5月, 2020年

ススキノ百貨店「ラフィラ」が消えていく

2020-05-18

昨日、札幌ススキノの玄関口で開業46年になる百貨店ビル「ラフィラ」が閉館した。一応、言っておくと、今回の“新型コロナ騒動”による閉館ではない。前々からビル自体の老朽化が指摘されていて、6月にも解体して“新しいビル”として3年後に生まれ変わることが決まっていた。ただ、今回の騒動で、実質的に閉店まで営業していたテナントは半分以下となっていた。本来なら「閉店セール」を大掛かりにやって“一儲け”したいところであろうが、今回の場合はそれも出来ず、何ともさびしい幕切れとなった。このビルは、最初1974年に「札幌松坂屋」として操業を開始している。それから「ヨークマツザカヤ」となり「ロビンソン百貨店」となり「ススキノ・ラフィラ」となった。おそらくだが「ヨークマツザカヤ」としての期間が一番長かったのではないだろうか。ススキノの玄関口にあるので、場所としては最高なのだが、近年は漏電による火災が起こるなど、防災面からも問題が指摘されていた。実はススキノにある飲食店ビルには、この百貨店ビルと同じような時期に開業したビルが少なくない。ススキノの玄関口にあるので、札幌に長く居住している者なら、この百貨店ビルを訪れたことがないという人はいないのではないか。それくらいシンボル的な百貨店なのだ。私はそんなに出歩く方ではないが、札幌に来る前、室蘭に居住していた時代から、ここだけは解かりやすいので、札幌に来た時、よく立ち寄ったものだ。待ち合わせにもよく使ったし、7階と8階の飲食店も良く利用した。地下から最上階まで、使用しなかった階はない。すべての階で、お金を使っているのだ。考えてみれば、そういう百貨店も珍しい。最近は住居に近い丸井や三越のデパートを使用することの方が多いのだが、どの階の店でもお金を使ったというビルは記憶にない。例えばファッションの階はそのまま通り過ぎたりする。そういう点でも「ラフィラ」の百貨店では、宝くじ売り場も使用し、スーパーも使用し、ケーキ店も使用し、酒屋さんも使用し、ファッションアパレルも使用し、眼鏡店も使用し、書店も使用し、カフェも使用し、レストランも使用し、居酒屋も使用し、バック店も使用し、インテリア店も使用し、歯医者も使用し、修理の店も使用した。あらゆる店を使用した。それにしては、寂しい幕切れだった。

「変貌した男」を演じる俳優・沢田研二⁉

2020-05-17

主役として出演予定であった故・志村けん氏の代役に歌手・沢田研二氏が決まった。なかなか興味深い人選である。沢田氏の方から買って出たのか、或いは監督の山田洋次氏の方から依頼したのか知らないが、いずれにしても“単なる代役”とは根本的に異なる。ましてや、この作品で演じられる主人公は「ダメオヤジ」の設定である。そこが良い。近年の沢田研二は、若いころと違って、決してスマートなアイドルではなくなった。むしろイメージ的には「ダメオヤジ」に近い。だから、今の沢田研二であれば、“家族から見放されたギャンブル好きの親爺”でも違和感がない。昔、映画に携わっていた男…という設定も符合するから、山田洋次監督がどこまで沢田氏の“ダメっぷり”を引き出せるかにもよるが、決して単なる友情出演などではない。或る意味で“新たなコメディアン”が誕生するかどうか、そういう意味でも興味深い作品となる。この作品は二部構成になっていて、そのダメオヤジの若い頃は若手俳優・菅田将暉氏が演じる。つまり、年齢を経たことで、そして人生上の変化があったことで、人は“変わっていく”ということを暗黙のうちに物語る作品でもある。若き日の“恋のライバル”が登場する点では「男はつらいよ」にも共通する作品だ。沢田氏は38年前、山田洋次氏の「男はつらいよ」で今の奥さんと出逢った。そして少し“不倫の期間”を経て、後に正式に結婚した。そういう意味でも山田洋次監督は“人生を変える”きっかけを作った人物である。志村けん氏とは“コントで多数共演した”のだが、そしてなかなかのコメディアンぶりも発揮したのだが、なぜかアイドルのイメージは崩れなかった。容貌が邪魔をしてコメディアンとして変貌できなかったのだ。今なら、十分に“ダメオヤジ”でも演じられる。むしろ、志村氏よりも“ダメオヤジ”っぽくなれるかもしれない。若き日を菅田将暉氏が演じるのも良い。若き日の沢田研二氏からすると少し“甘さ不足”だが美男という点では合格点かもしれない。運命は変わる。人生は変わる。それを説教臭くなく感じさせるのが山田洋次氏なのだ。

