11月, 2017年

なぜ年末が近づくと故郷や父母を思うのか

2017-11-30

北海道はもう雪に包まれる季節になった。そう“雪に包まれる”という表現がぴったりの街並みがやって来る。そして、そういう季節がやって来ると誰もが、黙ってはいても“故郷”や“父母”を無意識に思い出す。不思議なことに、年末が近くなると、誰もが子供時代を思い出すように出来ている。それは“雪”のせいなのか、“寒さ”のせいなのか、“クリスマス”や“正月”行事せいなのか、一年の“一区切り”を感じるせいなのか、誰も解からない。みんなどこか急いでいて、みんなどこか忙しそうで、みんなどこか寒そうに襟を立て、そしてどこか寂しそう。別に寂しいことなんか何にもないのに、だけど寂しそうで、ほろりと涙をこぼしたりする。やっぱり、“年末”には何かがあるんだ。人を昔に誘う何かがあるんだ。子供時代に誘う何かがあるんだ。故郷とか、父母とか、子供の頃の友達とか、昔の街並みとか…蘇らせる魔法がある。冬に向かうとき、人は誰かと一緒に居たくなる。一人ぼっちの冬は嫌なんだ。だから幼い頃の街並みや、温かいストーブや、家族の笑顔や、ほっこりの想い出を抱きしめたくなる。私は4~5歳の頃、いつも部屋の片隅で膝を抱えながら、ひとりで家族を待っていた。父は昼も夜も働いていたし、母はいつも病院を出たり入ったりしていた。兄や姉は幼いのにアルバイトをしていた。私だけひとりで部屋の片隅で家族を待っていた。だから、私は空想好きになった。クリスマスには本当にサンタクロースがやって来ると、かたくなに信じていた。確かにやって来たが、ささやかな“お菓子”だけで、自分が要求したプレゼントとは違った。それで母親にそう言って抗議したら、困ったような顔をしながら黙って頭をなぜてくれた。母親はやせていて、その手は筋張っていたけど、凛として強かった。クリスマスは街だけが騒いでいて、我が家はささやかで、だけど母親が病院から戻っていて、それだけでとっても楽しかった。

「のん」ちゃん雲にのる

2017-11-29

大昔、私がまだ子供時代に「のんちゃん、雲にのる」という漫画だったか、小説だったか、ドラマだったか、忘れてしまったが、とにかくそういうタイトルの作品があった。女優の「のん」(元・能年玲奈)さんがCM収入だけで今年度は「1億円越えとなりそうだ」という記事が目に留まった。一時期、彼女に対してマスコミは大バッシングを行っていた。事務所との契約トラブルで「芸能界追放」とか「二度と表舞台には立てない」とか「洗脳された」とか、いろいろなうわさが飛んだ。実際、前事務所からは解雇となって「能年玲奈」という“看板”も使えなくなった。彼女が仕方なく個人事務所から「のん」という名で活動再開したときにも、マスコミはバッシングを止めなかった。けれども、私は彼女の“人相”や“手相”から、また“ホロスコープ”や“四柱命式”から、この女優が、このまま終わってしまうとはとても思えなかった。だから、そういう意味のことを何度か書いた。「のん」に変えたことで“子供向け作品”や“旅情番組”等に出れば良い、そして新たな分野で“人気爆発する”可能性も示唆した。もちろん、前事務所とのトラブル後遺症は大きく、未だ“正規の女優”として表舞台に出て来ているわけではない。けれども、このほど新たにJR西日本のイメージキャラクターとして「転落防止キャンペーン」でのCMが加わることになった。私がかつて指摘したように、“地方”とか“旅情”とか“子供向け”のCMとして既に10本くらいに出演しているのだ。その結果として、正規の女優業は行っていないのに、1億越えの収入を得ているのだ。正に占術的なものが示唆していた“強運”そのものである。ほとんどの人が「能年玲奈」の“看板”を失ったなら、芸能界では生きていけないだろうと見立てたが、そうではなかったのだ。私は“ダメ押し”のように書くのは好きではないので書いてこなかったが、かつてもっとも輝いていた時の小池百合子氏に対し、都知事選出馬の時から疑問を呈していたのは私なのだ。

