10月, 2019年

2019年11月の運勢

2019-10-31

毎年、大量の「改名者」を出している業界

2019-10-31

「改名」というのは、そう簡単には出来ない業界と意外なほど簡単に出来てしまう業界とがある。そして簡単に改名できてしまう業界・業種においては毎年のように「改名者」が続出していることになる。この場合、本名を変えるのはさすがに難しい。そこで仕事上の「通用名」を変えるということになる。実際そうやって何度も名前を変えながら、やがて“成功”を掴み取っていった人たちもいる。改名者の多い業界としては「歌手」「芸人」「俳優」「スポーツ選手」「作家」「占い師」…そう占い師にも、何回も名前を変えている人は多い。ちなみに私も大昔は“別名”を用いていた。けれども、それを使ってからはトラブルが多く良いことがなかった。私が“画数の良い名前”を「幸運」と思わなくなったのはそれからである。さて、占い師などよりもはるかに多くの「改名者」を出しているのは、実は相撲力士の「四股名(しこな)」なのだ。相撲界の場合、昔から独特な四股名で土俵に上がる。最初は本名としての「姓(苗字)」を使うことが多いようだが、やがて親方から四股名を貰う形が多いようだ。もしかしたら自分でつけている力士もいるのかもしれないが、最初は与えられることが多い。けれども、途中でその名前を変えている力士は意外なほど多いのだ。10月28日に相撲協会から四股名を変更する力士が公表された。あまりにも多いので、一部のみ紹介する。「小浜海」→「佐田の龍」、「上田」→「藤乃波」、「越錦」→「越乃花」、「海波」→「瑞光」といった具合だ。明らかに本名から四股名に変更している者より、四股名から四股名に変更しているものが多い。おそらく、どの業界よりも“改名”が一般化している業界のような気がする。通常の会社員の場合、名前が良くないからと言って、そう簡単に名前を変えることは出来ない。もっとも、営業のように“名前”そのものが仕事に直接かかわる業種は少ない。だから会社員や公務員の場合は、自分の名前が嫌いな人は趣味的な世界で「別名」を用いていることが多い。そうしているうちの、その別名の方で“名前”が売れ出していくケースもある。遊び半分でつけた名前が独り歩きして“世界に通用する名前”になったりするケースもあるから侮れない。改名は、あまり深刻にならず、遊び心も加えながら気軽につける方が、少なくとも“趣味の世界”に留まる時には有効かもしれない。

「火」「水」「風」「土」の脅威

2019-10-30

アメリカのカリフォルニア州における“山火事”が猛威を振るっている。一ヵ所だけではない。なんと10箇所以上で“火の手”が上がっているのだ。まるでカリフォルニア州自体が“焼き討ち”に遭っているようなものである。しかも、最初の火の手は10月23日に起きたのだ。つまり、もう7日も燃え続けていることになる。さすがアメリカだけあって“山火事”もスケールが大きい。などと言っている場合ではない。28日に発生した“ゲティ地区の山火事”は「ポール・ゲティ美術館」という有名な美術館のすぐ傍から発生したらしい。この美術館自体は耐火装置が施されているので美術品に問題はないらしいのだが、周囲が“焼け野原”では無残としか言いようがない。実はこう近くにはセレブ御用達のリバリーヒルズという超高級住宅街もある。そこまで“火の手”が及ぶとは思えないが、より接近しているウエストウッドという地域は間違いなく火事の影響が出て来そうな場所だ。人間は「火」に勝てない。科学の最先端を行くアメリカでも勝てない。もう一つの災害「風=モンスーン」にも未だに勝てない。日本も同様で「風=台風」にも勝てないし、「水=豪雨・川の氾濫・津波」にも勝てない。もう一つ「土=土砂崩れ・地震」にも勝てない。結局、人間はいつまで経ったって「火」や「水」や「風」や「土」に勝てない。古代の人々と同じように勝てないのだ。科学はわれわれの生活を“便利”にはしてくれている。けれども、それはあくまで“普通の状態”においてで、大きな災害時はあまり役立たない。大きな災害時には古代の人々と変わらない姿になってしまうのだ。そういう意味では、われわれは永遠に自然界をコントロールは出来ない。本当は古代人と同じように“自然の神々”に祈りを捧げたいのだが、何となく気恥ずかしい。だから台風がやって来ると解っても、“大自然の神”に祈りを捧げる人は、稀にしかいない。こうして、大自然の神々は人間を戒め、どんなに科学が進もうと、自分たちが“決定的な支配者”であることを、無言のうちに教えようとしている。

