8月, 2020年

2020年9月の運勢

2020-08-31

「愛のDV」は「死」まで止まらない

2020-08-31

ここに“二つの事件”を並べることに、多少、戸惑いがあった。だが同じ日に起きた事件であるということは、或る種「同一の運命的な作用」が働いていたとも考えられる。それに、双方とも女性は「麻美」という名前だった。その一方は北海道の事件で、新冠町で同居している男女は共に酒に酔っていた。けれども、女性の方は自宅で飲んでいて、男性の方は外で飲んでいた。おそらく、このことが事件にとって重要だったのだ。41歳の男性は深夜1時過ぎに酔って自宅に戻った。そして、45歳の同居女性から激しくののしられた。男性もちょっとだけ反論したが、酔いつぶれ倒れ込むような感じで横になった。深夜1時過ぎまで帰宅を待っていた女性には“許せない姿”に映った。待ちくたびれ、酒をあおっていた。容疑者である麻美は、台所からガスバーナーを持ち出し、愛する人の頭部に向かって、その炎を向けた。最初は脅すつもりだったが「殺してやりたい」気持ちが頭をもたげた。こうして、45歳の麻美は41歳の内縁の男性を焼き殺してしまった。その少し後、東京の中野区の住宅街では、38歳のパティシエの女性が、元交際相手であった34歳のパティシエの男に自宅に侵入され、刃物でメッタ刺しに遭っていた。実は二人とも同じ師匠を持ち、そこで知り合っていた。38歳の「麻美」さんは、元の交際相手と2年半ほど付き合ったが、度重なるDVに耐え兼ね警察に相談、警察から男の方に「警告」が伝えられたが、その後も男のストーカー行為は続き、“傷害容疑”まで起こした。ただ、今年に入って男からのストーカー行為がなくなったため、一応、警察としての対応は4月に終了する形になっていた。けれども、男はあきらめてなどいなかったのだ。しかも、男の想いは“愛情”から“憎しみ”へと変化していた。彼は事件の前日、自らの店の方は閉店している。明らかに、麻美さんを殺して自分も死ぬことを決意していた。事件後すぐに自宅に戻り、7階から飛び降り自殺しているのだ。どちらの事件も、DVの“歯止めが利かなくなって”の結果である可能性が強い。最近は、警察に相談していたのに…というケースも多い。もし容疑者たちが、気持ちを切り替え、新たな出逢いを求めたなら「幸せの青い鳥」がやってきた可能性は十分にある。

「熟成」を待てなかった作者&出版社

2020-08-30

昨日も23歳で亡くなった“才能ある女性”をここで扱った。今日も又23歳で亡くなった“才能ある男性”を扱わねばならない。そこで、今日は少し観点を変えて述べていきたい。その前に、一応、“23歳の死”がどういうことからだったのかの経緯を伝えよう。彼は「恵口公生」という新人漫画家だった。23歳で昨年『少年マガジン』で連載を開始したばかりだから、われわれから考えると、まだまだ発展途上ともいうべき段階にある。けれども、おそらく本人としては「この作品でダメなら…」という気負いが強かったに違いない。「キミオアライブ」という作品で、題名がちょっと解かり辛い。作中の主人公の名前が「君生(きみお)」なので、実際には「君生アライブ」というような意味を持つタイトルなのに違いない。そして、その「君生」は作者自身の投影でもあったに違いない。なぜなら作者は「恵口公生(えぐちこうせい)」だが「公生(きみお)」とも読めるからである。そして、その主人公は、難病を克服して、小さな夢をひとつ、ひとつ叶えていくことに必死になっている。その姿を描いた作品である。連載してきていたので、その第一巻が単行本となって出版された。ところが運悪く、その発売は「緊急事態宣言」が出された時に重なった。その結果、本人の希望とは裏腹に、単行本はまったく売れなかった。その売り上げ数字によって、出版社から“連載の打ち切り”“続巻単行本の発売中止”が決定されてしまった。作者には、完全に前途が閉ざされてしまったのと同じであった。23歳の新人漫画家は、“自らの夢”を次々と実現させていく少年を描き出していたのだが、その「君生アライブ」は終わりを告げたのだ。彼が、もう少し忍耐強ければ「とりあえず今は撤退しても、また新たに挑戦していこう」と考えることが出来たに違いない。けれども、彼はいろいろと努力し挑戦して、やっと掴んだ“命綱”としての連載だったに違いない。結果として突き付けられたのは「誰もお前の漫画など期待していない」という残酷なものだった。もし出版社が、本当に彼に才能を見出していたなら、もう一度のチャンスを与えてやるべきだった。少なくとも、連載の打ち切りや、続編の発売中止は「緊急事態宣言」期間内での結果であることを考慮してやるべきだった。もちろん、人気稼業は、結果としての数字がすべてに優先する。ただ私が観るところ、題材を変えれば十分に人気を出しそうな素質は備えている。おそらく、作者自身も、そして出版社も、すぐに成果を欲した。待てなかったのだ。熟成して“たわわに実る果実”まで時間をかけ育てていこうとはしなかった。

