3月, 2020年

「銃」と「マリファナ」で闘う(⁉)アメリカ

2020-03-18

人種とか民族とかは、宗教とか言語だけでなく、考え方の根底が違っている、と感じることは多い。それが端的に表れたのが今回の「新ウィルス」出現による“生活の変化”である。学校と図書館が封鎖されている地域が多くなった日本では本屋さんが特需となり、特に「児童書」と「学習参考書」「学習ドリル」のようなものが飛ぶように売れている。一方、お国変ってアメリカでは、何んと「銃砲店」と「マリファナの店」が特需となっているそうだ。なぜ新ウィルスに対して“銃”と“マリファナ”で立ち向かおうとするのか理解に苦しむが、それでも何となく“アメリカ人らしい”と思ってしまう。要するにアメリカ人には“臆病な人”が多いということだろう。濃厚接触が危険だと知って、自分の周りに人を近づけないよう銃を装備するという発想なのかもしれない。無理に近づけば殺されそうなのだ。そこまでしなくても…と私などは思うが、意外なほどアメリカ人は真剣らしい。というか極端な反応を示す。マリファナが急に売れ出したのも、或る種の“不安感”を鎮めるための“精神安定剤”的な役割のような気がする。なぜ、そんなに怯えるのか。結局、そういう人達だから“銃規制”など出来っこないのだ。マリファナは何よりも気分をリラックスさせて“多幸感”をもたらすと言われる。しかも数時間後には効果が消えて常習性もない。したがって思考回路の単純なアメリカ人にとっては“不安感”を鎮める一番のクスリと考えがちなのだ。日本の児童が、学校へ行けなくなって“学習成績”に対して不安を持ち、その結果として「学習参考書」や「学習ドリル」が売れるというのは、いかにも真面目な日本人らしい発想である。もしかすると本人よりも、その親の方が“購入させている”結果なのかもしれないが…。とにかく、日本人は「銃」とか「マリファナ」で立ち向かおうとはしない。初対面の場合には、最初から2m以上近づくことは稀である。元々、愛する者と意外には“濃厚接触”をしない民族性を持つ。そういう点では、日本人の“距離感を置く性質”がこういう時には、欧米人よりも役立ちそうで、やはり「奥ゆかしさ」の伝統は維持し続けなければならない。

4月に連鎖する「経営破綻」どう食い止めるか

2020-03-17

もはや私が年初から怖れていた「防ぎようのない自然災害」は、怖れていた以上の“危険な連鎖”を生み出した。私は最初1月17日の時点で《「豪」→「比」→「 」の自然災害》という形で“未知の何か”が、フィリピンより上の地域で生まれることを予感した。そして1月25日に《次の「 」は「中」“新型ウィルス”だった⁉ 》と書いた。この時期には、まだ世間は何も騒ぎ立てていなかった。次に2月3日《「国家非常事態宣言」が次々発動される⁉ 》という形で、ソマリアのことを書きながら、今年が“特別な年”になっていくだろうことを予告した。さらに2月25日《「 」からの「人工ウィルス」大暴落 》として、中国で発生したウィルスが“人工的なものである可能性”と、既にアメリカにも存在している可能性、そしてそれが原因しての“株価の大暴落”が生じつつあることを論じた。けれども世間は、まだまだこの時点では「防ぎようのない自然災害」がもたらす混乱と実害を予測している人は乏しかった。私が、とどめとして《「政府」か「日銀」か、どちらか動かないと…》と書いたのは2月29日のことである。もちろん、世間も、政府も、日銀も、私の書いていたことの“後追い”をするような形で、動き出していた。私は、誤解をされると厭なので書いておくが、自分の予告や予感が「当たる」とか「当たらない」はどうでも良いのだ。それよりも、こういう悪い予感が的中してほしくないので、あえて書くようなところもある。「未来現象」というのは口に出すことで、その通りではなく“少し形を変えて”具現化されるケースが多いからだ。「予知夢」などでもそうだが、夢で見た通りになるのかというと、必ずしもそうではない。けれども、その根本とする部分は“その通り”である場合が多い。さて、以前にも述べたように、今年は「庚の年」だが、月では4月が「庚の月」に当たる。したがって、この月に“今年を象徴する出来事”が生じることになる。つまり、社会現象としては「経営破綻の連鎖」が生じそうな気がしてならないのだ。もちろん、このように記すことで、少しでも“違った形”に変じてくれる方が良い。そのためには、とりあえず4月には“自粛生活”が解除されないと…。