 

「天寿」と土星・冥王星の不思議な関係

2019-10-29

多くの人は「死」を“単一”で考える。つまり“同じもの”として考える。けれども、そうではない可能性もある。少なくとも運命学的な観点からは、そうではないように思える。昨日、女優・八千草薫氏(88歳)が亡くなられた。昨年1月、すい臓がんが発覚して闘病していることが一部で報道されていた。近年まで、そのとても若々しい容貌をTVや雑誌で見掛けていた。良い齢の取り方をしているな、と思ったものだ。多くの場合、私は有名人が亡くなられると四柱命式やホロスコープを作る。データは「死」の“時期予測”のための貴重な資料となる。占いは何でもそうだが、これまでの教科書などあてにならない。「結婚の時期」「成功の時期」そして「死亡の時期」など、実例データから学んでいく方がはるかに確実であり、後進のための貴重な資料ともなる。多くの占い師が、実際には“符合しない”過去の「権威書」と呼ばれるものの“教え”に縋り続けるのか、私には解からない。八千草薫氏のホロスコープはいくつかの点で、とても貴重である。実は彼女の出生時、太陽は土星・水星と0度一体化し、同時に木星と180度、火星と150度、天王星と90度、金星と45度とアスペクトが多かった。中でも土星とはピッタリ重なり合っていて、その影響力の強いことを窺わせた。実は彼女が亡くなられた時、現在のトランジット土星が出生時と同じ位置に到達していたのだ。したがって出生時の土星と一体化するだけでなく、太陽とも0度一体化する。多くの高齢者は出生時の太陽がトランジットの土星、或いは冥王星からアスペクトを受けると、まるで「天寿」の位置に達したかのように永眠する。八千草氏の場合も、その法則にしたがうかのように永眠した。彼女の場合、トランジットの冥王星から出生時の太陽はアスペクトされていないが、その代りのように出生時の冥王星が180度の位置に来ている。このような形が「天寿」となる人も多い。7月に亡くなられたジャニー喜多川氏もそうであった。彼も、土星が土星と0度で重なり、冥王星が冥王星と180度の位置関係にあった。その点では全く同一なのだ。昨年10月に亡くなった俳優・穂積隆信氏の場合、土星は土星に0度まで達していなかったが、その代りのように、冥王星が冥王星に180度であっただけでなく、土星に対して0度で重なっていたのだ。マラソンの小出義雄監督のようにトランジットの冥王星が出生時の太陽に90度、土星は土星に90度という場合もある。元横綱・輪島大士氏のようにトランジットの冥王星が出生時の太陽に0度一体化、土星は土星に135度という場合もある。なぜか若くして亡くなる場合、これらの法則は適用できない。

