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ザヒ博士の「クフ王墓」仮説は間違っている 2008/07/22(火)
日本テレビ「古代エジプト三大ミステリー」を見た。現代エジプト学の権威ザヒ博士の仮説を前面に押し出しながら「ピラミッド」と「ツタンカーメン」と「クレオパトラ」の謎に迫る…と云う構成であった。これまで日本のTV局が古代エジプトを扱う場合、必ずと云って良いほど出演していたエジプト学者・吉村作治の姿はなかった。番組中、一言も触れなかった。良い悪いは別として、時代が変わりつつあることを感じさせた。
ただ日本で放映する場合、ザヒ博士の仮説を前面に出すなら、吉村作治以外のエジプト学者も多数いるのであるから、そういった学者のコメントも加えないと、やや違和感が残る。それはたぶん私だけではないはずだ。
しかも、その新仮説と云うのが「大ピラミッドはクフ王の王墓で、そのミイラは地下深くに眠っているはず…」と云う、決して新しくない仮設なのだからなおさらだ。そうこれこそが「エジプトツアー」でガイドに解説を頼めば、必ず話してくれるお決まりの仮説ではないか。
ザヒ博士の仮説は20世紀全般のエジプト学者たちの仮説に逆戻りしているだけで、決して新しいものではない。それなのにどうして彼らは新しいと云うのか。それは、この仮説がいったん封印されてエジプト学ではタブーとなっていたからだ。なぜなら、それを否定する材料があまりに多かったからだ。
実はエジプトのピラミッド内から、王のミイラが発見されたことは一度もない。少なくとも19世紀以降はそうだ。もしかしたら、それ以前に持ち去られた可能性があるので、最初からなかったと云いきることはできないが「王家の谷」のように明らかな墓室となっていなかったことだけは確かだ。ザヒ博士は第3ピラミッドの地下にある墓室を案内して、ここでヴァイズは棺を発見しているから、大ピラミッドの方でも墓室や棺は存在するに違いない、と結論付けている。けれども、そこから発見された棺はメンカウラー王時代のものとは云えず、ミイラの存在も確認されてはいない。唯一ミイラらしきものの断片が見つかっているのは、元祖ピラミッドであるジョセル王「階段ピラミッド」の方だ。ただエジプト学者たちが、これを声高に主張しないのにはわけがある。このピラミッドは、明らかに最初は「マスタバ(台形墓)」として作ったものを土台として、階段型ピラミッドへと切り替えているからだ。つまり、元々がお墓だったところを利用してピラミッドに作り替えているので、ミイラが出てきて当然だからである。
このジョセル王以降にピラミッド建設は本格化していく。ところが、ここにも奇妙な事実が存在している。明らかに最初からピラミッド建設を意図していながら、途中放棄してしまった未完ピラミッドをエジプト学者ゴイネムは発見している。しかも、発見まで未盗掘であったことが確実な姿で…。ツタンカーメン王墓の発見に匹敵するとマスコミも勢いたった。しかも内部から石棺が発見されたのだ。ご丁寧に棺の上には花束まで添えられていた。マスコミ各社立会の元ゴイネムは石棺を開いた。一瞬、そこに居た誰もが息をのんだ。何も入っていなかったのだ。この後、意外なことが待ち受けている。その数日後、ファラオの呪いが現実化したかのようにゴイネムは謎の溺死を遂げている。
そんなことはともかく、ザヒ博士の仮説には奇妙なところがいくつかある。彼は通称「女王の間」と呼ばれるところから天空に向かっている通気孔は、魂の通り道として用意されたものと考える。私もそれは同感だ。ただ、それが途中で止まっている点について、扉の向こうにまた地下に下降していくトンネルがあって、地下にあるはずの未発見の墓室まで続いている、と仮設している。これがおかしい。実はピラミッド内において、斜めのトンネルを作り出すことは大変に難しい。それが証拠に、大ピラミッド以降作られたピラミッドには地上から上へと昇っていくトンネルはない。もしも魂の通路として、地下の墓室まで貫通させたいなら、何故わざわざ途中まで斜めに上昇させる必要があるのか。真横に進んでいって直線的に下降させれば済む話だ。それに第一、魂の通路が天空へと突き抜けていないのはエジプト神話学的解釈としてもおかしい。この通気孔とされているものは、最初水平に進んでから斜めに上昇させている。明らかに斜めでなければならない理由があったはずだ。
番組では何度も通気孔の中をロボットが進んで、その奥に扉らしきものがあることを映し出していた。このトンネルは22p四方と小さいので、扉と云っても人間が出入りできるようなものでないことは明らかだ。まるでザヒ博士の発案でもあるかのように映し出されていたが、実際には個人の研究家ガンテンブリングが行った実験であったはずだ。それを完全に伏せている。しかもこの発見、15年も前の話なのだ。
もう一つ注目すべき発言をザヒ博士はしている。大ピラミッドの俗に「重量拡散の間」と呼ばれる屋根裏部屋の最上階にある「クフ」の落書きを取り上げ、ここに「クフ」の名前が記されているから「クフ王のピラミッド」であることに間違いはなく、それゆえに墓室やミイラもこのピラミッド内のどこかに未発見のまま眠っている、と結論付けたのだ。これがおかしい。実はこの「クフ」の記述に関しては偽造説なども根強く、種々奇妙な点があるのだが、それらに関しては一切触れなかった。一番の問題点は、同様の記述が天井裏の3階や4階にもあって、しかもそれらに記されているのは「クフ」ではなく「クヌムクフ」の方だと云うことである。もしも彼がこの落書きを当時の建設労働者のものであると云うなら「クヌムクフ」についてもきちんとした説明を加えなければならない。なぜなら「クヌムクフ」は同じ天井裏の部屋に記されている「王名表には載っていない」王名だからだ。
最上階の王名枠のみ取り上げるのでは「エジプト学の最高権威」が泣く。いや、彼でなくても良い。もし私の疑問に答えられる正統エジプト学者がいるなら、ぜひ説明してもらいたい。
雑誌『ムー』に集う人々 2008/07/18(金)
本当に久しぶりに雑誌『ムー』を購入した。何カ月か前に古書店で見かけて懐かしさからつい購入してしまったことはあるが、新刊書としての『ムー』を何となく買ってしまうのは本当に久しぶりだった。