細木数子氏の「終活」

2017-11-28

人の“生き方”はさまざまである。それに「犯罪」さえ起こさなければ、基本的には“どう生きよう”が、その人の自由である。だから占術家・細木数子氏の“生き方”を、ここでどうこう言う気はない。ただ一応、同じ道(?)を歩む者の一人として、いろいろと考えさせられる。彼女の人生を振り返ると、大体43歳くらいまでは別な“仕事分野”を歩んでいる。つまり、水商売とか、芸能関係とかである。彼女の場合、十代後半から“水商売の世界”に入っているから、そういう点では元々“商売っ気”の多い人物と言えよう。20歳にして早くも“銀座”に自分の店をオープンさせているのだから、なかなかの“やりて”であったことは間違いがない。元々父親が商売人であり、その血を受け継いでいたと言えるかもしれない。彼女が本格的に「占い」に的を絞ったのは44歳くらいからのようだ。ただ、その間、銀座などで20年以上にわたって店や芸能事務所を経営し、さまざまな人間模様を見てきた。その観察眼が“占い師”となって役立ったことは間違いない。したがって、彼女の占いは「六星占術」ということになっているが、実際には“水商売人”としての洞察力に基づく判断が大きいのだと思われる。彼女の本が売れ出したのは80年代後半からで「ノストラダムスの大予言」ブームなどがあって、世間的に“怖い占い”が受け入れられやすい時代にあった。彼女には「大殺界」という“切り札”があった。こうして彼女は墓石店と組んで“高額なお墓”を売った。水商売で財を築いた彼女が、通常の“占い料金”収入だけで満足するはずがなかった。そこで当然“墓石トラブル”の訴訟問題も相次いで出てきたが、これが結果的には彼女の知名度を高めた。やがて、彼女はTVで“看板番組”を持つようになり、一時的には「視聴率の女王」とさえ呼ばれた。けれども、さまざまなところからトラブルやクレームが相次いでいた。2008年にすべての番組を降板し、表舞台から消えた。現在は、自らを“あと数年の命”と予言して、その「終活」活動(?)に入っているらしい。あちこちに豪邸を立て、さらには70億の巨費を使って寺院まで設立中のようだ。ただ、不思議とそういう話を聞いても“羨ましい”とは思わない。逆に何となく或る種の“虚しさ”を感じる。確かに“立派な御殿”はあちこちに建てた。けれども、おそらく彼女が亡くなったなら、それとほぼ同時に「六星占術」も、この世から消えていくことだろう。あのブームはいったい何だったのか。彼女は、彼女が“生きた証”を来る人も乏しいであろう寺院に込めている。

3600組以上が見に来るマンション

2017-11-27

つい最近、売り出したばかりのマンションなのに…。何しろモデルルームの見学者が多くて既に3600組以上になるそうだ。これって、どう考えても、かなりの混雑。すし詰め状態。そんなにみんなが見たがるモデルルームってどんなのだろう。写真で見た限りでは、特別なにがあるっていうほどのものでもない。もう少し豪華なのかと思ったが…。場所は横浜。駅直結の58階建て超高層マンション。その最上階58階は212㎡で8億円也。もし、これが東京の港区辺りだと二倍以上にはなるそうで、そういう意味では「お買い得(?)」なんだそうだ。う~ん、そう言われてもねえ。ただ駅直結で1~3階はスーパーマーケットも入る商業施設になっているのは良い。おそらく、生活に必要なすべての施設が入っている便利マンションなのに違いない。奇妙なのはホテルも入っていることで、46~51階までとサンドイッチのような形でビジネス滞在型ホテルが組み込まれている。つまり、一番下には“いろいろなお店”が入り、その上にごく普通のマンションが入り、その上に滞在型ホテルが入り、さらにその上に“超高層マンション”が入る…という仕組みらしい。だから、ハッキリ言うと“下々の者と一緒にしないでね”という人たちの入るマンションが“8億円クラス”というわけだ。何んという差別。だから“差別反対”という人は、別にこのマンションに入らなくてもよろしい。でも、その中間にある“普通のマンション”は6000万とか7000万とかで、まあ、現在の東京の一般的マンション価格と大差がない。多分、3600組の見学者のうち、3580組くらいの見学者たちは、その“普通のマンション”なら買えそうな人たちで、或いは“買えそうもないけど欲しい”人達で、それ以外の実質20組くらいが「ハイグレードエリア」と名付けられている“8億円クラス”の物件を実際に購入したい見学者たちなのだ。そして、多分、そのぎゅうぎゅう詰めとは別なところに“商談の場”が設けられていて、そこで優雅に契約が交わされているのに違いない。もっとも最上階だけは“売り出す”前の段階で、購入者が決まっているのが通常で、もしかしたら57階以上は最初から“売却済み物件”である可能性も高い。ただ、このマンションには一つだけ欠点がある。その名称が「ザ・タワー横浜北仲」というのだが、とてもセンスの良い名称とは言えない。一言で言うと“安っぽい”のだ。まあ、それを気にしないような富裕層がサインしたのかも…。