「人間」としての“難題を提起する”植松聖

2020-03-16

今日16日、一つの注目すべき“判決”が言い渡される。これまで裁判員裁判という形で16回の公判を経ての“判決”となる。実は判決は最初から決まっていて「死刑」ということになる。何しろ、19人も殺害、24人にも重軽傷を負わせた事件である。「死刑」以外は考えられない。ところが、この判決を受け入れる一方で、一切自分の罪を認めず、正当性を主張してきたのが植松聖被告である。2016年7月26日「津久井やまゆり園」に侵入し、入所者たちを次々と殺傷した。個々に入所していたのはいずれも重度の身障者たちだ。植松被告は元々ここで職員として働いていた。普通に考えれば、もっとも入所者たちを理解し、寄り添う側の人間なはずであった。ところが、彼はここで働いていく中で、果たして入所者たちはこのようにしてまで生き続けることが望ましいことなのだろうか、と考えるようになる。特に、その家族の方達の負担は重く、或る意味で厭でも身障者の生活を支えていくことを強要される。そういう在り方が、健常者としての日常を“犠牲にしなければならない”在り方が、正しいと言えるのだろうか、と考えるようになる。もし、自分で望んで“こういう姿として”産まれてきたわけでもない身障者たちを“楽にして”あげて、その家族の方達にも“正常な生活”を取り戻してあげることができるなら、その方が双方にとって望ましいことなのではないか。これこそが、植松被告が犯行を決行し、43名もの死傷者を出しながら、何ら反省するどころか、わびる気持ちもなく、その正当性を主張している根幹の考え方なのだ。もちろん、身勝手な主張であり、決して許される考え方ではない。但し、人間を“生物の一種”と捉えなおすなら、生きていく上で、弱者がはじかれ、強者が生き残り、生存競争を生き残っていく在り方は、ごく自然に見受けられるものである。人間の持つ“ヒューマニズム”がそれを許さないだけだ。われわれは“生物の一種”でもあるが、同時に“理性”と“協調”の中で生きていく“特異な存在”であり、その人間的な部分が、植松聖被告の考え方を排除する。けれども、植松被告はそれに対して「不幸に慣れただけで、本当の幸せではないと思う」と言い切る。今でも「自分の考えを世の中が実践できれば、幸せになる人がもっと増える。そういう意味で犯行は良い仕事だった」彼は「死刑」を受け入れるが、罪は認めていないのだ。