どういうわけか、この雑誌を見ると昔の懐かしい仲間にでも出会ったような気分になる。表紙も、内容も、付録も、昔とほとんど変わらない。心霊・古代文明・UFO・超科学・占い・奇現象・予言・魔法……通巻で「第30巻」となっているので、多分30年前から発行されている雑誌と云うことなのかもしれないが、私の感覚ではもっと前からのような気もする。確か最初は月刊誌ではなくて、途中から月刊誌に変わったような気がするので、30年前と云うのは月刊誌に変わって以降と云うことなのかもしれない。
この雑誌が出て来た頃、巷ではUFO目撃が相次いでいたし、宇宙考古学仮説なるものが登場し、フィリピンの心霊手術や、ユリゲラーのスプーン曲げや、ノストラダムスの大予言なども登場して、何となく「ムー」一族にとっては華やかな時代であった。例えばUFOの存在を信じたとしても、宇宙考古学説を支持したとしても、心霊手術を受け入れたとしても、スプーン曲げを行ってみたとしても、決して異端視されることはなかった。もちろん、今現在でもそれらが完全に否定されてしまったわけではないが、何となく当時のような勢いのようなものは過ぎ去ってしまった感が否めない。
例えばUFOにしても、あれだけ頻繁に目撃され、誘拐されていたのに、なぜか今日まで解明されるに至っていない。地球に飛来したとされる宇宙人の存在自体も、完璧な写真すら未だ公開されていない。宇宙人らしき写真はたくさん示されるが、きちんとした科学分析を経た写真とは云えないものが多い。偽造写真が多いと、たとえ本物が示されても直ちには信じ難くなってしまう。悲しい現実だ。
ミステリーサークルも一部のミステリーサークルが意図的な偽造作品であったことが暴露され、その結果を見て、すべてのミステリーサークルが偽造であるかのような解説をしていたTV番組もあった。その番組のアンフェアーなところは、多数存在する複雑怪奇なサークル映像は一切流さず、ごく単純で偽造出来そうなサークルだけを何回もクローズアップし、実際にそれを作成してみせる、と云う偏ったドキュメンタリーだった。
宇宙考古学説に関しても、強引で怪しい仮説が多いため、どうしても胡散臭く受け止められてしまう。私は大昔に『ムー』が公募した「ミステリー大賞」と云うものに応募していて、佳作入選している。『古代文明の秘められた真実』と云うタイトルで、宇宙考古学仮説を扱った作品だ。ただ、その作品の中で審査員の一人でもあった南山宏氏を名指しで批判したことで、審査員達から総攻撃を受け、大賞を受賞できなかった。この時、何と批判された南山氏ただ一人が私の作品を大賞に押してくれた。世の中とは分からないものである。
『ムー』ではもう一つ、忘れられない思い出がある。この雑誌には当時「研究レポート」のコーナーもあって、読者からの研究や新説や仮説などを毎月掲載していた。このコーナーで私は2カ月にわたって掲載されているのだが、同じコーナーに私の前の月だったか、後の月だったかに「オウム真理教」(当時は「別名サークル」)の麻原彰晃が同じコーナーで出ているのだ。当時はまだ10数名のヨガ団体で「空中浮遊」の写真が修業の成果として掲載されていた。この麻原とはどういうわけか因縁があって、その後十数年たって、私が占い師として道内TVへの出演が決まりビデオ撮りしたものが、ワイドショーの放映日と「麻原彰晃逮捕の日」とが重なり、それが何時間も実況されたため、結局私の占いはお蔵入りになってしまった。そういう意味では、麻原は、私には不吉な相手なのだ。
今月の『ムー』では「究の字占法」についても若干だが触れられている部分がある。この占術は古神道にのみ伝えられている秘法であるが、占い方は一種独特であり、そのうち私もぜひ試してみたいと思っている。
世界同時株安が暗示するもの 2008/07/15(火)
私は昨年の8月から、何度かにわたって日本の株安が徐々に、現実の生活に大きな影響を与え始めることをここで警告してきた。そして、それらが現実のものとなって、あらゆる生活必需品が値上がりし始めている。前にも書いたことがあるが、こういう予感の的中は何とも悲しい。決して喜べるような的中ではない。アメリカでは既に「インフレ懸念」と云う捉え方がされていて、その予兆は様々なとことで出始めている。
本来、アメリカの株価急落は低所得者向け住宅ローンの焦げ付きに端を発したアメリカ固有の問題であったのだが、いつの間にか世界中がそれに巻き込まれてしまっていた。それはサブプライムローンが証券化されていて、それが世界中の人たちに買われていたからである。そんなもの一部の金持ちが購入していただけじゃないか、と思うのは間違いで、実は年金基金とか、大手銀行とか、庶民の金を預けているところが購入していたので、結果的に世界中の人々までもが巻き込まれることになったのだ。
ところが、サブプライムから引き揚げられた資金はどこへ向かったのかと云うと、原油へと流れた。いろいろと理由は付けられているが、それらは後付けであって、このところの投機マネーは一点集中型で原油を高騰させている。それはたぶん今年の10月くらいまで、そして多分190〜200ドル近辺まで高騰して一気に崩れるだろう。後から考えれば、あれは何だったのか…と云うような半値以下まで一気に下げると予感される。
ただ投機マネーは勝手だが、それが原因で世界の株価が左右されるのは何ともやりきれない。アメリカ株を救う根本的手段は、原油価格がバブルから一気に崩れるのを待つしかないのが現状だ。もしかしたら、その少し前からアメリカ株は理由なく上昇し始める可能性もある。逆な言い方をすると、それまではアメリカ株は上がらない。そしてアメリカの株が上がらないと、世界中の株も上がらない。そういう風にできているのだ。実はサブプライム問題が起こって間もない頃は、先進国の株は連れ安でいずれも下がったが、新興国の株価は逆相関で上昇していた。ところが現代の世界経済はそれほど単純ではなく、今年に入って新興国の株価も急落し始めた。このことが投機マネーを一極化し、余計に原油価格を押し上げたのだ。だから原油価格は実態を反映などしていないのだ。
こうしてアメリカの株が下がると、世界中の株が下がると云う経済の底なし沼状態が繰り返されつつある。もちろん日本も例外ではない。日本株の場合、アメリカ株の下落の影響自体はヨーロッパに比べれば少ないのだが、食品原材料などを輸入に頼っているので、その高騰から来る問題が株価に反映しつつあるのだ。さらにアジア経済が最近不安定になってきているので、その影響も見逃すことはできない。それでも、世界同時株安が進む中では、よく持ちこたえている方だと云える。