305人の犠牲者を、神は悦ぶのか哀しむのか

2017-11-26

昨日の報道では235人とされていたエジプト・モスク襲撃による犠牲者は、一夜明けたら305人にまで増えていた。「イスラム国」傘下の武装組織と言われる「ISシナイ州」による襲撃テロで、5台の車に分乗した25~30名の武装集団が、金曜礼拝に集まっていた“スーフィズム”信徒を狙っての犯行と思われる。目撃者によると、彼らはISの“黒い旗”を振りながら突入していったらしい。ここで日本人としてわからないのは、どうしてイスラム教徒であるISメンバーが同じイスラム教徒である“スーフィズム信徒”たちを襲うのか、という点である。実はIS等の“イスラム原理主義者”たちからすると、“神との合一”を最終目的とする信仰体系は許されざる行為で、イスラムにおける“神”は人間と合一するような“安っぽい神”ではない、ということになる。まあ、しかし、仮にそうだとしても、一方で“神と合一になる”ことを信じて“苦行”や“禁欲”に励んでいる信徒がいても、“同じ神様”を崇めているのだから良いではないか、と日本人なら言いたくなる。ところがISは“スーフィズム信徒”たちを許さない。まるで“神”の身代わりでもあるかのような態度で、殺しにやって来るのだ。百歩譲って“偶像崇拝”のキリスト教徒を裁くのは認めるとしても、“同じ神様”に信仰を捧げるイスラム教徒まで犠牲にするのでは、もはや“聖戦”の名に値しないものであり、単なる“狂気集団”以外の何物でもない。その思想を推し進めていくと、結局は“イスラム原理主義”以外の信徒たちはすべてが「敵」ということになり、全世界の“穏やかなイスラム教徒たち”をも敵対視しなければならなくなる。果たして、“イスラムの神”は本当に原理主義者たちが信じているように、その死後において、神から“天国”に住まうことを許されるのであろうか、それとも多くの殺人者たちと同様の“地獄世界”が待っているのであろうか。それとも、実際には“神”と呼べども、叫べども、何らの反応もない寂しく荒れ果てた“球形の荒野”が広がっているのであろうか。

「サスケ」と「たけし」が世界を制覇する!

2017-11-25

欧米においてTBS「SASUKE」が人気を博している…ということは知っていた。けれども、まさか中東においても“超人気番組”になっているとは知らなかった。日本は昔、アニメの輸出によって欧米富裕層の子供たちを惹きつけた過去がある。それらを見て育った若者たちが、現在の“訪日ブーム”の大きな役割を担っている。彼らの中には、初来日なのに日本文化を十分に知り尽くしている若者もいる。日本のアニメで育つことによって、日本的な感性を自然に身に付けたり、習得していたりするのだ。だから、そういう人たちは日本に暮らしても違和感がない。日本語の発音も大変に良い。TBSのスポーツ・エンターテイメント番組「サスケ」は、欧米では「Ninja」として熱烈な支持を集める。或る意味では“総合スポーツ”として広がりを見せつつある。しかも、それがいつの間にか世界の165の国でも見られていて、特に、ドバイに拠点を置くMBCを通じてアラビア語圏の17か国でも放送されている「SASUKE」は大人気なのだそうだ。近年、日本との関係が深まりつつあるサウジアラビアは、フェサール王子が自ら来日、この「SASUKE」と「風雲!たけし城」それぞれの“現地制作版”の許可を取り付けに来た。「たけし」の方は、現在159ヶ国で放映されているらしい。丁度80年代、日本にも“たけし”にも勢いのあった時代の番組で、或る意味では“過去の大らかな日本”が受けているということになる。今は世界的に“規制”が多すぎて、本当に面白い番組作りが難しくなっている。ただ、アニメだけでなく、こういう番組も“世界的な人気を得られる”ということは、日本には“文化の発信地”としての役割があるということ、世界を“リードできる”素質を持っているということ、世界を“日本的なもの”で染めていくことによって、もしかしたら“世界平和も実現できる”可能性があることを教えてくれている。