「縁(絆)」の向こうにあるもの

2020-03-15

ネット上の記事を読んでいたら、歌手の仁支川峰子氏がTV番組の中で2009年に離婚した夫が失踪中で生死不明の状態にある、と語ったらしい。離婚後、既に11年が経過しているが実家に戻った形跡もなく、どこにも連絡がないという。このようなケースは稀ではない。親子間でも、兄弟間でも、元夫婦でも、元恋人でも、その後どうなってしまったのか、行方不明状態のまま経過していくケースは意外なほど多い。もちろん、対立したのち別れている場合は、わざわざ近況を知らせる必要もない。親子間などの場合、家を飛び出している場合は、飛び出した側も簡単には戻りにくいし、飛び出された側も、理由なく戻って来いとは言えない場合が多い。双方とも意地になっている場合、別に行方不明でなくても、音信不通でどこにいるかもわからなくなっているケースが多い。離婚や恋愛離別の場合、なおのこと「他人」に戻ったのだから連絡先が分からなくなってしまうのは或る程度仕方がない。私は昔、手相の本を読んでいた時に、結婚線が大きく分岐している人は離婚したのち相手の消息が分からなくなっていく相、と記してあって“その部分”に興味を持った。そこで「分岐結婚線」の人達に訊いてみたが、確かに離婚後の消息を知らないケースが多かった。確かに、別れてしまえば“他人”だが、その後なら“どうなっても良い”と思える人は少ないだろう。観相学的には眼尻から髪際に真横に仮想線を引き、眼尻からは遠い“その線上”にホクロがある人は、別れて後も相手からの影響を受ける。「思慕」という言葉があるが、別れて後も、そういう想いを抱いている場合が多い。ホロスコープでは双方のホロスコープを重ねて、その主要惑星同士がピタリと重なるような場合、先天的な「縁(絆)」の特別強い者同士となる。例えば、一方の太陽の位置と、もう一方の月の位置とがピタリと重なるような場合だ。或いは互いの月と月、金星と金星、金星と火星がピタリと重なるような場合だ。先天的な「縁(絆)」が強いので、文字通り“結ばれる”ケースは多い。けれども、これは“相性”とはまた微妙に別なのだ。だから、簡単に“結ばれて”も、やがて別れてしまうケースは多い。長期的には「相性」の良い悪いの方が強く作用する。この相性の良し悪しは“性質”的に、或いは“能力”的に、或いは“体質”的に、似ているかどうか、合っているかどうかが一番なのだ。ホロスコープで言えば、共通する惑星アスペクトがあるかどうかなのだ。一般の人にも解かりやすいのは“似た雰囲気”を持っている者同士は相性が良い、と知っておこう。

「日本」が救われる「予兆」になるか

2020-03-14

「新型コロナ」で世界中が混乱を極めているが、日本にとっては“好ましい予兆”が一つ出てきた。ドル円相場が「円安」方向へと傾きだしたのだ。前にも述べたように、混乱が起きる前、1ドル111円前後を彷徨っていた。それが混乱が起きたことで、ドル円相場は一気に、1ドル101円前後まで「円高」に振れた。数日の間に10円も円高となったのだ。輸出企業の多い日本にとって一気の「円高」は“恐怖”を招く。しかも、原油価格まで急落したから、日本の経済産業に危険信号が灯りだし、日経平均も急落した。昨日まで、歯止めがかからない暴落が続いていた。ところが、ここにきて急速に“元に戻りつつあるもの”がある。それが“ドル円相場”と“原油価格”である。なんと私がこれを書いている時点では1ドル108円まで「円安」に何故か戻って来たのだ。さらに30ドルに届かなかった原油価格も33ドルまで戻してきた。もう一つ「恐怖指数」と呼ばれるものも一時的に“80”まで達したものが“57”まで戻した。もちろん、これらの数値はまだまだ流動的で呼び戻しがあるかもしれない。けれども、少なくとも一気にこれだけ大きく戻るということは、ひとまず「危機は脱した」と捉えても良い。特に、日本に関してはドル円が一気に大きく戻っていることで、一番の安心材料を得た。もしかしたら、これらの数値が「今の世界」の“先を行っている”可能性があるからだ。つまり、一時的に日本の経済は窮地に陥るが、意外なほど“早期に回復する”可能性が出て来たということである。そうでもなければ、こんなに早く急速に「円安」方向に戻すはずがないのだ。元々、円高に振れるのは「世界危機の時」と相場が決まっている。今回も、だから一気に“円高”となった。あっという間に111円から101円に変ったのだ。それが現実には「世界危機」が拡大中だというのに、再び「円安」方向へと一気に梶が切られた。本来であれば戻るにしても徐々に時間をかけて戻っていく。ただ、この急速な“戻り”が、日本が他の国よりも早くに“収束される”可能性が出て来たことで、ドル円相場がそれを“予兆する形”で戻し始めたという可能性はある。理屈で考えると、相場のグラフが“未来を予測する”こと自体が奇妙なのだが、過去の歴史を振り返ると、必ず、その半年後から一年後にかけて何故か“実体経済”は、その後追いをするのだ。

