2月, 2018年

2018年3月の運勢アドバイス

2018-02-28

“間違った計算”が「死」を択ぶ!

2018-02-28

日本が「1位」となることが“喜べない出来事”もある。若者の“死因1位”が「自殺」という不名誉な一番なのだ。一時期は中年男性の自殺が多かったのだが、近年は15~34歳の若者たちの自殺が多くなっている。次が「事故死」だが、その比率はアメリカなどとは真逆で、アメリカは事故死が自殺の二倍以上であり、日本は自殺が事故死の二倍以上なのだ。どうしてこういうことになっているのか、一番の理由は日本人は“悩み”や“辛さ”を人に話したがらないからだ。自分の中だけで解決しようとする。親にも話さない。兄弟にも話さない。友達にも話さない。SNSだけには“告白”しているケースが多い。そこには同じように“悩み”を抱えている共感者たちがいる。けれども共感者たちは、傍に居るわけではない。遠くで“頷いてくれる”だけである。けっして“抱きしめて”はくれないのだ。だから、だんだん遠くなる。共感者たちも“遠い存在”だったように思えて来るのだ。結局、誰ひとり本当には解かってくれない。仮に解かってくれたところで、自分をここから“救い出し”てはくれない。そして、この先にあるものなど“目に見えている”。我慢も努力も、もう疲れ果ててしまった。「神様」なんて嘘だ。いつかは“傍に来て”くれるかと思っていたけど、幻想だった。もしかしたら…と、SNSの向こうの人達にも訊いてみたけど、結局、誰も本当のことを知らなかったし、教えてはくれなかった。慰めを言う人はいるけど、結局、慰めにしか過ぎない。…こうして、多くの若者が自ら去っていく。彼らは知らない。自分の計算する“未来”が全てではないということを…。人の「運命」というのは、実はそれほど“単純な構造”ではなく、彼らが何となく“覗いた”ように錯覚している未来は、それこそ“幻想”でしかない。“未来”はいくらでも“書き換えられる”し、修正できる。それに気付いていないからだ。何度でもいう。人間の運命というのは、それほど単純なものではない。「神様」がいるかどうかは知らない。けれども、これだけは自信を持って言える。人は、死ななくても“生まれ変われる”し、未来は或る程度までなら“書き換えられる”。それに、人生に「もう遅い」という時期はない。

「仮想通貨」より「自動運転車」の出現が急務だ

2018-02-27

コインチェックによる「ネム流出事件」から一ヶ月が経ったが、未だ返金作業は開始されていない。変動激しい仮想通貨を扱って来たコインチェックだが、返金作業は速やかには行われていない。一部では“未来の通貨”として期待される“仮想通貨”だが、どうもこのところの旗色は良くない。問題続出である。それでも続々と新規参入が噂されるのは、やはり時代を動かす可能性が残されているからだろうか。ただ一般の方達にとって、もっと早く実現してほしいのは“自動運転車”の方だ。75歳以上のドライバーの内、約4万人以上が「認知症」の可能性があるというショッキングな報告がなされた。それでもお年寄り達は郊外に暮らしている場合も多く、簡単には車を手放せない現実もある。つまり、お年寄りによる事故が頻発するのは或る意味で仕方がないのだ。そうは言っても“認知症ドライバー”は、これからますます増えていくのが解かっているのだから、早急に手を打たなければいけない。それに一番貢献しそうなのが“自動運転車”だ。これさえあれば、いくら認知症気味であっても大丈夫。事故を起こす心配がない。国が少し援助してでも“自動運転車”を普及させるべきである。環境に優しい“電気自動車”の普及も大切かもしれないが、やはり事故を減らす決め手となる“自動運転車”の普及の方が、高齢化社会にとっては実際に役立つ気がする。高齢者だけではない。障碍者とか児童とかにとっても“頼りになる存在”となっていく可能性もある。介護の現場におけるロボットと共に、これからは人間の生活を“便利にする”ということも重要だが、人間の生活を“支えてくれる”役割としてのロボットやAIであって欲しい。

