10月, 2019年

社名「令和」で“大成功”する業種は…

2019-10-20

2019年4月1日というのは「令和」の元号が制定された日だ。その日以前に「令和」と名の付く企業名はゼロであった。そして現在「令和」を含む企業名は400社以上に増えている。10月17日の時点では431社であるらしい。今後も増えていく可能性が強いという。確かに「明治乳業」とか「大正薬品」とか「昭和電工」とか、元号を含む企業名というのは意外なほど多い。しかも大企業として未だに命脈を保っている。それに元号発足の年に起業したなら、それを社名に使うのは単純だが判りやすい。ただイメージ的に捉えると「令和」は、あまり活発な印象を受けない。したがって活発な職種ではない方が適しているといえそうだ。画数的には「13画」で“人気数”とも呼ばれる。それらを合わせると、あまり活発ではないが接客や販売などで人気を得られるような事業職種が良いということになる。そういう点も考慮し、総合的な画数も考慮し、ゴロや字形の印象も合わせて選出すると「令和書店」「令和薬品」「令和治療院」等の企業名は成功率が高いと思われる。これらは“活発”な業種ではない。それでいて接客や販売を必要とし、人気にも関係がある。しかも、ゴロも良く、字形による見た目の印象も良い。こういった社名を用いて起業するなら、上手くいく確率が高いだろう。現在の431社の中に同一の社名があるかどうか知らないが、もしあれば十年後も“命脈を保っている”企業となるだろう。企業名で重要なのは、誰でも読めて、誰でも書けて、一度接すると忘れにくく、その業種に相応しいイメージを与えてくれる、ということだ。「トヨタ」や「ホンダ」が“世界企業”となりえたのは、憶えやすいからでもある。何回聴いても忘れてしまうような企業名は、それだけで“世界企業”として失格なのだ。「令和」の元号に変って、密かなブライダルブーム、万葉ブームが訪れているという。確かに最近、和歌や俳句が見直されてきている。占いも「墨色占い」など古典的なものが流行れば良さそうな気もするが、昔、墨色で部屋が汚されてしまった経験を持つ私としては、やっぱり「墨色占い」はみんなが早く忘れてくれた方が…。

「癒しのジョーク」か⁉「人騒がせ」か⁉

2019-10-19

もしもあなたが知人の葬儀に参列していて、その途中で故人の棺桶の中から「お~い、お~い、ここから出してくれ!」という声が聴こえたなら、どうするだろう。もちろん、その場は一瞬、凍り付いた。誰もが、けげんな表情をした。何しろ、今まさに棺桶を土中に引き下ろそうとしていた矢先だったのだ。アイルランドでは現在も土葬が行われている。神父が厳かなメッセージを読み上げ、その後で棺桶を土中に埋めるのだ。やがて、棺桶からの声はより大きくなった。そして、棺桶の蓋を開けると、歌まで歌い出したのだ。ここに至って誰もが、10月8日に病気で亡くなったはずの元軍人シェイ・ブラッドリー氏が「生きていた」ことに気が付く。いや、生きていただけでなく、ぴんぴんしていて、列席者たちに“イタズラ”を仕掛けたのだと気付く。考えてみれば、娘さんは涼しい顔で“動画撮影”を行っていた。グルだったのだ。誰もが騙されたのだが、怒り出す者はいなかったらしい。むしろ“仕掛けられた”ことを愉しんでいる。実は、彼は一年前には正に病気で“死ぬかもしれない”状態にあった。その時、娘さんに頼んで「葬儀場で流すメッセージ」を録音した。今回、用いたのは、その時の録音だった。だから冗談っぽい声や物言いではないのだ。けれども、彼は無事に病魔を跳ね返し、元気になった。そこで、こういった手の込んだ“イタズラ”を思いついたということらしい。この時の動画はSNSで投稿され、33000件の「いいね」を得たらしい。確かに、動画として観れば、楽しいものになっているのかもしれない。けれども、これを「癒しのジョーク」として受け止められるのは、そういうジョークになれている国民だったからなのではないだろうか。もし、日本で同じようなことを行ったら、同じような反応を得られるであろうか。私は難しいように思う。一つには、それだけ、今の日本が“心のゆとり”を失っているからだ。日本人の国民性として“真面目に受け止めすぎる”ということもある。おそらく日本なら「人騒がせな行為」としてひんしゅくを買うに違いない。けれども、こういう“心のゆとり”はあった方が良い。何かがあると、すぐ“徹底的にたたく”現代の日本人は、少し“心のゆとり”がなさすぎるような気がするのだ。但し、このジョークそのものは絶対にマネしないで欲しい。日本ではお墓に入る前に徹底的に炎上し、全身を焼かれてしまうのだから。