どうして「結婚」を、ショーにするのか

2020-08-29

また“哀しいニュース”が飛び込んできた。ABEMAテレビで配信していた“リアリティーショー番組”「いきなりマリッジ」に出演されていた濱崎麻莉亜氏(23歳)が亡くなったというのだ。詳細は明らかにされていないが、TVショー番組に出演中の23歳の健康な女性が亡くなったとなれば、似たような番組で今年亡くなった女子プロレスラーを嫌でも想起する。この番組の場合は“結婚式”からスタートするもので、それまで逢ったこともない相手と、そこで初めて顔を合わせて、それから30日間一緒に生活してみて、ほんとうに結婚するかどうかを決めていくという番組らしい。われわれのような古い時代を知っている者にとっては、大昔の“強制的な見合い結婚”に近いという印象を覚える。インドなど、イスラムやヒンズーの信仰的教義が強い地域では未だにそれに似た風習があると言われる。もっとも、そういう地域の「結婚」はショーでも番組でもなく、それに対しての“拒否”は許されない。そこへいくと「いきなりマリッジ」の場合には、あくまで番組の中での“結婚”であるから、合わないと思えば拒否してかまわない。したがって、濱崎麻利亜氏が亡くなったのは、お相手男性を“拒絶する”意味合いなどではないだろう。実は、私は彼女の生年月日からホロスコープを調べて、その太陽と水星とが共に土星と強力なアスペクトを持っていることを知った。こういう人は何事も真面目に真摯に受け止めやすい。もしも、ネットにおいての書き込みに中傷するものなどがあった時、それをそのままスルーしてしまうということが難しい性質なのだ。そもそも世界の一部では信仰が背景にあるとはいえ現実に行われている“強制的な結婚”に似せた形式を“リアルショー”としてTVで配信することは妥当なのだろか。この種の番組制作は、明らかに“曲がり角”に来ているような気がする。

「知事たち」の体調を、なぜ心配しないのか

2020-08-28

いつも思うことだが、マスコミというのはどうしてすぐ一方に流れようとするのだろう。最近は“安倍総理の体調”を不安視する内容の記事がやたら多い。もちろん安倍総理は疲れているに違いない。体調だって万全とは言えないだろう。けれども、今の世界情勢は“世界中のトップ”が、いずれも身体を張って頑張っている。誰が特にどうだというような状況ではない。みんな疲れているのだ。けれども、疲れているのは“国のトップ”だけではない。日本の場合で言えば、それぞれの都道府県知事たちが、みんな疲れている。昨日、久しぶりにマスクを外した東京都知事の顔貌を見たが、とても疲れている印象を受けた。確かに、連日、東京都の“コロナ感染者数”がトップニュースとして報道される。さまざまな業界がもはや“瀕死の状態”にある。初めて都知事に就任した時、誰がこのような“苦悩する知事”を連想しただろうか。けれども、それは東京都の知事だけの姿ではない。大阪もそうだし、愛知もそうだし、福岡もそうだし、沖縄もそうだし、わが北海道だってそうなのだ。北海道の鈴木知事は昨日、マスクに加えて眼帯をかけニュースに登場した。観ようによっては、顔の7割が“真っ白”になり、けが人のようにも見える。それぞれの知事が“コロナ問題”に必死なのは、経済の問題が重くのしかかりつつあるからだ。「生命」も守らなければならないが「経済」も守らなければならない。或る意味では、これまでの行政と違って、各都道府県の“違い”や“特性”が、舵取りいかんで「吉」にも「凶」にも大きく変貌する。全責任が“県知事の決断”一つに掛かっているのだ。極端な話、知事の仕事というのは、これまでなら或る程度決まっていた。自分自身は「県の顔」として動けばよい部分もあった。けれども、今回はそうではない。なにしろすべてが“未知”なのだ。誰も確かなアドバイスをできない。だから自分で考え、自分で判断するしかない。文字通り「県民の命と財産を守る仕事」そういう本来の知事としての役割を果たさなければならないのだ。みんな疲れて来たのは当たり前である。けれども、国のトップのように、その体調を気遣ってくれるマスコミはいない。

