3月, 2020年

小さな「疑い」と「救済」が増える⁉

2020-03-31

世の中が“暗い世相”に変わっていくと、ニュースとして扱われる社会的な事件にも、世相を反映し、ちょっとした“暗い出来事”が多くなってくる。例えば昨日、北海道では次のような“二つの事件”があった。その一つは札幌の繁華街で、美容室の経営者とそこにやって来た客との間で“コロナ騒ぎ”が起こった。外部からの110番通報で「コロナ患者が来たとか、そうじゃないとかで、美容室が騒動になっている」との連絡を受け、防護服に身を包んだ警察官たちがやってきた。ところが、よくよく話を聞くと、客が順番を待っている間に店側から退去させられる格好となり「私のことコロナだとでも思っているの⁉ そうなんでしょ⁉」ということで、店側は「そうじゃないですけど、一応、何回も咳をされると困るので…」ということで、警察まで出動する騒動に発展したらしい。結局、客は何でもなかったらしいのだが、念のため、店内は消毒して終わったという。何となく、双方の気持とも解からないではない。もう一つの事件は、岩見沢市内で起こった。90代の老夫婦が暮らしている民家の裏口から、突如、昼間に見知らぬ男が入って来たのだ。それもノコギリを振り回しながら入って来たのだ。「ご飯をくれ‼ ご飯をくれ‼」ノコギリ男は騒いだ。そこで仕方なく、奥さんはノコギリ男のためにご飯を用意した。男は眼の色を変えてそれをパクつき、ご飯のお替りまで要求した。そうして、食べ終わると今度は「金をくれ‼」と騒いだ。そこで、90代の奥さんは財布から2000円を渡した。男は黙って受け取ると、立ち去ろうとしたが、思い出したようにポケットの中から“マスク10枚”を出して、テーブルに置いた。必要なこと以外は言わない男だった。そうして「黙っていろよ」とでもいうように、一瞬だけノコギリを向け、それから足早に去っていったのだ。この“二つの事件”は、客観的に捉えると面白いのだが、事件の当事者たちにとっては、決して笑えるような出来事ではない。そして、多少、形は変わるかもしれないが、同じような事件や出来事がこれから続々と報告されそうな気がする。こういう状態が長く続くと、誰もが似たような体験をするかもしれないのだ。

「東洋の神秘」が崩れ去る時

2020-03-30

私は時々“東洋人”と“西洋人”には、“男”と“女”の違いにも似た“違い”を感じることがある。この人の場合など、その“違い”がプラスに働いた典型なのだ。その名は「こんまり」こと近藤麻理恵氏のことである。彼女は今や“世界的なスター”であって、それもアメリカのTVが「東洋の神秘」として持ち上げてきた結果による。何のことはない“片付け上手な奥さん”多分30年前までなら、そういう風にしか呼ばれなかったに違いない人物なのだ。彼女は幸運にも若くして有能な編集者が付いて『人生がときめく片付けの魔法』という本を出版した。タイトルが実に良かった。この本は売れに売れ、マスコミでも評判となった。やがて欧米でも彼女の存在が注目されるようになった。多分、一つには彼女がまだ若くて美しく長い黒髪だったからだ。もし、同じ内容の本を60代のおばさんっぽい女性が出していたらどうだったろう。少なくとも、欧米でTVに出て著名になることはなかっただろう。黒髪の人形のような顔立ちの可愛らしい女性が、部屋の中を手早く片付けていく。合理的に片づけていく。魔法をかけたように部屋を美しく変身させる。欧米人が好みそうなファンタジーなのだ。この実践していく姿をTV番組のショーとして放映したのだから、アイドルのように人気が爆発した。それは、だから本当のところ“東洋の異次元世界”として、丁度マジックの二代目の引田天功氏が欧米で喝采を浴びたのとほとんど同様な理由からだった。彼らは、黒髪美人で人形のような雰囲気を持った女性を、無条件で受け入れる。「東洋の神秘」として受け入れるのだ。極端なことを言えば、仕事そのものは“それなりに出来れば”良いのだ。こうして「東洋の神秘=こんまり」が誕生する。その演出を自ら買って出たのが、今のご主人なのだ。彼は彼女を「世界のこんまり」とすべく頑張った。だから、彼女は結婚6周年目の昨日、このご主人と結婚できたことに改めて感謝の言葉を述べている。けれども、私は心配でならない。彼女のホロスコープには金星と土星の0度一体化のアスペクトがある。これは一度は「愛が崩れ去ること」を意味する。私の経験では必ずと言っていいほど、その体験をする。ご主人でしなかった場合には、お子さんとの間で起こる。四柱命式では「梟神」が強く、子供は“我が子を食する”「フクロウの神」の作用を受ける。とにかく、愛が崩れ去ってしまわないことを願うしかない。