「資源インフレ」とも呼ばれる中で、原油や原材料が高騰していき、世界中の株価が下がり続けるとどうなるか、当然、原油国など資源国だけに金が集まり、それ以外の国は食品など生活必需品の高騰で、経済が圧迫され、景気が冷え込んでいく。しかも、株価は実態経済の半年先を行く…不思議な生き物なのだ。
我々は今現在でも、さまざまな食品や生活必需品が値上がりして驚いているのに、最低でもあと半年はこれらの値上がりの加速を止めることはできない。早い話が、もっと値上がりしていくと云うことだ。今年の暮れから正月にかけて、それが目に見える形で社会現象として現実になる。こんなのは別に予言でもなんでもなく、当然の結果として予測されることなのだ。
私には以前から気になってならないことがある。アメリカ同時多発テロ以降、キリスト教はイスラム教に屈したのではないか、と云うことだ。どうも、あれ以来、キリスト教諸国の旗色が悪い。我々日本はキリスト教国ではないが、今回のサミットの顔ぶれを見ても、キリスト教国がほとんどで、イスラム教国は一国も出席していない。原油などの資源インフレで潤うのはイスラム諸国に多い。19世紀から20世紀にかけてはキリスト教国が世界をリードしてきた。もしかしたら、21世紀はイスラム教国が世界をリードしていく時代へと入ったのかもしれない。
業(ごう)と縁(えにし)について 2008/07/12(土)
久しぶりに昔の仲間達と再会した。そうして、もう一人の仲間が脳梗塞で倒れたことを知った。人間、或る程度の年齢に達すると、何よりも健康が一番であることを時折痛感するようになる。普段は自分が健康であることに感謝などしないのだが、身近な人が「倒れた」と聞くと、とたんに神様に感謝したくなったりする。なんて自分本位なのだろう。我ながら呆れてしまう。
私はこれまで病院と云うものに入院したことが一度しかない。十代半ばのその時、俗に云う「幽体離脱」を経験しているが、今思えばもう少し幽界なるところを探索しておくべきだった。三途の川で手招きしていた先祖・親戚たちらしき人々の顔も、しっかり憶えておくべきだった。ただ、そういう経験があるせいか、私は仏壇に手を合わせる時、その時の情景を必ず思い起こす。したがって、私の先祖・親戚たちへの合掌は妙にリアルだ。
それに肉体と云うものに対しての感覚も、多分普通の人達とは少し違う。よく親が亡くなると、その遺体に対して泣きすがる人がいるが、私には文字通り「魂の抜け殻」にしか見えず、その肉体を「親の実態」とは思うことが出来なかった。父親の場合は、私が病室へと入った時、まだ医師二名が父親の肉体に対して蘇生術を施していて、実際に「ご臨終です」と告げたのはそれから7分以上後だったのだが、入った瞬間「この人たちは、ただの抜け殻に対して何をしているのだろう…」という違和感だけだった。何故だ…と云われると上手く説明できないが、とにかくその肉体は明らかに魂の抜け殻で「おやじ」は、そこにはいないのだ。
もちろん、そんな変なことを思うのは私だけであって、他の兄弟などは必死ですがりつくように見守っていた。今、私は「魂」という表現を使っているが、これを「気」とか「念」とか「心」とか「幽体」とか、言い換えることが出来るかもしれない。とにかく「死を迎えた肉体」からは「本人」が消えている。だから、御棺を運ぶ時なども全く悲しみはない。母親の時もそうだったが、死の直前までは眠られぬほど辛かったが、亡くなったことで、母親も肉体の苦しみから救われたことでホッとしたものだ。ただ幼かった兄の娘が哀しみをこらえている表情が痛々しく、抱きしめてあげたい衝動に駆られたものだ。
私は昔、山の中に入って、絶食をしたままで、自ら命を絶った人物の記録を読んだことがある。その人物の貴重なところは、死に至るまでの記録をつづっていたことで、私の記憶が確かなら90日以上生き続けてしまうのだった。本人は最初30日もすれば絶命するものと思っていたらしいが、30日くらいではピンピンとしている。彼が水だけはペットボトルで何本か持ち込み、それを飲み続けていたせいもある。人間と云うのは水さえ飲んでいれば30日くらいの断食は健康体なら誰でも出来る。通常は40日くらいは大丈夫らしい。水がないと10日間くらいで絶命してしまう。彼の記録はペンをかろうじて持つことが出来た時までで終わっているが、大体断食を始めて30日〜40日くらいの時期が最も健康だったようで、頭脳も明晰であった。
そして50日目くらいだったと思うが、元の生活に戻りたい…もう一度生き直してみたい…という願望が強まる。この時、草野球をしている少年たちの声が聞こえていたらしいから、何らかのサインを発すれば良かったのだが、そうしなかった。「骸骨のようになった私が戻れるわけがない」と記している。やがて自分の体がミイラのように変化していくのを意識し、肉体と幽界を行き来する自分を感じるようになる。ここにも肉体=自分ではないことが暗示されている。ただ幽界に関しては「夢なのか…現実なのか…」と記されていて明快な記述とは云えない。
私の記憶で書いているので多少違っているかもしれないが、要するに死の直前まで必死で書きとめようとしていたらしい。
私は最近「業(ごう)」と「縁(えにし)」と云うことについて時々思うことがある。人間と云うのは、先天的に「二つのこと」だけは本能的に天から与えられていることを察知しているのだ。だから、それらに対しては気になるものなのだ。業と云うのは「課せられた役割」と訳せるかもしれない。通常は仕事のことだ。但し、職業とは限らない。職業とはしなくても自分が「これだけはやらなければ…」と感じてしまう「課業」(天から与えられた職務・役割)で、副業となる場合もあれば、ボランティアの場合もあれば、趣味だけの場合もあれば、さまざまなケースがある。とにかく突き動かされるように、やるような状況が生まれてくることが特徴だ。稀にそれを見いだせない人もいる。その場合は苛立つ。何故か苛立つ。職業的に恵まれていても、経済的に恵まれていても「本当の自分はこんなことをしていてはいけない…」と感じてしまい、或いは「何もしなくて良いのだろうか…」と焦りのようなものを感じてしまったりする。