「頭部」が犯人を追い詰める

2018-02-26

2月25日に“二つの行方不明事件”の進展があった。その一つは大阪での事件で、兵庫の27歳の女性会社員が行方不明となり、携帯電話の電源が途絶えた付近にある大阪東成区の民泊施設に、アメリカ国籍男性と一緒に入った可能性が防犯カメラの映像から推測された。男性は1月下旬に来日し、東成区の民泊施設を2月18日前後まで何度も利用していた。2月16日にも、兵庫の女性と連れ立って利用した可能性が高い。ところが、女性がその民泊施設を出た形跡がないのだ。そこで警察は22日になって、奈良県の民泊施設に移動していたアメリカ国籍の男性を監禁容疑で逮捕した。そして、男性の足取りを追う内に、25日になって別な宿泊施設からスーツケースに入った“女性の頭部”を発見した。彼のアメリカにいる母親によれば「息子は日本人女性と結婚するのが夢だった」そうだ。発見された“頭部”は、まだ行方不明の女性と確定したわけではない。けれども、間もなく判明するだろう。同じような事件が、札幌でも起こっていた。19歳の女性が昨年12月15日に行方不明となり、携帯電話の電源が岩見沢市内で途絶えていた。その付近を捜索していたら、雪の中から“女性の頭部”が発見されたのだ。その結果、彼女が頻繁に出入りしていた飲食店の経営者と、その仲間が逮捕された。飲食店の経営者は過去に暴力事件で逮捕歴がある暴力団の“準構成員”だった。殺人は認めていないが、死体遺棄に関しては大かた認め始めている。これら“二つの事件”は、共に女性の行方不明から始まり、携帯電話の電源が途絶えた場所が「SOS」の発信源となり、なぜか“女性の頭部”だけが最初に発見されている。犯人は首を切断することで、誰なのか特定できないようにしようとした可能性が強いのだが、物言わぬはずの“頭部”は、最初に出現して犯人を追い詰めた。ちなみに両事件とも、家族がすぐに“行方不明”として捜索願を出したことが“頭部”の発見を早めたのである。

「本当のオリンピック」は、どこへ行った

2018-02-25

平昌五輪の女子マススタートで“銀メダル”を獲得した韓国のキム・ボルム選手は氷上に跪き、深々と頭を下げた。それはまるでメダルを取りに行った選手が、何も取れずに惨敗したことを詫びているような姿に映った。実際、表彰台に上がっても、記者会見となっても、最後まで彼女に笑顔はなかった。どうしてそうなったのかというと、19日の団体戦の時に、最後尾を走った選手のせいで敗れたかのごとき発言をし、大炎上してしまったからだ。何しろ、大統領府には50万人分もの“五輪選手資格を剥奪せよ”という嘆願書が届いたらしい。韓国人というのは、多分、民族的に“寛容さ”というものを持ち合わせていないに違いない。確かに、団体戦で一人の選手を非難するのは“マナー違反”である。それはそうなのだが、興奮しきった試合後、つい口走ってしまったとしても“資格剥奪”の嘆願書を出すほどのことであろうか。今大会では、他にもいろいろなところで首をかしげるような場面があった。例えば、女子アイスホッケーで“銀メダル”に輝いた選手の一人は、表彰台で銀メダルを掛けられて、すぐに外してしまった。五輪規定に違反するということで機構側からも注意を受けたが、彼女は“銀メダルのためにここに来たのではない”と拒絶的だった。負けたことが屈辱で“銀メダル”を掛けられなかったというのだが、いったいどれくらい多くの選手が、そのメダルを求めて競技したことだろう。また、ロシアから“個人参加(?)”の形で出ている選手にドーピングがあった。今大会は個人として出ていて、しかも、その国として出られない理由が“ロシアのドーピング疑惑”にあったというのにである。そんなことをしたら、また次回の時に問題視されるではないか。何かが狂い始めている。かつて「参加することに意義がある」と言われたオリンピックは、今や完全に“商売の場”となり、“金運の場”となり、“政治の舞台”と化している。スポーツでトップに立つということが、何十億、時には何百億という金を動かす。こういう言い方をしては変だが、“正規の事業”や“正規の商売”でコツコツ働いて得られる収入を“飛び越え出した時”から、オリンピックは“開いてはならない扉”を開いてしまったのかもしれない。

