11月, 2018年

柔軟な交渉能力こそ「平和」を作る力

2018-11-15

人は誰も“争い”の中で暮らしたいとは思わない。それなのに世界のどこかで常に戦闘がある。争いごとの多くは互いの“主張”と“利害”に基づく。双方の主張がぶつかり、利害が交錯するから争いごとに発展する。どこかで妥協し合うことが出来れば、争いは収まり、互いに共存し合うことが出来る。そんなことは解かっているのに、それがなかなかできない。特に「国」同士は、妥協線を見出すことがなかなか難しい。その代表者は「国民」を背後に主張し合うからだ。けれども、そこは人間同士、何回も会って気心が知れて来ると、この個人としての“良好な状態”を“国同士”としても何とか築き上げられないか、と思うものだ。その代表的な二人が日本の安倍首相とロシアのプーチン大統領だ。二人はもう何度も逢っていて、互いに、その性質や考えを十分に知り尽くしている。日本的な表現を使えば“阿吽の呼吸”で意志が通じる間柄なのだ。特にプーチン氏はロシアの政治家では珍しく日本通である。だから、日本の国内事情も熟知している。もし、自分たちが“二国間の問題”を解決できなければ、その後に続く国のトップに上手くバトンをタッチできる自信がない。安倍首相としても、基本的に思いは変わらない。彼だからこそ“交渉できる”が、彼以外であれば交渉のテーブルにさえつかせてくれないだろう。9月の記者会見の時、プーチン大統領は唐突に「前提条件なしで平和条約を締結しよう」といったが、あれは日本人に向けてというよりも、ロシアの政治家や国民向けに言い放ったように、私には感じる。今回は「1956年の日ソ共同宣言を基礎として」という踏み込んだ内容で「平和条約交渉」を加速させることで一致した。そして、そのあと二人だけで“突っ込んだ議論”もしている。これは二人の間に“信頼関係”がなければできないことである。実際、こういう形で世界の歴史的な“平和条約”とか、“二国間協定”は結ばれてきている。政治外交でも、事業交渉でも、最終的には“相手を信じる”ことからスタートする。信頼のないところに締結や協定はあり得ない。そういう点で安倍首相は、実にさまざまな国のトップと締結や協定を結んだ。つまり、多くの国から、そのトップから“信頼されている”ということだ。その決断力、行動力、忍耐強さ、柔軟な交渉能力は、政治家としてもっとも必要な要素である。世界でもっとも多くのトップ政治家と握手した政治家として、ギネスに認定されるだろう?

町が地図上から消える炎

2018-11-14

既に25万人が“避難生活”を強いられている。竜巻でもなく、豪雨でもなく、地震でもなく、津波でもなく、火山噴火でもない。とにかく、もう44人が亡くなったことだけはハッキリとしている。そして6500棟の住宅が失われた。228人の行方不明者がいるとも伝えられる。“悪魔”の正体は森林火災だ。11月8日、カリフォルニア州の三か所で発生した山火事は強風にあおられ現在も広範囲で延焼中である。三か所で発生したのだがパラダイス地区の火災がもっとも激しい。本来はミサイル攻撃に備えたシェルター内に逃れた避難者は1400名にも達する。消火活動は航空機を使って消火剤を散布する方法などで行われているが、あまり効果が無いよう見受けられる。既にいくつかの町が丸ごと壊滅して廃墟と化した。おそらくは地図上から消えてしまうのだ。いつも思うことだが、アメリカは科学の最先端を行く国だが、自然災害にはからきし弱く、そして脆い。最先端のIT技術も、AI知能も、全く歯が立たない。生命体としての「地球」がアメリカに対して「神や地球に歯向かうな」と警告しているかのようである。トランプ大統領はアメリカの威力を世界に対して誇示している。けれども、しょせん地球大自然には勝てないのだ。生命体としての地球の前では、赤子の手がひねられるように崩れ落ちていく。私は20代の頃、近隣から出火した火事の巻き添えを食らって住宅を全焼してしまったことがある。ものを失ったことよりも、精神的に“焼き尽くされてしまった”というショックは大きいのだ。子供の頃、大雨による住宅の床上浸水も経験しているが、じわじわと水かさが増してくる部屋に居るのはいたたまれないものだ。大自然の威力をいやというほど見せつけられて育つと、人は誰でも地球大自然を崇めるようになる。本能的に跪くようになるのだ。そして、その大自然と共存するためにはどうすれば良いかを考えるようになる。太古の人々は、そうやっていくつものつらい経験の中から“風水”の原型や“素朴な占い”を見つけ出したのだ。