一方、縁の方は「先天的に強いきずなを持っている相手」と云うことで、必ずしも「配偶者」が「縁」の相手とは限らない。「悲恋や片思いの相手」の場合もあれば「不倫相手」「親友」「親子」「兄弟」「敵」等の場合もある。いずれにしても、先天的に強い絆や縁を持っているため、容易に離れることが出来ない。よくなかなか結婚しない人を「縁遠い」などと云うが、そういう人の中には親・兄弟との縁が強すぎて、配偶者を得られないケースもしばしば見られる。先祖との縁が強すぎる女性の場合は、養子を迎える形に切り替えれば結婚は可能だ。長年の不倫などでズルズルとなっている場合、それを完全に清算しないと当然のことながら、結婚につながる恋愛は出来ない。そのままの状態で結婚相手を求めようとする人がいるが、これは「縁の法則」から云って難しいものだ。
私は、いつの頃からか自分のお客さんたちも何らかの縁でつながっていると思うようになった。もちろん、この場合の縁は運命の相手としての「縁」とは別物ではあるが、友人や仲間達と同じく、どこかで共通の要素を持っているから縁を結ぶのだ。かなり昔の話になるが、まだ私が占いハウスに出ていたとき、どうしても時間的に合わず鑑定することが出来ないお客さんがいた。私がそのことで困っていると、尊敬する先輩占い師の方が「良いのよ」と微笑むように言った。「逢えないと云うことは縁がないと云うこと。無理に逢おうとしなくても、縁のある方であればそのうち必ず会うことになるのだから…」と教えてくれた。それ以来、私はスケジュール的に逢えないとか、重なってしまって鑑定できなくても悩まなくなったものだ。
よく「逢っていないので、もう縁は切れたのでしょうか?」と云う人がいるが、実際に逢う、逢わない、ということと「縁」とは別物である。何十年逢わなくても、縁が復活した例はたくさんある。最近の若い人たちは1ヶ月も逢わないと、もう終わってしまったかのような考え方をするが、大自然の呼吸は大きく、神仏は気長だと云うことを理解すべきだ。
情緒不安定さを助長させる時代と社会 2008/07/05(土)
岩手県の山道下の川面で宮城県栗原市の17歳少女が遺体で発見された。その少女の背中には花と蝶の刺青があったらしい。昨日たまたま入った喫茶店に置かれていたスポーツ新聞では早くも、その少女のブログの一部が公開されていた。スポーツ新聞と云うのは、時々週刊誌よりも早く、事件の核心を伝える場合がある。それに事件の登場人物や、旬な注目人物の生年月日やプロフィールを記してあることも多い。これらが、若い時の私の占星学研究にずいぶん役立ったものだ。
この少女のブログ内容から察するに、彼女は相当に情緒不安定な内面を持っている。強く生きよう…強く生きなければ…と云う思いと、どうせもう…みたいな半分やけっぱちで厭世的感覚とが交互に訪れているような気がする。刺青は今年の1月〜2月にかけて入れたようであるが、ブログからすると強制された感じではなく、自ら「強くなりたい一心で」入れていったものらしい。夜になると不安感が増し、情緒不安定な人特有の将来に対する絶望感や見えない或る種の存在に対する恐怖感が襲ってきていたようだ。
このような感覚と云うのは、日常を現実的な感覚・感性で生きていて、情緒不安定な日々や感覚を体験したことがない人達にとっては理解に苦しむところなのだが、実は占い好きな人の中には情緒不安定な人たちが驚くほど多い。それは一つには、心霊的感受性の強さが、種々の幻想・幻覚を生み、実際の生活における不安定な状況と溶け合って、より一層妖しい世界へと本人を誘い込むようなことになりやすいからだ。俗に云う「霊媒体質」(日頃から心霊現象と遭遇しやすい体質)で、女性の場合は特に生理前後になると、情緒不安定さが増して厭世観が強まったり、憂鬱症が強まったり、自暴自棄となったり、対人恐怖が強まったりする。
以前、私はこのコーナーで古代日本の社会においては、刺青には呪術的な意味合いがあったことを示唆した。卑弥呼の時代、日本人のだれもが刺青をしていたことを『魏志倭人伝』は記述している。古代人の刺青は呪術的な意味合いが強いのだ。したがって現代でも精神的に弱い人が、それを知ってか知らずか呪術的意味合いを込めて自らの身体に刺青を入れ、本能的に情緒不安を消そうとしていた可能性は大きいと考える。我々くらいの年齢になると、刺青と云えばすぐに「任侠の世界」を思い出しがちであるが、今や世界的にも「呪術とアート」と云う刺青本来の役割の時代が来つつあることは確かだ。とは云うものの日本ではまだまだ通常社会で受け入れられる段階ではなく、実際には白い眼を向けられるケースが多い。
そういうことを少女が理解していたかどうかはともかく、彼女にとっては「強くなる」ための刺青も情緒不安を煽るだけになったのかもしれない。文章の内容からは、もしかしたら単に情緒不安だけでなく、薬物も使用していたか…に思える記述もあるが、その辺は微妙で何とも言えない。
ただ情緒不安定な性質は個々の意志の弱さが引き起こしているとしても、それを助長させるような時代背景や社会背景が、近年ますます強まってきていることも見逃してはならない。それが証拠に自殺者は年々多くなっていて、うつ病患者も年々増えつつある。人が人を信じられなくなったり、人が社会を信じられなくなったり、人が未来を信じられなくなったりしているような気がするのだ。人生という坂道を何かでつまづき、転んでしまったなら、もう転げ落ちていくしかないような、誰も助け起こしてくれないような「見て見ぬふりをする」習慣が、家族や、友人や、福祉分野でさえも、まかり通りつつあるのが現代の日本社会ではないだろうか。
確かに、その一方では不慮の災害に対して「善意としての寄付金」が山のように集まる。決して日本人は「助け合いの精神」を忘れたわけではない。けれども、それはどこか「みんなが行っているから…」という偽善的な要素が組み込まれてはいないだろうか。身近な家族や、友人や、仲間や、近隣の人が、必死で助けを求めている時に、我々は何の躊躇もなく救いの手を差し伸べているだろうか。お金に困っているとか、病気や怪我をしたとかの解りやすい時には、確かに手助けをすることが多い。だが、精神的に苦悩している、精神的に弱っている、精神的に立ち上がれないでいる…などの時、おろおろするか、見て見ぬふりをするか、完全に無視するか、本人が手を差し伸べやすい環境や雰囲気を作り出せているケースは少ない。