「格差」の頂点に立つ「40代引きこもり」

2019-10-28

「日本」という国は、表面上「格差」をなくそうと“努力している国”であることは間違いがない。けれども、日本人は総体的に“自己主張”が乏しい。特に、国や市町村の行政から“不利益”を被っているような場合、それを声高に叫ぶ人はまことに少ない。自分の方にも、何らかの問題点や落ち度などある場合、より自制が強くなるようで、本来なら受けられるような“支援”などにも消極的で、時には拒絶するようなことも珍しくない。このほど公表された「引きこもり」に関する調査で明らかとなった16自治体では、全自治体ともに実数として“40代”の引きこもりが“30代以下”の引きこもりよりも多いことが判明した。一般的な感覚として、どうしても「引きこもり」というと、20代とか30代とかを連想しがちなのだが、実際には40代の引きこもりが一番多いということだ。けれども、それでいて40代の引きこもりは、行政からの“支援”を受ける比率が一番低い。つまり、実数としては一番多いのに、国や市からの“就職支援”や“経済支援”に頼ろうとしていないようなのだ。もしかすると、行政へ行っても「どうせダメだろう」と最初から諦めてしまっているのかもしれないし、引きこもりの期間が長くなっていて、何をどう相談して良いか、解からなくなっている可能性もある。行政が定義している「引きこもり」とは、仕事や学校に行かず家族以外とほぼ交流がない状態が6カ月以上続く人、を指している。例えばリストラにあって、再就職のために頑張ったが、次の職場を得ることが出来ずにだんだん「引きこもり」となってしまったような場合なども含まれる。必ずしも、自発的に“心を閉ざした人”ばかりとは限らない。もちろん、そのような場合に“就職支援”や“経済支援”を行政に求めるのは自然なことであって、或る意味では“権利”でもある。ところが、どうしても本人の中に「社会の落ちこぼれ」的な意識があると、行政に頼っても支援など得られないだろう、という思い込みが芽生えやすい。実際、行政の担当者によっては、かなり辛辣な指摘をしてくるような場合もある。だから、どうしても40代の引きこもりは臆病になり、そういうことに消極的になる。元々性格的に活発な人なら「引きこもり」になどならない。現在、日本の将来の“担い手”は40代に移りつつある。政治でも、企業でも、経済でも、徐々に“40代”がリードする時代が始まっている。自分たちの年齢を自覚することで、嫌でも「格差」を意識するのが40代なのだ。けれども、さまざまな社会事情の歪みの中で運命に翻弄され“行く手”を遮られた40代もいる。人生は長い。人は何がきっかけで「覚醒」するか解からない。「運命」は求め続ける人に“救いの手”を差し出すのだ。

420万円で購入した「死のパスポート」

2019-10-27

時々アジアで生まれて欧米に渡り、大成功を収める人達がいる。おそらく彼らも、そういう「夢」に賭けてみたのかもしれない。自国で成功したとしても、たかが知れている。そうであれば思い切って時代の先端を行く国で自分の力を試してみたい。「英国」への密入国は、彼らにとって“夢の第一歩”となるはずであった。もちろん、密入国が犯罪であることは誰でも知っている。そのルートを確保してくれる者に“法外なお金”を手渡さなければならないことも知っている。けれども“夢への第一歩”に続く野心の方が勝っていた。こうして彼らは密入国代金としての150万円~420万円を“組織の男”に支払ったのだ。その代りとして“真新しいパスポート”を手渡される。それは中国で発効されているパスポートの“偽造品”だ。したがって本当はベトナム人だが、中国人名のパスポートとなっている。この事件が発覚した時、警察は最初「39名全員が中国人」と発表した。それはパスポートが中国のもの(偽造品)だったからだ。けれども、実際にはベトナム出身者が20名も混じっていた。彼らは冷凍機能付きの大型コンテナに乗り込み、ベルギーのブリュージュ港から英国のバーフリート港へと入り、アイルランドから来た大型トラックに積み込まれてロンドン近郊へと向かっていた。無事、ロンドンまで辿り着けば、密入国に成功して“パスポート所有の中国人”となることが出来る筈であった。けれども、どこでどう間違えたか、或いは故意なのか、途中からコンテナ内は急速に冷凍化されていった。中に居た密入国者たちの誰もが唖然となった。こんな筈はない。どうしよう。もちろん扉は絶対に開かない。大きな声を出す。けれども、大型トラックは無情に走り続ける。運転手に声は届いていないようだった。全身がどんどん冷凍化される。密入国者の一人ファン・マイさんはベトナムに居る母親に向けてメールを送っている。「私が外国に向かった方法は成功しなかった。本当に愛しています。息が出来ない。死にそう」彼女は親戚中から集めた420万円を支払っていた。ベトナムから中国に渡り、そこからフランスに飛んだ。そして英国に渡ったのだが、そこで警察に捕まりフランスへと強制送還されてしまった。それなのに再度、英国に向かおうとして、このコンテナに乗り込んだのだった。神は時々「無言の警告」を発する。そこで留まって置けば、このような事件に巻き込まれなかったのに…と思うことが多い。“幸せな生活”を望むのであれば、神から発せられる「無言の警告」を決して振り切ってはならない。