「勤労感謝の日」84歳、深夜7時間の激務

2017-11-24

「勤労感謝の日」というのは、日頃働いている労働者が“骨休め”をして良い日だと多くの人が思っている。ところが、そうではないのだ。この日は元々「新嘗祭(にいなめさい)」という“大祭の日”であった。それが戦後改められて「勤労感謝」になった。元々は“祭り日”で、それも宮中における神事としての「新嘗祭」を執り行う日なのである。当然、天皇が行う。それも午後の6時から深夜1時迄、実に7時間の間、休憩を交えず執り行わなければならない大切な神事とされている。しかも、その間、重くて白い御祭服を身にまとった天皇は、底冷えのするこの時期、暖房の無い神嘉殿において“神事”に挑む。古来からの神事なので天皇以外は采女(うねめ)2人が付くだけで他は誰一人は入れない。新嘗祭とは“その年の収穫を感謝する祭り”で、天・地の“神”と、人間の“神”である天皇と、三者で収穫された飲食物を共有し合う形を取るための儀式だ。もっとわかりやすく言うと“天”と“地”と“人”それぞれの「神」が“収穫の宴”を儀式的に催す日なのだ。だから、自分だけが「寒いから…」もう帰るとか、「眠いから…」もう止めようとか、「酔っぱらったから…」もう飲めないとか、言っちゃいけない儀式なのだ。本当は、もっと“簡略化”しても良いのだけれど、現天皇は自ら古式にのっとった方法でそれを継承している。(内緒だけど、昭和天皇はもっと略式化していたらしい)まあ、言ってみれば、国民のために、来年以降も作物が収穫できるよう「天」や「地」の“神”に深夜まで付き合ってあげているのだ。涙ぐましい努力。サラリーマンが深夜に泥酔しているのとはわけが違うのだ。やっぱり「人間」なのに「神様」になるのは大変なんだよ。だれ? 采女の二人に“肩や腰をもませているんだろう”なんて不謹慎なことを言うのは…。確かに新嘗祭の衣裳はとびきり重くて歩くのもやっとだけど、そんなこと出来ない…何故って、皇太子殿下が入り口で帰りを待っている。この衣裳は簡単に着たり脱いだり出来ない特殊な作りになっている。何しろ着るのに数十分も掛かるのだ。だけど、何しろ「天」や「地」の神様と逢わなきゃならないから正装でないと叱られるし…だから早く引退したいんだ。

若者より老人の方が“外出好き”だった⁉

2017-11-23

国土交通省の調査だから多分、本当なのだろう。日本の場合、20代の若者よりも、70代の老人の方が“多く外出している”という驚くべき結果が公表された。この若者の外出が減ってきていること自体は世界的な現象らしく、或る意味で“時代の流れ”としては自然なことらしい。確かに、現代は生活そのものが便利になっているので、いちいち外出しなくても間に合う、というのが減ってきた一番の理由かもしれない。ただ70代の老人たちの外出が増えているのは日本固有の現象らしく、この部分が気になる。つまり、日本の老人たちには“健康な人が多い”ということだろう。そうでなければ頻繁に外出できない。それ以外では“好奇心旺盛”な人達が多いとか、“経済的余裕がある”とか、“寂しがり屋が多い”とか…一応それなりの理由はいろいろ考えられる。同じ20代でも男女比では、圧倒的に男性の外出率が低いらしい。これをどう考えれば良いのだろう。一つの理由として20代男性の場合、“非正規雇用”の割合が半数以上となり、休日に外出して遊べるほどの収入がないというネット上の声がある。確かに外出すれば、お金はかかる。今はスマホなどで友人や仲間とも常に連絡を取り合うケースが多く、実際に外で逢わなくても用が足りるとか、会話が出来るということも、外出を抑える原因かもしれない。そうは思うものの、やはり70代よりも20代の方が家に“ひきこもりがち”というのは、何かがおかしい。私なども、仕事で一日中家の中に“ひきこもる”ことは多い。ただ何日も外出していないと、何となく“外へ出てみたい”欲求が、身体の内部から湧き上がってくる。だから、天気の良い時には“健康”のことも考え、なるべく外出するようにはしている。もしかすると、老人たちの外出が多いのは、自らの“健康”を意識しているからかもしれない。20代前半の時、私は徒歩で会社まで通った。下駄をはいて国道沿いを一人歩き続けたものだ。長い時には徒歩で50分くらいの距離を雨の日以外は毎日歩いた。歩きながら、いろいろと空想するのが好きだった。おそらく、車でビュンビュン通り過ぎる人たちには“貧しい孤独な若者”に映っていたに違いない。けれども、私には昔から下駄をカラコロ鳴らしながら、歩く時間が無性に幸せだった。