現代社会に「セーラームーン」が“お仕置き”する⁉

2020-08-27

1990年代に放映され大人気を博したアニメに「美少女戦士セーラームーン」がある。今年は放送開始から25周年に当たるという。そこで玩具メーカーのバンダイから登場したのが、大人になった女性達に向けての「変身アイテム」である。と言ってもコスプレをするための“美少女戦士”衣裳グッズを販売するわけではない。子供向けではなく、あくまで大人女性向けに開発されたコスメ用品を、美少女戦士の「変身アイテム」に詰めて持ち歩かせようという試みだ。美少女戦士たちが身につけていたブローチとか、ムーンスティックとかの中に、密かにメイクするためのフェイスパウダーを詰めたり、チークブラシを潜ませたりして、現代社会と闘うための「大人用の変身アイテム」とする。そうすれば「悪者たちに負けない」「お仕置きをすることが出来る」というのだ。果たして、実際にそうなるかどうかはともかく、なかなか面白い試みであることは間違いがない。何よりも可愛らしい“セーラームーングッズ”が化粧用品として揃えられていく、というのが良い。私は知らなかったが、バンダイでは元々「クレアボーテ」という独自のコスメブランドが存在していたのだそうだ。だから、そういう点では決して子供向けの“化粧品まがいの品”ではなくて、本格的な女性メイク用品ばかりなのだ。「現代社会で戦う乙女たち」というキャッチフレーズもなかなか良い。セーラームーンでコスメ変身することで、女性たちは強くなれるのだ。反応としては上々で「懐かしいものを手に入れて嬉しい」という反応から「子供に戻った気分になれる」という女性までさまざまなようだ。私は、ふと岩崎宏美氏が歌った「聖母たちのララバイ」を想い出した。「男」も傷つきやすいが「女」も“傷を負った兵士”だったのかもしれない。

近日オープン幻想的な「アップル宇宙船」

2020-08-26

世界各地にユニークな外観形状で「アップルストア」を展開しているのが最先端企業アップルだ。このほどシンガポールのマリーナベイ・サンズの湾海上にドーム状の外観で登場するのが一際目立つ新店舗だ。もちろん、間近にはマリーナベイ・サンズの独特な形状をしたカジノホテルがあって、その57階インフィニティプールからも眺められる。夜になると、その建物球体下部が、青や緑や紫などのグラデーションに輝く。それが海面に反射し、文字通り“宇宙船”のように視えるらしい。なにしろ超近代的な建物が林立しているのがシンガポールの湾岸エリアだ。ちなみに「アップル」の“りんごマーク”が少し大きすぎるくらいに目立っている。もう少し“控え目”にした方が、デザイン的には多くの人に愛されるのに…と、余計なことを思ってしまう。ただ最近の建物はどれもこれも“超近代的”かもしれないが、単純すぎてつまらない。やはり私は「アールヌーボー様式」のような“優雅な曲線”が含まれている建物が好きだ。最近の都会に出来るビルやマンションは超近代的ではあるが、心を癒す“優雅さ”が乏しい。“コスト重視”のマンションは、どうしても直線的で単純な箱形となり、外観的な面白みに欠ける。どこか、ユニークな外観形状のマンションを売りにする不動産会社が出てこないものだろうか。実用性から言えば、マンションは難しくても商業ホテルでは可能なはずである。ドバイやマカオのホテルほどではなくても、日本にももう少し“見た目に麗しいホテル”が登場しても良いような気がするのだが…。

「ギャンブル依存」と「仕事依存」の“妖しい関係”