UFOと北朝鮮の漂流船

2018-11-13

「判読不明の数字が書かれていた」「なぜ北海道沿岸で多数が目撃されるか解からない」「誰も乗っていないことが多い」「漂着した遺体からは国籍も性別も解からない」このようにニュースの一部だけ書くと、何となく“謎のUFO目撃事件”と重なっている部分が多い。けれども実際には空の話ではなく、海の話だ。日本海沿岸を漂流する木造船の話で、今年は特に11月に入って北海道の日本海沿岸に漂着するケースが多くなった。11月だけで23件、その多くは何故か誰も乗っていない。乗っていた5隻からは12人の遺体も回収された。ところが、これらの遺体には身分を明かすものがまったく残されていない。洋服は着ている場合と着ていない場合がある。遺体の多くは損傷が激しく性別すらも判然としない。それで、どこの誰ともわからぬまま火葬される。たまに船体の一部や衣服の一部からハングル文字が確認されることがある。辛うじて、それらが北朝鮮からの漂流船であろうことを窺わせる。冬場が近づくと、日本海では西からの季節風が強まり、その結果として簡素な木造船は押し流されてくるケースが多くなるのだという。やって来る目的や乗員が解からぬまま目撃されるものとして、時々撮影されるUFO映像がある。彼らもなぜやって来ているのか未だに判らない。いまさらと思う人がいるかもしれないが、1986年11月17日、JAL1628便でボジョレーヌーボの大量輸送を行っていた寺内機長など3名は、パリから東京へと向かう高度10600メートル上空で午後5時5分、アンカレッジの管制塔とコンタクトを取った直後、2機のUFOに遭遇する。2機のUFOはまるで並走するかのような状態で4分ほど目撃されたが、その後消えていった。何のことはない。それだけの話である。あの頃は、そういう話が頻繁にあった。無くなってみると妙に懐かしい。やがて北朝鮮からの漂流船も同じように“幻の存在”となってしまうのだろうか。海上保安庁から出される調書には、必ず「心当たりがある方は申し出てください」と記したのち火葬している。どこの誰とも判然としない遺体を写真も載せずに「心当たり」と記すのはどうしてなのだろう。

自身を観る「眼」を信じろ!

2018-11-12

近年、海外で活躍している日本人は多い。特に芸術やスポーツの分野でそれが著しい。たまたま海外からのニュースの中で二人の人物が登場した。その一人は永久メイさん。まだ18歳の少女だが、中学1年で親元を離れてモナコのグレース・アカデミーに留学。そこを最優秀で卒業して後、今年5月ロシアの名門マリインスキー・バレエに正式入団、11月から日本への凱旋公演をする。3歳の時からバレエを始め、正にエリートコースで頂上を極めようとしている。もう一人はサッカー界から久保木優氏だ。さて「久保木優」という名をどれだけの人が知っているだろう。多分、これを読まれる人は一人も知らないに違いない。なぜなら、日本ではほとんど知られることもなく、当然、活躍するチャンスもないまま“海外プロ”を目指した人物だからだ。現在、日本には相当数の“サッカーチーム”が存在するが、そのどこからも彼には声が掛からなかった。通常なら、そこで“プロ選手”はあきらめてしまう。けれども、彼は違った。それなら海外のプロチームはどうだろう。彼はタイのチームを目標にし、入団テストを受け続けた。けれども、彼はとびぬけて才能があるわけではない。ハッキリ言えば、どこの国であろうとプロになれるだけの素質はなかった。それでも、タイ3部のクラブでならギリギリ拾ってくれるチームが存在した。日本には、その程度の力量の選手は山ほどいるだろう。その入団の後、彼は人一倍の努力をした。何しろ、タイでも使い物にならなければ、もう行く当てがない。大学を卒業して、2年以上も経っているので、普通の就職さえも難しい。ただ、彼にはプロ選手としてやっていけるという「根拠のない自信があった」と語っている。ここが重要なのだ。人は自分自身を見つめる「第3の眼」を持っている。誰でも持っている。その眼を信じることが大切なのだ。もちろんそれは根拠などなくて良い。ただ無理に“言い聞かせる形”で培った過信であってはならない。何となくの「確信」何となくの「未来」何となくの「予感」であれば良いのだ。彼はサッカー技術は優れていないが“得点すること”に関してだけは優れている自信があった。だから、その部分を必死で磨いた。実際に得点を重ねれば、見掛けよりも優れた選手として誰もが認める。実際、彼は得点数を増やし、2015年には“19得点”で「得点王」にまで輝いた。やがてタイを離れオーストラリアに向かった。ここでも得点を得る技術だけは他の選手よりも優れていた。さらに今年、彼はインドに向かった。現在は「ミネルヴァ・パンジャーブ」というチームに属している。そして、自らさまざまな企業に働きかけ、5社からスポンサー契約を得たのだ。日本では無名でも、海外で5社の企業スポンサーを持って活躍しているのは、彼が頑なに「自らの眼」を信じた“おかげ”なのだ。