「コロナ」に感染した「アパレル名門」の“死”

2020-05-16

“新型コロナ”が影響して上場企業初の倒産が出た。東証1部上場のアパレルの名門「レナウン」である。私が生れた時には既に存在していた企業だ。そして私がまだ子供だった頃、TVのCMで際立って輝いていた企業だ。1960年代から70年代にかけて「レナウン」のCMは誰もが知っていた。「ワンサカ娘」「イエイエ娘」として、音楽に合わせ飛び跳ねながら登場する“三人娘”が、当時としては斬新だったのだ。だから「レナウン」という企業名はだれもが知る企業名であった。その営業利益も80年代初期には2000億円を超えていた。けれども、その後、急速に利益が伸びなくなった。時代が変わったのだ。アパレル企業は時代の変化と波をもろに受けやすい。流行の先端を行っていたはずの企業は、いつの間にか「老舗」と呼ばれ、“時代遅れ”の企業と変った。いったん、そうなると巻き返しは難しい。ずるずると後退していった。それにしても、まさに“時代の波”としか言いようのない“新型コロナ”の影響で、流行を先取りするアパレル業種が上場企業倒産の「第一号」となるのは皮肉である。本来なら、飲食業とか、観光業とか、ホテル業とか…直接的に影響する業種が、真っ先に「ギブアップ」しそうなものであるが、そうではなくてアパレル企業だった。実際、アパレル企業はどこも急速に売り上げが落ち込んでいる。なぜなら、外出の自粛を求められている。女性は外出するのとしないのとではオシャレへの“向き合い方”が異なる。要するに外へ出ないなら、どんな格好でも良い、というのが本音らしい。外出しなくても、オシャレを欠かさないのは少数の“本当のオシャレさん”たちだけなのだ。したがって、もしも、このまま自粛期間が長引けば、或いは本格的に「テレワーク」が当たり前になってしまったなら、もっとも困るのはアパレル業界かも知れないのだ。特に若い人たちの“ファッションセンス”は、昔のように“良いものを長く”ではなくて、“安いものを次々と”という流行の“着流しスタイル”が定着しつつある。外出しないなら、次々と変えていく必要性がない。当然のことながら、ハンドバッグなども必要性が薄れる。化粧品などは決定的に必要性が消える。こうして、“新型コロナ”はさまざまな業界の人々を“苦境”に貶めていく。