日馬富士は「流行語大賞」を狙っていたのか?

2017-11-22

予想外の方向へと動き出した感のある「日馬富士の暴行事件」。どうも雲行きが怪しくなってきた。人は誰でも酒が入ると、ついつい口が滑る。気持ちもふらつく。だから、時には“タブーな言葉”なんかもぶつけてしまうのである。この問題は“角界の問題”として扱われてきているが、どうも、それだけでもないような気が私にはする。「週刊新潮」の取材によると、ちゃんこ鍋店では何も起こらず、二次会のラウンジの個室でそれは起こった。だから、そこに同席した者達だけが真相を知っている。スマホを弄っていた貴ノ岩に対して、日馬富士は怒鳴り散らし、やがて暴力をふるった。まあ、一般の会社に例えるなら、忘年会の二次会で、上司が部下に対して話している最中、その部下がスマホを弄り、話を無視したということで、上司が部下を何度も大声で侮辱しながら一方的に殴り続けた、という話らしい。こういう場合、一般企業なら、どう対処するのだろうか。怪我で会社に出られないほどの大怪我であったとすれば、やはり、その上司の暴力は大いに問題とされるであろう。パワハラというだけでは済まない。さらに日馬富士の場合、決定的なモンゴルの“侮辱語”を何度も大声で貴ノ岩に投げつけている。「ビスタ!」と何度も言いながら、叩きのめしたのだ。それも、手だけでなく、物まで使って殴っている。この「ビスタ」とは、モンゴル語で「女性器」を意味する隠語で「お前のような者は女性器でも舐めていれば良いのだ」という風な意味合いの侮辱語であるようだ。う~ん、そうなのか。舐めるのか。しかし「ビスタ」という響きは憶えやすくてなかなか良い。何度も何度も連発したというのは「流行語大賞」を狙っていたからではないだろうか。そうに違いない。それにしても、相撲世界にはモンゴル人が多くなった。上位力士の大半がモンゴル人になりつつある。そして、いろいろと事件が多くなった。相撲は日本の国技であり、元々は神事でもあった。だから、本来は日本人力士たちが上位を占めなければならない。外国人が“三役”に上がる場合に「日本人に帰化する」ことを条件としてはどうだろう。そうすれば、多分、おかしな事件は起こらなくなる気がする。日本人に帰化できない人はプロレスラーとして暴れれば良いのだ。

