9月, 2018年

40年前、トロフィーを受け取った舞台

2018-09-26

今年9月17日を最後に閉館した“六角形のコンサートホール”がある。47年前に建てられた「北海道厚生年金会館」→「現・ニトリ文化ホール」である。“雪の結晶”をデザインした建物で、だから“六角形”なのだ。北海道を代表するコンサートホールで、その舞台は“総ひのき”で出来ているが、北海道へと来た場合は、この舞台に上がることが“一流芸能人の証”とまで言われた。老朽化により閉館したのだが、この建物には出演者を人目につかず“逃れさせるための抜け道”があると関係者の間で囁かれ続けてきた。実は舞台で使う“せり”を使えば隣接するホテルのボイラー室へと入ることが可能であるらしい。そのボイラー室は駐車場へとつながっている。“噂”では、世界のYAZAWAなどもここを使って出入りしたらしい。このホールには私個人も“想い出”がある。なんと今から40年も前に、この舞台に上がっているのだ。なぜ上がっていたのかというと「北海道作詞大賞」の栄えある第1回目の受賞者となっていたからだ。もちろん「波木星龍」という名前ではなく、ちょっと恥ずかしいので出せない名前でだ。何んと、あの北島三郎氏によって歌唱された曲である。その様子はTV放映もされ、スポーツ新聞にもでかでかと載った。(日刊スポーツ新聞社の主催なので当然なのだが…)お恥ずかしい話、私は賞金目当てで応募してみただけだった。その当時、私は或る女性と恋愛し、婚約までしたが、結局、別れた。私の繊細なハートはひどく傷ついていた。そのせいもあってか風邪をひき、会社を休んでいた。(これでは、まるで「男はつらいよ」の寅さんではないか)その時、ラジオから流れて来たのが「北海道をテーマにした歌詞募集」のお知らせだった。風邪が治りかけていたせいで、布団にくるまりながら作ったのが「流氷の愛」という“変てこりんな歌”だった。まさか北島三郎氏が歌うなど想像もしていなかった。若い女性歌手が歌うための歌として作ったのだ。誰が北島三郎氏に“女性の悲恋歌”を差し出したのか。あの時、北島三郎氏は「他の奴はみんな“女ごころ”を歌ってヒットしてる。今度はオレの番だと思うんだ」と言っていたけど、評判が悪かったのか、翌月になったら「風雪ながれ旅」を大々的に売り出し、私の“変てこりんな歌”はヒットしなかった。そういうわけで、トロフィーは受け取ったが“哀しい想い出”の舞台となった。

同じ“不満”を感じさせないために…

2018-09-25

最近は仕事では滅多に札幌から動かない。その私が珍しく動いた。あまりにも熱心に天童春樹先生や天晶礼乃先生から何年もの間、大阪で“占いの講習会”を開くよう勧められたからである。まあ、ハッキリ言うと断り切れなくなっただけなのだが…。考えてみれば、最近は私のところへ関東や関西の遠方から、熱心な占いの生徒さんや鑑定希望者がやって来る。たまには私の方も出向いてあげるのが“礼儀”というものかもしれない。そういう気持ちもあって“重い腰”をあげた。それに、いつも“マンツーマン”で教えているが、たまには多くの人を対象に講義するのも良いかもしれない。その前日に企画された《大宴会》というのにも興味があった。ただ私は普段、あまり“おしゃべり”な方でなく、むしろ“無口”なので、来て下さる方達が積極的に訊いてきてくれると良いが、そうでない場合は白けてしまう不安もあった。まあ、こちらは天道先生に任せておこうと決めた。《大宴会》で驚いたのは、熱心な“占星術研究者”が多く、私の『占星学秘密教本』を持ってきた方が3人もいたことだ。宴会なのに私の分厚い本、それももう23年も前の本なのに、持ってきてくれるなんて感動ものである。その内、占星学の本も“新たな本”を出そうと思った。私はこれまで手相の本、占星学の本、四柱推命の本、易占の本、風水の本、占い全般の本などを出してきたが、あまり“同じ占術分野”の本を何冊も出していない。通常の執筆者というのは、同じ占術分野の本を、似たような感じの本を、何冊も続けて出すものだ。私の場合は“同じ分野”の本でも、出来るだけ“違った形の内容”で出したいので、そういうことをしていない。大昔、私は手相家・門脇尚平氏の本を、彼が新たな本を出すたびごと購入していた。ところが、彼の本は手型だけは入れ替えてあるが、その中身としての内容はまったく同様なのだ。正直、やや不満だった。それで、彼から電話が来た時に、そのことを話してみた。そうしたら、彼は「出版社の編集者の頭が固くてね。今回など原稿の三分の一くらいは減らされてしまっているんだ」と言い訳した。私は、彼が手相以外の“余分な原稿”を入れようとしたに違いない、と思った。なぜなら、彼の本でいつも違っていたのは手相とは直接関係のない部分だったからだ。そうではなくて“手相そのものの原稿です”と言いたかったが呑んだ。彼は、手相そのものに関しては30年間ほとんど“発見”がなかったのかもしれない。私は、自分が感じたのと同じ印象を読者に持たれないよう“新たな内容”の占い本を書きたいと思っている。