「十年の大運」は“存在”するのか⁉

2020-05-15

最近、占いの生徒さんからも、占いの鑑定希望者からも、同じような質問を受けたので、そのことについて少し書きたい。推命学上の「大運(行運)」についてだ。古典的な推命学では、通常十年間ごとの「大運」と呼ばれるものを重視している。早い話が十年間ごとに大きく「運が変わる」という捉え方だ。こういう“仮説”のことを、運命学上では「進運」とか「行運」とか「流年運」とか呼ぶ。東洋でも西洋でも古来から存在していて、未来の運勢を物語る「尺度」とされている。推命学の流派によっては、この「大運」を抜きにした先天運など“無意味である”とさえ極言する人たちもいる。西洋の場合には、実はノストラダムスの時代(16世紀の頃)にそういう観方があった。もっとも、そのノストラダムスは古代ギリシャやペルシャの占星学原書からそれらを吸収していた。つまり、ギリシャ・ローマの時代から存在した“運勢判断の観方”なのだ。どういう観方をするのかというと「太陰暦」と「惑星周期」というものを使って、仮想上の“大きな運勢の周期”と、それを細分した“小さな運勢の周期”があって、それらの影響で、どの周期の時には幸運で、どの周期の時には不運なのか、機械的に割り出していく。この占星学の手法を推命学に取り入れたのが「大運法」なのである。西洋が「1日=1年法」を基礎としているのに対して、東洋は「3日=1年」を基礎とする。「違うではないか」と思う人がいるかもしれないが、実はそうではない。東洋の「3日=1年」は正確に言うと「3同一干支日=1年」という捉え方なのだ。つまり、東洋の場合には「干支暦」なので、一年間の間に“同一の干支日”が6回巡って来る。ここが重要なのだ。6回巡るので、本来なら「6日=1年」としたいところだが、陰陽の理論から、男女の運は「逆方向に向かう」という、解かったような解からない理論によって男女の仮想進運を、片方は順行させ、片方は逆行させる。こうすることによって「6干支日」は「男=3日間・女3日間」となって、合わせて6日間となり、一年間の“同一干支日”が埋まる。これが推命学上で「3日=1年」と観たてるそもそもの根拠なのだ。ちょっとややこしいが、要するに根拠として元々薄弱なものなのだ。だから、そんなものに振り回される必要などない。今日のような、あっという間に“世界が変わる”ような時代に「十年間は大きな運が変わらない」と考えること自体が虚しいではないか。

「パチンコ闘争」は「IR投資」の“火”を消した

2020-05-14

あまり大きく取り上げられることのないニュースが私の眼を引いた。昨日、米ラスベガス・サンズが「IR(カジノを含む統合型リゾート施設)」による日本進出を断念したと公式に発表した。しかも、その理由については明確なコメントがない。もちろん、IR事業に手をあげているのは米サンズだけではない。けれども、実は“この時期”に米サンズ社が“手を引いた”のには重大な意味がある。このところ、ずっとパチンコ店及びそこに集う人々と、行政及び世論におけるバトルが続いているように見えるからだ。海外から見た「日本」という国では、カジノと同じような仕組みの娯楽、お金を掛けてギャンブル的に“遊ぶ”とか“愉しむ”とかいうことは、頭から「悪だ‼」と決めつけられている傾向がある、ということを外国人に感じさせたようなのだ。そうでなければ、わざわざこの時期に「撤退」の意思表明を社長名で行ったりしない。元々サンズは最初、大阪での進出を構想していた。それを土壇場で覆し、横浜・東京に進出することを昨年8月、正式に決定した。しかも、横浜の行政もそれを後押しすると大歓迎だった。本来であれば、今になって急に「手を引く」のはおかしいのだ。日本に進出するということは、何千億円ものお金を掛けて“観光の目玉”となるものを用意してあげるということである。まさしく投資事業なのだ。それが結果として、大きな収入につながるかどうかは、本当のところはわからない。日本という国では「カジノ」そのものがないのだから、しかも、依存症になると反対する者が多いのだから、成功できるかどうか保証はない。それでも何千億円も投資して観光事情に加担してくれようとしていたのだ。私が怖れるのは、米サンズが撤退したことで、これまで進出を意図してきた他の投資会社もが、それに追従しなければ良いが…という点である。何しろ、日本に“巨大な観光施設”を無償で建設してくれるのだ。もちろん、彼らだって商売だから、元が取れないことはしない。けれども、それによって日本各地に普段から訪日客が多数訪れ消費してくれるなら、最終的には日本国が潤うのだ。そうやって、シンガポールだって、マカオだって、急速に発展した。マカオなどはカジノ収益によって、マカオ市民にボーナスが支給されている。日本人は、日本の政府にばかり「何とかしろ‼」と金を要求するが、日本の政府が持ち出せるのは、当たり前の話だが“日本国内の税金”からで、要するに自分たちが払ったものを貰うのだから高が知れている。ところがIR事業というのは“外資”である。外国人たちが勝手にお金を出して“華やかな施設”を作ってくれるのだ。そこに、外国人たちを引っ張って来てくれる。なぜなら、引っ張って来ないと、投資の元が取れないからだ。こんな“上手い話”を頭から「悪だ‼」を決めつける人の気が知れない。カジノなどなくても、日本人の“ギャンブル依存症”など無くならないのだ。