親に「真実」を話せない子供達

2020-03-13

昨日、大阪市内で、昨年9月に自宅マンションから飛び降り自殺した少女の両親による「メモ」の公開と記者会見が行われた。メモは走り書きで、二種類あり、そのどちらにも「死ねって言われた」という部分が出てくる。母親は朝に一つの方を見つけて、学校へと出向き相談したが、明確な対処はしてもらえなかった。少女は学校を休んだので、昼間も自宅に戻って昼ご飯を一緒に食べてから出掛けたが、その後ひとりになってから、少女は自殺を決行した。学校を休んでも、母親と一緒にお昼を食べても、少女は最後まで何も相談せず自殺を決行した、ということになる。このケースの場合、少女の自殺当日に、わざわざ母親が学校へと出向いているので、しかも、わざわざ昼も戻って一緒に食事しているので、親の側には何ら問題はない。むしろ、そうまでしたのに、学校側が何もしてくれなかった、ということでの記者会見であったのだろう。それは確かに、その通りなのだが、より根本的な問題は、最近の子供達が、自分の両親にも、担任教師にも、なぜか本当のことを話そうとしない、相談しようとしないことにある。どうして相談しようとしないのかというと「迷惑が掛かる」と思っているからだ。或いは「自分のことで巻き込んでしまう」と考えているからだ。或いは相談しても「どうにもならない」と結論付けているからだ。これは世代的な傾向のようで、今の子供達は総じて「自分のことは自分で何とかしなければ…」という意識が強い。或いは「迷惑はかけられない」という意識が強い。どうして、そんなに“お行儀が良い”のだろうか。もしかすると、TV等で事件が起きた時、親とか周囲の人たちが巻き込まれていくのを観ていて、“巻き込むのは良くないこと”という思い込みがあるからだろうか。多分、それもあるのだろうが、一番の理由は、現代は“共働き”の家庭が多く、幼い頃から両親の“忙しい状態”を観ていて、迷惑はかけられない、という想いが植え付けられているせいだろう。逆な言い方をすれば、それだけ“親子としての接触度”が乏しいのだ。日本の場合、子供に経済的な負担を負わせたくないという意識の強い両親ほど、夜遅くまで働く。そうすると、どうしても子供と接する時間は限られてくる。当然のことだが、真面目な両親からは真面目な子供が産まれ育つ。子供の方も、そういう両親に自分のことで“煩わせてはならない”という意識が働くようになる。だから、学校でのイジメを親に相談できない。だからといって、学校側に相談できるかというと、それも出来ない。今度は先生に迷惑が掛かる。それ以前に、先生の方も忙しそうである。自分の相談をまともに聞いてくれそうもない。昔のように、教師と生徒の間の“密着度”も薄れている。だから、相談できないのだ。要するに。家庭の中でも、親子に距離感があり、学校の中でも教師との間に距離感があり、どちらも本当の相談相手として思い浮かばない。自分自身での解決方法は「死」の選択しか思い浮かばなかったのだ。