お墓に呼ばれた子供達

2018-02-24

倒れてきたお墓の下敷きとなって意識不明の重体に陥っていた4歳の男の子が昨日息を引き取った。園外保育の一環として46名の児童を4人の保育士が引率して広場へと連れて行っての事故だったようだ。広場に隣接して墓地があったらしい。その墓地の中に何人かの児童たちが入っていって事故に巻き込まれた。広場の隣が墓地というのもなんとなく不吉であるが、数人の子供たちが公園から墓地に向かったのを保育士たちは気付かなかったらしい。4人の保育士が46名の児童たちを見守る。そう難しい作業とは思えない。多分、保育士たちは公園からは出て行かないものと眼を離していたのではないかと思われる。近隣の人達によれば墓地の方は竹やぶで通常は入り込まないところだという。そのためか墓石は日頃きちんと整備されておらず、倒れてきた竿石は土台石に嵌まった状態ではなかった。小石によって支えられ、ちょっと力を加えれば倒れてしまう危うさがあった。おそらく、子供たちは“かくれんぼ”か何かをしていたのであろう。ただ保育士の人達が気付かない中で、子供たちがそこに引き寄せられたのは、やはり何かが“手招いたから”に違いない。相当に古い墓で、手入れがされないまま放置されていた墓は、誰かに“縋りたい者達”でいっぱいになっていたのかもしれない。せめて近所の人達が、清掃してあげていれば、危険な墓の石組になっていたことに気付いたであろうし、呼び込まれることもなかったであろう。広場の横に墓地があって、それを放置しておいた結果、おそらく優しかった4歳の男児は犠牲にならざるを得なかったようである。

ヒツジが育てた“ヒトの心臓”という「怖い進化」

2018-02-23

世の中が“進んでいく”ことは良いことなのだろうか。時々、わからなくなる。ロボットが人間に“すり替わっていく”ことも確かに怖い。だが、それ以上に怖いのは、人間以外の動物の体内で育てた“臓器”を、必要とする人間に移植するという行為だ。その代表が“心臓病患者”で、現在、アメリカでは10万人もの人々が“心臓移植”を希望している。それに対して年間2000名の移植が、現在の医療では限界なのだそうだ。その結果、どうなるかというと“臓器待ちリスト”(心臓移植だけではない)の人達が、10分に一人の割合で亡くなっていく。そういう哀しい現実の中で、思いついた方法がヒト以外の動物の体内で“臓器を育てていく”という方法らしい。実際、それによって択ばれたのが“ブタの体内”や“ヒツジの体内”なのだ。一応、これと似たような方法で、ラットの体内でマウスの肝臓を育てることに成功し、糖尿病のマウスの治療として成功した例がある。だから、理屈的には可能なようではある。ただ、さまざまな問題が横たわっていることも事実で、果たして本当に大丈夫なのだろうかと誰もが思う。その一方では3Dプリントの技術で“臓器を作る”という試みも行われていて、形だけで言えば、こちらの方が速そうではある。科学が進歩して、人間の命を“救う”のはもちろん大切なことなのだが、どうしても動物の体内で“ヒト臓器を育てる”とか、3Dプリントされた臓器を体内に埋め込むとか、何となくの抵抗感が消えない。体内に“埋め込む”という点で言えば、骨に関しては実際に“人工骨”が埋め込まれている人たちは大勢いて、治療として成功しているケースが多い。ただ、心臓とか肝臓とかの“臓器”は同じようには考えられない。もっとも、私のように日頃から“ロボット的な肉体”を持っている人物は、案外“拒絶反応”などなくすんなりと受け入れてしまいそうな気もする。「オレの心臓ね、ヒツジの中から取り出したんだよ」と見せびらかしたりして…。