「普通の人」だから成功できた林真理子氏⁉

2020-05-13

私はときどきTVとか雑誌を見ていて「この人の普通さが良かったんだな」と思う人がいる。その一人に作家の林真理子氏がいる。人間というものは、例えば「とびぬけた容姿」とか「とびぬけた商才」とか「とびぬけた話術」とか「とびぬけた運動神経」とか、そういう先天的ともいうべき優れた素質の持ち主に対して、羨ましく思う反面、自分とは“違う”という捉え方をする。心から称賛をすることはあるが、協力をしてあげよう、手助けしてあげよう、という気持ちにはあまりならない。何故なら黙っていても才能を発揮したり、人気を得たり、成功していくだろうことが窺われるからだ。それに、何よりも自分の力など“必要としている”ようには思えないからだ。それに比べて、誰が見ても「普通に見えるような人」には、ひょっとしたら、自分でもあのくらいのところには努力すれば到達できるかもしれない、という“似た者感”を与える。この“似た者感”には“安心感”が伴っている。特別な尊敬も抱かないが、特別なライバル視も抱かない。困った時には、何となく手を貸してあげたくなるような“同じ目線”で接することが出来る。実際にはそうではなかったとしてもだ。昨日、林真理子氏は日本文芸家協会の新理事長に決まった。早い話がトップに立ったのだ。素晴らしい。けれども、こういう“普通のおばさんタイプ”の女性は、同じ女性達から反感を買わない。もしも、これが「世にも美貌な女性」であれば、必ず同性である女性達から反感を買う。このようなことを書くと、そういうことに敏感な「団体」などから抗議が来そうだが、事実は事実である。この事実がもっとも解りやすいのは、ニューハーフへの評価である。女性は“面白くて少しだけ美人”程度のニューハーフに対して寛容で称賛をするが、明らかに“超美人”ともいうべきニューハーフに対しては、必ず厳しい採点をする。そういう意味でいうと、林真理子氏は女性から反感を買わないどころか応援してもらえる貴重な存在なのだ。しかも、彼女の場合、もう一つ恵まれているのは、その作品にしても、特別文学的とは言えず、特別才能があふれているとも言い難いことである。別に彼女の作品をけなしているのではない。いわゆる「天才型の作品」や「文学的な傑作」や「特別に優れた文学表現」は見当たらない。それでも、2018年には紫綬褒章を受けているのだ。なんという快挙。元々はアルバイトをしながらコピーライターの養成講座に通っていた20代女性である。そういう部分も「普通」で、独自の能力を秘めていたとか、天才的素質の持ち主だったとかいうのではない。何しろ『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がデビュー作なのだ。自分では恋人が得られなくて、36歳で普通の会社員と“お見合い結婚”しているのだ。だから「普通の人」は将来ひょっとすると文壇のトップに立ったり、勲章を貰ったりできるのだ。