来るか「古代文明」の“謎の発見”連鎖⁉

2020-03-12

どうも年初から暗いニュースが多いが、もしかしたら明るいニュースの「兆し」になるかもしれない出来事がマヤから伝えられた。古代文明「マヤ」のもっとも初期の文字がグアテマラの南西140キロの地点タカリクアバフ遺跡公園から発見された。元々ここはマヤの先住民とされるオルメカ人が1500年以上もの長い間“先史文明”を築いていたところで「石碑87」と呼ばれる石板レリーフに“初期文字”は描かれている。マヤ系統の王朝は断続的に続いているが、文字は最初からある程度“出来上がっていた”ことが研究者の間で不思議がられていた。古代エジプトのヒエログリフ(聖刻文字)に比べて、やや雑な感じはあるが、マヤ文字が持っている芸術性は今日でも損なわれていない。特に天文学的な記録は貴重で“マヤ暦”解読の重要な決め手となった。よく「マヤ暦」というと、今日にも引けを取らない太陽暦が取り上げられるが、詳細に分析すると「太陰暦」や「金星暦」の方が数字的には今日の値に近い。ただ未だ不明なのは「神聖暦=260日暦」の存在である。この「260日」という日数が何に基づいているのか、誰にもわからないのだ。ただ“神聖な儀式暦”としての役割が強かったので、何かの“周期”として意識していたことは間違いがない。マヤの神聖暦は中国の干支暦と似た性質を持っていて、生れ日に基づく「マヤ文字占い」が、今日まで伝わっている。但し、暦の構造を欧米人がアレンジしてしまったので、通常、行われているマヤ暦日による占いは“古代マヤ人の暦日”とは微妙に異なっている。とにかく、文字に“デザイン性”が最初から加味されているという点では、エジプト聖刻文字と双璧なのだ。それだけに、その文字の“初期過程の解明”は重要な発見と言える。もしかすると今年はそういう地味だが貴重な「古代文明の発見や解明」が次々ともたらされる年になるのではないか。人類が築いてきた科学文明が、赤子の手をひねるようにもろく崩れ去る時、それとは正反対に位置する古代文明の“初期の文明”が次々と表に出てくるのは、一つの警告としても重要なメッセージを含んでいるような気がする。

「がら空きホテル」&「家具なしホテル」

2020-03-11

観光地が静まり返っている。外国人たちだけでなく、日本人観光客までどこかに消えてしまった。これでは観光地のホテルが成り立つわけがない。そこで急きょ、行われようとしているのが“投げ売り”ならぬ“投げ宿泊”で、赤字覚悟の“宿泊料金”でお出迎えする作戦。何しろ、京都などインバウンドで潤っていたホテルの3月の稼働率は30%くらいまで落ち込むと見られている。本来であれば、そういう時こそ国内の観光客を呼び込みたいところだが、全体的に自粛ムードで多少安くしたくらいでは客室が埋まらない。外人観光客で潤っていた地域のホテルほど“がら空き状態”が顕著になっている。こういう状態が何カ月も続けば、間違いなくギブアップせざるを得ない。実はホテル業界には、もう一つの問題が控えている。オリンピック・パラリンピックが予定通り行われるのかどうかだ。現在、急ピッチで東京五輪を当て込んでオープン予定のホテル建設が進められている。通常通りに開催されるとすれば、5月くらいまでに建物を竣工させ、6月中には家具・備品類の納入を終えていなければならない。ところが、これら新規ホテルの多くが、その内装材や照明器具やトイレ便器やベッドなどの多くを中国に発注している。本来なら既に届いているそれらの製品が“疫病騒ぎ”でストップになっているのだ。製造ラインそのものがフル稼働できない状態らしい。したがって、ホテル外観の建設自体は完了しても、家具なしのまま夏場を迎えなければならないかもしれないのだ。しかも、急いでオープンに間に合わせたとしても、予定されていた宿泊客たちが来てくれるかどうか、という根本的な問題もある。五輪の開催自体を“危ぶむ”声も多くなってきた。つまり、既存の稼働しているホテルも“がら空き状態”で、新規のホテルも“家具なし状態”で、完成前から“閑古鳥”で窮地に追い込まれそうなのがホテル業界なのだ。ここ数年、インバウンド需要で潤ってきたホテル業界だが、思わぬ「敵」の出現で今や“風前の灯火”といった状態にある。