“怪しい運動”がBBCで「100人の女性」と評価⁉

2019-10-18

欧米人と日本人とでは「評価の基準が異なる」と感じることは多い。英BBCが毎年行っている“人々に感動や影響を与えた”世界各国の「100人の女性」の発表が10月16日に行われ、日本では“女相撲”の復活に取り組む女性と、職場における“ハイヒール強制の反対”を提唱した石川優実氏とが選出された。これに共感できる日本人がどのくらいいるだろうか。極めて少ないと私は思うのだ。“女相撲”の方はともかく、職場における“ハイヒール強制の反対”という運動は、確かにそういう“運動”があったな…程度の認識はある。けれども、それを提唱したのが“グラビア女優”であったことを、今回、私は初めて知った。グラビア女優の職場ってどこだろう。多分、種々な撮影会場なのではないか。グラビアだから種々な衣裳を着る。そういう時に、衣装によってはハイヒールの着用を求められることはあるだろう。けれども、それは一般的なオフィスでの話ではない。さまざまな職種によって、さまざまな服装の着用が求められる。それは世界各国共通である。私が大昔、普通の会社勤めが嫌だった一つの理由はネクタイと短髪が“一応の基準”だったからである。私は当時長髪だったし、ネクタイというのも“何となく”嫌いだった。そういう意味では、現代は普通の会社勤めでも大抵の職場では“自由な服装”が許されている。営業などでもネクタイは強制ではなくなった。良い時代になったものだ。さて、彼女の主張によれば、日本では未だに「ハイヒールが強制される」というのだが、特別な職種を除いて、そういう職場が多いとは思えない。もし、彼女がハイヒールの着用を嫌うなら、グラビア女優という“特異な職種”を択んだことに疑問符を持つ。現代の日本にはいくらでも“服装自由な職場・仕事”が存在している。そういう点で、特別、欧米に遅れていると、私は思わない。ましてや、彼女のもう一つのお仕事である「ライター」等では、誰もハイヒールを強要したりはしないだろう。確かに現在でも「ハイヒール」が強制ではないにしても“望ましい”職場・職種はある。けれども、“そういう職場”や“そういう職種”を択んでいるのは本人である。現代の日本では親が職種を強制することはないし、よほどハイヒール好きな親でもない限り、それを望まない。むしろ、誰も望んでいないのに、時々「超ハイヒール」で闊歩している女性を見掛ける。強制されたとはとても思えない。かつてマリリンモンローは後姿がセクシーに見えるように“左右のヒールの高さを変えた”と言われる。そうすると、嫌でも“腰を振りながら歩く”歩き方になる。そういう運動を提唱するような女性が出現したなら、BBCは「100人の女性」に掲載するのだろうか。