「ペスト・感染症」が歴史を塗り替えて来た

2020-03-29

厳密に言えば「新型コロナ」と「ペスト」は同一ではないが、運命学的な見地で言えば“同類感染症”である。そこで、現在のような状況に陥った時、もっとも重視すべきは「ペストの歴史」なのだ。ペストというのは“ネズミによる感染症”らしいが、過去の歴史を調べると、驚くほどの猛威を振るっている。私は以前、中世期におけるペストの流行が、あのノストラダムスという予言者を登場させたと述べた。元々は医師であった彼だが、1534年、自分の妻や子供がペストに掛かった時、その病を自らの手で救うことができなかった。その結果、医学の“無力さ”を感じて、占星学や魔術の研究にのめり込んだのだ。ところが、そのノストラダムスの時代のペストの流行は、現代から振り返ると、それほど“大流行”というほどでもなかった。歴史上の記述には“大流行の年”とは記載されていないからだ。史上、もっとも有名なのは1347年~1353年にかけての大流行で、ヨーロッパ全人口の三分の一が死亡した、とも言われている。つまり、この時期2000万人以上がペストで亡くなっているのだ。もっと、昔からペストはあった。紀元前の古代エジプトの時代に“石切り場”で“死の感染症”が蔓延し、その石切り場すべてが封印され、中にいる全員の「死」を待った、という記録がある。その後、紀元541年の東ローマ帝国の時代にも発生し、さらに翌年には西ローマ帝国まで伝播し、その五年後にはイギリス諸島にも蔓延したという。イギリスにはしばしば“ペストに悩まされた時代”があって、1592年~1594年の間も流行し、さらに1664年~1665年のロンドンでも大流行した。この時、死者は7万人に達したという。一方、中国では1334年に杭州で流行したのがもっとも早く、その後、1855年には雲南省で流行し、1894年には広州と香港で大流行した。この時の死者は8万人とも10万人とも言われる。このように見て来ると、感染症による死者の拡大は昔も今も変わっていないのだ。そうして、感染症が大流行することによって、世界の歴史は大きく塗り替えられてきた。「征服の歴史」から「防衛の歴史」へと舵を切るのだ。こうして、神は、人間たちに“初心に戻る”よう強制する。