今後の決め手は「ドル円相場」と「原油価格」

2020-03-10

私が前から述べているように「日本株」の動きを左右するのは、最終的には「ドル円相場」と「原油価格」に尽きる。一時期、経済アナリストなどが「ドル円や原油価格が相場を動かしていた時代は終わった」などと言っていたが、そういっていた人たちに、今回の“株価急落”の主原因を問いただしてみたいものだ。もちろんアメリカ株が急落して、その影響を世界中が受けているというのは事実だし、その背景に「新型ウイルス」があることもまぎれもない事実だが、実はそれにやや先立つような形で「ドル円相場」と「原油価格相場」が“微妙な動き”をし始めていた。これを書いている段階では、アメリカ株の取引は終わっていないが、多分、1800~2100ドル程度の下落で終わるのではないだろうか。こんなに急落したことはない。しかも、3月に入ってからの下落率は驚くほどで総計5000ドル以上も下落しているのだ。日本株もそういう点では引けを取らない。既にピーク時から4000円以上も急落している。昨日は一日の間に1050円も下落した。今日も、一時的にそのくらい堕ちてもおかしくはない。日本の場合、政府も、日銀も“打つ手”が限られているので、アメリカのように“一気に盛り返す”ということが出来ない。大体、世の中全体が2月に心配していた通りの展開になって来ていて、収束の目安が付くのは4月半ば以降となる。そうすると、それまでは「ドル円相場」が元に戻らない。これが日本にとっては一番の問題点なのだ。111円までじわじわと円安方向に向かっていたものが、一気に101円(現在は102円)まで数日で10円も動いたのだから明らかに異常である。原油価格にしても、私が日本株にとって継続的上昇が期待できる「60~80ドルの間」の少し手前、59ドル前後でしばらくの間は動かなかった。それが一気に急落して後、株価の方もおかしくなってきた。必ずと言ってよいほど、原油価格の方が先に大きく動く。現在の原油価格は30ドル前後まで落ちてしまった。これでは仮にアメリカ株が急速に元に戻しても、日本株はなかなか上向かない。ということは、日本の経済は“瀕死状態”がしばらく続くことを覚悟しなければならない。本当に、こういう予測は当たってほしくないので、政府か日銀がもっと“強力”なカンフル剤を打たないと、日本の景気がウイルスに侵されて…。

10代と80代は、なぜ“家”を飛び出すのか

2020-03-09

ときどき興味深い統計が出る。昨日、私の眼に留まったのは2019年に家族から届け出があった「行方不明者」の統計である。その総計は7399人で特別多い年ではないそうだ。その中で年代別の統計があり、10代は1452人とどの年代よりも多かった。それに続くのが80代で1295人となっている。その中間の年代では徐々に減っていく。なぜか、10代と80代が示し合わせたように、家族に黙って「家」を飛び出すのだ。一方、発見者の数も示されていて、この中には昨年の行方不明者だけでなく、それ以前の不明者も含まれるのだが、6409人が無事発見されている。大雑把に言えば、発見されないままの不明者は約1000名ということになる。ところで“10代の若者たち”はなぜ家を飛び出すのか。私の若い頃には、五木寛之氏が書いた『青年は荒野を目指す』という本があり、寺山修司氏の書いた『書を捨て、街へ出よう』という本があった。10代の若者たちに「家庭」という安住の領域に留まってはいけないと啓発するような本が共感を呼んでいた。けれども、今は、ほとんどそういう挑発的な本はない。社会的な背景としても、その当時のような不安定な社会情勢とは言えない。親子間における「対立の構図」なども滅多に聞かない。昔などより、はるかに親子による意思疎通は取れている印象が強い。もっとも、それはあくまで大多数であって、そこから“食み出した家庭・家族”が沢山あることも知っている。また、必ずしも「家」が嫌だから“飛び出す”とは限らないことも現代の特徴だ。恋愛の相手と一緒に暮らしたいとか、未知のところで生活してみたいとか、自分の夢に賭けてみたいとか、さまざまな理由が存在している場合もある。時には“誘拐に近い形”で家族から姿を消してしまう場合もある。昔と違うのは、ほとんどの場合にスマホや携帯電話を持っていることだ。さて80代の方はどうだろう。実は、こちらの方が“捜し出す”という点から言えば難しい場合も多い。特に認知症である場合は、勝手に相当遠くまで移動しているケースが多い。近年、IT化が色々な分野に浸透してきているが、この80代の認知症の人達には身体にチップを埋め込んで、どこに行ってもすぐわかるようにしておけば安心のような気がする。つまり、ITとかAIとかは10代よりも80代の方に“使い道”が色々とありそうな気がする。自動運転だって、若い人より、お年寄りに役立つはずなのだ。逆に、10代では強制的に「3か月間」スマホや携帯を使えない環境で生活することを義務化する。そうすることで、それまで見えなかったものが見えて来る10代の若者が沢山誕生するに違いない。