今でも存続する「女子割礼」と「名誉殺人」

2020-05-12

ときどき海外から目を疑うようなニュースが飛び込んでくる。その一つはアフガニスタンからで、実の兄が18歳の妹を、家族が奨める男性との結婚を拒否したという理由で「名誉殺人」を行ったというものである。要するに、親・兄弟・親戚の名誉を著しく“傷つける行為”として「殺人は正当」という捉え方のことだ。18歳の妹が、なぜ“見知らぬ男性との結婚”を嫌がったのかというと、自分の中で“好きな男性がいた”からである。だから、その前日に、地元の警察署に駆け込んでまでいるのだ。ところが、地元の警察署は何をしたのかというと、家族に連絡しただけである。こうして、兵士の実兄による「名誉殺人」が行われた。その後、兄は行方をくらました。アフガニスタンの社会では未だ、この風習を断ち切れずにいる。もう一つはアフリカのスーダンからで、このほど暫定政府によって「女性器切除の禁止」が法制化された。実は「女性器切除」はスーダンだけの風習ではない。アフリカの広い地域で、古代から行われてきた風習なのだ。しかも、三種類の方法がある。①はクリトリス部分のみを切除する方法である。②はクリトリスと小陰唇と両方とも切除する方式である。③は両方とも切除して、さらに尿や生理の出血だけ輩出できる穴を残し、それ以外は縫合・封鎖してしまう方法だ。これらは「男子割礼」と等しく「女子割礼」とも呼ばれる。ところが現実問題として、女性達にさまざまな苦痛を与え、病気を発症させることも多い。どうしてこのようなことを行うのかに関しては、さまざまな説があるが、最初は信仰・呪術的な意味がいが強かったと考えられる。ただギニアなどでは未だに成人女性の9割以上が“女性器切除”をされているとも言われ、実態がよく掴めていないのが実情だ。母親が産まれて間もない娘に行う部族もいるらしい。そういえば中南米では頭の形を板に固定し“細長く奇形にする”風習があり、東南アジアには“首長にする”民族もあり、唇に輪を嵌めて伸ばしていく民族もある。どれも痛そうな風習ばかりだが、日本にも“危険な祭り”の風習は残されているから、人はギリギリのところで「神様」を悦ばそうとし続けるのかもしれない。

「密教呪術」で全員完治させた「即身成仏の塚」

2020-05-11

日本には古くから“高僧”“怪僧”が沢山いる。特に密教の方には、あまり知られていない高僧が多い。それを代表するような人物が山形県庄内町に今から380年前に出現した「容海」「千光院」と名乗る二人の密教僧だ。むろん江戸時代のことである。その年、山間の村には疫病が蔓延したのだ。謎の伝染病で、みんなバタバタと倒れていく。住民の誰もがおろおろするばかりだった。そこに突如現れたのが容海と千光院だった。ふたりは密教の呪術で「疫病から村人を救う」と誓いを立てた。そして不眠不休で二週間、呪術と祈祷を続けていた。その結果、謎の病で苦しんでいた人々が、次々と完治し出したのだ。既に亡くなってしまった人は別として、それ以降の人達はいずれも快癒した。現在でも、そこは県道360号線が南北に貫く「廿六木(とどろき)」地区として名残りをとどめる。ふたりの密教僧はそこに住み着き、呪術と祈祷を繰り返して人々を守り続けた。そして「われわれは死んでも疫病から村人を守り続ける」と約束し、先に死んだ方を村の南端に埋めてネムノキを植え、後から死んだ方を村の北端に埋めてマツの木を植えて欲しいと頼んだ。だが、実際には「千光院」が亡くなって南端に埋められるのを見届けると「自分も、もう長くないので生きたまま埋めて欲しい」と村人に懇願した。こうして、すぐ北端にも穴が掘られて、生きた姿のまま埋められる儀式、密教的には「即身成仏」の呪術なのだが、それを「容海」は挙行させた。こうして、今も南の「上塚(千光院の墓)」はネムノキが見守り、北の「下塚(容海の墓)」は巨大な松の木が見守っている。もちろん、その伝承は受け継がれて、地元の人たちが供養も欠かさないが、今日まで疫病も感染症も発症していない。生きながら地中に埋められ、村人たちを救い続けるという“覚悟”とは、どんなものだっただろうか。そして、実際に守られてきたように見える“誓い”は、どう称えれば良いのだろうか。