コンビニもタクシーも「無人」に変わる日

2019-10-17

最近は日本のスーパーでも“無人のレジ”が出現し始めている。日本の場合はまだ店内を見渡せば必ず店員さんがいるから良いようなもののアメリカのように“完全無人化の店”が出来始めるのも時間の問題なのかもしれない。それを最も推し進めているのはアメリカの巨大企業アマゾンだ。最初は“通販書店”だと思っていたが、いつの間にか“何でも売る店”に変わりつつある。そのアマゾンが、いま力を入れているのが「アマゾンゴー」という“完全無人化の実店舗”なのだ。既に一部地域は続々と新店舗を誕生させつつある。同じような発想から“無人化の店”を推し進めている企業としてジッピンとかスタンダードコグニションが追従している。彼らの性質がそう思わせるのか、アメリカには“完全無人化の実店舗”が妙にお似合いなのだ。一方、日本はどうなのかというと、心情的に“完全無人化”には抵抗がある。少なくとも私はそうだ。そういえば十年ほど前、私の知り合いの男性が「これまで一度もATMを使ったことがない」と言って私を驚かせた。いつも、必ずカウンターで現金を下ろすのだという。私が「どうしてですか」と訊いたら「機械とかITなんて信用できないじゃないですか」と真顔で言った。その人の息子さんは富士通に勤めているのだが…。それほどではなくても、日本人はまだまだ“現金”への信頼度が高い。政府はキャッシュレス化を一気に推し進めようとしているが、高齢者の多い日本では難しいかもしれない。日本の場合、一つには“顔を見て安心する”という習性のようなものが根深い。そういう点ではロボットが高度化してくれば、日本でもキャッシュレス化が一気に進むかもしれない。完全無人化ではあっても“人間”の代わりに“ロボット”が接客してくれる。困ったときには親切に教えてくれる。そういうロボットを配置しておけば、完全無人化でもお年寄りたちは安心して訪れることだろう。日本の場合はコンビニが普及し過ぎているので、もし切り替えるとなればいっせいに切り替わる。あっという間にコンビニから店員が居なくなるのだ。そういえばピザなど“宅配の出前”も、アメリカではロボットの実用化を急速に進めている。さらに今最も力を入れているのが、バスやタクシーの無人化である。もちろん、その前提として“完全自動化運転”が出来なければならない。日本はこの点で後れを取っているとも言われる。街から人が消えて、無人化された店が並び、さまざまなロボットだけが動いている、それを「寂しい」とか「怖い」とか思ってはいけない社会が、もうそこまで来ている。

「天災」と「死後生命」の不思議

2019-10-16

東日本大震災以降「似顔絵ボランティア」を続けて来たイラストレーターの森琢磨氏(46歳)が10月14日に亡くなった。今年2月に「肺がん」が発覚し、その後は闘病が続いていた。彼が東北各県で“似顔絵”をプレゼントした人は9000名を超える。似顔絵と言っても“普通の似顔絵”だけではない。震災で亡くなった息子さんや娘さんの“成長後の姿”も描くことが出来る。正にプロ中のプロなのだ。受け取った人の中に「亡くなった息子が観たら、さぞ喜ぶことでしょう」と言っていたのが印象的だった。そういうボランティアをなぜ始めたのかというと、丁度、震災が起こった頃に自分自身の父親を病気で亡くしたからだ。その時の“喪失感”が、同じように“喪失感”を味わっている震災の被害者たちに、自分が出来る方法で寄り添いたいという想いを与えた。そして毎年出掛けては、自らが病気になるまで9000枚以上の似顔絵を描き続けたのだ。けれども、そういう“善意の人”の命を「神」は46歳という若さで奪った。大きな自然災害、不慮の事故、命を奪う病魔は、予期せぬときに理不尽な形で襲ってくる。われわれはそれに逆らう“手立て”を持たない。今回の台風だって、あれだけ予測は出来たのに、結果的には大自然に勝てなかった。私は自分の母親の“不慮の死”も父親の“病魔”も、その数か月前から“何となくの予感”を持ち、“それとなくのアドバイス”を何回かしたが、結果的には役立たなかった。身内に対して「死」という予言は出来ない。義母を最期に占った時にも「外出はしても良いけど、家の近くで留めておいた方が良いかも…」というのがせいぜいだった。珍しく不満そうな顔をしたので「まあ、体調が良い時には長時間でなければ…」と付け加えておいた。誰かの「死」が、人生の転機となっている人は多い。私なども実母の「不慮の死」がなければ“プロ占い師”となっていたかどうかわからない。少なくとも20代半ばから始めることはなかっただろう。母親が亡くなってすぐ十万円もかけて「運命鑑定」の看板を作ったのだ。私が占いを教えた方の中に、旦那さんが亡くなって、それが元で“占い”を本格的に学び出した方が二人いる。しかも、奇妙なことに、その二人の旦那さんは両方とも生前プロ占い師であった。このお二人はそれぞれに夫の跡を継ぎ、プロ占い師として活躍している。一人の方は夫の書籍棚から“私の本”が出て来て習おうと思ったそうだ。もう一人の方は夫の友人だった女性占い師の方から強く勧められて習いに来た。「死後生命」というのがあるのかどうか、私は知らない。もし有るのだとしたら、母親は相当頑張って、私を支えているのだろう。