ネット社会は「心を開放する場」を沢山提供し、実際利用されているのに、情緒不安は増し、うつ病は増え、自殺者も後を絶たない。占いというものを、それら予備軍ともいうべき人が多数利用している以上、何らかの手立てを、占いに携わる私自身も考えていかなければならない。

不登校児を増やす、お笑い芸人のTV占拠 2008/06/30(月)
『週刊文春』によると年々不登校児は増えていて、今や全国で15万人が不登校になっているらしい。学校に行かない―と云う子は、私の小中学校時代では極めて稀であって、世間から「白い眼」で見られたものだ。かくいう私もその一人であって、半年ほど学校に通わない時期があった。学校に通わず何をしていたのかと云うと、私の場合は独りで遊んで時間をつぶしていた。まあ多分、今の不登校児たちと、それほど変わりはない。ちなみに私は10代半ばでリストカットもしているし、小学校時代「イジメ」にもあっているし、給食費を払わないと云うことで、クラス全員の前でこっぴどく叱られたこともある。
要するに、現代の教育現場が抱えるような問題の多くを何十年も前に体験している。もっとも給食費の未払いなどは、あくまでも我が家の経済状況がそれを許さなかっただけであって、意図的に未払いだったわけではない。しかも、そのことによって私はクラス全員の前で、担任教師からこっぴどく叱られているのだ。イジメのときだって、教師は私をかばいなどしなかった。学生帽をむしり取られて小川に流された時も、母親は教師に詰め寄ったが、教師は私の方が悪いと云わんばかりの態度で不貞腐れていたものだ。つまりはそういう時代であった。
考えてみれば私も強くなったものだ。それに考えようによっては、随分と人よりも先を歩んでいたものだ。リストカットだって、まだ誰も行っていないような時代に行っていたのである。別に自慢することでもないが…。ただ、だから私には不登校児の気持ちも、苛められっ子の気持ちも、リストカットする子の気持ちも…それなりに解かる部分がある。綾小路きみまろではないが「あれから何十年…」で、繊細で傷つきやすい神経はどこへ行ったのか。そういえば最近見たTVドラマの「ラストフレンズ」は性同一障害を扱ったドラマだが、登場人物たちがいずれも「繊細で傷つきやすい」性質を持っていることが、私には納得いかなかった。もっと図太い人間も登場させないと、本当に問題提起するドラマにはならない。
それはともかく『週刊文春』の取材の中で、答えている中1女子不登校児の言葉は注目すべきだ。「一緒に喋るコたちも本音はメールでしか云って来ない。学校の関連サイトや友達のプロフを毎日隅々までチェックして、誰が誰の悪口を云ってるのか、ここに書かれているのは自分じゃないのか、と考えだしたら誰も信じられなくなって、何が何だかわからないけど、学校のことを考えるだけで吐き気がするようになった」まさに現代日本の都会中学生の実体のようなものがここにある。何かが狂い始めているのだ。
私は小中学生たちに強い影響を与える存在として、近年TVのあらゆる分野に進出し始めた「お笑い芸人」たちの言動が大きく影響しているように思えてならない。今や政治関連番組でも、経済関連番組でも、社会論評番組でも、芸術関連番組でも、あらゆる分野に「お笑い芸人」が顔を出す。時にはアナウンサーや歌手や女優までが、お笑いで受けるタレントになろうとしているかのように見える。たとえば歌番組でありながら、肝心の歌を披露する時間はほんの数分で、そのほとんどをトークが占める。歌のライブなのか、お笑いのライブなのか、よくわからない歌手さえもいる。朝から晩まで「ボケと突っ込み」のやり取りを見て、聴いて、子供達は育っている。その影響を受けないはずはない。
そこでは何よりも「KY(空気読め)」が重要とされている。まるで、そのことが生きていく上で最も重要なことでもあるかのように、日々芸人たちはその腕を磨き、受けを狙ったトークの出来る奴、出来ない奴、を振り分けていく。子供たち社会の中で、真面目さや、誠実さや、ひたむきさや、素直さや、素朴さは隅に押しやられ、まさに空気を読んだ軽妙な会話やジョークを飛ばし、笑いをとれる「芸人もどき」の子供らしくない子供が要求されている。
そこにはアフガンの高地で暮らす子供たちのような「神様がついているから僕たちは元気だよ」と云う人懐っこい笑顔はない。実際のお笑い芸人たちがそうであるように、半年前に流行っていた一発芸はすぐにすたれて、次々と新しい「流行り言葉」が求められ、それと同時に芸人そのものも新鮮さが求められていく。そうだ、今と云う時代はお笑い芸人がアイドルなのだ。70年代のアイドルは歌手であったが、今は多分「お笑い芸人」がアイドルなのだ。だから子供達は憧れる。憧れるのは良いが、芸人的でない性質を持つ児童を「空気読めない」として仲間外れにし、本音で語り合うことを許さない社会が出来上がっているとしたなら、そういう社会を生み出す火付け役となっているお笑いタレントたちも、提供しているTV関係者も、大いに考えなければならない時期に差し掛かっているのではないだろうか。空気しか読めない子供たちが大人になって「世界の笑いもの」とならないように…。
香港から購入してきた占いの本 2008/06/18(水)
最近は、海外へ出向くと必ず書店巡りをするようになった。今回もご多分にもれず3件ほどの書店を廻った。ちなみに私は中国語が堪能なわけでも、読めるわけでもない。ただ、漢字を使って書かれてある書物だから、何となく書かれてあることの大方は解かる。その程度だ。占いの本は、図解や写真が多く使われてある書物であれば何となく理解できるが、文字中心で漢字だけで埋め尽くされているような本だと、どんなに貴重な本でも購入できない。そういうわけで手相・人相の本主体に占星学の本も合わせて8冊ほど購入してきた。
昨年、台湾に行った時にも購入したが、香港と台湾とでは同じ漢字を用いる国であるからか占いの書物の中には、最初から両方の国で発売されることを前提とし、著述されている本も多い。なぜ、そう言い切れるかと云うと、両方の通貨で価格が記されていたりするからだ。ただ、台湾の書店にあって香港にない本もあるし、香港にあって台湾では見当たらない本もある。どういう基準でそうなっているのか分からないが、総じて台湾にあって香港にない占い書籍は、古典的な占い原書が多く、香港の方にあって台湾にない占い書籍は、風水関連の実践書が多いよう見受けられた。確かに17世紀〜18世紀にかけての古典的名著の多くは、中国本土を追われた占術家達によって台湾の方で継承されてきた。