「ロボット」がマンション内部まで宅配⁉

2020-03-08

「無人宅配ロボット」と聞いても、もはや驚かなくなった。確かに、アメリカや中国では数年先には「実現するらしい」という話も聞く。けれども、宅配とはいうもののあくまで玄関先であって、マンションなどの集合住宅では「共有玄関」に置かれて立ち去られても役立ったとは言えない。そういう“当たり前の課題”に開発者たちが目を瞑るはずがない。既にマンション内まで運んでくれるロボットは開発されているのだ。その実証実験動画がこのほど公開された。ロボット「DeliRo(デリロ)」エレベーターに乗る…といった内容の動画である。竹中工務店と三菱電機の“共同開発”らしい。その、とても一般公開向けまで考えていたとは思えない実験動画では巨大なビルの中まで単独で入っていって、エレベーターの前まで行って「呼び出し」「乗り込み」「階移動」などを完全自律移動していく様子が示されている。もっとも、これは今のところエレベーターが“特定された会社のモノ”であることが絶対条件で、それ以外のエレベーターでは役立たない。まあ、当然と言えば当然のことなのだが…。そして残念ながら今はその程度が日本での限界なのだが、やがてはそういう条件もクリアして、どのビルであろうと、どのマンションであろうと、室内から出ることなくデリバリーが届く時代がやって来るには違いない。届けてくれるロボットも、現在動画などで示されている“無機質な箱形ロボット”などではなくて、可愛らしい女性の姿をした「メイド服ロボット」が良いと思うのは私だけだろうか。ロボットの欠点は、それぞれの“業務向けロボット”は、その業務に適した形状でした作業が出来ない。“精巧な人型ロボット”は今一つ動きが十分ではない。その両方を上手く調和させるのは意外に難しいらしい。もっとも、人は我が侭なもので“精巧な人型ロボット”が与えられれば満足かというと、そうもいかない。やっぱりホンモノの「人」恋しくなったりするのだ。ロボットほど精巧ではなくても良いから、“ウイルス”が付いてるかもしれない“人の手”を求めたりする。