「大谷選手の故障」と「株価予測」が見事的中‼

2017-11-21

早いもので今年も“雪景色”の季節となった。そこで、今年一年の「波木星龍の占い予言」を振り返ることにする。私は別に、有名人の予言とか、社会的な予言とか、本当はそんなことはどうでも良いことで、私のところに相談に見えた方々が、私の占いアドバイスによって倖せを掴んだり、幸運に恵まれたりしてくれることが一番うれしい。あとは後進のための“占い書籍”を書き上げていくこと、それが売れてくれること、それ以外にない。けれども、ネットなどを見ると、必ず、占い師の評価として「当たる」とか「当たらない」とか言うことが出て来る。だから客観的な評価の基準として、解かりやすいようにこれらを書いている。そこで、今年一年だが、実際に収録したのは昨年だがTV放映されたのは今年なので、今年のこととして「日ハム・大谷選手への足の故障の予言」が一番のインパクトだったかもしれない。あの時、TV放映の放送分ではほんの一部分の話しか出ていないが、実はMCを務めたブラマヨ・吉田氏が、私に対してかなり突っ込んだ質問をしている。私は“足の怪我”を指摘する前に「残念ながら、今年の活躍は期待できない」と言ったのだ。そうすると本人ではなく、吉田氏が「今季よりも成績が下回るということ?」「そうですね」「本気で言ってるの?」「はい」「今年のMVPですよ。それが活躍できない?」それはブラマヨとしての突っ込みというよりも、個人的な憤慨のように聴こえた。「確かに、大谷選手の素質は誰もが認めるところです。けれどもそれはフルシーズン働いていれば…ということで、出場できなければ良い成績は残せません」そういうやり取りの後で「足の故障」を指摘したのだ。その時にも、吉田氏は「じゃ、いつなんですか、その怪我は…」「スタート時と出ているので、野球ですから3月から4月にかけての開始時期です」大谷選手は終始黙っていた。むしろ、私と吉田氏とが一発触発的な雰囲気だったので、困惑した様子ですらあった。ただ大谷選手が、私の話で唯一反応したのは、私が吉田氏から過去の的中例を問われて、大谷選手に関しては彼が日ハムに入団した年の暮れ、まだプロとして未知の段階で「二刀流として活躍する」と北海道新聞紙上で述べていること、その時点で「大リーグに行っても成功できる」と断言していた、と述べた時である。この時だけ、大谷選手は本当ですか…という表情で反応した。結果的に、大谷選手への占いは「三つの形での的中」となりそうである。一つは1月下旬の足の怪我である。極めて早い時期に故障してしまった。この時は球団側が何故か“昨年秋の故障”だったと強調している。本人からのコメントではない。実は、私たちが逢った時、正に11月下旬の収録だったのだが、足に故障があるなどとは一言も口にしなかった。しかも、その時、ブラマヨから「足の怪我と占われましたけど、足の方はどうですか?」と訊かれているのだ。けれども、本人は「高校野球の時に一度痛めていて…」と昔のことを話している。何も隠している風はなかった。ネット上では、この1月の怪我発覚の時、私の占いの予言が話題となった。時期はちょっと違うが“足の怪我”とはこれだったんだ、と多くの方は思ったに違いない。実は、私はそうは思っていなかった。その後になって怪我は回復し、彼は開幕に何とか間に合ってスタートした。そして4月の試合中に再び足を故障した。結果的には、これが致命傷となり、秋まで出場できなかった。その結果として彼の成績としては、実に寂しい限りの成績となった。それでも、彼は“大リーグ”への挑戦を表明した。私は、ここに注目した。足の故障は終わったが、“今年の足”は、必ずしも肉体の足ばかりを指すわけではない。“移籍する足”をも指していると見ていたからだ。つまり、大リーグへの移籍がすんなり行われるとは、私には思われなかったのだ。実際、スムーズにいくかに思われた移籍は、ここに来て時間が掛かりそうな雲行きとなっている。ただ、占い的にはその方が良い。来年に入ってからの“移籍”の方が、今年の「運」を引き摺らなくて良いからだ。