「雪が降る」という“名曲”のごとく

2018-11-11

北国の「雪」には、どこか“もの悲しい雰囲気”が漂っている。だから“冬”など無くなってしまうのが本当は良い。完全になくなってしまうのも少し寂しい気がするので、2週間くらいだけ“冬”がやって来て、足早に去っていくのが一番良い。いつも、この季節になると、そういう気持ちになるのだが、今年の神様はそういう私の気持を少しだけ汲んで“雪が降る”のを遅らせてくれている。ということもないのだが、どうやら今年は132年前(1886年11月18日)の歴史的な記録に次ぐ“遅い初雪”となりそうだ。北海道の初雪は、いつもなら10月下旬には降っている。そうして、また何日か経って雪は解け、いったん秋に戻ってから、再び11月の下旬とか、12月の初旬とかに“本物っぽい雪”が降りだす。そういうのがいつものパターンなのだが、今年はまだ降っていない。予報では、どうやら13日以降に降る予定らしいが、もう少し遅らせてはくれまいか。街がクリスマス一色になる12月半ばくらいが良いんだけどなあ。夜が明けると、辺り一面真っ白の“銀世界”に変わっていて、狭い煙突から真っ黒に汚れたサンタクロースさんが出て来て「今年はどんなプレゼントが欲しいですか?」と訊きに来る。サンタクロースさんは「ついでにシャワー貸してくれませんか」というんだけど、北欧の言葉だからよく解からなくて、おにぎりを一つだけ与えて追い出してしまう。私がまだ少年の面影を残していた頃、アダモの「雪が降る」という歌が大ヒットした。雪が降る街かどで愛する人をじっと待ち続けているという“切ない歌”だった。それこそ雪が降る季節の北国にはピッタリな歌で、どうも北国の冬をテーマにすると“寂しい歌”“別れの歌”“もの悲しい歌”しか思い浮かばない。私が20代まで過ごした室蘭は、同じ北海道でも北風が強く、雪が吹き飛ばされて積もらない。街角で人を待つなどとてもできない。その点札幌は、白い雪がしんしんと降り積もるので「雪が降る」の曲にピッタリな街の情景が出現するのだ。私は札幌へ来て初めてしんしんと降り積もる白い雪を見た。こういう街で育ったなら、焼き鳥をかじりながらの恋ではなく、もっとロマンチックな恋が出来ただろうに…と思ったものだ。

「あじさいの花」の“理想”と“現実”

