこを去らないのだろう。最終的には自分の“人生”であり、自分の“身体”なのだ。自分に“相応しいもの”を見つけることが、幸運をつかむ第一歩となるのだ。

「希望」がしぼみそうな風船!

2017-10-10

とうとう小池百合子氏が追い込まれてきた。まあ、最初から予想出来てはいたんだけど…。おそらく、彼女自身もこんな風になっていくとは思わなかったに違いない。元々マスコミ出身で、マスコミを上手く活用することにはたけていた。だから“都知事選”の時には、それを上手く活用して、予想以上の“追い風”を得た。“都議会選挙”でも、予想をはるかに上回る得票を得た。怖いものなしだった。マスコミと大衆は、私に“味方してくれている”と思ったことだろう。けれども、マスコミの“風向き”は、常に“追い風”とは限らない。今回は“出だし”からしてギクシャクしていた。「政権交代」を旗印に掲げたが、それを旗印にしたがゆえに、“準備不足”が露呈した。「希望」という風船は、最初だけ輝いているように見えたが、そして大きく膨らんでいくように見えたが、早くも“色褪せて”しぼんでしまいそうな危うさである。都知事になった時、このまま順調にいけば“総理大臣の椅子”も手に入る…ともくろんでいた彼女は、今や“都知事の椅子”さえも危うくなり始めている。「都民ファースト」からの離反者も出てきた。世論調査でも、このままでは50~60の議席数が良いところであろう。とても「政権交代」を叫べるような議席数ではない。仮に自分自身が立候補しても、今の情勢では大量得票は望みようがない。第一、主張していることがよく解からない。“阿部政権打倒”は解かっても、そのあと“何をしてくれるのか”がよく解からない。これでは、応援のしようがない。特に“民進党生き残り”の方々が入って来たことで、余計にわからなくなった。かつて「民主党」は、自民党政権を“変わらせて見せてください”と大衆に願い、その願望を達成したが、その結果、何が起こったのかというと、“混乱”が起こった。彼らは“役人”を“クズ扱い”していたので、そういう人たちの元で働くことになった役人たちは、当然のように“協力的”とは言えなかった。結局「日本国」そのものの機能が十分には果たせなくなったのだ。その時の首相だった人は、未だに韓国に対して「謝るべきだ」というようなことを言っている。米軍基地問題でも、一時、アメリカと対立するような状態に陥った。よく、米軍基地に関して北朝鮮問題がクローズアップされるが、実際には北朝鮮よりも中国の方が怖いのだ。もし、米軍基地がなくなれば、必ず、中国が日本を侵略してくる。だから米軍基地は必要なのだ。それにしても、気になるのは小池氏の“都知事の椅子”で、その任期を全うできるのだろうか。

真面目で勤勉な日本の“40代男性”

2017-10-09

「逆説ニッポンの未来」という特集タイトルに惹かれて、久しぶりに雑誌『SPA』を購入した。40代会社員男性たちのアンケート調査が記載されている。都市部における本格的な調査で、現在の日本のサラリーマンの実態が垣間見える。40代“どんづまり”を感じる一番の原因として、“給料が上がらない”“仕事がつまらない”“仕事の目標がない”“小遣いが足りない”“思うように貯金が出来ない”などの本音が並ぶ。これだけ見ていても、押し流されるように仕事を続けているサラリーマンの現状が浮かぶ。つまり、活き活きと仕事に励んでいる雰囲気がない。それでいて“自棄になっている”風でもない。真面目に働き続けているのだ。だから、仕事上の「目標」が見えず、経済的にも時間的にも余裕を持てないことが「活力」を失わせているのだ。それ以外にも、私が気になった回答として、“老後が不安”“出世コースから外れてしまった”“自分ひとりの時間がない”“身体的劣化が著しい”“妻子と過ごす時間が少ない”“健康に不安を抱えている”等があった。とにかく全体に活き活きとしていないのだ。憂鬱感が漂っている。どうしてなのだろう。私が思うに、一つには周りに「情報」が溢れすぎているからだ。嫌でもさまざまな“情報”が飛び込んでくる。別に知らなくても良い情報が次々と飛び込んでくる。それが無意識に“自分の姿”を浮かび上がらせ、不安感と焦燥感をあおっていく。私は自分が40代の時に“老後”のことなど全く考えなかった。“貯蓄”の無いことなど全く気にならなかった。“健康”のことなど全く気にならなかった。今にして思えば、なんて“のほほん”と生きていたことか。けれども、そういうことはハッキリ言って気にしても仕方の無いことばかりである。気にしても仕方の無いことは“気にしない”に限るのだ。ただ昔と違って、今は嫌でも“情報”が入ってくる。だから、みんな“気にして”しまうのだ。この調査によると「平日のランチにいくらかけますか?」という問いに対して、最も多かった回答が“500~600円程度”であり、次が“300円~400円程度”である。日本の40代男性たちといえば、或る意味で“日本を支えている世代”ではないか。それが500円前後の食費しか出せないのは、やはり収入に問題がある。日本はいつの間にか“活力の出るもの”を食べられない“質素な国”に変わりつつある。そういう意味でも「カジノ」を誘致して、外国人を大いに遊ばせ、豊かな活き活きとした日本を蘇らせることが、現実的な解決策と言えるだろう。

未来には「いくつものドア」がある!