「順調」という文字は「運命学」には無い

2020-05-10

今回の「コロナ騒動」は、世界各地で大勢の“予期せぬ失業者”を生んだ。経済的な“破綻者”も、これからまだまだ増えるだろう。けれども、これを「今だけ」の特殊事情と捉えるのは間違いだ。例えば、予期せぬ形で“職場”や“仕事”や“収入”を失ったことを、このような時代に遭遇したことを「なんて運が悪いんだ」と嘆き悲しむのは、少し違う。元々が「時代」というものには、そういう“運”“不運”が付きまとうように出来ている。どの時代に産まれても、幸運な人がいて、不運な人がいる。理不尽な状況に置かれる人がいて、ハンデを背負ってしまう人もいる。「時代」は、個々の人間の人生や運命を飲み込んで動く。個々の人生とか運命とかいうものは「時代」の渦に飲み込まれながら必死に生きていくように出来ているのだ。私は昔、黒岩重吾の小説のファンだった。彼の都会の片隅でうごめく人間を描く小説も良いのだが、それ以上に良かったのは「生きる」ということに必死になっている人間たちを描いたものだ。そういう点でもっとも私を惹きつけたのは『さらば星座』の書き出しの部分、この小説は五巻に及ぶ長編小説だが、その一番最初、主人公が終戦孤児として生ま育って大人になっていくまでを描いた部分、その部分がいちばん感銘を受ける。この成長期には“実在モデル”が居て、その人の体験を徹底的に取材し、それを土壌として小説化している。したがって、絵空事の小説ではないのだ。終戦孤児というものが、どういう生活を送っていたか、どうやって生き延びたのか、どうやってまともな社会へと環境を変えていったのか、その辺のところが実に生々しく描かれている。戦争によってすべてを失った日本の“社会事情”というか“底辺事情”というか、その辺のところも活き活きと描かれている。実は、私はこの小説を奨めるのは、そこなのだ。この小説は「真っ暗な時代」と「真っ暗な主人公の少年」を描いているのだが、そこには得体のしれないエネルギーのようなものがある。輝かしいパワーのようなものがある。内容そのものは悲惨なのに、その圧倒的ともいえる生命力の強さに読む者はたじろぐ。私は、今回の騒動の犠牲者ともいうべき、職を失ったような人達に、ぜひ、この主人公に“生きる力”を学んでほしいのだ。

再延期となった「先住民族」の館

2020-05-09

あまりニュースでも取り上げられないものの一つに日本の“先住民族”に関しての話題がある。日本の“先住民族”とは、もちろん「アイヌ民族」のことだ。ところが、北海道限定ということもあって、今一つ“先住民族”としての存在感が乏しいのが現実だ。一つには、その遺跡にしろ、民族文化にしろ、地味なものが多い。従って現代人から見ると見過ごしやすく“とっつきにくい”ということもある。本当は“とっかかり”としての「目玉」になるものがあれば良いのだが、そういうものが今のところ見つけられない。けれども、そのアイヌ子孫の方達の努力の甲斐あって、政府が主体となって、国立アイヌ民族博物館「ウポポイ」が北海道の白老町に誕生した。本当は4月24日に開催式を行う予定だったらしいが、今回の“コロナ騒ぎ”で無効となってしまった。そこで5月29日に延期して開催する予定にしていたのだが、どうもそれでは早すぎるということになって、昨日、開催式は「完全未定」となってしまった。どうも、スタートが良くない。実は、アイヌ民族の資料は、その多くが国外に持ち出されている。ロシアやドイツやアメリカに多い。日本の“先住民族の資料”でありながら、その数1万点以上がサンクトペテルブルク博物館などに収蔵されている。おそらく、その当時の日本人にとっては“異国の印象”を与える“アイヌ民族の文化”は受け入れがたいものだったのかもしれない。早くに来日していた欧米人が、その貴重さに気付いて収集してしまった。したがって、現在まで残されている“アイヌ文化”には資料としてやや不足気味な面が否めない。それでも、今回の「ウポポイ」は国が資金を投じているだけに、これまでの“アイヌ関連の施設”等に比べるとスケールが大きい。まず、その外観からして特徴的な形で興味深い。しかも、一つの史料館だけではなく“工房”とか“歓迎の広場”とか“体験学習館”とか“体験交流ホール”とか、実にさまざまな建造物が他にも建設されている。広い敷地を提供されて、新しい「アイヌの村」を作ったような印象なのだ。ただ正直な感想を言うと、何かがものたらない。私はアイヌ伝統の“歌”→例えば「ピリカ」を現代風にアレンジして一流歌手が歌えばヒットするような気がする。そういう形から入った方が、頭から「学習させる」という形よりも、注目を浴びそうな気がする。