2020-08-25

タレントの青木さやか氏が『婦人公論』で自らの「パチンコ依存症」だった日々を正直に告白している。現在は“子供の存在”が歯止めになっていると明かし、まだ完全にそこから「抜け出したわけではない」とも告白している。パチンコだけがギャンブルではないが、パチンコはその“仕組み”自体に依存させやすい要素があり、そういう点から言えば、多くの人が「依存症」と言えば「パチンコ」や「アルコール」を想い出す。もちろん、その他にも「ゲーム」「買い物」「薬物」など“依存症”から連想するものは多い。実は日本人にもっとも多いのは「仕事依存症」ではないか、と私はひそかに思っている。性格的に真面目で責任感の強い人が多い日本人の場合「仕事依存症」で働き続ける分には、誰にも咎められない。だから仕事を取り上げられると、急に全身のエネルギーが吸い取られたように凹んでしまう人は多い。それだって、ほんとうは立派な“依存症”なのだ。けれども、仕事だけは、依存症であっても誰にも文句は言われない。だから日本人には、時間外で報酬がなくても働き続ける人が多い。ところで、パチンコというギャンブルは「時間の空白」がある時に出掛けることが多い。もちろん本格的な依存症の方は「空白」などなくても、自然と足がそちらに向かっていくものなのだが、最初は「空白時」に行っていた人がほとんどだろう。その「空白」というのは“仕事の空白”である場合が多い。或る程度の時間をつぶさなければならないようなとき、短時間で結果が残せるパチンコという遊技はうってつけなのだ。つまり、本来なら仕事に向ける情熱やエネルギーをパチンコに向けている場合が多い。仕事上で“能力を存分に発揮出来ている”とか、“現在の報酬に満足している”とか、“それなりの肩書を得ている”とか、“対人関係が良好である”とか言う場合、パチンコにはのめり込まない。何か、不満とか、不平とか、ストレスとかを抱えている場合、それらから解放してくれるパチンコは“至福の時”になる。つまり、元々は「仕事依存」的な要素を持っている人物が、その仕事や職場で十分に自分の力を発揮出来ていないとか、評価されていないとか、嫌でも我慢し続けているとか、何かしら問題を抱えている時に、パチンコは“救世主”となるのだ。そして、それはいつの間にか“悪魔”にかわる。抜け出すことが出来ない“依存症”となっているのだ。

「愛の説教部屋」は本当にあった⁉

2020-08-24

大昔、TV番組のコーナーに「愛の説教部屋」というのがあった。それを真似たわけではないのだろうが、フランス在住のイスラム教徒である両親は、同じ建物内に暮らしていたキリスト教徒の男性を恋して「結婚」を希望した17歳の娘に対し、嫌がる娘を強引に説教部屋へと連れ込み、叔父や叔母も加わって、娘の全身に肋骨がひび割れるほどの暴行を加えた。さらに「罰」として髪の毛すべてを剃り上げてしまった。この一部を見ていたキリスト教徒の恋人がフランス警察に通報、少女の両親は未成年者に対する“暴行の罪”で現行犯逮捕され、裁判にかけられることが決まった。イスラム教とキリスト教とは、大昔から“仲”が悪い。一般的に言えば、どちらかが“改宗”しないと「結婚」は出来ない。けれども、イスラム教国家には“改宗”そのものを認めていない国も多い。総じてイスラム国家は男女とも“眉の濃い人”が多く「血族意識」が強い。だからキリスト教徒を恋した17歳の少女の両親にすれば、自分の家系から「異教徒」を生み出すことは我慢の出来ないことだったに違いない。叔父や叔母までもが暴行に加わっていることが、それを証明している。彼らが何故「娘の改宗」を怖れるかと言えば、自分たち“血族”にも、その子孫にも、その「罰」が下るというような考え方をするからである。基本的にイスラム教国家は現代でも“全体責任”的な考え方が主流だ。したがってイスラム教徒の家に、イスラム教徒ではない女性が嫁いでいく場合、日本女性でも「改宗」を求められる。一日五回の礼拝を求められる。国や地域によっては、肌の露出を禁じられるし、他人に顔を見せることさえも禁じられる。「眼」だけは露出して良いので、総じてイスラム圏の女性達は“眼の化粧”に余念がない。普通の日本人女性がイスラム教徒の家に嫁ぐには、それ相応の覚悟が必要となるのだ。もっとも、感染症の対策として考えれば、顔を見せない外出姿は、それなりに役立っているかもしれない。確かにキリスト教国の方が感染症には弱いような…。