2018-11-10

「あじさいの花」という名称はとても良い。いかにも障害者に優しそうな印象を与えるからだ。けれども、そういう“優しい名称”や“可愛らしい名称”の企業は大体が長続きしない。今「企業」と書いたが正確に言えば企業ではない。「就労継続支援A型事業所」と呼ばれる“福祉サービス事業”で、障害者に働きながら技術を身に付けてもらう施設と言って良いだろう。少なくとも、そういう“ふれこみ”で誕生させた事業所なのだ。大体、多数の障害者を雇うという事業所は、とても心優しい事業家か、又は悪だくみの得意な事業家か、どちらかしか手を揚げない。通常の事業家は、障害者を雇うこと自体“尻込み”しがちな点がある。それは或る意味でもっともなことで、一般の企業は“福祉事業”として事業を展開しているわけではない。それなりの収益を伴わなければ、企業として存続できない。余程、その企業にとって有益な技能とか知識とか体力とかを備えていないと、他の従業員の“お荷物”となってしまう可能性もある。雇い入れたくても、現実には難しいのが“障害者の雇用”なのだ。「あじさいの花」は岡山県倉敷市で開設していた就労継続支援A型事業所であったが、経営難から12月15日をもって事業所2ヵ所を閉鎖し、雇用してきた障害者130人を解雇する旨、通達した。実は“A型”に属する事業所は、どこも経営難に陥っていて、昨年から次々と閉鎖されている。元々障害者ばかりを集めて“仕事を与えよう”とすること自体に無理があるという指摘もある。確かに、その通りなのだが一時的には多数の事業所が誕生した。なぜなら事業所開設には都道府県からの“許可”が必要なのだが、福祉サービス事業ということで役所の審査が甘い。加えて、この事業が国からの“報酬”が与えられることになっているからだ。しかも、最初は“働いている”実態が無くても、与えられていた。極端な話、障害者さえ集めておけば、国から報酬が貰えたのだ。そこで法規が改善され“収益を得る労働”を行っていることが条件となった。その結果、次々と経営難に陥る事業所が出て来たのだ。どのような仕事であれ、ひと1人が生活していくための技術や知識や作業を身に付けるのは健常者であっても容易ではない。本当に心優しい経営者であれば、障害者ばかりを集める形式などとらずに、健常者に対する比率を高めていく企業努力こそ必要なのではないだろうか。

「議員秘書」と「強盗」は兼業できる⁉

2018-11-09

「二之湯智」→「山東昭子」→「佐藤ゆかり」それぞれの国会議員秘書を十年以上にわたって務めていた。それなりの能力が無ければ務まらない職務である。その一方で、密かに“強盗致傷”を繰り返していた。それが昨日再逮捕された上倉崇敬(かみくらたかゆき44歳)という人物である。「ジキルとハイド」という二重人格者の物語があるが、同じ時期に議員秘書をするかと思えば、強盗致傷の主犯格だったのだから、誰もが混乱する。実は、この犯罪、8年も前のことで京都市内の会社社長宅に強盗が入り、ナイフを突きつけながら両手を縛り、現金1億円を盗んで逃走した事件だ。なぜ8年も前の事件が、今頃になって犯人が割れたのかと言えば、2年前に起きた“強盗傷害”と手口が酷似していたからだ。そのことに気付いて再捜査したところ同一犯である上倉崇敬容疑者が浮上したのだ。彼は既に2年前の事件で刑務所に収監されていた。したがって再逮捕の形となった。それにしても、国会議員の議員秘書というのは、結構忙しい職務のはずである。収入も年間では1000万円近いのが普通だ。かなりの高収入である。その忙しい職務の間を縫って、彼は強盗に励んでいた。誰かに誘われたのではなく、むしろ彼が主導して行っていたとされる。良くない意味での“凄腕秘書”だったわけだ。実際、秘書時代には真っ赤なポルシェを乗り回し、佐藤ゆかり議員に対しても種々指図していたらしい。他の秘書のいうことなど聴かない佐藤氏が、彼のいうことだけには従っていたという証言まである。その割には、一人の議員に長く仕えていないのが特徴だ。通常、有能な秘書は議員の方が手放したがらないものだが、そうではなかったという部分に、彼の本性を垣間見る気がする。彼に関しては、同じ秘書仲間から、高級料亭で飲み歩いていたとか、いろいろな企業の社長名が話の中に出て来たとか、議員秘書らしからぬ振る舞いが見られたようだ。どうも、この「ジキルとハイド」君には、他にも隠された事件や繋がりが、もっとあるような匂いがするのだが…。