仮想通貨は持っても、現金決済する日本人

2018-02-22

不思議な国「日本」。何しろ“形の無い”通貨=「仮想通貨」を沢山の人達が持っているのだ。何んと世界一。その一方で、実際に支払いに使用しているのは圧倒的に“現金”。それを証明するデータが公表された。日本、中国、アメリカ、ドイツ、この四か国を対象にした“キャッシュレス”の調査だ。対象は街を歩く18歳~64歳までの人達。外出時の買い物や飲食などでの決済時に何を用いているのか。「現金」との答えが最も多かったのは、おそらく「日本」だと考える人が多いと思うが実は「ドイツ」66%が“現金主義”だ。日本は63%で少しだけ少ない。スマートフォン決済を好むのは中国が圧倒的で44%。一つには“偽札”などの多い中国では、国を挙げてスマホ決済を推進させているからだ。それにしても、ちょっとした買い物にもスマホを差し出そうとする中国人の感覚がいまいち理解できない。実際、日本での調査ではスマホ決済をするひとは、まだ2%にも達していない。極めて少数派なのだ。私は今から20年くらい前、初めてフィリピンへ行った時、デパートで現金を差し出そうとすると“カード決済”を要求され、驚いたことがある。日本のように国民全体が“平均的に進んでいく国”と、その先端を行く人たちだけが、いち早く最新のモノを取り入れる国と、世界には明らかに“二つの国”が存在する。ところでアメリカはどうなのかというと、VISAカードなどのデビットカードを使う比率が最も多い。ただ31%で、一つに固まっていない印象を受ける。日本人はカード決済は少なく1%にも達していない。確かに、カード決済は日本人の場合、通販の時か、または十万円以上の高額商品の時か、どちらかでなければ使わない気がする。結局、日本ではまだまだ現金が大手を振って使えそうなので良かった。

誰も悪くないのに…

2018-02-21

世の中には、誰も悪くないのに“不幸”が忍び寄って来ることがある。女優の藤真利子さんは、10年間の自宅介護生活を経て2016年11月に母親・藤原静枝さんを亡くした。4歳の時に人気作家だった父親・藤原審爾氏の元を母親と二人で飛び出し、私がママを守る、と幼心に誓って以降の二人暮らしだったようだ。その後、彼女は大学生の時に女優デビューし、数々の賞を受賞、独身のまま仕事を続けていたが、母親の脳梗塞と共に“介護生活”主体に切り替え、約十年の介護生活ののちに見送る形となった。母一人、子一人の家庭の場合にありがちな情景である。彼女には、自分が仕事に行っていなければ…自分が仕事からすぐ戻っていれば…という“後悔の念”がずっとついてまわったようである。そのため、介護の経緯などを詳細に記した『ママを殺した』(藤真利子著・幻冬舎刊)は、憑かれたように一気に書き上げ、昨年11月に出版された。けれども、その後も「死なせてしまった」という自責の念は無くならないらしい。その執念のような思いは、未だに親の介護をしている人たちに対して「うらやましい」と涙を流す態度からも読み取れる。だが、これは彼女一人の想いではないのかもしれない。全国には、無数の“介護する側”と“介護される側”の人達がいる。もちろん、誰も悪くはない。けれども、こと“介護”に関しては、さまざまな“感情”や“思惑”が行き交う。何が正しくて、何が間違っているか、誰にも本当は言えない。特に“自宅介護”は大変である。そのこと自体は立派でも、果たして本当にその方が良いのかは疑問が多い。経済的な負担も大きい。誰も悪くない問題で、無数の人達が泣いている。

東京五輪の「江頭2:50」が危ない!