今年は、もう一つ「日本株=日経平均」の予測を多く行った。これまで節目節目でブログの中で書いてきたので、読まれてきている方は知っていると思うが、その多くの予告は、ものの見事に的中した。このようなことを、金融アナリストでもない私が書いて良いのかどうかわからないが、株価予測というのは、その道のプロでも大変に難しい。私は9月13日に「日本株反転の兆し」を書き、これまで低迷気味だった日本株は、もしかすると今後大きく反転していく可能性があることを記した。実際、それから徐々に“日経平均”は上昇カーブを描くことになる。ただ、この段階では誰もその後の本格上昇を予測していなかった。そこで、9月28日に「日本株“長期上昇の形”は整った」を書いた。謂わば、これから本格的に“日本株”は長期上昇トレンドに入っていきますよ、という予告をしておいたのだ。この時までは、確かに少し上昇はしたが、それは低迷してきた株価をやっと“持ち直した”ような状態で、本当の意味での“明らかな上昇ライン”とまでは言えなかったのだ。ところが、この宣言をして後、日経平均はものの見事に上昇コースを歩んだ。歴史的にも初めての“16連騰”を演じたのだ。つまり、16日営業日一日も下がることなく上げ続けたのである。その後10月の下旬に一度下がったが、すぐにまた上昇を始めた。その時「日本株の上昇が止まらない」を書いた。実際、この頃から“日経平均”の上昇カーブに加速度がつき始めていた。これは、ちょっとおかしいなと感じた。こういう急上昇の時には、或る程度の“行き過ぎ”が生じやすい。つまり、一時的に上がり過ぎるのだ。だから、私は早ければ11月上旬、遅くとも11月中旬には一時的な“調整時期”が訪れるだろう、と予測しておいた。そして実際に、その時期は来た。あまりにも急騰し過ぎた反動で、一日の内に800円以上も上下したのだ。そこで、翌日「日本株の急落が始まる」を書いた。実際、その日から何んと6日間も続落したのだ。結果的に最高時23400円くらいまで急上昇していた日経平均は22000円以下まで1500円ほども急落したのだ。ただ私は21000円以下まで下がるかもしれない…と書いていたので、その点では少しオーバーだったと言える。また、下げて調整する期間も、それほど長く続かなかった。そういう点では、或る意味で完全的中とは言えない。それでも、誰も“急落する”と予測していない中で、私だけが言っていたのだから、その点は合格点だろう。

今年は、正直、自分自身にとっては“良い年”なのか、“悪い年”なのか、よく解からなかった。ただ占いの的中という点だけからいえば「この一言で救われる」の中でも、このブログでも、ずいぶんいろいろと予言し、その多くは的中した。最初にも述べたように、私は何も自慢したいから、これを書いているのではない。他の占い師の方々は、どの程度の的中率を持っているのか知らないが、私の占いに関しては、変な“やらせっぽい書き込み”などを参考にするより、こういう客観的な事実をぜひ参考にしてほしいだけである。

21世紀は「海底遺跡」の時代

2017-11-21

時代が進むことで、過去が解かって来る。近年、水中考古学というものが脚光を浴び始めている。これまでは、海の底の探索はいろいろな意味で難しかった。それが、ここに来て徐々に可能となった。その結果、まだまだ知られていないたくさんの遺跡が海の底に眠っているらしいことが判明し出している。トルコ最大の湖として観光客に知られるヴァン湖の海底には、遺跡が眠っているという“地元の噂”は昔からあった。けれども、これまでの調査で考古学者は“噂”を否定してきた。ところが、今回タフシン・ジェイラン氏率いるダイバーチームが大規模な海底調査を行ったところ、約1キロメートルに渡って城壁や要塞のような見事な石組の列が発見された。3000年前のウラルトゥ王国時代の遺跡らしい。街自体が徐々に海底へと埋没したらしいのだ。正直、私は知らなかったが、ウラルトゥ王国というのは、現在のトルコ、アルメニア、イランにまたがる広域の古代国家として栄えていたらしい。したがって今後、さまざまな遺物が湖から引き上げられる可能性がある。多くの学者たちが否定していた遺跡を発見できたのは、ジェイラン氏が“地元の噂”を信じたからである。そう“地元の噂”というのは、頭から否定できないのだ。もしかすると、21世紀はダイバーたちが“遺跡を発見する”時代かもしれない。ギリシャのアレキサンドリアの海岸付近には、クレオパトラの王宮があった…という伝説がある。実際、海岸からそう遠くないところから多数の遺跡が既に見つかっている。ただ予算の関係からなのか中断したままのようだ。このような場所が他にもたくさんあるらしい。財宝を積んだ沈没船の探索と同じで、こういうものは当てずっぽうというわけにはいかない。海底用の高度な探索機が必要なのだ。海や湖の中は、大勢での探索が困難である。引き上げそのものにも時間が掛かる。けれども、案外“お宝”が無傷のまま眠っている可能性は大きい。日本にはそういう“噂の街”はなかっただろうか。遺跡でなくても海底油田や金鉱の発見でも良いから、確実な大発見のニュースが欲しい。