子供たちは「わるもの」の正体を知っている

2018-09-23

新日本プロレスのエース・棚橋弘至氏が主演する映画であることは知っていた。その内容も、棚橋選手が“悪役レスラー”として登場する映画だということも知っていた。ただ、その原作が人気絵本の『パパのしごとはわるものです』だったとは知らなかった。映画の方では『パパはわるものチャンピオン』のタイトルで昨日、初日の舞台挨拶が行われた。もちろん、主演した棚橋弘至氏も登壇し「こんなに大きな劇場で、多くの皆さんの前であいさつできると思っていなかったのでうれしい」と語り、映画スタッフから手紙や寄せ書きを贈られ涙していた。この映画は、いろいろな意味で価値がある。まずプロレスが題材の物語であるが、実際のプロレスラー、しかも新日本プロレスのエースが主演していること。通常、こういう設定だと、誰か“覆面レスラー”に“悪役の覆面レスラー役”を依頼しそうなものである。その方が、本来は自然なのだ。実際、新日本には何人かの覆面悪役レスラーもいる。ところが、そうではなくて“正義の味方”ともいうべき棚橋弘至氏に“悪役”を依頼した。そして棚橋選手も、それを快諾した。その経緯については知らないが、選抜した方も、それを受け入れた方も、両方とも素晴らしい。昨今、スポーツ界では“正義”が“悪”を裁く構図が多い。この映画では「パパはわるもの」なのだ。多分、“悪者”になった棚橋選手は、日頃、誰よりも“悪者”と闘っている。悪者レスラーの覆面は剥ぎ取らないが、剥ぎ取らなくても、その中に“どんなパパ”がいるのかを知っている。だから“悪者”を演じることに躊躇がなかったに違いない。そして、今の子供たちは、どういう仕事であれ“悪者を演じる”父親を理解しようとする。ぼんやりだが“正義の味方”だけが仕事ではないことを感じ始めている。だから『パパのしごとはわるものです』という絵本が人気となったのだろう。私は幼い頃、漫画で“般若の仮面”を着けられてしまうと、もう“悪者”としてしか生きられないストーリーに何故か興奮した。子供たちは、自分の中にも“わるもの”がいることを気付いているのだ。

15人のうち「7人の癌(がん)」が消えた!