「人気」に振り回されなければ“人気”を得る⁉

2019-10-26

人生において一見“重要”ではなさそうなのに、意外にも重要な役割を果たしているのが「人気」と呼ばれる不可思議なものだ。もちろん「人気稼業」と呼ばれる職種においては、これを切り離して職業評価は出来ない。そういう意味では最近「本の売れ筋ランキング」で1位を独走しているこの人は、間違いなく人気者なのに違いない。けれども、昔からそうだっただろうか。いや、昔は「嫌いな女子アナ」でトップを独走していたはずだ。特に女性達からは猛バッシングを受けていた一時期があった。それが現在では、その女性達からの支持が急上昇に変っているというのだ。フリーアナウンサー田中みな実氏のことである。アナウンサーを「人気稼業」の枠に入れて良いかどうかにも多少問題はあるが、現代の日本における“アナウンサー”という職種が「技術職」に分類できないことは事実だろう。この人は事実上、アナウンサーというよりも現在では“タレント”として受け入れられている。ドラマにも出演して「女優」の顔も持つようになったのだから、そう思われる方が自然かもしれない。元々、彼女が知名度を上げたのはバライティ番組での“ぶりっこキャラ”だった。アナウンサーとは思えないタレント性を最初から持っていた。けれども、そのことがTBS所属アナウンサーとしての“品格”を汚しているかのように受け止めた人達もいた。その極端な“ぶりっこ”振りが女性達の反発を食らった。こうして彼女はあっという間に“全国区”となったのだが、その後は急速に「嫌いな女子アナ」にされてしまった。やがて恋愛をし、その相手が“芸人”だったこともあり、より反発が強まった。けれども結果的に恋愛は破局し、そのこと自体もニュースとして全国に流れた。やがて彼女はTBSを辞め、フリーとなった。その結果、彼女の個性が“アナウンサー”としての枠に縛られない形で、徐々に活かされていった。彼女が女性達の共感を得始めたのは、本音をストレートに語るようになったからだ。「30超えて独身で、自分のためにお金使って何が悪いんですか」「結婚して幸せになりたいと思わないかと、訊くこと自体が差別的」こういった本音でのストレートな物言いが、共感を呼び始めたのだ。実は、彼女の初めての写真集の発売は12月13日でまだまだ先なのだ。それなのに早くから告知・宣伝をし、その結果として予約が殺到「売れ筋ランキング」1位となっている。彼女の人生は「人気」というものが、いかにあやふやなもので“信用できないか”をよく表わしている。もし、彼女が「人気」というものに振り回されて悲観し、絶望し、自信を失い、アナウンサーを辞めていたらどうだっただろう。けれども彼女は逞しかった。組織を離れて、一人で“生きる”道を選んだ。そうすることで、自分の“個性”や“良さ”を解かってくれる人たちが出てくるに違いないと信じたのだ。自分自身の可能性を信じて、前に突き進んだことが結果的に“本音を話してくれる女性”として、同性たちからの支持を集めたのだ。