人間の身体は「機械」なのかもしれない

2017-11-20

これを読まれる99%の人が「何をバカな…」と思うことだろう。けれども、私は“人間の身体は機械かもしれない”と本気で思っている。だからこそ時々信じられないようなミスが生じる。機械として埋め込まれている部品が外れるとか、故障するとかするのだ。彼女の場合には、細菌やウィルスから身を守るはずの抗体の機能が逆転し、自らの“脳”を攻撃し出したのだ。その結果、中原麻衣さんは突然倒れた。すべての記憶が失われ、真夜中に奇声を発するとか泣き喚くとかした。徐々に意識が失われ、やがて昏睡状態に陥った。一時的には心肺停止にもなった。「意識が回復する見込みはない」医師は無情にも家族に、そして婚約者にもそう告げた。それでも、婚約者・中原尚志氏は奇跡を信じた。信じるしかなかったのかもしれない。やがて原因が突き止められた。「抗NMDA受容体脳炎」という100万人に一人以下しか発症例のない奇病だったのだ。そうして治療法が少しでも解かるにつれ、かすかな希望が出てきた。一年後に目が開き、それから半年後に人工呼吸器が外された。そうして倒れて5年後に、ようやく退院できた。ただ家族は認識できても、婚約者の記憶は戻らなかった。それでも日記帳などを頼りとして徐々に記憶が蘇り始めた。こうして“奇跡の結婚式”が2014年12月に行われた。この模様がユーチューブで公開され、多くの人達の感動を呼び、あっという間に映画化が実現。「8年越しの花嫁~奇跡の実話~」として12月16日より全国上映される。もし、人間の身体が「機械」ではないなら、いったん失われた機能は永遠に戻らない。けれども、機械なので、その部品さえ何とかすれば、元に戻っていく可能性があるのだ。実際、多くの手術は、そういう意識で行われる。内部的な“精密部品”は取り外しや入れ替えが難しいが、決して不可能なことではない。したがって、その部品だけの“入れ替え”や“故障修理”という意識で治療した方が、奇怪な難病とか、重い内部疾患も治りやすい気がするのだ。

女性の地位は二極化されている

2017-11-19

世界的に見ると、日本というのは女性の社会進出がまだまだ“進まない国”の代表的な国の一つだ。だから総体的に言うと、“男性優位社会”ということになる。そうは言っても、私が日ごろ接する女性達を見ていると、自分で起業し、社会的にも経済的にも成功して、男性達と互角か、或いはそれ以上の活躍を見せている女性達も多い。夫だけを頼って生きている女性の比率は決して高くない。それでも、こういう本が出て、ベストセラーになりつつあるというのは共感者たちが多いからだろうか。その本とは『だんなデスノート~夫の「死」を願う妻たちの叫び~』(宝島社刊)という本で、元々ウェブサイト「だんなデスノート」に寄せられた“書き込み”をまとめた書籍なのだ。おおよそ1万件の“書き込み”から129件を選りすぐってまとめたものだ。「一刻も早く死んでほしい」とか「早く地獄へと連れて行ってください」とか、なかなかに強烈な内容のものが多い。担当編集者によれば、その内容が本当か嘘かは分からない。とりあえずリアリティのあるものを優先したそうだ。それにしても、夫の“悪口”を書き込むだけのサイトに主婦たちが集まり、“悪口”を繰り返すのは何んとも寂しい。サラリーマンが上司の悪口を“飲み屋”で繰り返しているのと、どこか似ている。私は会社勤めの頃、そういう同僚たちにいつも面食らった。私なら間違ったことを言われたり、無理なことを頼まれたり、強引に仕事を押し付けられたりすれば、黙ってはいない。上司だろうが、社長だろうが、その場で撤回させようとする。だから、彼らにも「どうして黙っているの?」と必ず言った。そうすると彼らは、別な惑星の生き物でも見るような眼になって「そりゃ、言えないだろう、上司なんだよ」と酒をあおった。同じような部分が、今でも、夫と妻の間にあるのだろうか。私のところには、似たような相談は滅多に来ない。何故か、女性主導型の家庭からの相談事が多い。或いは、旦那は旦那、私は私、という互いを認め合う“クールな夫婦間”に起こる問題や出来事での相談事が多い。日本の場合、近年は特に“あらゆるもの”が二極化しつつある。“強い女性”と“弱い女性”とがどんどん増えて、その中間の“丁度良い女性”が、なぜ見当たらないのだろう。

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