2018-09-22

さまざまな分野で“奇跡の療法”と呼ばれるものが存在する。正式な“医学療法”もあれば“民間療法”もある。ただ、どちらの療法にしても人によって“合う・合わない”はあって、誰にでも“確実に効く”と言う療法は少ない。そういう中で、今最も注目されている療法の一つに、がん細胞をピンポイントで攻撃する「光免疫療法」と呼ばれるものがある。アメリカの国立衛生研究所の主任研究員・小林久隆氏は、2015年から既に治療実験を開始し、脅威の研究成果を掲げている。簡単に言えば、15人のがん患者のうち、14人のがん細胞が縮小し、そのうちの7人は完全にがんが消滅したのだ。この療法のすごいところは、がん細胞だけをピンポイントで攻撃できることで、副作用がまったくない。がん細胞以外まで弱らせるということがない。しかも短時間で済む。高額な治療費にならない。患者自身の“免疫細胞”自体が復活するので、再発することが少ない。その“奇跡の療法”を小林久隆氏指導の元、日本の国立がん研究センターでも今年3月から本格的研究に着手した。このところ著名人が立て続けにがんで亡くなっているが、この療法はかなり病気が進行している状態でも“手遅れ”とはならないことで、そういう意味でも理想的な治療法なのだ。具体的には①抗体にIR700という色素を一体化させ静脈注射で体内に入れる。②1日~2日で抗体はがん細胞と結合する。③結合した抗体に“近赤外線”の光を照射する。④IR700は“近赤外線”を受けると化学反応して、がん細胞膜は壊れ始める。⑤1分~2分経つと、がん細胞は膨張し過ぎて最終的に破壊されていく。⑥がん細胞により機能が停止されていた“免疫細胞”が蘇る。再発を防ぐ。以上のような過程を経ることで、この療法は成り立っている。したがって、体内に注射して1日待たなければならないが、その後はTVのリモコンと同じ“近赤外線”と言う光を使って、ピンポイント照射するだけなので、痛みもなく、化学反応してくれるのだけを待てばよい。但し、私はデータ研究で、15人の内で1人は“効果がない”ことに注目したい。別に“消えて”しまわなくても良いが、全員が縮小していないのは理論上からすると奇妙である。もしかすると、その部分が、今後、意外な“落とし穴”として浮上するかもしれない。

「宥恕(ゆうじょ)」で“新しい人生”が始まる

2018-09-21

永年、日本人をやっているが、時々、未だに“知らなかった言葉”に出くわして面食らうことがある。今回は「宥恕=ゆうじょ」だ。決して「遊女=ゆうじょ」ではないので、念のため。さて「宥恕」とは何だろう。辞書には「寛大な心で罪を許すこと」と記されている。ナルホド…それにしても聴き慣れない言葉だ。普段、使う人などいるのだろうか。実は、昨日、元夫人で女優の松居一代氏を“名誉棄損”で訴えていた俳優・船越英一郎氏の代理人弁護士が、彼の言葉として「今回に限り、松居一代氏を宥恕することにしました」と述べたのである。そこで、初めて、私は「宥恕」なる言葉を聴いた。いや、もっと前から聴いていたかもしれないのだが、初めて聴いたような“違和感”を憶えた。どうして「宥恕」等という難しい言葉を使うのだろう。そうして、調べたところ、この言葉は、主に“示談の時”に使う法律用語に近い言葉であることが判明した。つまり、19日に松居一代氏は“不起訴処分”になったのだが、それは捜査段階で被害者と加害者との間で、示談書が交わされた可能性が強かったからのようである。つまり、示談が成立したので、不起訴処分になったのだ。だから、松居一代氏の方もブログで「新しい人生がスタートします」と更新している。つまり、松居氏側が起訴されたくないので“示談”を持ちかけ、船越氏側がそれに応じたということである。まあ、元妻が“手切れ金”のようなものを元夫に渡したということである。どっちがストーカーだかわからないような“最終決着”だが、何にしろ、一件落着、メデタシ、メデタシの事件ではないか。それにしても、松居氏の“迫真の演技”は素晴らしかった。さすがは「2時間ミステリーの帝王の妻」だけのことはある。そして、これでようやく、船越氏は“自由な恋愛・結婚”が出来ることになる。バイアグラでも何でも自由に使うことが出来る。それにしても示談の「宥恕」は、何と多くの人々に“明るさ”と“希望”を取り戻させる言葉だろうか。