“無記名書き込み”が「死」を招く

2019-10-15

韓国芸能界では、同じような事件があまりにも多い。昨日、ソウル近郊の自宅で、元ガールズグループ“f(x)”で現在は女優主体に活動するソルリ氏(25歳)の自殺遺体が発見された。連絡しても反応がないのに不信を抱いた担当マネージャーからの依頼で、警察が自宅を捜索した結果だった。ソルリ氏は2009年にデビューしたが、2014年に悪質なネットの書き込みなどから芸能活動を休止し、その後、グループを脱退した。ソロとなって以降は女優主体に仕事をしていたが、今年6月、自らの作詞作品でシングルをリリース。歌手活動も捨てていなかった。自宅には遺書ではないが“日記風ノート”が遺されていて、そこに自殺に至る経緯のようなものが記されていたらしい。それにしても、韓国では“似たようなケース”が続いているのに、それに手を打っている形跡がない。もちろん、わが日本でも、似たようなケースはあって「アイドル」というものの“在り方”事態を考える時期に来ている。まず、10代前半から芸能事務所入りさせることが問題である。やはり中学生の時点から「アイドル活動」に入るのは問題が多い。“ネットの書き込み”からではないが「農業アイドル」として活動していた大本萌景さん(16歳)が2018年3月に“自殺”した事件では、遺族側と事務所側との意見が真っ向対立して“訴訟合戦”になっている。言葉は悪いが、中学生をこき使った芸能事務所は指弾されなければならないが、同時にそうなる可能性も予想される“アイドル活動”を事務所に託した遺族側にも多少の責任はある。一部の「アイドル」がマスコミや芸能世界での寵児となって“巨額の富”を生み出す。ところが、それはあくまで“ほんの一握り”であって、ほとんどの「アイドル」は、その“笑顔”とは裏腹に、過酷な労働や僅かなギャラに苦しんでいる。そういう中での“ネット上の書き込み・中傷”は致命傷となる。今や週刊誌よりも、ネット上の“書き込み”の方が影響力が強い。それが「ウソ」や「デマ」であっても、いったん「炎上」してしまった言葉は独り歩きして拡散していく。無記名の書き込み方式を改めないと、そういう形で“深く傷つく人生”を歩む人たちが増えるばかりだ。「顔」を晒して生きている芸能人や政治家などならまだしも、そうではない“一般人”さえも“書き込み”に怯えている人たちがいる。「顔」や「名」を表わさない“執拗な書き込み”は見えないだけに「悪霊」に憑りつかれたのと同じ“霊界”へと手招きしているのだ。

東京五輪「マラソン」男女ともケニアが金⁉

2019-10-14

ご存じのようにマラソン競技は42,195㌔の距離を走る。人類は他の動物と比べて特別“速い”わけではない。しかもマラソンの距離は長いので時間もかかる。ひた走る以外に何かをするわけでもない。それなのに、この競技はなぜか廃れない。むしろ「マラソン人口」は増えていくばかりだ。結局、人は誰でも走ったことがあるし、走り続けることの“辛さ”や“苦しさ”を知っている。だから共感しやすいのかもしれない。ただ走り続けることで「人間は平等」であることを、何となく感じさせてもくれる。もっとも“オリンピックらしい競技”なのだ。永い間、人間は「2時間の壁」を超えられなかった。ところが、10月12日ウィーンで記録への挑戦が行われ、非公認ながらケニアのエリウド・キプチョゲ選手が1時間59分40秒というタイムでゴールした。「2時間の壁」を超えたのだ。もっとも、この日はペースメーカーが前5人、後2人、入れ替わりながらの並走だったらしい。私などからすると“ややアンフェア”な印象もぬぐえない。非公認記録なのは当然である。翌日、今度はアメリカで「シカゴマラソン」が行われた。この大会でケニアのブリジット・コスゲイ選手が“女子の部”2時間14分04秒の世界新記録で優勝したのだ。女子の世界記録更新は16年ぶりのことであるらしい。こうして男女とも、世界をトップで走るのは現在のところ男女ともケニア勢なのだ。このところ日本勢はどうもさえない。男女ともさえない。かつで「金メダル」に輝いた「国」であることが“幻想”であったかのよう後退している。おそらく“新記録”は難しかったとしても、東京五輪では男女ともケニア勢が「金メダル」を独占する可能性が強い。アフリカのマラソン選手と言えば、エチオピアのアベベ選手が有名である。ローマ五輪では全くの無名選手でありながら“世界新記録”を打ち立て一躍ヒーローとなった。もっとも1964年の東京五輪では、怪我で出遅れマスコミからは完全に無視されていた。それでも本番に強いのかアベベ選手は奇跡を起こし、二大会連続の「金メダル」に輝いたのだ。そういう点では日本選手だって“地元の利”というものがある。ケニア勢と互角に戦える可能性だってないとは言えない。ただ走る。それだけの競技なのだから…。