一方、香港で近代になって風水が注目を集めたのは、その狭い土地柄も大きく影響している。ちなみに香港の風水師の中には、本国でよりもイギリスやアメリカで荒稼ぎをしている輩も多い。香港の風水書は地元コンビニでもたくさん扱っているが、図解が多く庶民向けであることがわかる。その割に風水グッズを販売している店は少ない。グッズ類だけでいえば、台湾の方がはるかに各所で扱っていた。
今回、購入したものの中に1点だけタロットカードと解説書がセットになっているものがある。これは実は書店で購入したのではなく、デパートの文具売り場(?)で購入したものだ。大変に安く私としてはラッキーな掘り出しものとして、ご満悦の買い物であった。ところが日本に戻って中を開けたら、これが理解に苦しむ代物であった。大アルカナのカードは通常22枚だが、このタロットの場合「愚者」のカードから「節制」のカードまでは図柄の異なったカードが2枚づつ入っている。そして「悪魔」から「世界」のカードまでは1枚づつしか入っていないのだ。しかも小アルカナの方は「エース」と「ペイジ」「ナイト」「クイーン」「キング」しか入っていない。「2」〜「10」までの小アルカナが抜けている。数字カードが抜けているのは、それなりの意味があってのことだとしても、途中まで図柄の異なる大アルカナが2枚づつ入っていて、途中から1枚づつに変化するのは、どう考えても理解に苦しむ。まあ、単純に「使えないタロット」と考えれば良いのかもしれないが、何故図柄の異なるカードを途中まで附けたのかは永遠に謎である。
手相の本には『手相魔力』と云う魅惑的な書名の本があった。これは厳密には訳書であって、香港手相家の本ではない。だが、内容的には優れていて、多年にわたる実占研究の成果が述べられていて、すべての解説に対して「実例手型」か「実例写真」が掲載されている。それもかなり特殊な実例が多く、そういう意味でも大いに参考となる。実は香港の書店で、この書物に目を通し、購入しようとそばい置いて他の書物を物色していたら、若い占い研究者らしき男性が手にとって読み始めた。夢中で読んでいるので、私は購入されてしまうのでは…と内心ひやひやであったが、やや高かったせいか書棚に戻したのでホッとした。台湾でもそうだったが、占いの書棚付近には若い男性が目につく。日本だと占いの本を読みふけっているのは女性に多いものだが、香港も台湾も占いの書物は若い男性が主として読むものらしい。
『掌文奥秘』と云う本も実践的な内容で、分かりやすく書かれてある良書であった。日本では最近、簡単かもしれないが「研究」と云う領域からはあまりにも離れた本しか占いの書棚に並ばない。それは日本の占い書籍の購入者の大半が女性に限られていることも影響しているよう思われる。若く真摯な男性が研究心を向けるような占い書籍ブームが来ることを願うのは私だけなのであろうか。
川田亜子さんと加藤智大の共通点 2008/06/14(土)
一応、念のため記しておくと、川田亜子さんと云うのは先ごろ練炭自殺をされた元TBSアナウンサーであり、加藤智大と云うのは先ごろ秋葉で無差別殺人を挙行した犯人である。もちろん、直接的な関係は何もない。
それに、一方は自殺であり、一方は殺人であり、履歴上の関連も一切ない。
ただ、心の闇と云う点では共通した要素があり、自殺や殺人を示唆していたブログがあり、性格的にも似た要素があり、将来への不安と云う点でも共通するものがあり、それはこの二人だけではないような気がするのだ。
「心の闇」は誰にでもある。
その方が人間として魅力があるし、人間としての理解力や深みも出て、真摯な印象を与えるものだ。「心の闇」は人それぞれ違うが、その人の「生き方」と深く関係している場合が多い。或る意味で、我々は誰でも、心の闇を引き摺りながら日々を過ごしているともいえる。
川田亜子さんと加藤智大のブログは共に日記的な要素が強いので、意識していなくても「自殺」や「殺人」の示唆があった。川田さんの方は自分の母親に、生きていることの意味を問い、加藤の方は反応の乏しいブログの中で無差別殺人らしき予告を発していた。
二人は並べられるのは不本意かもしれないが、ともに頭脳優秀だが挫折を味わい、性格的には気真面目で、仕事に関連して将来に対し不安を持っていた。
昔から「他人の芝生は綺麗に見える」と云う格言の示すように、自分以外は悩みや苦しみが少なく、人生をスイスイと楽しく生きているように見えがちのものである。自分だけが上手くいかない。思うように人生を渡れない。希望することが何一つスムーズに進まない…。このような思いとういうのは、実は誰にでもある。ないのは余程の能天気か、真摯に生きていない人たちだ。
アラブの格言にも「人は生まれ、人は悩み、人は死んでいった…」と云うものがある。それが人生と云うものなのだ。悩みや苦しみは、万人共通なのである。特に頭脳優秀で、自己分析をする人ほど、人生に対して懊悩しやすい。加藤智大は「負けっぱなしの人生」と自己分析しているが、たかが8年間であり、人生は長いのだから、その中での8年など、いくらでもあとから取り戻せるのである。川田さんにしてもそうだが、近年、勝ち組と負け組を分けるような考え方をする風潮が世間にはあるが、人生と云うか、運命と云うか、何が「勝ち」で何が「負け」なのか、そう簡単に表面上だけで言い切れるものではない。それに一見、勝ち組に見えていた人が、数年後には負け組に変わっているかもしれず、逆に負け組であったはずの人が大逆転で勝ち組へと転身しているかもしれないのだ。人生は今現在の固定概念から推し量れるような単純なものではない。
或る種ギャンブル的な要素が人生にはある。よく「努力すれば運命は変えられる」と云う人もいるが、どんなに努力しても、その人の人生にとって運気が味方してくれない時期に努力をしても、結果がついてこない場合もあることは知っておくべきだろう。努力は必要だが、人生にはタイミングも重要なのだ。さらに、運命を味方につけるためには、努力を行う方向性も大切なことで、音痴の人が歌手を目指したり、運動神経の鈍い人がプロスポーツ選手を目指したり、人前に出るのが苦手な人が政治の世界を目指しても、土台が上手くゆくはずがない。自分に見合った世界を目指してこそ運命の女神は味方してくれるのだ。