「恐い間取り」は「普通の間取り」だった

2020-08-23

「事故物件住みます芸人」という奇妙な肩書で注目を集めているのが松原タニシ氏だ。二年前に出した『事故物件怪談・恐い間取り』という本は15万部突破のベストセラーとなっている。最近、第二弾が出たので、私も「風水・家相」の参考になるかもしれないと思ったので、ザっとだが読んでみた。その内容自体は、事故物件としての大雑把な間取りや部屋の写真なども公開されているが、特別、心霊的な現象に関して詳述しているわけでもなく、正直なところ、あまり「風水・家相」の観点から言えば役立ったとは言えない。大体、不動産会社で「事故物件」として扱うのは、その部屋で“自殺”や“事件”や“孤独死”等があった場合が多いのだが、実質的に独り暮らしのケースが多い。したがって、その部屋自体も「単身者用物件」である場合が多く、ワンルーム物件である場合が多い。“賃貸物件としてのワンルーム”であれば、ほとんどの場合“同じような部屋”の一室が対象となる。考えてみれば、特別な“部屋の形”や“部屋の構造”であるわけがない。だから、実質的には“風水的特徴”など期待しても無駄なのだ。ただ「部屋の玄関」「トイレ」「浴室」「窓付近」「床」は共通して、完全にリフォームしていないケースが多い。逆に一部分だけ、妙に新しかったりする場合もある。「風水」に関心の高い人は、間取りであるところの「部屋の凹凸・形状・方位」に関心を持っている人が多い。実際、風水の本を視ても、そういう部分は書いてあるが、ほとんどは“長方形”に過ぎないワンルームに関しては詳しく記されていないケースが多い。もしかしたら、この本が15万部も売れたのは、そういうワンルームのマンションやアパートに暮らす人たちが自分たちの「間取りの吉・凶」ヒントをこの本に求めたからかもしれないのだ。もちろん、そういう部屋であっても“風水的な吉凶”は確かに生じるが、よほどの場合でない限り、それによって“人生が大きく変わる”ことはない。むしろ、人生が大きく変わるのは、そこを出て“単純な長方形ではない部屋”に暮らし出してからなのだ。或る意味では、その“普通のワンルーム”を出てからが「風水的な吉凶」を本格的に受けるのだ。とりあえずは、風水とはあまり関係のない部屋を出られるようになること、それが「幸運」や「不運」を“風水から享受する”第一歩と言えるかもしれない。

「ナスダック」の“危険水域”が「鍵」を握る

2020-08-22

中国の「三峡ダム」に関して、もはや「危険水域」だという報道が頻繁に登場するようになった。私がそのことを指摘したころは「三峡ダム」の名前さえ多くの人は知らなかったはずだ。大体が、私の“注目”は早すぎるので、多くの人たちにとっては「何を言ってるの?」という場合が多い。そこで今回も一つ、多くの人にとっては「ふーん⁉」というような話をしよう。「危険水域」の話だ。もっとも“危険水域”と言っても「水」とか「雨」とかではない。経済の話だ。いくつかあるので、もしかしたら一度では書ききれず、中途半端に終わるかもしれない。まず「みずほ銀行」が、紙としての銀行預金通帳を“有料化”することを決めた。世間は“コロナ騒動”によって「紙」というものに対して警戒心を持ち始めている。会話などなくても、紙のやり取りによって、感染する可能性が指摘され始めたからだ。“0金利”が続いて“収益源”が乏しい銀行にとって、今であれば「紙」から「ネット」への切り替えは世間に受け入れられると判断した。元々「みずほ銀行」はソフトバンクグループとの関係が深い。あらゆるものを「ネット化」「デジタル化」することは“未来派企業”に投資しているソフトバンクグループにとっても有益であり、徐々に“金融全体をデジタル化したい”日本銀行にとっても望ましいことなのだ。もっとも、日本の場合「預金通帳」が無くなることに“不安感”を抱く高齢者は多い。だから一気にはムリなのだが、その第一歩を踏み出したことは間違いがない。さて、昨日もアメリカの「ナスダック」は“最高値”を更新した。このところ連日“最高値”を塗り替えている。なにしろ3月23日に“コロナ騒動”が本格化した時「ナスダック」は急落して“6700”付近まで下落しのだが、何んと昨日の終値は“11311”と、倍近くまで急上昇し続けているのだ。実はあの頃、一つの“入れ替え”が行われた。ニューヨークには「ダウ」と「ナスダック」があるが、急落するまでは「ダウ」の方に世界の資金が向かっていた。ところが急落後は「ナスダック」の方に資金が入れ替わったのだ。これは何を意味するかというと「ダウ」の値上がりはセーブされるようになるが「ナスダック」の方は“上昇幅”が大きく、早く“駆け上がっていく”ような波動を描く。だから、それ以降は「ナスダック」が急速に値上がりし続けている。そして、最初に書いた「危険水域」はどこなのか、ということである。株は、どの株であっても、急上昇したものはピークに達すると“急落する”のが常だ。また上昇することはあるが、急ピッチの上昇は必ず“急下降”する。それは「世界経済」にとって重要な“分岐点”になる。本当はこれからの“推論”が本題なのだが、もう時間がない。