苫小牧に「カジノ」が出来る⁉

2019-10-13

IR(カジノを含む統合型リゾート)の誘致活動が活発になってきているが、北海道では先週、経済4団体が一丸となって「道」に対して早急に“名乗り”を挙げるよう働きかけ始めた。現在のところ、横浜と大阪が名乗りを上げている。さらに、長崎とか、千葉とか、和歌山とか、東京とか、名古屋なども申請予定、或いは検討中としていて「全国3か所」の“IR誘致”のはずが、意外なほど混戦模様となっている。もっとも地元民からの反応は冷たくて、多くの地域が「賛成」より「反対」が上回る。だから躊躇している地域も多いのだ。ところが苫小牧の場合は「市」全体がどちらかと言えば前向きなのだ。但し「北海道」全体、或いは「道民」全体となると話は別で、あまり“歓迎する”雰囲気は今のところない。実は北海道では苫小牧だけでなく、釧路や留寿都なども誘致を望んでいる。けれども、経済4団体は「苫小牧」で一本化されていて、それ以外に検討の余地はないとされる。比較的札幌にも近く、船で立ち寄ることも可能な街で、日ハムが“札幌ドーム”を離れて移動する北広島市にも近い。実は日ハムも「ボールパーク構想」というのを打ち出していて、レジャー型の野球場公園の建設を目指している。したがって、ほぼ隣接する苫小牧市にIRが出来れば、苫小牧→北広島→札幌の観光遊戯の広大な地域が出来上がることになる。まだ正式表明もしていないのに、既に苫小牧にはアメリカやカナダの“カジノ大手”が活動拠点を置き始めている。例えば米カジノ大手MGEは3800億円~4900億円を投資して建設する予定で、7000人の雇用も生み出せると試算されている。ここが積極的なのは、アメリカの先住民族と北海道のアイヌ民族とを合わせた“史料館”的なものもアピールしていきたいからだ。確かにアイヌ民族の保存意識が強い白老町も苫小牧にほぼ隣接している。そういう意味では条件的に比較的恵まれている。北海道は夏と冬の観光客数は伸びているのだが、春と秋の観光客数が増えないらしい。したがって季節に左右されない“観光の目玉”が欲しいということなのだろう。さて、最終判断は北海道の鈴木知事に掛かっている。おそらく知事は「GOサイン」を出すだろう。そして、鈴木知事がGOサインを出せば「国」は苫小牧を選出する可能性が高い。鈴木知事は菅官房長官の“秘蔵っ子”だからだ。