加藤智大のブログには「チャンスは平等に与えられるべき」と云う一節があったらしいが、どのような運命でも長い人生のうちには、必ずチャンスらしき場面…と云うものは巡って来る。ただ、待ち切れずに墓穴を掘ってしまう場合と、理想が高すぎてチャンスを自ら撥ね退けてしまう場合もしばしば目撃される。例えば、独身のまま人生を終わってゆく方であっても、永い人生の内には本人さえ希望を捨てていなければ、恋愛・結婚のチャンスと云うのは必ずやって来るものだ。ただ自分が気に入らないとか、興味がないとか云う理由で、相手を無視するとか、自ら断ってしまうケースも多い。自分が希望する形のものでなければ頭から撥ねつけるような人に運命の女神は微笑みを与えない。
仕事にしてもそうである。誰だって、自分の理想とする仕事・職場を得たい。けれども、そういう希望が叶う人と云うのは世の中で少数なのだ。多くの人は、自らの仕事・職場に対して多少なりとも不平や不満を持っている。生活のためであるとか、とりあえず…とかの思いで、不満なさそうな顔で働いているだけだ。そういう状況の中でチャンスを待つ内に、意外なところから良い仕事・職場の話と云うものは舞い込んできたりするものだ。成功を掴むためには忍耐強さも必要なのである。とかく現代は結論を早く求めすぎ、希望を簡単にあきらめ過ぎる。
コンピュータ社会は何事も二択だけで選択しがちだが、どっちつかずと云う選択の仕方も人生にはあるもので、そういう時期がある期間続くのもまた人生の面白さであると受け止めるべきだ。○にも×にも属さない△の時期があっても良いではないか。このような考え方、生き方を受け入れると、楽に生きられるだろうに…と思うような人達は多い。
世界全体が「格差社会」と云う厭な時代に入りつつある今、将来を不安視しなくても良い生き方をするためにも、△選択を広めていかなければ…決して額に△の鉢巻きをする、と云うことではないのだ。

マカオと香港のホテルと風水 2008/06/12(木)
大昔に訪れている香港・マカオの変貌ぶりを見て来た。予備知識によって、特に香港よりも、ここ数年の間にマカオが大きく変貌しつつあることを知ってはいたが、実際に訪れてみるとその違いの著しさを実感させられる。
昔のマカオは、いわば香港観光の付け足しのようなものであった。その証拠に、マカオ観光だけを目的としたツアーなど存在しなかったような気がする。けれども今は明らかに違う。
マカオの旅行社の方が、香港の旅行社よりも潤っていて羽振りが良いのだ。ここ数年の間に相次いで大型ホテルやカジノが進出して正に「世界のギャンブラーたちが集まる街」へと変貌しつつあるからだ。その代表的存在が「ホテル・ベネチアン」だ。ここは昨年オープンしたばかりだが、総工費1兆円以上を掛けて建設したと云われるカジノ付きホテルだ。同様のホテルがアメリカのラスベガスにもあるが、その系列ホテルだ。ホテルに併設して300店舗以上のブランドショップもひしめく。
ブランドショップ店ばかりのファッションビルのどこが良いのか、私には皆目分からないが、香港でも同様なファッションビルは多く、日本の観光客は大のお得意様らしい。通常の観光目的で香港やマカオに行くと、それらブランドショップの多さに圧倒され、間違った観光地に迷い込んでしまったか…と、戸惑うほどだ。現地ガイドによると、香港は政府・公務関係者の収入が桁違いに高く、民間給与との差が歴然としていると云う。したがって、現地でそういうところに足を運ぶ人たちは限られているらしい。どこにでも金持ちもいれば、庶民の味方?もいるものなのだ。
ホテル・ベネチアン以外にも、マカオにはグランド・リスボアやウィン、クラウン・マカオなど、新しく奇抜なホテル&カジノが続々誕生している。ベネチアンはホテルの敷地内に空を描いた巨大な屋根を付けてベネチアの街を再現し、その中を走る運河や船まで取りそろえていると云う徹底ぶりだ。もちろん、その両サイドはブランドショップだ。ここは別に泊まらなくても、マカオ観光に組み込まれているので、ツアー参加者は1時間くらいは必ず立ち寄らなければならない。もちろん、ブランドショップなど見なくても良い。ただベネチアンの各所で行われるショーの見学や写真撮影にはもってこいの場所なので、そういう意味では見ておいて損はない。ここで写真を写すと、実際にベネチアで写真を写すよりきれいに撮れる。
それから、ツアーガイドが力説するのはブランドショップよりも、カジノの方だ。マカオのカジノ収入は昨年度世界一であった。ギャンブルで知られたラスベガスよりも、多くのお金がこの小さな国に入ってきている。だから、ガイドたちはカジノ遊びを丁寧に教える。その結果、昨年の税収は驚くほど多く、マカオの住民は1人残らず5万円ほどの還付金を受け取ったらしい。次々と怪しげな形の豪華ホテルが建って、文字通りギャンブル国家へと変貌していくのを国民が許すのは、そういうおこぼれがあるからだろう。
ベネチアンのカジノは、写真撮影が禁止なので撮ることはできないが、その広さやルーレット台やスロットマシンの多さには目を見張るものがある。私たちが行った時には閑散としていたので、大体こんなものなのだろうと思っていたが、帰ろうとする頃には続々とツアー客が詰めかけて来て、ほぼ満員と云うくらいに埋まってしまっていた。ただ、ここの欠点の一つは日本語が通じないことだ。これだけ広く多くのスタッフを抱えていて、日本からの観光客も必ず訪れるよう仕組まれているのに、日本語を話せるスタッフを置かないのはどういうわけだろう。日本人観光客は大金は使わないから必要ない、とでも云うことなのであろうか。
ちなみに、ここで大勝ちしたなら、必ず一度メンバーズカードを作ってからでないと、換金してくれないシステムになっている。つまりは勝った場合には、必ずまた来い、と云うサインのようなものだ。エジプトのホテル内にもカジノはあったが、あそこは入店の時点で既にメンバーズカードを作らされた。
カジノで勝つには、ただただ運それだけであるような気がする。よほど練習しなければ、ルーレットなどでも勝てないし、それ以外のギャンブルもお金の掛け方自体が良く分からない。私のように何でも理屈がきちんと解らないと本気で取り組めない者にとっては、日本のパチンコの方がとっつきやすい。