「宿命」と「運勢」の“間”

2020-08-21

人には「先天的な宿命」と、それとは別に「運勢としての明暗」のようなものがある。これは誰であってもそうである。「先天的な宿命」に恵まれている人は、俗に“幸運”と呼ばれる人たちで、比較的早くから“人生の階段”を駆け上がることが多い。例えば昨日、四連勝で「二冠」と「八段」を獲得した藤井聡太棋聖などは、その典型と言える。もちろん、本人のたゆまない努力と素質・能力が備わっての快挙だが、同時に「先天的な運」にも恵まれていることが四柱推命式やホロスコープ図などからも明らかである。例えば彼は、太陽と木星と水星とが“0度一体化”した日に誕生している。木星の一番の作用は“膨張”“拡散”である。一つのタイトルを手にしたら、必ず次のタイトルも手に入れる。いまの将棋界がいくつのタイトルを与えているのか知らないが、七つでも八つでも、あるものは根こそぎ手にしていく日々が訪れるかもしれない。彼は「将棋世界」に向かったので“将棋のタイトル”なのだが、もし「医療世界」に向かえば、その世界で数々の“記録”を打ち立てることであろう。もちろん、彼のように「先天運」が良い人ばかりとは限らない。「先天的な宿命」としては必ずしも“恵まれていない人”はたくさんいる。そういう人であっても、世の中で“大成功”まではゆかなくとも“中成功”くらいまでならしている人はたくさんいる。“大成功”には、やはり「先天運」の助けが必要なので、なかなか難しいのだ。けれども“中成功”くらいまでなら、先天運の助けを借りなくても、到達することが出来る。それは「運」には“後天運”ともいうべき「運勢(運気)としての明暗」があるからで、誰もが“先天運”とは別に与えられている。だから、例えば藤井聡太氏も来年の運勢は、今年ほどスムーズではない。今年は“無敵の運”だが、来年は“小さなスランプ”を体験する可能性はある。そういう風に、誰でも“良い時”“悪い時”がある。これこそが謂わば「不運な先天運」として生まれて来た者の人生における「救済システム」のようなものである。宗教よりも占術の方が“優れた部分がある”とすれば、この部分なのだ。但し、この「救済システム」はいつまでも待ってはくれない。そのタイミングを失すると、しばらくは巡って来ない。そういう意味でも、占いは“先天運”の良くない人の方に、より“価値を持つ”秘法と言えるのだ。

「見せるリポート」より「泥臭いリポート」を…

2020-08-20

フジテレビの番組で安藤優子キャスターが現地リポーターの女性に、暑さの中で熱中症気味になってしどろもどろの状態での「報告」を執拗に継続させようとしたとして批判を浴びている。この手の番組は多いので、必ずしも彼女が批判されるというより、現地入りさせて何時間も取材させたのち“報告させる”手法そのものに、問題の本質があるよう思われる。臨場感を出すために、その時々の異常な状態を現地取材させるのはニュースやワイドショーにおける定番のやり方だし、そのこと自体が間違っているとは、私は思わない。実際、アナウンサーやリポーターを目指した人の中には、そのいう現地取材や報道をやりたくて報道記者やリポーターを目指した人もいると私には思われる。ところが、多くのニュース番組やワイドショーなどでは、そういう元々が“希望していた人たち”を現地に向かわせたがらない。“見た目的”にというか、“絵面的”にというか、TV画面に登場させると視聴者受けしそうな人物を現地に向かわせがちである。例えば強風の時に、枯れ枝のような細い身体の女性をリポーターとして現地に向かわせる。その方が臨場感が伝わりやすいからだ。もちろんニュースやワイドショーに一般の視聴者が、そこまでの演出を求めているかは疑問である。ただ各局が視聴率で争いを演じている以上、少しでも「臨場感のある取材をしたい」と意気込むのは解からないでもない。問題は人選にあるのだ。日本の場合、リポーターという職業自体が実に曖昧である。アナウンサーなのか、報道記者なのか、タレントなのか、専用リポーターなのか、ほんとうのところよく解からない。時には、キャスターがリポーターを兼ねているケースも多い。本来、危険な現場にも出かけるリポーターはそれなりの訓練とか体力とか素質を供えた人にすべきだし、そういう規定を早く作るべきだ。そうでなければ、そのうち問題になるようなことが必ず起こる。なぜか厳寒の中で「天気予報」をさせる北海道の各局も考え直した方が良い。

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