「生き方」と「商売」の“はざま”で…

2019-10-12

かつてモデルとして一世を風靡した梨花氏がトータルプロデュースしていた「メゾンドリーファー」全国7店舗が閉鎖された。それに関して本人に直接インタビューした記事が掲載されていた。年商12億とも言われるアパレルブランドを自ら立ち上げ、7年後に自ら閉鎖した形だ。閉鎖理由は、繁盛しなくなったからではない。本人曰く、自らの“生き方”とそぐわなくなったからだ。もう昔の「梨花」ではない。けれども、ブランド「リーファー」のファンは“あの頃の梨花”に代表される“ガーリー(ピンクでふんわりとしたイメージ)”なファッションを求める。自分はもう“ガーリー”を卒業したいのに、ブランドとしての「リーファー」はいつまでもそこから脱却できない。つまり「自分はそこに居ない」ということになる。それを「商売」として割り切ることが出来るなら、自らのブランドであっても、“生き方”とはズレて行っても、求める人たちのために続けていけばよい。けれども、彼女にはそれが出来なかった。今の自分の“生き方”とは異なるものを、自らトータルプロデュースしたブランドで売り続けることが苦痛になった。例えば歌手が自らは望まないような「歌」で“大ヒット”を飛ばしてしまうと、もう“その種の歌”しか歌わせてもらえないようなものだ。そのイメージで“大ヒット”した人物には、どうしても“そのイメージ”がついてまわる。梨花氏の場合、自らの「生き方」をカムフラージュしてまで「商売」に徹せられるタイプではなかった。彼女の四柱命式では月干に「比肩」が表出される。独立して成功しやすいタイプで、そういう意味では自らのブランド「リーファー」は“その証”と言える。但し、彼女の月支蔵干には「劫財」が出てくる。“お金”に自らの魂を売り渡すことは出来ないタイプで、月支蔵干に「劫財」が出てくる人には、そのため苦労している人が多い。“ガーリー”を自分の原点と考えれば、たとえ「もうそこに居ない」としても、それはそれで“抱きしめてあげたい昔の姿”として、微笑ましく捉えることが出来たはずなのだが…。けれども完全に店を閉鎖し終わって、スッキリしたような表情でインタビューに臨んだらしい。過去に執着しないタイプは、迷う中で仕事を続けるより、次の扉を開いた方が良い。私の経験からすると、この種の人達は、仮に“次の扉”を開いてスムーズにはゆかなかったとしても、それを後悔することは100%ない。むしろ、過去に縋りついて苦悩し続けた場合、やはりあの時「切り捨てるべきだった」と告白するケースが圧倒的に多いのだ。

なぜか名前が知りたくなる被害者もいる

2019-10-11

その事件はパリで起こった。被害者は日本人男性30歳。犯人は逃げる際に自分の携帯を落として行った。したがって、もしかしたら犯人は捕まるかもしれないし、盗み取られた腕時計は戻るかもしれない。ただ、こんなことを言うと被害者から叱られるかもしれないが、まるで“ドラマのような事件”であり、それほど同情しなくても良いのかもしれない。なぜなら、30歳で9000万円もする高級時計を身につけていた人物なのだ。おそらく、彼にとって“その程度の被害”は人生を狂わせるようなものではない。そういう事件が、実はパリでは最近頻繁に起こっているらしい。それにしても、どうやって奪ったのか。実は被害者は泊まっていたホテルの玄関の手前で腕時計を奪われたのだ。もちろん、自分の腕につけていた時計である。被害者の失敗は、五つ星のホテルの玄関前でタバコを吸ったことにある。ポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点ける。その時、人は一瞬だが両手がふさがってしまう。そうしてタバコをポケットに仕舞おうとした時、男が近づき「すまないけど僕にもタバコを一本貰えないか」と声をかけて来たのだ。こういう時、日本人はあまり警戒心を抱かない。欧米人は無視する人が多いが、日本人の多くは接近してきた人の声掛けに応じてしまう。被害者も気安く応じてタバコを抜き出そうとした。その一瞬を犯人は見逃さなかった。煙草を口にくわえているので声を出せない。素早く腕を掴まれ、その手首から腕時計を外してしまったのだ。一瞬の出来事であり、言葉も発せられない。犯人の手を捕まえようとしたが振りほどかれた。けれども携帯電話だけは落として逃げ去ったのだ。盗まれたのはスイス製の高級腕時計「トゥールビジョン・ダイヤモンドツイスター」という製品で、かなり分厚く大型である。そういう方面に詳しい人が見れば“お宝”であることがすぐにわかる。多分、ホテルを出たときから狙われていたのだ。私は自分自身がイギリスで出遭った集団を思い出す。5~6人が肩を組み、後ろから接近してくる。あの頃は「日本人パスポート」がよく狙われた。陽気に歌いながら接近してくると、奇妙には思っても、自分のパスポートが狙われているとは思わない。後になってバッグのファスナーを開けられていたことに気付いたが、幸いパスポートは無事だった。もう一つ想い出したのはフランス映画で、それこそスリの新米が腕時計を盗み取る訓練をする場面だ。どうやって訓練をするのかというと、テーブルの足に腕時計を巻いて、そこからいかにして早く腕時計を外すか、マジシャンのように素早く外して傍にいる仲間に手渡すか、その訓練を続けるのシーンだ。おそらく、今回の犯人も似たような訓練を重ねていたのだろう。それにしても、30歳で9000万の腕時計を身につけパリの五つ星ホテルに滞在していた人物とは、いったい誰なのだろうか。