「子宮」を“売り・買い”する時代が来る

2018-11-08

時々、怖いような計画が密かに実行されていく。昨日、日本産科婦人科学会に“子宮移植計画”が提出された。つまり、子宮のない女性に“子宮提供者”からの子宮を移植するための研究・実験を本格的に取り組もうという提案である。まずわれわれ(特に男性)が驚くのは、“子宮のない女性”が実際に存在しているという点である。私などは単純に女性は全員、子宮を備えて産れているものだと思っていた。ところが、そうではない女性達がいるのだ。生まれつき子宮のない女性を「ロキタンスキー症候群」と呼ぶらしい。それとは別に、がんなどの病気によって子宮が失われてしまう女性達もいる。何んと、その両方を合わせると、日本国内だけでも推計5~6万人もの“子宮のない女性”がいるらしい。すごい数ではないか。それなのに、われわれは最初から「私、子宮が無いんです」と言われても、真剣には取り合わず「冗談はやめてください」と言ってしまいそうなのだ。中には「えー、じゃぁ、元は男性だったんですか」と失礼なことを言ってしまうそうである。そういう女性達のために、日本でも“子宮”の臓器移植を行おうというわけだ。ただ、ここでいくつか疑問が起こる。ここで取り上げる“子宮”は人工物ではない。あくまでも成人女性から“提供された子宮”のことなのだ。そうすると当然、提供者たちは“子宮”が無くなる。もちろん、妊娠・出産のための臓器なのだから、50代以降の女性のものでは困る。若々しい女性達の子宮である必要があるのだ。そうすると、誰かの身体から、取り出さなくてはならない。「私はまだ若いけど子宮は要りませんから…」という女性達から譲り受けなければならない。献血と違って、与えても、また新たに生じて来るものではない。表現として相応しいかどうか疑問だが「腎臓」臓器の提供と似ている。一応、それが無くなっても生活に支障はきたさない。但し、ホルモンなどで多少の身体的変化は生じるかもしれない。欧米などではすでに実用化されていて、54例が報告され、そのうち13人の女性が新生児を得ている。大昔、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるといった“大嘘つき”がいるが、子宮の売り買いによって、神様はまた一つ、尊厳を傷つけられることになる。

危険地帯に「神」は存在しない

2018-11-07

中米グアテマラの治安の良くない地域に日本人女性2人が暮らしていた。報道が正しければキリスト教系「エホバの証人」の普及活動を目的とした滞在だったようだ。映像で見る限り、とても若い女性達2人が暮らしていけるような地域ではない。夜になると真っ暗で、近所には商店も住宅も見当たらない。家も粗末な作りで、どうしてこのようなところで二十代の若い日本人女性2人が暮らそうとしたのか理解に苦しむ。極端なことを言えば、襲われること覚悟でないと暮らせないような地域なのだ。しかも、死亡した木本結梨香さんの方は、地元メディアによると最近複数の男たちから付き纏われていたという。11月5日、複数の男たちが深夜に窓を壊して、外から鍵を外して押し入った。明らかに“集団レイプ”を目的としていたのではないかと思われる。集団で来られた場合、このような暗くて人里離れた住居では近所に助けを求めようがない。おそらく彼女たちは必死に抵抗したに違いない。その結果、面倒になった男たちは殺してしまったのだ。もう一人のモロサワ・チエさんの方も重症だが命は救われたらしい。強盗ならば金品を持っていくが、今回の賊は何も奪っていない。カラダだけが目的だったのだ。それにしても、現在の中米は危険すぎる。トランプ大統領でさえも、中米から集団で押し寄せて来る移民たちを、兵士4800名を使って防ごうとしているのだ。貧しく危険なグアテマラは、その集団移民たちの先頭集団である。そういう“危険地帯”に20代の若い女性2人だけで乗り込んだのだ。いや、正確に言えば、教会側から布教のため“派遣”されたに違いない。そして多分、危険さの伴わない日本育ちの彼女たちは、まさか“襲われる”などとは夢にも思わずに“神の教え”を説こうとしていたに違いない。実際、彼女たちは村の若い男性達に接触していたのではないか、と思われる。特に木本さんはフルート奏者であるから、もしかしたらボランティア的に演奏活動をしていたかもしれない。彼女自身はそのつもりが無くても、美貌でスタイルも良かった彼女は若い男性達の性欲を刺激したのだ。おそらく、彼女の周りに集まった男性達は、彼女のフルートの音色を聴くのでもなく、彼女の神の教えを聴くのでもなく、彼女の魅惑的な容姿に惹き寄せられていただけなのだ。「神」の存在しない地域で、あまりにも無防備に彼らに接近し過ぎたのだ。