「日本の自由」は“素晴らしい国”の証

2018-09-20

9月18日発売『新潮45』10月号の特集では、8月号で問題となった自民党・杉田水脈氏の論文《「LGBT」支援の度が過ぎる》に対して、擁護する趣旨の論文を掲載。《そんなにおかしいか「杉田水脈」論文》として寄稿者7人に語らせている。これに対して、同じ出版社である新潮社から「新潮社出版部文芸」という形で、もう批判を展開しているのだ。つまり、同じ出版社の人間同士で、特集記事というか、杉田水脈論文というか、それに対して“擁護する側”と“批判する側”に分かれて論争し合っている状況なのだ。通常、こういう思想的な論争は、出版社とか雑誌社が中に立つ形で、双方の論文を掲載したりする。或いは、左翼系の雑誌と右翼系の雑誌とが対立する形で、それぞれに特集したりする。しかし、今回は、そのどちらでもない。同じ出版社の中で、謂わば“報道系”編集者たちと“文学系”編集者たちが対決し合っている印象なのだ。それに対して、一般からのネット反応だけでなく、異なる出版社からもエールが届いている。例えば「岩波文庫編集部」や「河出書房新社」といった“別企業の編集者たち”が個人としてではなく集団として「新潮社出版部文芸」の『新潮45』特集批判にエールを送っているのだ。中々にややこしい。つまり、総じて“文学世界の関係者”たちは「杉田論文」を“許しがたい”と思っているようなのだ。そして、それは現代においては“世界的傾向”であり『新潮45』の編集者たちやその支持者たちに、間違いだと認めさせたがっているように見える。その一方、世間的に指弾された格好の『新潮45』では、社会的識者たちにも「杉田論文」の支持者はいるということを伝えたいに違いない。どちらの主張が「正しい」とか「正しくない」よりも、私はこのような特集が雑誌で組まれ、堂々と発売され、それに対して自らの社内から“大いなる批判”が寄せられる、さらにはライバルのはずの他社からもエールが送られる、そういう日本という国は“なんて素晴らしい国だろう”と思ってしまう。そうなのだ。これこそが「自由の証」ではないか。あらゆる分野で、こういう“自由”がなければならない。近年は、全ての人が“一つの方向”を向いていないといけないかのような風潮が強まりつつある。そういう日本であってほしくない。思ったことを自由に言えない国にだけはならないでくれ!

自然災害の「記憶」と「爪痕」

2018-09-19

今年は“自然災害”が多い。日本だけではなく、世界的に多い。次から次へと報道されていくことで、或る種の“マヒ”のようなものが起こる。なんとなく、大した災害ではなかったかのような“錯覚”が生まれるのだ。半月ほど前に起きた「北海道地震」も、それを体験した私自身でさえも、大したことではなかったかのような記憶にすり替えられつつある。けれども、それは私が室内のランプや陶の置物や大きな置時計などを壊した程度で済んだから言えることで、同じ札幌でも、液状化現象が起きた清田区や道路が陥没した東区では、未だ復旧のめどが立たない地域も多い。住宅の崩壊だけで言えば、札幌市が厚真町などよりはるかに多い。清田区里塚で自宅のリフォームを地震の1週間前に終えたばかりの人物がいる。彼は最近、足腰に不安の出てきた奥さんのため、20前に購入した自宅をバリアフリーへと670万円をかけてリフォームし、8月30日に完成したばかりだった。その日は仕事でタクシー会社の営業所に居る時間帯に地震に遭った。すぐ自宅へと駆け付けると、奥さんは家の中で寝たままの状態であったらしい。玄関が地震により開かないので、庭の窓から奥さんを戸外に救出した。これで二人の生命は確保された。この時点では、家は見た目だが傾いていなかった。ところが、それから徐々に“家の傾き”が始まる。液状化現象で陥没と土砂流出が始まったからだ。そうして半日くらいの間に、完全に自宅は役所の係員から「危険」の赤紙を貼られる住宅へと変わった。もう、とても住める状態ではない。こうして被災者用の公営住宅が与えられることになったが、今、空きがあるのはエレベーターのない4階や5階が多く、障碍者手帳を持たない奥さんは“足腰が悪い”と言っても通用しないのだ。自然災害には、このような一般報道だけからではわかりにくい“運・不運”がある。よく火災に遭って“焼け太り”するような幸運な人もいれば、わずかの違いで“命を落とす”とか、すべての“財産を失う”人もいる。そして“不運”な人は「悪魔の爪痕」にもがき苦しみながらも、どこにもそれを訴えることが出来ず“爪痕”と共に生きていくのだ。