「卑弥呼」の先祖は絵がヘタクソ⁉

2019-10-10

私は時々思うのだ。やはり「絵」というのは“上手い人”に描かせた方が良い。ヘタクソな人が描いたものが何千年も経って“貴重な資料”として大衆の眼にさらされる。誰もが、口にこそ出さないが「なんてヘタクソな絵なんだ」と思いながら、それを見る。そこへいくと古代エジプトのレリーフや彫像、古代中国の絵や彫像は一級品である。なぜ違うのかというと、一級品の方は“絵や彫刻専門のプロ”が作成しているからだ。やはり専門家というのはいつの時代でも、どの地域でも、一級品を遺す。実は昨日2019年10月9日に“貴重な発見”があった。近年、卑弥呼関連の史料が色々発見されつつある奈良県の唐子・鍵遺跡の北側に隣接する清水風遺跡から、両手を空中広く高く掲げて、魂に活力を与える呪術を行うシャーマンを描いたと思われる土器片が見つかった。これまでにも弥生時代の祭祈用土器などから19例見つかっている独特のポーズだ。ただ今回の人物には乳房が描かれていることが、これまでとは異なる。ところがだ。ほとんどのマスコミは、その写真を掲載していない。実は描かれているシャーマン女性の絵がヘタクソすぎるのだ。総じて弥生時代の絵はヘタクソである。とてもプロの作品ではない。形として遺しておきたいから描いたのだと思うが、写真公開するほどのものではない。6000年以上前の洞窟壁画でも、上手い絵は上手い。そういう作品は写真掲載したいが、幼稚園児の“殴り書き”と似たような作品は、文字表現だけで十分となる。ただ一説に“卑弥呼誕生の地”という仮説もある地域で「シャーマンは女性」であることを表わしている図が表出した意義は大きい。卑弥呼誕生から300年ほど前の地層なのだ。その当時から既に、その地域では“呪術女性”が集落を率いていた可能性がある。「魂(たま)ふり」とも呼ばれる独特のポーズは、稲に生命力を与えて豊作を願う儀式に欠かせない呪術の“証”だったに違いない。それは、やがて“邪馬台国の運命”を導く呪術へと発展していく。かくして「卑弥呼さまー‼」の女性達は、2000年後の今になって蘇えり、空高く両手を開きながら、各地で「天の声」を告げている⁉

治りそうで治りにくい病気&神仏

2019-10-09

ガンとなった夫に対して献身的に看護していた歌手のmisono氏が、自らも「メニエール」という病にかかってドクターストップが掛かったと告白した。それに関連して、メニエール病に苦しむ芸能人たちの名を列挙している報道があった。misono氏以外にも、ハイヒール・モモコ、GENKING、オール阪神、今井翼、相田翔子、美保純…などの諸氏の名があった。確かに多い。数年前に亡くなった私の義母もこの病気に苦しんでいた。私の占いのお客さんで、以前は健康だった人が、ストレスの多い職場で途中からこの病気を発症し始めた。病状としては回転性のめまい、耳鳴り、吐き気などの症状が表れやすいが、何がきっかけで出てくるか解からないところが、この病気のやっかいなところのようだ。こういう第三者から見て、形としては捉えにくい病気は理解されにくい。本人も、いつ発症するか解からないだけに、思い切った行動がとれない。実は、こういう病気は「占い」の方でもなかなか捉えにくい。まだ「うつ病」等の神経系が少しでも絡む病気の方が判別しやすい。その対処法も、正直なところ、占いでは今のところ手出しのしようがない。内臓系のハッキリとした病気、外科手術を必要とする病気、特殊体質からの慢性病、突発的なケガや事故の可能性…これらに関しては、それなりの判断方法と対処法がアドバイスできる。けれども、この種の身体部位の特定が難しい病気、発症理由のよく解からない病気、対処法の難しい病気に関しては、実質的に「占い」では対応できない。正直、医療以外では神仏に頼るしかないような気もする。世の中には“治りにくい病気”が沢山あって、そういう人達の多くは神仏を頼る。あちこち、お参りに行ったり、願を掛けたり、お祓いしてもらったり、お札を貰ったりする。神仏の中には「これこれの病気に効く」と評判の神社や寺院がある。人は誰でも、医療では治らない病にかかると神仏を信じるようになるのだ。一時期は霊能者とか超能力者とかいう人達に縋る人も多かった。けれども最近は、そういう意味で“奇跡を起こす人”が居なくなった。マスコミもそういう人物を扱わなくなった。実際、そう宣伝している人の多くは“エセ能力者”である。残念ながら、本当に“奇跡を起こせる人”など、日本に数人いれば良い方であろう。占いでもマスコミがこぞって宣伝している占い師に“ろくな占い師がいない”のと同様、本当に力を持った霊能力者や超能力者は大げさなことなど謂わず、自らの使命として着実に人助けを重ねているに違いない。