マスクが「10枚入り10円」で“売られる日”⁉

2020-05-08

ブームというのは“あっという間”に来て、“あっという間”に去っていく。そして、そのブームの“初期”に追従した人は“大儲け”出来るが、ブームの“終盤”に追従した人は“大損”をする。世の中というのは、そういう風に出来ている。「マスク」もそうなのだ。一時期、どこに行ってもマスクは見当たらなかった。それだけ、一気に多くの人々が欲しがって、需要に供給が追い付いていかなかったからだ。そして品薄になると、その品物は高騰していく。当然マスクも高騰した。けれども、そうなると、商魂の逞しい人たちは、それを商売に出来ないか、と考える。安く輸入して、高く売れば良いのだ。実際、そういう形で“その初期”に飛びついた人々は大儲けをする。さて、全国各地で「マスクが無い」というのがニュースになりだす。この時期に至って、ニュースになるくらいだから「自分のところでもマスクを売ったら大儲け出来るのでは…」と考える人が出てくる。遅いのだ。ブームというのは、何事も“その初期に”飛びつかなければならない。みんながやりだしてから腰を上げるような人は、“ブーム商売”に向いていないのだ。私は昔、誰もかれもが「たまごっち」を持っていた時、それを商売にし始めて大失敗した人物を知っている。既に、みんなが持っている頃、商売に取り掛かってはいけないのだ。マスクだって同じことである。現在、さまざまな業種の人達が「マスク商売」を始めている。特に関西はし烈だ。飲食店、食料品店、居酒屋、手芸品店、タピオカ店、化粧品店、さらには自販機…そういう形で、実にさまざまなところで、マスクが販売されるようになった。そうなると、今度は“高い”と売れなくなる。当たり前のことである。ところが、あとから“追っかけた”人達は、高いものを購入している。本来なら、そんなにするはずのない原価で購入しているのだ。当然、それ以上の価格で売らないと、儲けが出てこない。ところが、どこでも売っている状態になってしまうと、もう高い価格でなど、誰も振り向いてくれない。こうして、大量の“海外製マスク”が売れ残り、山積みされるようになる。おそらく、今月下旬頃にはそうなっていくのではないだろうか。「10枚入り10円」で売っていても、そ知らぬふりで通り過ぎていく人が出てくる日が、もう少しでやって来る⁉