「愛猫」が命を救い「亡き夫」が命を救う

2019-10-25

イタリア北部のリグーリア州を10月21日暴風雨が襲った。川が氾濫し、橋が流され、土砂崩れが各地で起こった。そんな中、就寝中に自宅が土砂崩れに巻き込まれて跡形もなくなった夫妻がいる。けれども命だけは助かったのだ。愛猫であるシンバとモゼが激しく音を立ててサブリナ・ペレグリーニさんを起こしてくれたからだ。間一髪のところで夫妻は自家用車に乗ってその場を離れようとしたが、あっという間に泥の海と化し、身動きが出来なくなった。それでも消防隊が来て命だけは助かった。愛猫のシンバとモゼも無事であった。こうして愛猫は「命の恩人(猫)」となった。一方、ところ変わって我が日本でも、台風19号が宮城県の丸森町を襲った。7年前にそこに移住してきた渡辺すみよさんは現在も避難所暮らしである。自宅に雨水が浸水し、実質的に家は失われてしまったからだ。けれども、命だけは助かった。川の氾濫で一挙に自宅が水浸しとなったが、どういうわけか仏壇の遺影が置かれた棚のところでピタリと水位が止まったのだ。もし、それを超えていれば逃れられなかった。その遺影とは東日本大震災で亡くなった「夫の遺影」だった。あの時、自宅も夫も喪った。なぜか自分だけは命が助かった。同じ宮城県だが、震災の時には亘理町というところに暮らしていた。震災で家も夫も喪ったので、丸森町に移住し、新たな住居を得た。けれども災難は再び魔手を伸ばした。亡き夫は「命の恩人」なのだが、79歳の渡辺すみよさん自身は、どうして連れて行ってくれなかったのか、と悔やんでいる。時々、こういった“不可思議な話”を聴く。「命」と「自宅」では、確かに命が優先される。けれども一瞬にして「自宅」が消えてしまうのは、それはそれで途方に暮れる。しかも「天災」の場合にはどこにも訴えようがない。誰が悪かったわけでも、何が悪かったわけでもない。人には一時的に“すべて”を失って、丸裸になって、それでも“生きていかなければならない”ときがある。そういう時、普段は「運命」など信じていなかった人でも「運命」というものを思い知らされる。神は「沈黙」している。どんなに叫んでも、どんなに呪っても毒づいても、沈黙したままである。

13歳女優「第三夫人と髪飾り」の官能性

2019-10-24

残念ながら私は予告編しか見ていないのだが、ベトナムの気鋭女性監督アッシュ・メイフェア作品「第三夫人と髪飾り」が話題になっている。数々の国際的な賞を受賞した作品なのだが、本国ベトナムでは4日間で上映禁止となった。あまりにも反響が大きく、社会問題となったからだ。19世紀のベトナム社会における男尊女卑を扱った作品で、富豪のもとに14歳で嫁いだ“第三夫人”と、彼女を取り巻く女たちの愛と葛藤を描いた映画である。ベトナムで上映中止に追い込まれたのは、触れてはならない禁断の歴史と主演女優が出演当時まだ13歳ながら第三夫人として“官能シーン”を演じたことにある。なぜか女優の母親が「お金で子供を売った」として猛烈なバッシングを浴びた。それだけ13歳女優の演技が“真に迫っていた”という証でもある。当時のベトナムでは“一夫多妻制”を認めていたので、そういう点から言えば“闇の歴史”ではない。メイフェア監督は、自らの曾祖母の人生とも重ね合わせる形で“14歳の第三夫人”を描いた。たくさんの女性たちの証言や記憶を基にしているのでリアリティーがあり、それがかえって現代のベトナム社会から反感を買ったのかもしれない。ベトナムだけでなく、19世紀の頃までは、あらゆる国や地域で一夫多妻が行われていた。現代でも、伝統的なイスラム教国では“一夫多妻制”を継承し続けている。もちろん、わが日本でも、そういう時代があった。女性達が「性差別」に立ち向かったのは第二次大戦後になってからにすぎない。それにしても母親がバッシングを受けるほどの“官能性”を13歳にして見せることが出来た女優グエンの演技も素晴らしいが、それを引き出したメイフェア監督の情熱と才能は並のものではない。近年、映画界は「日常」をテーマとするものが多くなった。それはそれで良いのだが、何かしら“物語”としてのスケール感が乏しい。そういう意味で、こういう抑制された形でストーリーの中で世界に語り掛けることのできる作品を日本の映画界でも、じっくりと長時間をかけて挑んで欲しい。