“横並び社会”が「イジメの学校」を生む

2019-10-08

神戸市の小学校で昨年4月以降行われ続けていた男女教員4人による“後輩20代教員”へのイジメ問題。事件は、今年9月になって被害者教員が学校に行けなくなって、それを心配した家族が教育委員会の方に相談、市教委の本格調査によって全容が把握された。イジメの加害者は同じ教職員で後輩達への指導を任された30~40代の男性3人と女性1人の教員たち。単に「ボケ」とか「カス」とかの暴言だけでなく、ミミズ腫れが出来るほど尻を殴る、同僚の女性教員に対して性的メッセージを送るよう強要する、激辛カレーを羽交い絞めにして食べさせる…など常軌を逸している。その結果、20代の男性教員は学校へ行けなくなったのだ。実は今年6月、同じ学校の別な教員複数から、市教委の方に「イジメが行われている」旨の相談が寄せられていた。そこで学校側に対して“口頭注意”が行われたのだが、校長は「問題は収束した」として連絡している。つまり、校長は加害者教員たちに対し、20代教員たちへの指導を託し、それが明らかに“行き過ぎ”で観かねた教員たちが市教委に連絡したのにもかかわらず、加害者たちに注意さえも与えなかった。これでは被害者教員が学校に行けなくなるのも当然である。本来、小学校は「イジメ問題」にもっとも敏感でなければならない。私が小学生の時、悪ガキ同級生に帽子を沼に落とされたのだが、すぐに母親は学校に乗り込んでいった。日頃、物静かな母親であったが、そういう時は果敢に行動した。あの頃の“イジメ”は今のように陰湿ではなく、人一倍大人しかった当時の私は、母親に頼もしさを感じたものだ。現在は“イジメ”が陰湿化しているのと、集団化しがちなので、学校内での把握が重要になる。そういう時に、生徒同士ではなくて“教員間でのイジメ問題”があったということに、まず驚かされる。さらに、驚かされるのは、校長が把握しながら見逃そうとしていた事実だ。他の教員たち複数から市教委の方へと相談が持ち込まれたのは、よほど見かねた状態だったからである。もはや、それは“教育の場”ではない。けれども私は、これが一つの学校だけのことだと思えないのだ。これほどまでではなくても、似たような学校がいくつも存在している可能性がある。それを防ぐには、校舎内にも防犯カメラを設置すべきだ。そうすれば、自然と“学校内イジメ”は減っていくだろう。現代の日本は“横並び社会”の意識が強く、みんなと同じでなければ“イジメの対象”とされやすい。経済的な圧迫というか余裕のなさが、心の中まで“余裕を失わせている”部分が大きい。だから、ちょっとの違いとかミスとか遅れとかを許さない。みんなが「正しい」と言ったものは正しく、みんなが「へん⁉」と言ったものは変にされてしまう。みんなが「キライ」と言ったものに、自分だけ「好き」とは言わせない雰囲気がある。そういう“それぞれの個性”“それぞれの感性”“それぞれの思考”“それぞれの意見”を封じるところに「イジメ社会」は誕生する。特に「ネット社会」にはそういう風潮がみられる。無記名で“批判できる”形はネット上から無くした方が良い。

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