アパレル「実店舗」が“生き残る”道

2020-05-07

「自粛生活」と呼ばれる外出の少ない生活は、意外なところに“ピンチ”を生み出している。アパレル業界だ。アメリカでは全米チェーンを展開している衣料大手“Jクルー・グループ”が破産申請を出した。全米展開している小売業界としては初の破産申請らしい。他にも、百貨店のニーマン・マーカス・グループも間もなく、JCペニーも間もなく、破産申請をする予定であるらしい。何しろ外出が控えられると、女性は“オシャレ”をしなくなるものらしい。確かに、ずっと部屋の中に居るのに、わざわざ人前に出るような服装をしなくても…というのは自然な発想だ。日本でも百貨店業界が大打撃を受けている。日本の場合、訪日客が購入してくれる高額ブランド品の消費が消えてしまったことも大きい。日本のデパートのような丁寧で行き届いたサービスや接客というものを、私は海外のデパートで受けたためしがない。おそらく、だから、わざわざ日本でブランド品を購入していくのだ。日本人消費者の場合は、人前に出ることを前提にして洋服選びをする。だから実際に着てみた時の“見栄え”が重要となる。通販ではそれが分かりにくい。モデルが着てみた時と、自分が着てみた時とでは、同じではない。日本人は繊細なので、そういう点でも実店舗というのは必要性がある。微妙な違いにこだわりやすいからだ。アメリカ人の場合、男女ともTシャツにジーンズで外出する人達が多い。したがって色柄の違いだけなら、わざわざ試着など不要だし、着てみた時の“着心地の違い”なども考える必要がない。つまり、アメリカの場合、元々が実店舗をそれほど必要としていない生活様式なのだ。しかも、アメリカは街中に実店舗が見当たらないケースも多い。日本でも一時期流行ったが、やはり日本向きではなかったと見えて撤退した店舗が多い。日本人はアメリカ人ほど“大雑把”ではなく、おシャレにおいても繊細な民族なのだ。但し、外出が不要となれば、洋服そのものを購入しようとしなくなる。ましてや日本の今の経済状況では、食生活中心に切り替えざるを得なくて、着るものよりも、食べるものの方に支出する傾向が顕著なのだ。けれども、日本女性はアメリカ女性のようにTシャツ&ジーンズだけでは飽きて来る。今後の実店舗は、そういう「日本人女性」固有の“繊細なおシャレ”を演出するような洋服のデザインを多数制作して、実店舗に足を運ばせる工夫をして活路を見出すと良い。

日本が、もう一度「バブル」を作るには…

2020-05-06

お隣の国・韓国では昨年から今年にかけて、新たなる音楽の潮流がある。これまでのK-POPとは異なる「トロット(恨み演歌⁉)」が密かに人気を集め出しているのだ。最近のK-POPにはろくな話題がない。若者たちの中には、これまでの“K-POPオンリー”に反発する者達が出て来たのだ。社会情勢も、決してK-POPのように“華やか”ではなくなっている。瀕死の経済の中で“夢の世界”だけが歌われてきたことに、違和感を持つ若者が多くなった。そういう中で「ミストロット(恨み演歌女王⁉)」という番組が誕生し、プロアマ問わず実力ある女性なら誰でも出演できるオーディション番組として人気を得ていった。そして、どの事務所にも属さないソン・カインという女性が優勝したことで、その公平な審査にも喝采が送られた。視聴率も20%を超えた。続けて企画された「ミスタートロット」も30%を超えて終わった。年寄と若者の間にあった“歌の世界の垣根”が取り払われつつある。時代に沿わなければ、どんなに“上手く作っても”幅広く愛される歌にはならない。さて、日本の場合はどうなのだろう。いま日本は“大きな曲がり角”に来ているような気がする。日本の歌謡曲は、アジアのどの国よりも先に“輝いていた時代”があった。70年代前半から80年代後半にかけてである。この時期、日本は「バブル」を直走っていた。香港で、タイで、フィリピンで、かつて私は「日本の歌謡曲」を聴いた。一昔前の歌謡曲を聴いた。日本に“勢い”があった時、その“歌声”は少し遅れてアジア全土に響き渡っていたのだ。つまり、アジア圏の人々にとって、違和感なく受け入れられるのは、70年代から80年代後半にかけての日本の歌謡曲なのだ。それが今は完全にK-POPに変っている。一部で“AKB48型アイドル”も受け入れられているが、それは「歌」として受け入れられたわけではない。「歌」として受け入れられているのは、あくまでも70年代から80年代後半の“歌謡曲”なのだ。そして、ここからが重要なのだが「歌謡曲」というのは「流行歌」とも呼ばれる。つまり、流行を生み出す“勢い”を持っているものなのだ。したがって経済的にも、技術的にも、勢いを持っていれば自然とその時の歌はアジア圏でなら受け入れられる。もう一度、原点に戻って“70年代から80年代後半”のような歌謡曲を生み出すようにしていけば、それがアジアを席巻できれば、経済力はあとからついてくる。やはり「バブル」は芸能にとっても“輝ける時期”だったのだ。

 

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