2018-02-20

そう言えば、この人、どこにでも出かけていく。平昌五輪に出掛けて行って「北朝鮮の美女応援団」の手前で“独特のポーズ”をとっていたとしても驚くに当たらない。ネットユーザーが見つけて拡散したらしいが、そのざわつきの中で「北の偉い人が気付きませんように…」と心配する声があるのも無理からぬことではある。昔、トルコで“素っ裸”となり、危うく集団リンチに遭いそうになった。イスラムの地では公衆の面前で“裸になる”のは“神への冒涜”なのだ。だから、最初から“不穏な空気”があった。それでも彼は決行したのだ。何しろ、この人“自制”が効かない。むしろ「危ない」という声が聴こえそうなときほど、そっち方向へと走りだすようなところがある。まあ、そういう“危険なところ?”が熱烈に支持されているのかもしれないが…。ただ、あの頃は若かったが、もうお歳なのだから、抑え気味にしないとね。噂によると、オリンピックの時には世界中どこにでも行って応援しているそうな。でも、日本人は優しい。こういう人物に対しても「日本の恥だ」とは誰も言わない。まあ、中には“白い眼”を向ける人もいるが、大抵の人達は彼なら許す。3.11の大震災の時にも孤軍奮闘していた。そういうことを知っているから、温かく見守ってあげるのだ。この人が支持されるのは、とにかく一生懸命だからだ。そこには“笑い”を取ろうというよりも“こうやって生きているんだ”というメッセージがある。人間誰でも、こうやって生きていけば生きていけるよ、という熱いメッセージがある。但し、それが時々暴走してしまう。東京五輪の頃には、もう齢で歯止めが利くようになっているだろうか。だが、その一方で、歯止めの利いた「江頭2:50」など見たくない、という声も聞こえて来そうな…。

毎年1000名以上が「凍死」している

2018-02-19

今年は全国的に“寒い冬”だと言われる。確かに寒い。だが日本では、まだ「凍死」するほどの寒さではないだろう。誰もが、そう思う。ところが、そうではないのだ。実際に“凍死している”人達が沢山いるのだ。それは、今年に限らない。記録によると、今から10年前くらいまで“凍死による死者数”は700人前後で推移していた。ところが徐々に増え始め、現在では毎年1000名を超えるまでになっているのだ。当然のことながら冬場の夜中がもっとも多い。それも男性が約9割で圧倒的である。なぜ男性が多いのかというと、酩酊状態のまま路上に寝てしまう男性が多いからである。他にはホームレスの方が多いからである。年代的には40~50歳の働き盛り。もう一つは70~80歳の高齢者。前者は屋外での凍死者に多く、後者は屋内での凍死者に多い。屋外での凍死者には冬山登山による凍死者も含まれるが、数字的には少数でしかない。路上で寝てしまう場合、10度以下であれば凍死する可能性があるという。北海道のように氷点下の路上だから凍死するとは限らないのだ。いや、屋内であっても10度以下なら凍死する可能性がある。特に高齢者の場合、本来の皮膚感覚が衰え、皮膚の自動調節が効かなくなっていて、寒い部屋で寝ていることで“老人性低体温症”を発生するケースは多い。部屋の中に寝ているから大丈夫とは言えないのだ。つまり、高齢となったなら、夜中になると極端に温度が低下する室内で寝ている場合、布団や毛布などで身体を十分に温めておかないと、朝方の冷え込みに耐えられなくなる。高齢になると、やたら何枚も重ね着をして、寒い部屋の中で生活されている方がいるが、暖房費をケチって生命を失っては何にもならない。夜中10度以下になる室内は、人間にとっては「冷凍庫」と同じなのだ。