「誰も悪くない」という奇妙な結論

2020-03-28

裁判上の“争い事”には、時として“双方痛み分け”のような結論になるケースがしばしばある。この事件の場合、本来の主役は「無言」を貫く。あれほど騒ぎ立て、マスコミさえもリードし、全国のアイドルファンを味方に引き入れ「真実を!」と叫び続けていた人物は、もはや沈黙したままだ。「山口真帆暴行未遂事件」のことである。この事件は、元々がおかしかった。あまり詳しくは書かないが、2018年の12月にNGT48のメンバーであった山口真帆氏のマンションにファンの男性達が訪れ、そこでちょっとした揉め事が起こり、話し合いがこじれた状態で、騒ぎが大きくなって警察事件にまで発展した。「暴行未遂」などという表現になっているのだが、当時の録音を聴く限り、とてもそういう雰囲気ではなく、不起訴になって当然の事件であった。一番、不可思議なのは、彼女の部屋を容疑者が以前から知っていて、時々花束やプレゼントなど渡していたことである。つまり、初対面でもなければ、執拗なストーカーというのでもない。強引に部屋の中に侵入したとか、数人で身体を押さえつけたとか、そういうのでもない。しかも、今回、この事件の原告と被告双方が“和解する”可能性が強くなったことが、原告代理人である遠藤和宏弁護士の方から明らかにされた。つまり、どちらも悪くなかった、という奇妙な結論である。「事実を白日の下にさらす」と言っていた原告側も和解に前向きだというのだ。さらに、奇妙なのは、本来の被害者であったはずの山口真帆氏は沈黙を貫いていることだ。あれだけ、マスコミを先導していた本人は、いったいどこへ消えたのか。私は、最初から、この事件に対しては、おかしいということを指摘してきた。女性アイドルと男性ファンの間では、時に“ストーカー事件”も起こるので、それらとこの事件が連想的に結び付けられ、マスコミや熱狂的ファンを味方につけ、山口真帆氏は一時的には“寵児”のように扱われた。けれども、その以前に、彼女は容疑者と90分間もの長き時間を一緒に過ごし、記念写真まで写している。どうして、そういう相手とのことが“他のアイドルのストーカー事件”と同一に扱えるだろうか。おそらく、もう本人は、そのことについては何も語ろうとはしないだろう。マスコミがアイドルに先導されっぱなしの“情けない事件”だったのだ。

一寸先が「闇」から「金」へ⁉

2020-03-27

予測しにくい状態のことを「一寸先は闇」というが、まさに「人の運命」はその代表的なものである。池江璃花子選手と言えば、水泳界における“我が国のホープ”である。ところが、昨年、予期せぬ“病魔”が彼女を襲った。「白血病」という“生命を脅かす病”が彼女を待っていたのだ。もはや水泳どころではなくなった。東京五輪どころではなくなった。金メダルどころではなくなった。優先されるのは「命」の方だった。緊急入院をし、彼女自身の口から「今、生きていることが奇跡」と言わしめた状態の中での闘病生活を送った。そして、彼女は返ってきた。今年3月17日、406日ぶりにプールへと入って練習を再開したのだ。奇妙なことが起こった。今年7月に開催されるはずだった東京五輪が、一年延期となったのだ。こうして、完全にあきらめたはずの「東京五輪」が、なぜか再び目の前にある。まるで、自分を待っていてくれるかのように、来年にある。もちろん、病み上がりの身体ですぐに出場できるものかどうか、出場したとして、メダルが狙えるものかどうか、それだけの回復を示しているかどうか、今の段階では何とも言えない。けれども、少なくとも、その“希望”は出て来たのだ。ここに“人生の不思議”がある。私は以前、彼女に対して、その名前自体に「水泳界の申し子」としての意味があることを書いた。「池江璃花子」とは、池や河の中で瑠璃色に輝く花の子なのだ。この名を得て、水泳界で成功しないわけがない。と同時に彼女には、ホロスコープに“生命の神秘”を宿している。私が「霊的な生命力」と名付ける太陽と冥王星の150度アスペクトを備えているのだ。さまざまな実例が、それを証明している。もちろん彼女の場合も、この「霊的な生命力」の不思議な力が「今、生きていることが奇跡」と彼女自身に言わしめたのだ。これは、決して彼女だけの物語ではない。多くの人生には「一寸先は闇」と言えるような出来事が起こり、それによって“大きな挫折”や“予期せぬ窮地”に追い込まれるようなことが稀ではない。「神は居るのか」と叫び出したいようなこともある。けれども、その中にも、かすかな“救い”はあって、そのかすかな“救い”で人々は生きている。それがやがて「光」となって輝きだすことも往々にしてあるのだ。人生には「闇」もあるが「光」も潜んでいる。