温泉入って野球が観れる球場⁉

2018-11-06

「世界がまだ見ぬボールパーク」というのが日ハム新球場のうたい文句のようだ。札幌から少し離れた場所にある“北広島市”というのが、その新球場の建設予定地である。ハッキリ言って、この街のお客さんだけではとても球場人数を黒字に出来ない。現在の本拠地である札幌市から大挙押しかけないと、埋まらないはずの球場なのだ。ただ日ハムが目指す“ボールパーク構想”というのは簡単に言えば「野球新都市」の実現で、アメリカの一部都市などで既に存在している野球を主体としたテーマパークとして街全体を活性化させることにある。昨日、札幌市のホテルで正式発表会が行われた。ただ奇妙な点がいくつかある。総工費600億円をかけての建設となるのだが、そのうちの66.7%は日ハムが出資し、それ以外の33.3%は“外部パートナー”が出資すると規定している。ところが、その外部パートナーは決まっていない。道内企業に“募集”を掛けるようなのだ。これが札幌市に出来るのであれば、すぐ手を揚げる企業が出て来ると思うのだが…。この球場はアクセスが良くない。そこで現在、新駅を作ろうという構想もあるのだが、これも赤字続きのJR北海道には手持ち資金がなく、すぐには取り掛かれない可能性もある。確かに「世界がまだ見ぬ」と謳うだけあって、この球場はいろいろな面で斬新である。まず、球場なのに三角屋根なのだ。それに全面ガラス張りである。恥ずかしくないのか。左翼席上段には温泉施設も併設される。つまり、温泉につかりながら野球観戦を生で観れるのだ。いいの、そんなことして。ホームランボールが飛んできたとき、飛び出せないじゃないか。2023年の3月開業予定であるから、まだ完全決定ではないのかもしれないが、とにかく“ユニークな球場”が出来上がることだけは間違いがない。ただ札幌からの観戦者たちは野球は見ても、それと一体化している“パーク”の方まで立ち寄るだろうか。土日は別として、平日はきわめて難しい。なぜなら、札幌市内まで今のままだと戻るには少し時間が掛かり過ぎるのだ。600億円を投資して建設する球場が閑散としていたのでは目も当てられない。その点で、もう少し都市としての工夫をしないと、寂しい球場になってしまう予感が…。

新発売の「若さ」はどこで売っているか

2018-11-05

世の中には“若く”見える人もいれば、“老けて”見える人もいる。その“見え方”を気にする人は多い。元フジテレビアナウンサーの近藤サト氏(50歳)がTV番組の中で、昔は「若さにしがみついていた」と告白している。そのため比較的若い頃から“白髪染め”を用いてきたが、2年前から使わなくなった。もう“若さにしがみつく”のは止めようと思ったからだそうだ。確かにTVに出ている女性達は総じて若い。少なくとも“若く”見えるよう努力をしている。そういう人達が多い。ただすべての職業が“若く”見えれば良いかと言えば、そうでもない。私は20代から“プロ占い師”となったが、見掛け的には“若く”見えがちの方だった。ところが、占い師という職業は、外見的にあまり若いと“信用度”が乏しく見えがちな職業だ。だから、年齢よりも“若く”みられることが嫌だった。前にも書いたことがあるが、階段を上って顔を覗き見ただけで「なんだ、まだ若いな、修行が足りん」と初対面の老婆に言われたことがある。それこそ、まだ若かった私は、その言葉にムッと来た。「もし、修行が足りないと思うのなら帰ってください」私の言葉は意外だったらしく「まあ、せっかくだから、見てもらうか」と上目遣いに座り込んだ。ところが、見終わった時、その老婆は「わしの店で占いやらんか」と誘いかけて来たのだ。冗談じゃない。顔を視るなり「修行が足りん」といった奴のところになど行くものか。だが、今考えてみると、確かに、あの頃はまだ修行が足りなかった。あんなにムキになることもなかったのだ。とにかく、そういうわけで、若い頃、私は“若く”みられることが嫌だった。そういう私でも、50歳を過ぎるころからは“若く”みられるということに感謝するよう変わった。ただ最近は“記憶力の低下”や“体力の低下”など、年齢を感じることが多くなった。そういう意味で“若さ”は無条件にうらやましい。外見的な“若さ”も重要なのに違いないが、それよりも“頭脳の若さ”や“体力的な若さ”を心から欲する。少子高齢化で日本は誰もが「若さ」を求める時代となった。実際の年齢よりも、日常の中での“生活年齢”が若々しいことが重要になってきている。もし「若さ」が売られている“ネットショップ”が存在するなら、誰もが買い求めることだろう。ちなみにアマゾンで「若さ」が売られているか検索してみると、チベット体操の本、DNA核酸のサプリメント、若様侍の小説、美と若さをお金で買う方法などという“妖しいもの”が沢山出てきた。