札幌市が“二つの問題”で揺れている

2018-02-18

昔と違って、行政が頭ごなしに“物事を決めていける”時代ではなくなった。ましてや周辺環境の整備問題や、莫大な税金が投じられる問題の場合には、なおのことである。札幌市の場合、今年は“二つの問題”で、揺れに揺れている。その一つは新幹線の“到着駅”だ。現在の札幌駅そのままでは新幹線を迎え入れることが出来ない。そこで、どこに新幹線用のホームを作るかで大揉めに揉めている。何しろ、この問題はどこに主導権があるのか、とんとわからない。“JR”と“道”と“市”と“国”と、それぞれが主張を展開していてまとまらないのだ。既存のホームを利用する方法、地下に作る方法、西側に作る方法、東側に作る方法の四つがあったのだが、結局、すったもんだの挙句、それらすべてとも異なる“もっと東側に作る方法”を、JR側がごり押ししつつある。どこでも良いが、早く決めないと「駅」の無いまま新幹線が走って来るなんてことになりかねない。もう一つは“日ハムの新球場”で、現在は札幌市の福住にある“札幌ドーム”が使われているのだが、これが札幌市の運営になっていて、日ハムはそれを“借りている形”となっている。ところが、その使用料というのが高すぎるのだ。だから日ハム側としては、多少お金が掛かっても自分たちの球場を作って、それと同時に“球場一体型リゾートパーク”としての“新しい街づくり”も同時に担いたい、という願望を持っている。それに対して、いち早く“手を上げた”のは北広島市で札幌からは少し離れるが新千歳空港に近く、上手く“リゾートパークとしての”街づくりが進めば、道外の客も取り込めそうな地域ではある。札幌市の方は、これまた“候補地”がなかなか決まらなかった。昨年暮れ近くにようやく真駒内地区が選ばれたが、そこでも住民には反対者がいて、一応という疑問符付きの選定となっている。それもあって、日ハム側は北広島市の方と親密なように見える。私の占いでも、北広島市の方に決まりそうな形が出てはいる。ただ札幌市以外に“新球場”を持っていった場合、果たして平日でも入場者を確保できるのだろうか、という疑問もある。もう一つ「北広島市」って、本州の「広島市」と少し紛らわしい感じがして、市の名称も、この際変えてしまった方が…。

「AIロボット」が出勤してくる毎日

2018-02-17

みずほフィナンシャルグループが2026年までに従業員19000名の削減を打ち出し注目を集めている。どうして、そんなにいらなくなるのかというと、人間の代わりに“AIロボット”が出社してくるからだ。まあ事実上は、銀行内に四六時中ロボットが居残るのだが、それまで銀行員が行っていた業務を変わることが出来る。基本的に銀行業務には、AIロボットのような感情とか体調とかに左右されない“優秀な頭脳”の方が役立つ分野が多い。別に“みずほ”だけが切り替えようとしているわけではない。メガバンクはどこも、似たような考えを打ち出している。一番“思い切った削減人数”を打ち出したのが“みずほ”というだけだ。どうして“みずほ”が一番なのかというと、ソフトバンクとの関係性が一番強いからだ。もちろん日本の場合、“マイナス金利”の導入と“仮想通貨”普及の可能性が、これを後押ししている。けれども、“AIロボット”が出社してくるのは銀行業界だけかと言えば、そんなことはない。もしかしたら、ここが一番なのかも…と予想されるのは運輸業界である。つまり“運転手”の方々。何しろ“自動運転”が可能になるのだ。“運転免許”が不要になる。いや、もっと“感情”や“気分”に作用されて欲しくない分野がある。法曹業界だ。つまり“弁護士”とか“検事”とかの方達。或る意味で、ここがもっとも“AIロボット”に適任の業務かもしれない。“ロボット”に裁かれる人間なんて何となく物悲しいけど…。さらに“税理士”“司法書士”“公認会計士”“行政書士”といった「士」のつく職業は、総じて“AIロボット”の方が優秀になる可能性が強い。こうして、どんどん人間の“出る幕”が少なくなっていく。だから、せめてホテルのフロントにロボットが並んで「いらっしゃいませ」と無機質なお辞儀をするのだけは勘弁してほしいなあ。

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