“感染”と「サターンリターン」の不思議

2020-03-26

タレントの志村けん氏が“新型ウィルス”の感染者だったことが判明した。その志村氏が出演した番組が放送され、その中で39年も前に“結婚”を意識して交際した女性の名が明かされ、その女性との再会も果たすことが出来た。もちろん、この番組はまだ病気になる前の収録で、病気には何の関係もない。たまたま放映日が、感染で入院していることが判明した日と重なっただけにすぎない。けれども、そのことによって、そのお相手である大滝裕子さんは“注目の人”となった。現在は57歳で十年前の2010年に結婚されている。交際当時は“新人歌手”だったらしいが、現在でもグループとして歌手活動をしている。さて、私がなぜ彼女を取り上げるのかというと、彼女にとって志村けん氏は実際に“夫になった”可能性が大いにあるからだ。もちろん、その後になって別れてしまったが、志村氏は彼女の親にまで挨拶している。真剣だったのだ。実は、彼女のホロスコープを見ると、丁度、その後29年経って結婚された時と、ほぼ同じ位置にトランジットの土星が位置している。土星というのは29・5年で元の位置に戻ってくる。これを「サターンリターン」と呼ぶ。通常は“人生の転換期”のような形で解釈されることが多い。大滝裕子氏の場合、元々、金星と土星が“0度一体化”していて、その結婚には「土星」が影響する可能性が強い。実際、結婚されたのはトランジットで動いている土星が出生時の土星・金星に対して120度位置に到達した時だ。そして、同じ現象はその29年前にも起きていたのだ。そして、その時、志村氏は彼女と“結婚を意識しながら”交際していた。通常、サターンリターンは出生時の土星位置にトランジットで戻ってきたときのことを指すのだが、こういう形でのリターンでも、人生の不思議は存在している。しかも、金星と土星とが0度一体化している場合、必ずや一度は「愛の別れと哀しみ」を体験する。それは、金星と土星とか一体化している人たちの運命だと言って良い。けれども、その体験が、必ず“仕事上に活かされる”のも、このアスペクトの特徴なのだ。かくして、今も彼女は仕事の中で“愛の哀しみ”を活かしているに違いない。

東京五輪の「札幌マラソン」5月上旬~6月上旬が理想的

2020-03-25

すったもんだしたあげく“延期”と決まった「東京五輪」だが、開催時期は一年以内で注目の「札幌マラソン」は変更しないということらしい。つまり、来年の夏までに開催されるが、マラソンの場所は「札幌」のまま変更なし、ということでの了承らしい。この決定は興味深い。なぜなら、マラソンの地が札幌ということは、今年の10月から来年の3月までは確実に“除外される”だろうことが確実になったということでもある。札幌の冬は早い。早ければ10月下旬から“真冬並み”の寒さが来る。中旬以降なら雪がちらつくこともある。そういう中で走らせることはとてもできない。春3月にしても、とてもマラソンが出来るような気象状態ではない。まだ雪が降るからだ。今だって3月下旬だが、外には白い雪である。北海道において快適にマラソンが出来るのは、5月から9月までに限定される。そのうち6月の中旬~7月上旬までは“蝦夷梅雨”とも呼ばれるようになった“小雨時期”が続く。したがって、ほんとうに快適な条件で走らせようと思うのなら、5月上旬~6月上旬までしかないのだ。実はこの時期、春の遅い北海道では“桜の開花時期”とも重なる。5月上旬は、その年によっては少し寒いこともあるので、ほんとうは中旬くらいからが理想的だ。この時期になれば、桜だけではなくて、春を彩る花々がいっせいに咲き誇る。札幌の街並み全体が植物と溶け合って、見た目鮮やかな季節に変わる。五輪の関係者にとっては、今年中に2カ月くらい遅らせて開催したいところかもしれないが、日本国内はともかく外国勢がそれでは納得しない。そうすると、日本の観光にとってもマイナスでしかない。無観客というのでは“祭典”の意味がない。来年の春5月になっていれば、諸外国でもようやく、騒動が沈静化していることだろう。はからずも「札幌マラソン」をそのまま残すことで、自ずとその開催時期がほぼ“判明したようなもの”となったことは各競技の選手にとっても調整しやすいことだろう。