仕事は“合う・合わない”が満足度を決める

2018-11-04

興味深い調査が提出された。大学を卒業して就職後3年以内に離職・転職した人たちを対象にアンケートを取ったところ、その70%が“離職・転職”したことを後悔せず、むしろ“満足している”というのだ。「石の上にも三年」という言葉があるが、どうやら近年は我慢し続けることだけが“正しい選択”とは言えなくなってきているようだ。最初に就職した企業をなぜ辞めてしまったかについて、もっとも多かったのは「仕事への不満(51%)」であり、次に多かったのは「人間関係への不満(40%)」である。これらを見ると、どういう基準から本人が“その企業”に就職しようとしたのか、やや不思議ではある。企業説明会とかパンフレットとか“仕事内容”を把握する機会はたくさんあったと思うのだが…。もう一方の“人間関係”の方は実際に配属されてみないと、どういう人達と関わるかはわからない。とにかく、実際に入ってみて、思っていたような会社ではなかった…ということなのだろう。まあ、大抵はそうなのだけれど…。そこで“転職”を考える。ここで「占い」を参考にした人はどれくらいいるのだろう。もちろん、そんなことはアンケートに出て来ない。ただ3割くらいの方は、そういう気持ちになったのではないだろうか。実際に用いたかどうかはともかく、入ってみなければわからない企業の選択基準の“一つの方法”として「占い」を用いるのは決して愚かな方法ではない。但し、それは或る程度、転職先を“絞り込んだ段階”においてである。やみくもに“どんな仕事が向いているか”から占いを頼るのは、あまりお勧めできる方法ではない。自分のことは自分が一番よく知っている。土台が無理な仕事・職種を“占いのご託宣”が指示したなら、それでも従うだろうか。占いというのは、あくまでも「転ばぬ先の杖」として用意されているものなのである。自分の“向き・不向き”が解からない場合でも、一応はいくつか出来そうな仕事の候補を出して、その中から選択してもらうようにすべきである。そうでないと“自分の決断”というものがどこにも加わらない。それは“人生の荒波に立ち向かう姿”とは言えない。どのような仕事・職場であっても、多少の困難はあるからだ。3年以内に転職した人たちの45%は、新たな職場では1割以上収入が減少したと告白している。企業規模にしても、32%の人が小規模に変わったと答えている。それでも転職で“後悔”した人たちよりも、“満足”している人たちの方がはるかに多かった。仕事の満足度は“見掛け”ではないのだ。

時代は「空飛ぶバイク」か「空飛ぶトラック」か

2018-11-03

「空飛ぶバイク」も「空飛ぶトラック」も、もう一つ「空飛ぶタクシー」も、いずれも現実に具体化し始めている案件だ。このほど中東ドバイでは「空飛ぶバイク」が警察車両として、つまり白バイとしての正式採用が決まった。犯人追跡は“空から”というわけだ。さすがはドバイ。なぜなら一台1700万円もする。とても日本では採用できない。ロシアのベンチャー企業が開発したもので「スコーピオン3」という名称だ。公式ホームページから“予約受付”を開始していて、日本からでも購入は出来る。「バイクはちょっと…」という人には「空飛ぶトラック」というのはどうだろう。これも既に実用化が決まっていて、しかも、それを実用化しようとしているのは日本のヤマトホールディングスなのだ。つまり「宅急便」を空飛ぶトラックで運んでしまいましょう…という作戦。既にアメリカのヘリコプター製造企業と基本合意していて、2020年代半ばまでには450キロの荷物を運ぶ「空飛ぶトラック」が完成する予定なのだ。これらに負けまいと、政府の方も本腰を入れているのが「空飛ぶタクシー」の実用化だ。既にアメリカのウーバーやフランスのエアバスなどが、ほぼ同様の“タクシー構想”を持っている。ただ問題は各国の法律が追い付いていないことで、そういう点では調整が必要らしい。確かに、見上げればバイクやトラックやタクシーが上空を右往左往しているというのは、あまり快いものではない。詩集『智恵子抄』の中に「東京には空が無いという ほんとの空が見たいという」という有名な一節があったが、正に大都会から「ほんとの空」が失われていく時が、刻一刻と近づいている。

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