「首絞めて…」と頼まれた時

2018-09-18

夫婦生活が長くなると、時々、相手の兄弟などから“頼まれ事”を受けることがある。或る新聞記事によれば、先日亡くなった女優・樹木希林氏は夫である内田裕也氏の実姉から頼まれ事をされていたらしい。その頼まれ事とは「もし、先に死ぬときは裕也の首を絞めて死んで行ってよ」という恐ろしい話だ。もちろん、冗談なのだろうが、それくらい齢をとっても“我が弟”の素行を心配していたらしい。同時に、それくらい樹木希林氏の“手綱さばき”を信頼してもいたのだろう。もっとも、この夫婦は40年以上“別居婚”で一緒に暮らしているわけではなかった。だから実際には“手綱さばき”といっても、年に一度会うか会わないかの関係の中では無いに等しい。それでも、どこかで“二人は繋がっているのだ”と、実姉らしい本能的な感覚で頼んでいたのに違いない。近年、樹木氏は、全身がんで“夫の面倒をみれる”ような状態ではなかった。それでも“役者魂”で仕事だけは死の直前まで辞めなかった。一方の内田裕也氏も、昔のような破天荒さは影を潜め、大人しくなったが“ロック魂”は継続していて年末恒例のロックフェスティバルには出演したいと頑張っている。但し、高齢で足腰が弱り、現在は“車いす生活”である。妻である樹木希林氏の葬式には参加したが、常に支えを必要とし、一人では歩くことも出来ないようである。ショックが大きいということでマスコミへのコメントもなかった。昨年の夏、転倒して骨折するなど、もう身体はボロボロなのだ。奇妙なもので、夫婦ともにここ何年か急速に衰えていた。たまたま今年7月、フジテレビで内田裕也氏の特集番組を放映したが、そのナレーションを担当したのは樹木希林氏であった。まるで夫婦としての“最期の役目”であるかのように、それを引き受けた。さて、樹木希林氏は逝ったが、義姉との約束である「首絞めて」を実行するだろうか。少なくとも、ロックフェスティバルが終わるまでは実行しないだろう。それ以降に関してはわからない。今年、4月、女優の朝丘雪路氏が亡くなり、その4か月後、その夫で俳優の津川雅彦氏が亡くなった。時々、そういう現象が起こる。「首絞めて…」と頼むのは、考えものなのかもしれない。