「年内終結」のメドが立ったコロナショック⁉

2020-03-24

私は以前から「株価」が“時代”を先行する、と述べてきた。これは別に“私が述べた”というより“歴史的にそうなっている”ということだ。そこで“時代”の少し先を知るためには「株価の動き」を観れば良い、ということになる。もう少しだけ先を読むためには、株価の動きを予測すれば良い、ということになる。そこで、世界の“株”の中心的存在であるニューヨークの株価が重要になる。このところは連日下げ続けていて、一見すると、終わりがないように見える。けれども、よくよく“長期のグラフ”から推測すると、大体「ダウ」は18000ドル付近で“下げ止まる”ことが予測される。つまり、あと、もう少し(600ドル程度)なのだ。今日もそのくらい下がっているので、もしかしたら明日そこに到達するかもしれないし、明後日かもしれない。少なくとも、今週中には到達する、と私には観ている。そうすると、ひとまず「株価」は下げ止まり、そして一気に急上昇する。下げ方が一気なので、上昇する時にも途中までは一気なはずなのだ。さて、日本の方はどうなのかというと、これが実は既に“その兆し”が見えてきた。昨日、久しぶりに「日経平均」は300円以上も値上がりした。アメリカは“下げて”戻って来たのに、日本の株は値上がりしたのだ。なぜなのかというと、ドル円相場で“円安”となり、日本の株には有利に働いているからだ。以前、私はこのことについて指摘した。一気に“円安方向”に転換したから、日本の経済は世界に“先立って”戻っていく可能性があると…。この私の予告通りに「日経平均」が“戻り歩調”を取り始めた可能性はある。但し、その時にも述べたように、もう一つの指標である「原油価格」が戻っていない。むしろ、あの時よりも低下しているのだ。あの時は33ドルくらいまで上昇していたが、今は23ドルまで下降してしまった。これではとても「欧州からの投資資金」は日本株に戻らない。したがって、まだ本当に「戻った」とは言えない。少なくとも原油価格が45ドルくらいになるまでは無理なのだ。ただドル円相場は間違いなく“円安転換”した。これが救いで「日経平均」はまだ“底を打った(16000円付近)”と言い切れないが、とりあえず、いったん上昇する可能性は高い。つまり、日本の“経済”はいったん大きく落ち込むが、意外と立ち直りは他の国よりも早い可能性があるということだ。日本に対して「悲観論」が充満しているが、実際、感染者の数にしても、日本は意外なほど少ないままなのだ。日本の場合は「年内終結」のメドが立ちそうな雲行きに変わりつつある。