2017-10-08

時々、悲惨な事件はどうすれば避けられるのだろう、と思うことがある。茨城県日立市で起きた妻子6人を夫が殺害して、自宅まで放火した事件。放火までしながら、容疑の夫は自ら自首している。いったんは放火して“焼死”を装うと思ったが、燃え尽きずに火が消えてしまったので、観念し自首したのだろうか。それにしても、妻以外はほとんど抵抗することもなく殺されている。刺し傷らしいので、相当鋭い刃物ということになる。子供は5人もいたのに、容疑者の夫は仕事が長続きしないタイプだった。妻・恵さんは薬剤師で、おそらく彼女によって生活費は賄われていたのだろう。妻が知人などに3~4年前から「別れたい」と話していたようだ。犯行動機については「妻から別れ話を切り出された」と供述しているらしい。仕事が長続きしない夫にとって、家庭・家族は、精神的にも経済的にも手放せないものだったのだろう。一部に妻に交際相手が出て来て、別れ話を持ち出され、すべてを失う…という想いが凶行に走らせた、という観方もある。容疑者については「無口だった」という評価が多い。言葉では奥さんにかなわないから、凶器を持ち出したということかもしれない。このような事件の時に、私がいつも思うのは、未来の選択肢は決して一つではないということだ。「未来への扉」が一つしかないと思い込むと、絶望して自暴自棄となる。例えば、このケースの場合、もしかしたら夫の方は、別れて“第二の人生”を歩みだすことで、かえって幸福が掴めるかもしれないのだ。ネットの反応などを見ると、この容疑者に対しては誰も“擁護”していないが、多少は“良い部分”があったかもしれない。これが50代以上であれば、どうすることもできないが、まだ32歳なのだ。いったん独りになって、考え直して「ゼロ」から再出発すれば、“新たな人生”と“ささやかな倖せ”を掴めたかもしれない。同じような事件が昨日は北海道の岩内町でもあったが、こちらは25歳の夫が口論となって28歳の妻を刺殺している。自暴自棄になって「一つのドア」を暴走していく前に、立ち止まる理性があれば、未来には「いくつものドア」があり、それぞれの未来が待ち受けていることに気付いてほしい。

2017年10月運勢アドバイス

2017-10-07

「賞」を得たから優れた作家なのではない

2017-10-07

昔、ノーベル文学賞候補となった三島由紀夫氏は、誰かとの対談の中で「カミュはノーベル文学賞を得たから優れた作家なのではない。優れた作家だったからノーベル賞を得たのだ」というようなことを言った。カズオ・イシグロ氏も、ノーベル賞にはさほど興味を示していなかった。それは「ノーベル賞を得た後、優れた作品を書いた作家を知らない」からのようであった。この二人の言葉は重い。履歴としての「ノーベル文学賞」は輝かしい。けれども、それは過去の作品、過去の業績に対しての評価である。それに「ノーベル賞」を得ているから“優れた文学だ”という捉え方自体が間違っている。三島氏の言うように、仮に文学賞など得ていなかったとしても、元々カミュは“偉大な作家”だったのだ。正に“天才・三島”らしい捉え方である。私が何よりも三島氏を“天才”と感じたのは、彼が“自決する直前の朝”まで一睡もせず書き上げた最期の原稿に、誤字・脱字が一字もなかったと編集者が話していたことによる。普通の日ではない。自決する直前の深夜である。しかも寝ないで書き上げた原稿である。正直、私は、特に三島由紀夫のファンだというわけではない。何作か読んだが、好みという点で、それほど好みの作家ではない。けれども、自決する前夜に、誤字・脱字を一文字もなく書き上げる心情はいかばかりであったか。文字通り「天才」としか言いようがない。そういう意味で、私も初耳であった“カズオ・イシグロ氏という作家・作品”に、多くの人が興味を持ったのは当然で、書店で注文が殺到しているらしい。だが、くれぐれも最初に掲げた言葉を忘れないでほしいのだ。近年は日本の“芥川賞”や“直木賞”等の文学賞も、それらを得ることで急に売り上げが伸びる現象が続いている。「文学賞」という着物を着ることで、作品が美しく見えるとでも言いたげである。だから、大きな出版社から出版された書籍が“賞”を受賞しがちである。審査員たちに何らかの力が働くのか。日本の場合、海外の作家・作品は、よほど世界的に有名とかベストセラーにならなければ売り上げを伸ばせない。一つには、書店の“目につく場所や書棚”に、それらが置かれていないことによる。置かれていなければ、眼につかなければ、いくら読書好きでも、書店に頻繁に足を運ぶ人でも、海外作品は“遠いもの”になってしまう。せめて大型書店と呼ばれるところくらいは、“大きな出版社”の“同じ作家の本”ばかり置くのではなく、実用書なども含めて、さまざまな選択肢を与えてほしい。

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