40代~50代「未来」のナイショ話

2018-09-17

昨日、興味深い推計が総務省から公表された。とうとう日本では“5人に1人が70歳以上”という時代に突入したのだ。そう言えば確かに、デパートで見掛ける“顔”には“お年寄り”が多い。そして自分も、そこに向かって刻々と近づいている。誰でも齢は取りたくないが、それでも確実に“齢”の方からやって来る。数字的に言えば現在日本の総人口は、大体1億2600万人だが、そのうちの2600万人が70歳以上なのだ。逆な言い方をすれば、70歳前が1億人。なかなか“切りの良い数字”ではないか。おめでたい。けれども、そのうちの多くは40代以降で“70歳”が刻々と迫って来る年齢にある。そこで「未来」である70歳になって以降、あなたは「幸せ」でいられるだろうか。実は70歳以降になっても「幸せ」でいるためには、三つのものが必要なのだ。その一つは“健康”であり、その一つは“お金”であり、その一つは“生きがい”である。この三つがあれば70歳以上になっても幸せで居られる。どれかが欠けてしまうと、長寿ではあっても、楽しい老後を送ることは難しい。ところが、人間の運命はわからないもので、例えば、あなたが今、40代とか50代だったとして、現在の状態がそのまま70歳以降も続いていく保証はない。継続する場合もあるが、逆転してしまう場合もある。例えばいま“健康”だった人が“持病”を抱えるとか、いま“お金”で苦労している人が“お金”には恵まれているとか、いま“生きがい”を持てないでいる人が“生きがい”の中で生活しているとか…。つまり「いま」が、そのままの形で継続していくとは限らないということだ。因みに、“生きがい”は何であっても良い。例えば、退職後に始めた仕事でも良いし、ボランティアでも良いし、趣味の活動でも良いし、習い事でも良いし、孫の世話でも良いし、友人とのお茶会でも良い。要するに、自分自身が“生きがい”を感じられるものなら何でも良い。何かは持っていた方が良い。世間的な評価など気にしなくても良い。むしろ、気にしないで行えるものの方が良い。“お金”は通常の生活をしていくのに支障がない程度はあった方が良い。人間というのは“ぎりぎりの生活”を続けていると精神的に荒んでしまいやすいものなのだ。よく「お金で幸せは買えない」という人がいるが、お金は“多過ぎ”ても幸せを買えなくなるし、“少な過ぎ”ても幸せを買えなくなる。“適度なお金”が一番“幸せ”というものを購入しやすい金額なのだ。健康運というのは一番“不可思議な運”で、占いで“何とかする”のが難しい分野だ。ただ幼少期に“病弱”だった人が中年期以降に健康となるとか、中年期まで病気一つしなかった人が60代以降あちこち支障が出てくるなど、正に“神のみぞ知る”部分が多いのが特徴だ。

「オードリー」&「ピース」それぞれの道

2018-09-16

オードリー若林のエッセイ集『ナナメの夕暮れ』が好評だ。発売2週間で10万部を突破したらしい。そう言えば最近、若林氏はあちこちのTV番組でレギュラーを持つようになった。オードリーとして出演するというより、若林正恭として“単品”としてじわじわ好感度を上げつつある。オードリーが最初にTVに出てきたとき、その注目度は圧倒的に春日俊彰の方にあった。かといって、春日氏のギャグが特別面白かったわけではない。ただ何となく胸を張って悠然と出て来るところが印象的だっただけだ。いつの間にか“春日”の存在感が茶の間受けした。その頃、若林の方はあくまで“その横に居る人”であった。似たようなところから出発したコンビに「ピース」の綾部裕二と又吉直樹がいる。この2人も、最初は“綾部の熟女好き”が妙に母性愛をくすぐり、中高年のファンを生んだ。“おかみさんとの関係”というのも何となく興味をそそった。ところが途中からコンビの関係は一転する。髪の長いことだけが印象的だった又吉氏の方が芥川賞を受賞してしまったからだ。それ以降、又吉氏は“作家”としての仕事が多くなる。TVにも出るが、それはピースとしてではなく作家・又吉直樹としての出演となる。そのことが直接的ではないにしても、綾部氏の“アメリカ行き”につながったことは否定できない。一方、オードリーの方は、一時期、春日氏は“体力勝負”に出ていた。未開部族との交流や闘いのコーナーを持つとか、ボディビルに邁進するとか、オリンピック出場の夢をかけて競技に挑むとか、何に向かっているのかよく解からないのだが、とにかく恵まれた身体に磨きをかけていた。さらには“東大受験”という昔懐かしい番組のような取り組みも行った。それに対して若林氏の方は“文系の仕事”が多くなった。結果的に、その“文系”を好む人たちが購入して10万部突破につながった。つまり若林氏の場合、TVの視聴者がそのままエッセイ読者となってくれているように見える。春日氏ほどの“努力”はしていないが、無理せずとも“若林ファン”を増やしていった。オードリーもピースも、最初は“微妙な笑い”からスタートしているのだが、今やコンビは完全に分かれて、“それぞれの道”を歩み始めている。そして、その“最終的ゴール”がどこになるのか、誰が一番“幸せ籤”を引いたのか、まだ当分わからない。