秋篠宮家は“国民”より“家族”を最優先すべし

2019-10-23

「即位礼正殿の儀」は新たな天皇の即位を内外にお披露目する儀式であるが、同時にそれは秋篠宮文仁親王にとっても“皇位継承順位”が1位に昇格したことを表わす行事でもあった。したがって本来なら“喜ばしいこと”のはずである。けれども、天皇の晴れがましさに比べ、秋篠宮殿下の顔貌は何となく疲れて見えた。無理もない。秋篠宮家は数年前から“家族内での揉め事”や“国民からのバッシング”が続いていて、心の休まる暇がない。一説には夫婦間さえもギクシャクしているという。そういう中で、私が気になったのは天皇陛下の「お言葉」には何度も執拗に“国民”という言葉が出て来ることであった。皇室に産まれるということは、“自分”や“家族”よりも先に“国民”があるのだ。そこから逃げることは出来ない。そうは言うものの、自分の家族も幸せに出来ないで“国民の幸せ”と言っても、何となく虚しく響くではないか。優先順位として、まずは“自分”が最優先で、次に“家族”が来る方が自然であるよう私には思える。自分や家族の“幸せ”を犠牲にして“国民の幸せ”を考えることが、本当に皇室に産まれたものの“使命”なのだろうか。海外の王室などを見ると、必ずしもそうではない。少なくとも、日本よりは自由度がある国が多い。それに、仮に秋篠宮家の人々を犠牲にして“国民”が幸せを得たとしても、それで“国民”は本当に“幸せ”でいられるのだろうか。そのように考えると、やはり順序として、秋篠宮家の人々は“国民”のことより、まずは“自分”そして“家族”の順で幸せを考えた方が良い。その後で“国民の幸せ”に尽くせば良いのだ。天皇家というのは歴史的にみて“国民の上”の存在なのだから、“下の者達”の評判とか噂とか人気とか批判など気にする必要はないのだ。下界の週刊誌やネットなど読まない方が良い。結婚したい人がいるなら結婚すれば良いし、やりたいことがあるなら自由に行えば良い。身につけたい服装があるなら身につければ良いし、言いたいことがあるならどんどんモノを言えば良い。天皇家に限らず、大衆の雰囲気に“呑まれる”とろくなことがない。芸能人でも、そうやって“自分”というものを見失っていって不幸になった人は多い。“国民”を嫌ってはいけないが、“国民”に従う必要はないのだ。

富裕層“1億人突破”中国より“超富裕層”が多い日本⁉

2019-10-22

日本のマスコミはどういうわけか“貧困層”の報道には熱心だが、“富裕層”の報道は滅多にしない。確かに周りを見渡すと「富裕層」と呼べそうな人は見当たらないから、自然「貧困層」や“庶民レベル”に「眼」が向くのかもしれない。けれども、それはそれで“片手落ち”というものである。昨日、クレディスイスという世界的に有名な金融機関による最新の“ミリオネア調査”が公表された。世界の「お金持ち」に関しての調査である。それによると、これまでトップをひた走っていた米国が、中国に“富裕層の成人数”で抜かれたというのだ。つまり、米国が9900万人だったのに対し、中国では1億人を初めて超えて、トップに立ったというのだ。ここでいう“富裕層”とは日本円にして約1億円以上の資産を所有している個人のことだ。確かに中国は人口が多い。とはいうものの1億円以上の資産家が1億人を突破していたというのはすごい。しかも、この数字、まだまだ伸びそうだというのだ。奇妙なことに米中は「貿易戦争」の真っ最中であるが、それによって富裕層が減ることはなく、むしろ増えているのだ。ところが、ところがである。今度は「超富裕層」の数で観てみると意外な事実に気が付く。ここでは資産5000万米ドル、日本円にして約52.5億円以上の資産家を「超富裕層」と呼ぶ。それによると、全世界には13万人もの超富裕層の人達がいる。そして、その順位は米国、日本、中国の順に変わるのだ。なんと日本には中国よりも多くの“超富裕層”の人達がいるのだ。実数でいうと、米国38500人、日本9960人、中国8800人、明らかに日本の方が上回っている。(数年後には抜かれそうだが…)この数字を見る限り、経済が低迷している日本だが、超富裕層の大金持ちはまだまだたくさんいるのだ。現代の場合には、かつての「土地成金」は消え、その多くは企業の創業者たちである。日本の1位は昨年までソフトバンクの孫正義氏だったが、今年はユニクロの柳井正氏に変わった。世界の順位では27位で3.4兆円の資産を所有している。「億万長者」という表現はもはや過去のもので今や「兆円長者」という何ともゴロの悪い単位なのだ。ところで何もしなくても“お金持ち”に変わっていく「魔法」を無料で伝授しよう。それは漢字を書く時に“偏”と“旁”の間を意識的に開けて、つまり中間に“空き”を作るようにして文字を書く。例えば「銀行」と書く時に「金 艮」の中間、「行」の中間に“空き”を作るのだ。これを練習し、ごく自然に書けるようにする。それだけで、間違いなく、あなたは“富裕層”に変わる。