すべてを捨て「ねむの木学園」に眠る

2020-03-23

私はときどき自問する。「運命が先か」「自らが先か」未だに答えは出ない。運命のようでもあり、自らの意志のようでもあるからだ。人が、或る日を境に人生を“方向転換する”ターニングポイントについてである。もちろん、最終的には、人は自らの“人生の岐路”をほとんどの場合には自らが決定している。けれども、状況的に“そうせざるを得ない”という場合も多い。その選択の中で、運命は大きく変わっていく。この人の場合はどうだったのだろう。運命を変えた日、女優として歌手として人気絶頂にあった宮城まり子氏の場合である。昨日、亡くなられたことが明らかになった。享年93歳。この人は歌手として紅白にも出場しているし、女優としても常に主演女優として銀幕を飾った。容姿にも恵まれて美貌であった。その彼女が“肢体不自由児”の施設を訪れたのは、雑誌の企画取材のためだった。毎月、テーマごとに取材して人気女優がレポートをするという企画だったらしい。だから、本来であれば、その月の原稿をまとめるためだけに施設を訪れ、入所者たちと写真に納まり、インタビュー的な記事を書いて、自らの感想などを若干付け加えれば、それで“おしまい”のはずであった。ところが、彼女は衝撃を受けた。自分の“知らない世界”に衝撃を受けた。世の中から、取り残され、見捨てられながら、健気に生きている子供達を取材だけして去っていく自分に我慢のならないものを感じたのだ。そして、誰も彼らに“光を当てない”のならば、自分が“その光”の役割をしようと考えたのだ。最初は、女優と並行しながらやっていこう、という気持ちだったようだ。けれども徐々にのめり込んでいく。そうして気が付いたら、完全に、そのものだけが“自分の職務”となっていた。こうして彼女は私財のすべてをなげうって、肢体不自由児の療護施設「ねむの木学園」を創設する。確かに、彼女の願いのごとく、一時的にはマスコミもそこに光を当てた。けれども、それはあくまで一時的だった。けれども、70人以上の肢体不自由児を抱えた彼女は、もうそこから逃げ出すことなど出来なかった。別居婚に近かった作家の吉行淳之介氏とは最期まで“籍”を入れることも出来ず、独りで運営に当たらざるを得なかった。実は、私が宮城まり子氏のことを知ったのは二十代半ばだった。「ねむの木サークル」という障害者施設へのボランティア活動をしている人たちの仲間に加わったからである。けれども、私は、そこで仲間達とボランティアをすることで満足していた。宮城まり子氏のように人生を捧げたわけでもなければ、私財を投じたわけでもなかった。休日に、いかにも「良いことをやってます」風に見られたかっただけかもしれない。宮城氏はたくさん子供達のお母さんになった。私はやがて「忙しい」という理由をつけて、そのボランティアから離れたのだ。

「殉教礼拝」の“連鎖”がもっとも怖い

2020-03-22

世界各地で“大規模な集会”が禁じられつつあるが、それに反発する人々がもっとも多いのが「イスラム教国」である。イスラム教国の中ではイランにもっとも感染者が多いが、当然のことながら現在モスクでの礼拝は禁止されている。ところが、これに反発する人々がモスクの中庭に敷物を敷いて、その中で肩寄せ合って礼拝し始めている。その人数は急速に多くなりつつある。このような傾向はイランだけではなく、サウジアラビアでも、シリアでも、エジプトのカイロでも行われ始めている。文字通り“片寄せ合って座る形”で、戸外になるだけでモスクの中での礼拝と、そう大きな違いはない。いくら通気は良いと言っても、ピタリと肩を寄せ合って座るのだ。そこまでしてもモスクに集いたいのか、われわれからすると不思議な気がしないでもないが、彼らにとっては「死」よりも「神」の方が重要だからである。イスラム教の場合、信仰心が強い者ほど、聖廟とモスクとを重要視する。自宅で礼拝することも出来ないことはないが、元々“集うこと”そのものにも意義を見出している彼らは、いくら「濃厚接触はいけない」と言っても“モスクに住まう神”との別離の方が辛いらしい。実際、既にSNS上には「礼拝できないくらいなら感染して殉教した方がましだ」というような考えが散見されるようになっている。この分でいくと、遠からず、モスクの入り口は破られる。元々、彼らは“死後世界”を信じる気持ちが強い。正確に言えば“死後の生まれ変わり世界”というべきか。だから「死」は“死”だけで完結しなくて、その後の「生」が待っている“休憩所”的な感覚が強い。したがって「死」を怖がることがない。その後の「生」というのは「現世」における信仰心の強弱によって“産まれ方”が定まるという教えだ。さらに、自分はその“報い”を直接的に受けられなくても、自分の子孫が“報い”を受けるという考えも根強い。したがって、或る意味では自分が犠牲となることで、自分の関係者たちが“ご褒美を与えられる”的な発想が強いのだ。だから、悦んで殉教していく。自分も“次の世”で幸せ(報い)を得られるし、自分の子孫は“この世”で幸せ(報い)を得られる。神は「イスラムの民」を守ってくれるが、人類を守るわけではない。「死」をも恐れぬ信仰心こそ「神」への“忠誠の誓い”なのだ。まるで大戦末期の我が国の「神国日本」に近い発想が連鎖しようとしている。