“裏切り者”の「天文学」なのに…

2018-09-15

アメリカの科学誌に“ストーカーのような論文”が公表された。一度、自分の方から振っておいたくせに、再び“よりを戻そう”と迫ってくる論文なのだ。つまり、天文学の研究者たちは2006年に「冥王星」を、それまでの“惑星”から“仲間はずれ”にした。寄ってたかって、冥王星に難癖をつけて、“惑星”の位置から引き摺り下ろしたのだ。それ以降、冥王星は“準惑星”の位置に甘んじることになった。けれども、心優しい占星家たちは冥王星を“準惑星”に降格しなかった。それまで通り“惑星”として優しく扱い続けてきた。ところが、このほどフィリップ・メッツガー氏をはじめとするアメリカの研究者たちが「やっぱり冥王星は“惑星”に加えておいても良かった」と言い出したのだ。彼らは2006年当時の「惑星の定義」そのものが有効ではなかったのではないか、といちゃもんを着けだした。冗談じゃない。あの時、われわれ冥王星と仲良くしてきた占星家たちはどれだけ哀しんだか…。夜も寝ないで昼寝して、嘘だ、そんなはずはない、冥王星だって仲間じゃないか、と叫び続けた。けれども、無情にも、天文学者たちはわれわれの“叫び”をあざ笑うかのように、冥王星を“準惑星”に降格してしまったのだ。だから、われわれは“非科学的な輩たち”という屈辱的な視線を浴びながら、必死に耐えて来たのだ。それなのに、今更「惑星に戻そう」なんて、どの面下げて言うのだ。ところで、実は私には、昔から気になっている法則がある。科学的なことに関心の強い方なら知っていると思うが「ボーデの法則」と呼ばれる“摩訶不思議な法則”だ。ここでは理論は飛ばす。要するに、太陽の周りをまわっている惑星たちには、一定の距離感ごとに“惑星が配置されている”という仮説だ。この法則では、実測値と理論上の予測値の“差”は微少で無視できる程度のものである。例えば、水星は実測値が0.39に対し予測値0.4、金星は0.72に対し0.7、地球は1.00に対し1.0、火星は1.52に対し1.6、小惑星セレスは2.77に対し2.8、木星は5.20に対し5.2、土星は9.55に対し10.0、天王星は19.2に対し19.6…となっている。但し、海王星と冥王星とには、この法則が当てはまらない。そこで、いつの間にか、この法則は「まやかし」とされてしまったのだ。だが、そうだろうか。もしかしたら、海王星は何かがあって“外れている”かもしれないのだ。そして、問題の冥王星は、この法則からすれば“惑星ではない”ということになる。誰か、この“謎”を解き明かしてくれないか。

「イジメ不登校児」が全日本チャンピョン!

2018-09-14

人は知らず知らずのうちに“誰かの目標”になっていることがある。女優だった故・南田洋子氏もそういう一人だった。彼女の晩年は必ずしも“大女優”に相応しいものではなかったが、病気直前までは誰もが認めるスターとして輝いていた。その南田洋子氏の従兄弟の娘に「山田洋子」がいる。彼女は自分と名前が同じ「洋子」だった“洋子おばちゃん”を小さな時から慕っていた。憧れだったと言って良い。中学生の時、イジメられている子の味方をしたら、今度は自分がイジメられる形となった。それがひどくなって不登校となり、自殺未遂までした。その後、学校は辞めて施設に入ったが、そこも合わずに脱走したりした。喧嘩っ早く、何度も問題を起こし続けた。孤独の中で、それでも“洋子おばちゃん”に認めてもらいたくて役者になったりもした。たまたま居酒屋で隣り合わせたのが、アームレスリング(腕相撲)の男性チャンピョンだった。何となく親しくなって、自分も“それ”をやりたいと思った。こうして2年足らずのうちに彼女はトップ選手に上り詰めたのだ。それから13年間、ずっと女子アームレスリング全日本大会で優勝し続けている。ここで私は思うのだ。もしも彼女に“洋子おばちゃん”がいなかったならどうだったのだろう。それでも彼女は強くなれただろうか。彼女は同じ名前である「洋子」おばちゃんから、幼い頃、可愛がられた。だから“洋子おばちゃん”に憧れ、“洋子おばちゃん”に認められたくて役者にもなった。アームレスリングでは「山田よう子」を名乗っている。みんなからイジメられ、不登校になり、自殺未遂までした少女は、たった一つ、自分と同じ名前の“洋子おばちゃん”から認められたくて生き続けた。そうして、今では“4児の母”だ。南田洋子氏は“不妊女性”であることを“悩み”続けていた。だから、ことのほか同じ名前の「洋子」を“我が児のように”抱きしめたりしたのだろう。そして、それが“いじめられっ子”となって虚無感を抱いた時、“生きていく支え”となった。人は“何”が“誰”に、どういう“結果”を与えるのか、誰も知らない。それを演出するのは“神様”なのか、単なる“偶然”なのか、誰も知らない。