「死後世界」を信じた人々は3000年後に蘇った

2019-10-21

「死後世界」というものがあるかないかは、実際には死んでみなければ解からない。けれども「死後世界」を信じていた人々は、奇妙なことに、何千年もの時を経て“生前の姿”として蘇ることになった。そういう意味では“死後世界の蘇えり”という考えは、間違ってはいなかった(?)のだ。今年、エジプトでは遺跡現場でいろいろな発見があった。中でも最大級の発見が、古都ルクソールの南側アルアサシーフという墓地から発掘された第22王朝の高位神官一族30基の棺である。これほどの数の未開封の棺が一度に発見されたことはない。しかも、今回の棺はいずれも保存状態が大変に良い。とても3000年間眠りについていたとは思えないくらい埋葬当時のままなのだ。もしエジプトが雨の降らない乾燥地帯でなければ、地中の棺は腐敗してしまっているだろう。古代エジプトの棺の多くが“埋葬された姿”を留められたのは、この“乾燥の地”ということが大きい。極端な話、ミイラにしなくても、埋葬されたエジプトの死者は“ミイラのように”枯れていく。そういう地域で、早くから“ミイラ製造の技術”が発展した。なぜ発展したのかというと「死後世界」を信じていたからだ。“死後にある来世”を信じたのだ。けれども、そこに行くためには“二つのモノ”が必須なのだ。その一つが「ミイラ」であり、もう一つが「カー神像」と呼ばれる等身大の彫像だ。この「カー神像」とは何かといえば“死後世界の生命力”であり、“死後世界を支える力”である。したがって、この彫像は等身大なのだが、その頭部には“支える力=両腕の形”が載せられている。ミイラの方には「口開きの儀式」という呪術が施され、冥界に行った時に“言葉が発せられる”ようになっている。奇妙なことに、われわれは古代エジプトの王墓から多数のミイラを発掘し、それらを修復して保存し、カイロ博物館に展示している。ミイラの姿で3000年~4000年を経た「現代」という“冥界”で生前の姿を保っている。私自身、ラムセス二世やハトシェプスト女王のミイラを拝見した。それらの王達の時代に何が行われたのかも、概略ながら知っている。つまり王達は“この世”を去ったが「現代」という冥界の中で、生前のような姿かたちを表わし、その当時のレリーフやパピルスを通じて当時の歴史を話している。彼らは現代でも“神王”であり“女王”なのだ。考えてみれば「死後世界」を信じた“王朝の人々”は、洋の東西を問わず、死後になっても“王宮などの遺跡”を遺し、“巨大墓”“ミイラ”“棺”を遺し、その当時の歴史を遺している。それによって「後世」という“死後に来る世の中”で生き続けていくのだ。

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