すべては「ジョセル王」から始まった

2020-03-07

あなたは「ジョセル王」を知っているだろうか。多分、知らないだろう。歴史的にはそれほど有名な王というわけでもない。けれども、エジプトにおいて最初のピラミッドを建設したのは、まぎれもなくこのジョセル王からだった。今から4700年位前の王である。この王はその彫像も残っているが、それよりもピラミッドの中にあるレリーフで王自身が儀式を行っている姿の方が有名である。儀式と言っても、横向きに走っている雄姿だ。実は、これが出来ないと、もはや王としての「体力が尽きた」とみなされて、立ち合いの家臣たちから撲殺されてしまう。まさに“命がけの儀式”だったのだ。そういう風に聞くと、ただ単なる“横向きの走り姿”と思って見れなくなる。しかも、王墓を兼ねていた(?)ピラミッド内部に描かれているのだ。ところが、2006年からはその内部が“修復作業”のために閉鎖されていた。このピラミッドでは王墓として唯一レンガも使用されているので、元々崩れやすいのだ。そこで補強材も加えて、内部見学が可能なように修復された。その費用は7億円以上で、14年もの歳月を要した。私が行った時にも、この「階段ピラミッド」は修復作業中で、中まで降りていくことは出来なかった。もっとも、このピラミッドが最初から「ピラミッド」を志向していたのかには疑問が残されている。明らかに、前から存在していた墓を改造して階段状に石を積み上げたもので、真四角でもない。それでも、やや高台にあるせいか、現在までその遺構が残されてきた。その後の王たちは、このピラミッドにヒントを得て四角錐のピラミッド建設を目指した。ただその規模から言っても、その技術から言っても、古代エジプトのピラミッドは4700年前から4400年前くらいまで、つまり第三王朝~第四王朝にかけてがピークであって、第五王朝以降のピラミッドは極端に“縮小化”される。さらに、その石積み方法も良くなかったので、あっという間に崩れ去ってしまった。なぜか第三王朝~第四王朝の間だけが「巨大ピラミッドの時代」となっているのだ。ちなみにこの「階段ピラミッド」は6段組みで63mくらいの高さだ。クフ王の147mの高さに比べると見劣りするが、それでも4700年前と考えると途方もない高さである。きっと彼らは、もう少し高くすれば「星に手が届く」と思っていたのに違いない。

190か国配信「沢尻エリカ」も出演のドラマ

2020-03-06

世の中というのは分からない。「覚せい剤」で人生を棒に振ったかに見えた沢尻エリカ氏だが、蘇ったかのように“人気女優役”でちゃんとドラマに出ていた。しかも、そのドラマは世界190か国以上に配信され、1億3000万人以上の視聴者数を誇るNetflixのドラマ部門でトップ独走中というから驚く。撮影は昨年の3月~7月で、覚せい剤事件よりはるかに前だが、Netflix側からは「彼女の出演シーンをカットしてほしい」という要求は一切出なかったという。堂々と190か国に“人気女優・沢尻エリカ役”として出てくるのだ。監督は蜷川実花氏で、確かに彼女の“お気に入り女優”ではある。もっとも、主役は“女優の卵”である池田エライザ氏と、その素質を見出す“人気写真家”役の中谷美紀氏のダブル主演だ。インスタにアップされた1枚の写真がきっかけで成功女優が誕生していく過程を描く「Followers」というこのドラマには、他にも中島美嘉氏がシンガーとして登場し、夏木マリ氏なども登場する。グッチやケンゾーの店内撮影も初めて可能とし、全スタッフの7割が女性で占められるという異色の作品だ。題材はいかにも“アメリカ人好み”の内容を意識しているようにも感じるが、ハリウッド映画のような華やかさを演出できるのは蜷川実花氏ならではの感がある。今年は、いろいろな意味で、芸術や芸能というものの“本質”が問い直される一年になるかもしれない。いや、芸術や芸能だけではない。個々の「国家」と「世界」との問題。「法律」と「社会」との問題。これらも、これまでの“常道”が通用しなくなりつつある。何が「正義」かさえも、問い直さなければならない時代が来ている。多くの人は知らないが、実は数日前、ロシアのプーチン大統領が「憲法改正案」を提出し、承認された。この“改正案”には、驚くべき内容が含まれている。神への信仰を法制化すべきこと、結婚は男女間でのみ認められると規定すべきこと、北方領土はロシアの領土であり、自分が大統領退任後も永遠に譲るべきものではないことなどが明記されているのだ。私は2019年2月号の『クオリティ』という雑誌の中で北方領土返還に関して「本当はここまでは言いたくないが、この交渉が上手く行かなければ、もう二島はおろか、永久に北方領土は返ってきません」とインタビュー記事で断言していた。こういう予言は当たってほしくない。いつも、そう思うのだが「悪い予言」ほど的中してしまう。もう少し、楽しいことを予言したいのに…。

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