露・朝・中の三か国と「平和友好条約」⁉

2018-09-13

最高のチャンスだと思った。まさに「今しかない」と思った。まあ、しかし、私と考えを“同じくする人”は、日本にどれくらいいるだろう。もしかすると、誰もいないかもしれない。それでも、私はこういう時こそ「千載一遇のチャンス」なのだと訴えたい。日本は、今こそロシアとも、北朝鮮とも、中国とも、三か国とほぼ同時に「平和友好条約」を結んでしまえば良いのだ。今なら、どの国も応じてくれる。その先鞭を切ったのが、ロシアのプーチン大統領だった。彼は冗談を言ったのではない。真剣なのだ。それは、今すぐでなく「年末までに、一切の条件なしで…」と付け加えているからだ。これには深い意味がある。まず「年末までに」というのは、両国とも国内的な調整にはそれくらいはかかると踏んでいるからだ。安倍首相は先に「今でしょ」的な発言をしたが、あれは冗談と皮肉を含んでいるからである。実際には無理だと思っているからである。それに対してプーチン大統領の「年末までに」は“冗談抜き”の発言である。だから眼が真剣だったのだ。もちろん「一切の条件なしで」という部分も、真意だからだ。この発言について、ほとんどの日本人が「北方領土問題を棚上げ」にする手段だと感じているようだ。それは確かにそうである。けれども、その部分は仕方がないのだ。ロシア国民は、そのほとんどが北方領土を日本に返還するという発想を持ってはいない。それなのに大統領だけが「還そう」等と言えるはずがない。プーチン氏自身は「引き分け」的な考え方で処理したい願望を持っている。つまり、最終的に二島返還という考え方だ。これだって、今のロシア国民からすれば「冗談じゃない」くらいの反発を受けそうな提案だ。つまり、この問題に対してプーチン氏は日本への理解があり、好意的なのだ。おそらく、次に大統領に誰がなったとしても、北方領土問題など議題にさえもあげてはくれないだろう。それくらい“厳しい外交問題”であることを日本人は知った方が良い。プーチン氏は、まず「平和条約」を結び、共同事業を手掛け、北方領土を事実上の“両国の島”のような形にしてしまえば、国内世論を抑えて「引き分け」は可能だということを示唆しているのだ。中国も、今は習近平氏が経済面でピンチに立たされているので、日本からの提案は“受け入れやすい土壌”にある。日本を“敵”にするより“味方”につけたいのだ。さらに北朝鮮は、“南北朝間”でのほころびが徐々に表面化している。“米朝間”でも同様で、微妙な亀裂が表面化している。金正恩氏としては日本とも“上手く”やりたいのだ。ただ日本が北朝鮮を“敵視”している間はそれが出来ない。ここでもロシアと同様で「平和条約」を優先させた方が“拉致問題”も解決しやすい。歴史が、私の発言が“正しかった”と認めることになるだろう。

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