「製薬メーカー」のようになれない「占い集団⁉」

2020-03-21

私がとても良いことだと思ったのは「新型ウィルス」の緊急事態に、製薬メーカー各社が業界の枠を超え“治療薬”の共同開発に取り組むとの報道があったことである。それぞれの“研究成果”を集めることで、少しでも早く、有効な手段が開発できれば良い。結局、人類は地球を征服できないし、ましてや宇宙など制御できない。現在の人類の科学レベルというのは、この程度のものであることを強烈に教えたのが今回の騒動なのだ。私はキリスト教徒ではないが『旧約聖書』に「バベルの塔」の物語が出てくる。人間は傲慢となって、神をも恐れぬ企てを講じる。「天まで届く塔を建てよう」それを知った神が怒って、途中まで築き上げたバベルの塔を粉々に壊してしまう。ちょっと違っているかもしれないが、意味合いとしてはそういう感じの物語だ。現在の世界の“株価の急落”は、そういう感じの崩壊の仕方である。社会現象としても、各国が“自国防衛”に必死となって、国外からの侵入者を防ごうとする。バベルの塔の物語では、神は「塔」を粉々に壊しただけでなく、それまで共通だった世界中の言葉を“違わせ”意味不明にしてしまった。こうして、人類は、また“一から出直し”の状態に戻ったとされている。もちろん、この物語は一種の“たとえ”であって、人類が傲慢になると、神はそうやって“警告”を発するという寓話にすぎない。けれども、同時にそれは「どうすべきか」の示唆でもある。結局、みんなで力を合わせて…という世の中から「自国ファースト」という思想政治が世界にはびこりだした時から、この“崩壊”の警告は始まっていたのかもしれないのだ。そういう点で、国家も会社も関係なく、各国の優秀な研究者が集まって、最良の治療薬を早急に研究開発していくことが、今の製薬業界に課せられた使命なのだ。同じような観点から、私は“占い業界”も、もっと多くの研究者が、一つ一つのテーマに絞って、各自のデータや研究事例を持ち寄って、どうすればより的確に判断出来て、それぞれの人達に“最良の道”“幸運なる解決策”を示すことができるか、話し合いをすべきだと思うのだ。少なくとも“確実な観方”“判断の仕方”“改運させる処方箋”を見つけてあげなければならない。それは残念ながら「既存の占い」に十分ではない。そのこと自体をなぜ認めようとしないのだろう。「すべてが見通せます」的な“嘘”をなぜ許すのだろう。まだ、われわれは未知の領域の“入り口付近”で右往左往しているだけなのに、どうして「すべてが解ってます」的な発言を許すのだろう。どうして、私と同じような意見が「占い業界」からは出てこないのか。なぜ、私に賛同してくれる“有名占い師”は居ないのだろう。彼らはいったい何をほんとうに当てたのか。