エジプトではルーレットにも挑戦したが、今回はスロット以外は手を出せなかった。エジプトの時に悲惨な思いを味わったせいかもしれない。何しろ、アラブの富豪みたいなのと一緒のテーブルになって、そいつら(その方達)ときたら、あらゆる場所に金を掛けるのだ。よっぽど金が余っているのか、ギャンブルのだいご味が分かっていないのか、とにかくしらみつぶしに金を掛ける。だから、当然何か所かが当たる。私のようにつつましく一ヶ所や二ヶ所で満足する、と云うことはできないらしい。それも向こうは大金を湯水のように掛けまくる。つつましくやっても、3分も経たない内にルーレット用チップが無くなってしまった私とは大違いだ。
けれども、そういう掛け方をしてもルーレットと云うのは上手く出来ていて、必ず最後は負けてしまう。そういう掛け方では長時間やっていくうち必ず負けるようにできているからだ。案の定、私たちがスロットマシンでちょぼちょぼと微妙な状態が続いていたとき、その富豪たちは憮然とした表情でカジノを出て行った。
マカオは香港と並んで風水国家でもある。ベネチアンにしてもそうだが、ホテル内に運河を作って船を行き来するのは、単に豪華趣味だけでなく風水的な意味合いも考えてのことに違いないのだ。昔の日本の豪華料亭などでもそうだったが、大きな池を作って鯉を飼うと云うのは金銭を呼び込む魔法でもあるのだ。但し、敷地が狭い庭にこれを作ると逆効果となる。
香港のホテルや建物にしてもそうだが、通常の四角い立方体の建物はほとんどない。高層建築が多い香港が、単に林立している機能的なだけの景観にならないのは、曲線や階段形を建物の設計に取り入れているからだ。中には中央部分がすっぽりと抜けているような形のマンションまである。私に言わせると、これはがらんどうの建物となって、凶相の一つだが、どうも奇形好みの香港風水師は解かっていないらしい。
均一の時代から選択の時代へ 2008/06/01(日)
街を歩いていて、女性だけではなく男性たちの服装や髪型の多様さに或る種の感慨を持つことがある。私の少年時代、女性はともかく、男性は大体共通した服装や髪型とをしていたものだ。それが今やあらゆる服装、髪形が受け入れられる国へと変貌した。もちろん、その多様さは女性の方がはるかに勝ってはいるが、近年では男性の方も選択肢が実にさまざまだ。どんな服装や髪形をしていたとしても、誰もそれを咎めない。良い国になったものだ。
私は昔からネクタイと云うものが嫌いで、よほどの必要性がなければ締めようと云う気にならない。ところが会社勤めの時には、どうしてもそれを要求される。厳しいところは髪型まで指示される。通常の会社勤めとして髭も長髪も許されない時代だった。私はこれに半ば反発する形で、ノーネクタイ、長髪、夏は下駄ばきで会社へと通った。ところが今は街を歩いていて、スーツ姿できちんとネクタイをし、髪を七三に分けたサラリーマンを見掛けることが少なくなった。
イスラムの国々へ行くと感じるが、信仰上の理由から服装や髪型に半強制的な教えの強い地域は、今でも自由に選択すると云うことを許さないような雰囲気がみられる。けれども考えてみれば、そういったことはどの国であっても近代まで行われていたことであって、例えば日本でも士・農・工・商によって服装や髪型は決まっていた。身分の高い人達は、それなりの流行を持っていたらしいが、女性の場合は未婚と既婚とで服装・髪型に違いを付けていた。つまり服装・髪型・化粧法を見れば、すぐに未婚であるか既婚であるかが誰にでも分かるような仕組みとなっていた。このような仕組みは、確かヨーロッパの一部地域でも行われていたようだが、考えようによっては便利で分かりやすい方法と云えなくもない。
デパートなどへ行って、どの人が店員さんか分からないより、その売り場特有の制服を着ていた方が声を掛けやすいのと同様だ。そう考えると、戦後・昭和の日本男性はサラリーマンであることを表示し、会社勤めであることに誇りを持っていたのかもしれなかった。今やどの男性がサラリーマンであるのか、服装や髪型からだけでは見分けられなくなっている。時には、男性なのか女性なのか、服装や髪型からだけでは判別できないケースさえもある。これは男性の服装や髪型がカラフルになったせいもあるが、一方では女性の服装や髪型が男性化してきたせいでもある。
一年中ジーンズしかはかない女性は、まるでイスラムの教えを忠実に守り続ける回教徒のように、素足を他人に見せないで生きていくことを誓わされてでもいるかのようだ。せっかく「均一の時代」から「選択の時代」に移行したと云うのに、その選択を事実上奪っているものは何なのだろう。
あらゆるファッションやオシャレが許されているとは云いながらも、どこかしら周囲を窺がいながらの選択のような気が私にはする。その結果として本当に自由なファッションやオシャレをしているのはごく一部で、多くの女性たちは「着せ替え人形」をするほどには自分のファッションやオシャレを楽しんで居るようには見えない。
男性たちにしても「ちょい悪オヤジ」等が流行ると急に砕けた服装になったりするが、本来が男性と女性のオシャレは違うはずで、日本人男性はその外貌からも極端な服装や髪型は似合わない。私は昔からシャツをズボンから外に出すことは好まず、今でも必ず中に入れる。それは古いと云われそうだが、古いとか新しいとかの問題ではなく、男性はその方が体型的に整って見える。特に日本人男性は肢が長くないので、ベルトが外に出ていないと余計に肢が短く見える。肩幅が極端に広ければ、ヒップが小さければ、それでも恰好がつくのだが、肩幅も狭く、ヒップも大きいとシャツを外に出すファッションはどう見ても釣り合いがとれない。流行だからと云ってしまえばそれまでだが、良い物は多いに取り入れるべきだが悪いものまで流行だから、時代だからと飛びつくのは感心しない。
このように書いてきて、私は大昔の会社勤めの時代を思い出していた。真夏には会社まで1時間以上も掛けてカランコロン下駄を鳴らしながら通ったこともあった。私は昔から晴天の日に長時間歩くのは苦にならない。独りで歩道を歩きながらさまざまな空想を巡らすのが好きであった。小学生の時からそうであった。下駄を履く機会さえも無くなってしまったが、そのうち海外の知らない街を下駄ばきで歩いてみたい。