波木星龍「YouTuber」になる……⁉

2020-03-20

何しろ猫も杓子も「YouTuber」ではないか。それなら、我が「波木星龍」もなってやろうではないか。ということではないのだが、実は私の“教え子”ともいうべき占い師の藤野真帆氏から年初にYouTubeをやらないかとの誘いを受けた。彼女がいつの間にか占い師・スピリチャル系YouTuberとして活躍していることは知っていたが、私自身はIT関係があまり得意ではない。だから、占いの講義もYouTubeで教えれば全国の人達を対象として教えられるのに…と感じたことはあったが、手出しをしようとは思わなかった。けれども、私の出不精と面倒くさがり屋の部分を知っている彼女は、自ら機材をもって出掛けて来て撮影するという。そして編集・配信などすべてをやってくれるという。それなら乗らない手はない。ということで、正直、いつまで続くかわからないのだが、それに登録者がそんなに多くなるとも思われないが、“波木流占術”をこの世に残しておきたい気持ちは強いので、書籍よりも早く形にすることが出来、何よりも“無料で届けることができる”ので、彼女の誘いに乗ってみることにした。「波木流占い講座」という名称で今日から正式配信されるはずだ。まあ、興味のある方は登録されたい。私は個人的にはUFO関係のものとか、オカルトミステリー関係のものとか、あとは恥ずかしながらアダルト関係のものくらいしか、YouTube動画を見ない。占い関係の動画もどのくらいあるのか、どういう方達が行っているのか、正直なところあまり知らない。というか、あまり興味がない。元々私はホームページにしてもそうだが、あまり同業者のものに興味がないというか、関心がない。だから、他の方が、例えばどういう形で「占い」を“動画化”しているのかよくわからない。だから、今回の動画も、私自身は正直「動画にしては動画らしくないな」という印象なのだが、とにかくYouTube先輩・藤野真帆氏にすべて任せてあるので、こういう感じのものになっている。一応“対話”的な雰囲気で語っているが、実際に私の教室に来られた時にも“同じような教え方”をするので、そういう意味では役立つ動画だと言えるだろう。特に“セミプロ”と呼ばれる形で「占い師」をされている方にとっては、必ず、役立つはずなので、儲かったら、少しおすそ分けを…。

 

800人が「逃走中」でもTVではない

2020-03-19

さまざまなところにまで余波を与えている「コロナ騒動」だが、ブラジルでは4つの刑務所から囚人たちが暴徒化して集団脱走し、そのうちの600人は捕まえたのだが、800人は未だに「逃走中」という状態にあるらしい。どうして、そんなことになってしまったのかというと、本来は34000名の比較的罪の軽い受刑者に17日から23日まで“外泊許可”を与える予定でいたのだ。ところが、ブラジルでも急に「コロナ騒動」が本格化してきて、もしも、受刑者が感染して戻って来られたら、刑務所内に感染者が蔓延してしまう。そこで、急遽、認めるはずだった“外泊許可”の取り消しが決まったのだ。これに怒ったのが元々気の短い人物が多い受刑者たちだ。あっという間に暴徒化して、刑務官だけでは抑え込めなくなった。こうして、四か所の刑務所で、まるで示し合わせたかのように“一斉脱走”が行われてしまったのだ。もちろん、警察もすぐ緊急手配をして、逃走者たちとの“追いかけっこ”が始まったのだが、人数が多いので捕まえきれない。結果、未だに800人が逃走中というわけだ。もはや、街の中に潜んでいる可能性が強く、そうなると捕まえても、当初心配していた“感染者”として戻ってくる可能性もあり、刑務所とは別なところに一定期間は隔離してから戻すしかない。しかも捕まえる場合でも、あまり長く“会話”してから捕まえてしまうと、今度は警察官の方が感染してしまう心配もあり、職務質問もそこそこ確保しないといけないが、ブラジル市内には“妖しい場所”が多く、そういう場所に向かうこと自体がリスクを伴う。こうなると、しばらく街中に潜んで居てくれた方が良いのかもしれない。何しろ800人で、人数が多過ぎるのだ。それとは別に“新たな犯罪者たち”も収容していかなければならないが、とてもそっちの方まで手が回らないので、軽犯罪者は見て見ぬふりを決め込みそうな状態が現在のブラジルなのだ。

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